218 卵かけご飯
私はセグールへエンラント王国の報告……簡単に云うと、帝国軍は本国に戻ったコトを伝えた。
村長やベカトルは軍隊がいなくなったコトには気が付いていたが、理由が判らないのでどうするべきかを悩んでいた。
「理由が判りました。本当にありがとうございます」
村長がそう言って深々と頭を下げたので、ベガトルもそれにならって頭を下げた。
「そんな、良いよ。私もここいらに兵隊が居るのがイヤだったから、やっただけだしね。それに、困ってたらお互い様だよ。近所なんだしね」
「そうですか、本当に……」
これ以上話を続けていても相手が恐縮しっぱなしなので、私は話題を変えるコトにした。
「ところで、クーリツァたちは元気なの」
「元気にしています。初めのうちは子供たちも怖がっていましたが、今では率先して卵集めや鶏小屋の清掃をしてくれます」
「鳥の数を増やすなら、池はあのままで良いけど、鶏小屋は別に作ってね」
「その時は同じ様に作ります」
「それで、どうやって食べているの?」
アークシュリラが尋ねた。
「フライパンで焼いています」
「ここに数種類の料理方法が書いてあるから、あげるよ。ただし卵を割ってご飯にかけるのは、今は割る前に卵の殻を良く洗ってね」
「洗わないとどうなるのですか」
「卵自体は良いんだけど、殻のカスが入るとお腹を壊すコトがあるから注意してね」
「注意します」
「今、私たちで、殻を洗わなくても良い装置や孵化させない装置を開発しているからね」
「楽しみですね」
確かに卵の殻は綺麗そうに見えても、とても汚い。
私たちなら魔法で除菌することも出来るが、誰でも出来る訳ではない。
生で卵を食べたからと言って、必ずお腹を壊す訳では無い。
しかし、その恐れがあるのは事実なので、機械はセグールだけでなくオーラガニアやハルメニア王国などにも配った方が良いと思う。
変な噂が広まってしまうと、それを払拭するのは非常に手間になる。
今、簡易に除菌などの魔法陣を描いて渡すよりかは、一つの機械に成っていた方が良いだろう。
私たちはセグールの村を出た。
「アークシュリラ。生卵をかけただけで美味しいの」
「美味しいよ。でも、衛生的なモノじゃないとダメだね」
「そうだよね。いくら丁寧に割っても殻の破片が入ったり、中身が殻に触れたりするよね」
「そう。そんなに神経質になる必要はないけど、心配だよね」
「除菌だけなら、直ぐにでも装置を作れることは出来るけど、孵化させないコトは大変だよ」
「命を消すことだからね。でも、産みたてなら、そんなに問題にならないと思うけどダメかなぁ」
ダメか良いかを、私が判断するコトは出来ない。
卵は食べなくても、産んだ卵が全て孵化する訳ではない。
孵らない卵だけを食べるなら、問題は除菌だけで良いが……
卵の中に居るモノが孵るかを、外見で判断をすることは私たちにはできない。
やっぱり、食べる卵の命を消すしか、方法がないのも事実だよね。
もし、神々から文句を言われたら、その点だけ修正をすれば良い。
ファリチスに行っても、もう私たちの家は他のモノが使っているから寝泊まり出来る家はない。
仕方ないので、エンギルたちが封印されていた処へ転移した。
ここに居たほとんどのモノたちは、すでに本国に帰っているから、今は僅かな人数しか残っている居ない。
なので、建設した宿屋みたいな宿泊施設には使われていない部屋もある。
残っているモノに確認をして、利用していない部屋を使うコトにしたよ。
ちょうど、ビブラエスが歩いているのをみつけた。
「ビブラエス。西方の拠点とかの確認は済んだの」
「あすこは名称以外は、これと云う問題はないな」
「名前?」
「そうだ。ファリチスでは西方の拠点とか、ただ拠点と云うし、ハルメニア王国では西方でないので、ここいらの地名で呼ぶからな」
「それならヴェルゼーアかハルメニア王国の国王に、正式名を付けて貰ってよ。ついでにここもお願い」
「判った」
以前に名前を決めたと思っていたが、浸透していないのかなぁ。それとも私の思い違いだったのかなぁ。
