177 思考実験をする
ケガを負っていたコボルトと治したモノの会話は、周囲の人々の歓声や喧噪によってもう私の処には届いていない。
それならここで見ている必要はないので、私はその人だかりから出るとレファピテルが目の前にいた。
「いつから、そこに居たの?」
「治癒魔法を唱え出す少し前ですね」
「少し歩こうか」
「そうですね」
レファピテルも私もこんな立派な杖を持っているから、一般人からすれば魔法使いだ。
ここで話していると、変な人にいちゃもんをつけられる可能性がある。
そこで私たちはこの場所から一番近い広場に行った。
「ゼファーブルは、あの魔法をどう見ましたか」
「あの治癒ね。私はワザと時間がかかる方法を試したと感じたよ」
「私もです。しかし、その理由は判りません」
「考えられるのはいくつか有るけど、私がそうする時の理由は二つだよ。一つは、誰かに自分が居ることを知って欲しい時だね。二つ目は、怪我人の素姓を調べるときだよ」
「そうですか」
「あれだけ時間を掛けていれば、魔法に詳しく無い人たちなら、さぞかしスゴいコトと思ってくれるよ。その証拠になると思うけど、とても大きな歓声があがったよね」
「そうでした。私も治癒は、たまに倒れているモノに掛けることがあります。しかし、いつも正式詠唱はしないでの一括治癒なので、大きな歓声があがるコトはないですね」
「大変なこと……イヤ、奇跡を見ると人々は自然と歓声をあげるけど、短い詠唱だと簡単なモノって思われちゃって歓声は上がんないよね」
「一つ目は納得出来ますが、二つ目だとして目的はナンですか」
「それをやる目的は、どうしてあんなケガをしたか知りたかったのかなぁ。治癒中だと魔法で詳細を調べ易いから都合が良いよね。レファピテルはあのキズをどう見たの」
「ウルフにやられたにしてはキズが深かったですね。それに引っ掻かれた様なキズもありましたから、少し大きめの魔物ですかね」
「例えばナニ?」
「爪が有って噛むモノでは、ベアーとかですが……」
「それも有るよね。でもギルドではそんな依頼はなかったよね」
そもそも爪を持っていて、噛みつく魔物は多い。
そう言う魔物は、大体が大人しくなく凶暴だよ。
そんなモノたちが、この街の周囲に居ることは考えたくない。
「そうですね。そんな危険な生き物が居れば、ギルドに依頼があっても良さそうですよね」
「でも、鋭い爪のあるクローツとかだと教会が関与しているのかもよ」
「それって、ゼファーブルの宗教嫌いが出てませんか。クローツを飼っている教会なんてありませんよ」
クローツは大モグラと云われる、1メートル前後の魔物だ。
土の中から突然現れて、鋭い爪で不意打ちの攻撃をしてくるよ。
「そうなの、私は教会の畑以外でクローツを見たことはないから、てっきり食料として飼ってると思っていたけど」
「そこ以外にも、草原にも居ますから偏見ですよ。それにあのモノは神官みたいな格好をしていましたが、何処かの教団のモノではないですよ。強いて言えば火の神を崇拝しているモノですね」
「アシュミコルって言っていたね」
「火の最高神ですので、治癒は苦手なのではと思って私は見てました」
「苦手でも治癒くらいなら一括も使えるよ。それに火は光に近いから、それはないと思うよ」
「じゃ、仲間を探していたのでしょう」
「それが可能性として高いよね。街の中で人々が見守っているのに、あれだけの魔法を発動させたんだからね」
「そうですね。ところで買い物は終わったのですか」
「欲しいと思っていた試薬は全て買えたよ」
「それは良かったですね。ゼファーブルに、ちょっと相談があるのです」
「ナニ。私に出来ることなの?」
「こないだ、並行世界に行く方法で悩んで居ましたよね」
「うん。今も悩んでいるよ」
「ヴェルゼーアやビブラエスたちの調査が、ここでも上手く進んでいません。何らかの力が働いていると私は思うのですが、どうでしょう」
