176 血まみれのコボルト
朝になってヴェルゼーアが聞いてきた。
「今日は全員で図書館へ行くのか?」
「3日間あるけど、場所だけは確認しておきたいからね」
「市場なども見て回りたいよね」
「そうなんだよ。試薬を使ったから補充もして置かないとね」
「ゼファーブルは試薬を収納するモノも買った方が良いと思うぞ」
「確かに最近は試薬の数も多くなって来て、整理が行き届かなく成って来たからね。良いのがあれば嬉しいな」
「ゼファーブルは試薬を使わずに、杖で物質は判らないのか」
「判るよ。でも、便利だからと言って試薬を使わないでずっと杖を使って居ると、試薬の種類ややり方を忘れてしまうからね。それと私と同じ錬金術師がそのコトを知って、この杖を奪いに来ると困るからね」
「多分、その杖も他の人には、私の杖と同じで渡せないのではないですか」
「じゃ、レファピテル。持ってみる」
私がレファピテルに手渡そうと手を離すと、何事も無く私の杖はレファピテルの手に収まった。
レファピテルの目が点に成っている。
「持てますね」
「でもね。ちょっとそのまま強く持っていて」
「はい」
「戻って来い」
レファピテルが強く握っていた私の杖は、無事に私の手に戻って来た。
「「「「えっ!」」」」
「これなら出来るけど、その都度やるのが面倒だよ」
「レファピテルの杖は他の人が持てなくて、ゼファーブルの杖はどこに有っても望めば戻って来るのか」
「確かにこれではゼファーブルの杖は、盗られた場合に折られたり燃やされたりするな」
私の杖に対して、そんなコトは魔法でも出来ないと思うけどね。
そんな手品みたいなコトをしているうちに、私たちは図書館に着いた。
図書館はギルドよりかは幾分小さいが、それでも三階建ての立派な石造りの建物だ。
中に入ると一階部分は直ぐに閲覧室に成っている。
中央にカウンターがあり、その左右には彫刻された螺旋階段がある。
一階の書架には子供向けの本や、専門的でない書籍が並んでいる感じだ。
私たちの目的の本は、二階と三階にある。
カウンターの中にある掲示によると、二階は歴史や伝説などの書籍があって、三階にも一部の歴史書があるようだ。
私が知りたい、並行世界などはどっちかに有ったら嬉しいな。
「蔵書数は結構有りそうだが、目的の本はどうだろうかな」
「有るといいな」
取り敢えず二階から、書架を順に見て回るコトにした。
私たちは順次タイトルだけを眺めて行く。
めぼしいモノが有ったら手に取り目次を見るが、内容までは確認をしない。
それをやっていると時間ばかり掛かってしまい、館内にどんなタイトルの書籍があるのかを確認することが出来ないからね。
それでも半日掛かって全てのタイトルは確認出来たので、後は別々に目的の本で各自が知りたいことを調べるだけだ。
そこで、このまま図書館に残るモノと、ギルドとか市場など街を探索するモノに別れたよ。
私は薬屋に行って、試薬の補充をすることにした。
錬金術師の中には自分で作り出すモノも居るけど、どうせ瓶などは買わないと成らないから私は購入することが多いよ。
今の私は薬の売り上げ以外に収入があるのだから、薬を作って売るコトで生活費を得ているモノたちに還元してあげないとね。
そう言う私も昔は、回復薬とかを作って売っていた時が有ったなぁ。
試薬の補充も済んで、特に珍しいモノも無かったので街をぶらついている。
食べ物屋も雑貨屋も、他の街と変わり映えしない。
ドコの店に入るでもなく、私はただ一人で歩いている。
前に人だかりが出来ている。
ナンだろうね。
私はその中に入っていった。
そこには防具がボロボロになって、血塗れで倒れている一人のコボルトがいた。
あれは剣や魔法で負ったケガではない。
鋭い牙で噛まれたか、鋭利な爪で引っ掻かれたモノだね。
もしかしたら熊手のような釘鈀とか、馬鍬を使うモノかも知れないけどね。
私は周囲に居るモノたちに、ナゼこの様なコトになっているのかを聞いた。
その人たちは、誰一人としてコボルトがこの様になった原因を知っているモノはいなかった。
「どうした。何が有ったんだ」
「しゃべらすな。先ずは傷の手当てが先だろ」
「この中に治癒が出来るモノは居ないか」
コボルトの近くの人々が言い合っている。
「わたくしが、治癒の魔法を掛けます。皆さんは少し離れて下さい」
集まった人々の中にいた、真紅のローブに身を包んだ神官らしきモノがそう云った。
それで血みどろのコボルトの近くで言い合っていた人々は、そのモノにコボルトを任せるコトにして少し離れた位置で様子を見守っている。
「我が神、アシュミコルに願う――」
神官らしきモノが治癒の魔法を詠唱しだすと、そのモノの両手が赤く輝きだした。
そして傷口に手を翳して、一つ一つの傷口を治していった。
あのモノの実力ならあんな長い詠唱をしないで、治癒魔法を発動させるコトは出来ると感じる。
それに一括治癒でなく、面倒な部位毎の魔法を選んだのかが判らない。
確かにこのやり方だと時間がとれて、周囲の人々に治癒をしているとPRは出来るが、この場所でそれをやるメリットを私は感じない。
「終わりました」
「うっ、俺は……あんたが魔法を掛けてくれたのか」
「はい。掛けました――」
コボルトとそのモノが会話をしていると、見守っていた人々が歓声をあげた。
そして人々はしばらくの間、その術者を称えていた。
倒れていたコボルトとあのモノの会話は、既に私の耳には届いてこない。