232 宿屋で
私たちは冒険者ギルドで掲示されている依頼を一通り見たが、私たちが気になる依頼は無かった。
「今日は宿屋に泊まる?」
「一カ月近くベッドで寝てないから、宿屋に泊まろうよ」
「今、ベッドで寝たら起きれなくなるよ」
そう言った私も、今日は宿屋で眠りたい。
何度か運動のタメに地上に降りて、体のコリをほぐしてはいたけどね。
「良い宿屋があるか、受付で聞いてみようよ」
アークシュリラは私が冗談半分に言った内容を、完全にスルーして言ってきた。
「砂漠の中だから、いくらするかなぁ」
「とても高ければ、野宿でも良いけど……」
言外に、少し高くても今回は泊まると言っている様な気がした。
私も泊まるコトには賛成だから、あえて反論はせずにアークシュリラと一緒に受付に行った。
「サリアは初めて来たんだけど、良い宿屋を教えて欲しいの。出来る?」
「良い宿屋ですか? ならば三軒あります――」
受付にいた男性は、そう言いながら地図でその場所を示してくれた。
「一番遠いのが貴族なども宿泊するヤツだね。その次に近いのは食事が美味しいのか」
「そうです」
「一番近いのは今から行っても、泊まれそうなの」
「大丈夫と思いますが、行ってみないコトには……済みません」
「ゼファーブル、受付の人にそれを聞いたら悪いよ」
「そうだったね」
私はそう言って、受付の人に言った。
「ごめんね。宿屋を教えてくれてありがとう」
受付の人が会釈をしたので、私たちは受付を離れて一角にあるベンチに腰を下ろした。
「で、どこにするの?」
「アークシュリラはどこが気になる」
「二番目に近い、食事が美味しい処かなぁ」
「じゃ、満室になる前に宿屋を押さえようか?」
「そうだね」
私たちは宿屋に行くことにした。
遠いと言っても街の中だし、それ程かからずに宿屋に付いた。
そこで三日分の部屋を取って、案内された部屋に私たちは向かった。
「ナンか良さそうだよね」
「砂漠の中にあるとは思えないよね」
「ゼファーブルは街に結界が貼っていることには気付いているよね」
「うん。とても協力な結界だから、魔法を使うモノなら誰でも気付くと思うよ」
「ナンの結界かも判る?」
対魔物と対魔法の結界は直ぐにでも判る。だとすると残りを聞きたいのかなぁ。
「対魔物と対魔法の結界、それに耐魔法もあるね」
「そうなんだよ。こんなに結界を貼らないとダメなのかなぁ。それに常時放出しているのだからスゴい魔力だよね」
アークシュリラは結界の種類ではなく、数を聞きたかった様だ。
「放出しているのは、魔方陣だと思うよ。多分なのだけど、直ぐに魔力切れになるのを防ぐタメに増幅もしているね」
「ゼファーブルも作れるの?」
「魔石があれば、作れると思うよ。でもイルーツに対魔法を仕掛けるコトは無理だよ。ゴーレムやホムンクルスがいるからね」
「対魔法だと、その結界内では魔法が使えなかったっけ」
「魔法は使えるけど、レファピテルと私のは魔力で動いているから、そのモノたちの力は半減するよ」
「そうだったね」
レファピテルと私は、ゴーレムやホムンクルスが対魔法などの影響を極力受けない魔方陣の研究をしている。
どうしても対魔法が貼られている所だと、威力が半減してしまう。
無効化をすれば良いのだが、一歩進むたびにそれをするのは現実的ではないので、もっか研究は頓挫していた。
少しの間ベッドで横になっている積もりだったが、気が付いたらすっかり日は沈んでいた。
カヌーでの飛行している合間に運動をしていたけど、やはり体はキツかったんだね。
アークシュリラも目覚めている様だし、食事をするタメに一階にある食堂へ私たちは行った。
食堂の中は大勢の人々でにぎわっている。
「食事をしたいけど無理そうだね」
係の人に私は尋ねた。
「ここで食事をするのは今は無理ですね。お酒とかなら座れますが……」
「アークシュリラ、どうする」
私がアークシュリラの方を見て言うと、係の人が更に話してきた。
「部屋に運びますか? それとも第二食堂で食べられますか?」
「第二食堂?」
「日没後になると宿泊していない人々が、いつも来てくれます。そのタメに宿泊しているお客様が落ち着いて食事を出来ないことから、別の建物に作ったのです。今は二組の旅の方々が食事をされています」
「第二食堂で良いよ」
アークシュリラが言ってきた。
さっき私がどうするって聞いたからかなぁ。
「じゃ、案内をして」
食堂の喧騒が嘘のように、別棟にあるその室内は静かだった。
二組の旅人は、一つが私たちの様な剣士と魔法使いの二人組で、もう一つが四人の商人と思う人々だった。
二組と聞いていなければ、この人たちを商人と護衛と思っていただろう。
私たちは空いている席について、食事が来るのを待つ。
「やはり寝ちゃったね」
「相当、疲れていたんだね」
「明日はどこへ行くの?」
「先ずは教会かなぁ。神殿があったら神殿でも良いけどね」
「そうだね。それが終わったら市場へ行こうよ」
「時間が、あったらね」
そんなコトを話していると食事が運ばれて来た。
「これはクスクスかなぁ」
アークシュリラが皿を見てから言った。
「そうです。ヴェルブリュートの肉と野菜のクスクスです」
食事を運んで来たモノが答えた。
「ありがとう」
私たちの前には平たいパンを載せた皿とクスクスの皿が並んでいる。
まあ、ここで生息している動物は少ないので、生きていくために食べられるならナンでも食べるだろう。
でも、今日初めて見た生き物を食すコトになるとは思いもしなかった。
その肉は脂肪分が非常に少なく、とても噛み応えがある。
燻製にしても美味しいだろう。
野菜は見慣れないモノもあるが、彩り豊かに料理を引き立たせている。もちろん味も美味しい。
「アークシュリラ。クスクスって煮込みのことなの?」
「違うよ。このお米みたいなヤツだよ」
「これってナンかの実?」
「小麦粉に水を入れて混ぜたモノ。うどんやパスタの仲間だね」
「へぇ。小麦粉なのか。だったらうどんもあるかなぁ」
「水が貴重だからうどんは無いと思うよ」
うどんや長いパスタだと茹でるのに水を大量に使う。そんな料理は教わっても作らないだろう。