「それでビブラエスにも食べて欲しいモノがあるんだけど、良い」
「アークシュリラ。ナンだ、珍しいモノか」
「これ」
「卵ではないか。卵なら食べたコトはあるぞ」
「いいから、ご飯はある?」
「食堂にあったな」
私たちは食堂に行き、ご飯を装う。
「アークシュリラ、チャーハンか」
「違うよ、これを割ってかけるだけだよ。ゼファーブル、除菌をして」
私は杖で3つの卵を除菌する。
「私と同じ様にしてね」
アークシュリラはそう言うと、卵を小鉢に割ってからかき混ぜだした。
私たちも同じ様にする。
そして、醤油を少し入れた。
「醤油は入れすぎないでね」
「このくらいか」
「そうだね」
そして、またかき混ぜだした。
「もう、良いよ。ご飯に穴を開けて、卵をかけると完成だよ。じゃ、食べて見て」
「これじゃ、料理とは云えないよ」
私は一口食べてみると、卵の風味がほのかにするが、醤油が良いアクセントになっている。
「美味しいよ」
「そうだな。料理と云うには問題があるが、これはこれで完成しているな」
「ネギなどを一緒に入れたり、海苔を掛けても美味しいよ」
「ゴマも合うかもな」
「そう色々なモノをトッピング出来るよ」
「確かに忙しい時などでも卵の栄養がとれて、ご飯を食べているから腹にもたまるな」
「そうだよ」
「それなら、私も一品作るか」
ビブラエスはそう言うとバケットを切り、卵を混ぜた液に浸してからバターを入れたフライパンで焼いていく。
「もう、いいな」
バケットに浸した液が卵焼きになっているモノが出来上がった。
「これは良いね。乗せたり挟んだりしたのと違い。一体化して食べやすいよ」
「ビブラエスは、どうやってこれを思い付いたの」
「ゼファーブルが言っていた様に、最初は卵焼きとして乗せて食べていたけどな。どうせ一緒に食べるなら浸して焼けば、一体化すると考えたんだ」
「そうなんだね。地球にも同じ様なモノがあったよ。確か、卵に牛乳を混ぜてたかなぁ。砂糖を入れて甘くしても良いし、出来てから振っても良いね」
「牛乳か。今より柔らかくなるな」
「で、私たちは食べる卵を魔法で孵化しない様にしようと思うけど、どうかなぁ」
「それは良いと思うぞ。使う順番を間違えて中身が育ったり、雛が孵ったりすると目も当てられんからな」
卵を良く使うビブラエスですら、使う順番を間違えて中身が育ってしまうコトがあるそうだ。
良く食べないモノなら尚更のことだね。
早期に作った方が良さそうだ。
「で、産みたての卵を乗せると卵は孵らなくしたいけど、どうかなぁ」
「産みたてだけか。見付けて乗せてもダメと云うことだな」
「命を消すコトだからね」
「光の神から文句が出たのか」
「闇……死の神でも、言いそうだよ」
「卵から孵ってなければ、それは死ではないぞ。確かに形はあるがな」
「そう。でも、形が出来ているのを無くすのは私には無理かなぁ」
「ゼファーブル。その無理は実力がない無理なのか。それとも気持ち的にか」
「実力的に……」
「そうか、レファピテルも時間を遡るコトになるから、出来ないかもな」
ビブラエスはそう言ってから、再び言った。
「その機械はアイツらが戻って来るまでに作るつもりか、それとも一緒に悩むつもりか」
「作れるなら今でも作りたいよ。既にクーリツァは配り終えたからね」
「だったら、ヴェルデムベゼラに助けて貰えば良い」
「助けてくれるかなぁ」
「助けてくれるさ。孵化する間際の卵を割られて呼吸をしたら、ヴェルデムベゼラが処理しなければならんからな」
「えっ、呼吸?」
「そうだ。ヴェルデムベゼラの担当は、呼吸をしているモノが呼吸をしなくなったらだ。その前は関係ない。光もそうだ」
「そうなの」
ビブラエスは神々の担当に、卵から孵るのが卵の中で形作られてからで、卵から孵らないモノが産まれてからと云う区別はないと言っていた。
そうなのかぁ。私には命は形作られたら生じる様な気がするけど……
ならばヴェルデムベゼラに、聞けば良いだけだ。
どうせ今の私には形作られたモノを、無かったコトにする技術は持ち合わせていないのだから