「確かにガシララ王朝が有った時代の記録は無くなって居るけど、それが全ての事象についてでは無いんだよ。レファピテルたちは、ガシララ王朝のコトを知っていたしね」
「そうです。書籍などにはほぼ記載されていませんが、生き物たちの記憶は一部で残っていますね」
「そんな片手間なコトを神は、やらないと言いたいんでしょ」
「はい」
「消すコトが神々の総意でなくて、消したい神と残したい神が居たらどうなる」
「あっ、そうですね。その二つの勢力が、釣り合っていれば尚更ですよ」
「そう言うことだと思うよ。どこかに消し残りの書籍は有ると思うよ」
「その残っている書籍が個人の所有でしたら、私たちがこの星にいるモノ一人一人に聞いて廻ることは出来ません。ですから私も、ゼファーブルのやっている研究に混ぜてもらえませんか」
「ありがとう! レファピテルが協力してくれれば、とても嬉しいよ」
そしてレファピテルにアークシュリラと今まで調べた結果を話した。
「ゼファーブルの話は分かりましたが、今の処は何も解っていないと云うことですね」
「そう。こうであって欲しいと思う仮説と云う状況だね。だから仮説以前の状態だよ」
「ゼファーブルはアークシュリラの居た世界に、行ったコトは有りますか」
「転移が出来る様になってからナン度か挑戦したけど、一回も行けなかったよ」
「知っていても行けないのですね」
「そう、距離の問題なのか、他の力が働いているかは判んないけどね」
「もしも、その並行世界にも転移出来ないのでしたら、どうでしょう」
「エンギルは思いだと行き来出来ると言っていたね。意識は行き来出来るなら、肉体だって行けると思うけどね」
「精神と肉体は違いますよ」
「最悪、今は精神だけでも良いよ。昔に有ったことを確認が出来ればね」
「今はですか」
「そう、そうすればヴェルゼーアやビブラエスは調べる必要がなくなるよね」
「占星術師は未来を見ているのですよね」
「中にはそう言うモノもいるらしいよ。だから、他の星は無理だとしても、この瞬間の延長上に行けない理由はないよね。それに今日の夜は時間が経てば、私たちでも絶対に辿り着くんだからね」
「逆に今日の朝には普通、辿り着けませんよ」
「そうなんだよ。任意の並行世界を無意識に選ぶのなら、この後でもう一度今朝に成っても良いよね。そう言うことは通常、起きないんだよ」
「やっぱり無理なのですかね」
「占星術師の中には任意の地点を見られるモノがいるのに、私たちに出来ないコトもないと思うんだけどね。私とレファピテルは錬金術師と魔道師と本来は違うけど、ここ数年でその境界線は曖昧に成っているよね」
「私たちの境界線が曖昧なら、占星術師との境界線もって考えているのですか」
「そうだよ。それと、レファピテルは修復の魔法って知っている。修復だったかなぁ」
「知っていますよ」
「その修復って、並行世界に行く訳じゃないけど、どうしても時間を逆転させていると思うんだよ。この魔法で出来るのに、転移で出来ない理由はナンだろうとね」
「確かに修復では時間を逆転させる様な状況ですね」
「また治癒も、自然治癒に掛かる時間を早めていると考えられるよね。幾つかの魔法では時間を行き来出来るのにね」
「蘇生は極端ですが、並行世界にあるモノと交換しているとも考えられますね」
「全部が交換で良いと思うんだよ。そうしないと同じ状況の世界が幾つも存在するコトになるんだからね」
「私たちがこの世界であるモノを蘇生させると、何処かの世界で死なないと同じ状況の世界だらけになりますね。そうなると闇の神々は管理する所だけ増えて困りますね」
それからも結論のない、私たちの思考実験は続いた。
日が沈みそうに成ってきたので、私たちは宿屋に戻るコトにした。
そして宿屋に戻って、いつもの情報交換をしてから眠りについた。