139 眠り草の蕾
私はファリチスに戻ってから、リファヴェーラからもらったローブを脱いだ。
アークシュリラが言っていたように、これを着続けていたらレファピテルやビブラエスに敵わなくなると言った危機感ではない。
元々、勝負をしているつもりも無かったからね。
負け惜しみでもナンでもないよ。
本当にローブとベストの効果が相反して、打ち消しあったりしたら大変なことになるからね。
レファピテルにアークシュリラと相談して出た、ベストの改善点をまとめてから渡した。
レファピテルからも、ヴェルゼーアやビブラエスから聞き取った改善点を書いた紙をもらった。
作った時は完璧と思ったけど、実際に使うと支障があるんだね。
それをアークシュリラにも渡したよ。
魔法陣の本にも、いつか追記しないといけないよね。
ヴェルゼーアからもらった時は二人に貸して読んでもらえば良いと思ったが、ベストの制作で必要なことから複製を作って二人には渡してある。
なので、私の作業用にもう一冊の複製を作った。
その複製に、私が変更したことを書き込むことにした。
私に取っては改善でも、私以外のモノには改悪もあるからね。
この本も複製かも知れないけど、やっぱりもらった本はそのままの状態が良い。
それに後の人が、もしこれを見付けて読むかも知れない。
だから、私が書き入れて汚したら悪いよね。
しかし、私たちはみんなから出た、ベストの機能で改善して欲しいモノの修正をする時間がなかった。
いつもは結構時間に余裕が有るのだが、ビブラエスが西方の拠点近くで眠り草の蕾を見付けたからだ。
通常だと見逃す様なモノだが、さすがの観察眼だ。
それに、蕾の状態で眠り草と判断出来る、毒の知識の豊富もスゴい。
どこか遠くの地で咲いていたモノを、鳥が咥えて来て落としたとか、魔物の躰などに挟まっていたモノが落ちたとかならまだ良い。
拠点の近くに咲いていた場合、下手をしたら拠点を閉鎖しなければならなくなる。
この花の花粉を吸ったら手足が痙攣しだす。
治癒の魔法を掛ければ痙攣は治まるが、直ぐに痙攣をしだす。
それは、治癒で治しても、また花粉を吸い込むからだよ。
この草はとても繁殖力が強い。
なので、咲いている辺り一面を焼いて、魔法とかで土の中に撒かれた種子を無くさないと根絶ができない。
人海戦術で長い時間を掛けるしかないよ。
基本的にそんな事が出来るのは領主くらいだろう。
大金を使うので普通は、引っ越しをするか、尽ききりで魔法を掛けるしか無くなる。
庶民は前者で、貴族や大商人は後者だね。
それが出来る人は良いが、ほとんどの人は眠りに就かされる。
この草が痙攣草や麻痺草で無く、眠り草と言う名前で呼ばれている由来でもある。
完治させるのは、ブロンミルパーツの内蔵で作った薬かマンドラゴラの根から抽出した薬しかない。
ブロンミルパーツは白いムカデと云う名前の通り、白い処……そう、雪の中で生活している。
寒ければ良い訳では無く、雪が必要だからファリチスの周辺にはいないよ。
一方、マンドラゴラは人間の胴体と手足に似た形の根を持っていて、その根には幻覚、幻聴を起こす神経毒があるよ。
なので、薬の知識がないモノが扱うと危ない。
ブロンミルパーツは、とても珍しい魔物なので簡単には入手できない。
高価ならお金は持っているから買えば良いが、売って居ること自体が珍しい。
マンドラゴラはブロンミルパーツ程ではないが、引き抜く際に、人間の正気を失わせるような悲鳴を上げるから、採るのも大変なので値段も高価だよ。
しかし、ここでは全く見かけない。
見かけたら買いたいよ。
その為に内服薬で完治することは期待出来ないが、万が一のために、私が持って居る材料で対処する薬を作るコトになった。
最悪、掛かりにくくするだけでも良い。
予防薬なら、それらの材料が無くても作れるかも知れない。
それで日中は、いろいろな街に出向いて、マンドラゴラが売ってないかを確認している。
私以外の他のモノは、拠点の周辺に咲いているところがないかをチェックに行っているよ。
結構細かく確認しているらしい。
喜ぶべきことに、未だに咲いている所は見付かっていないよ。
「今日もマンドラゴラは手に入らなかったよ」
「ハルメニアで売っていることは、ほとんどありませんからね」
「そうだな。ほとんどの店が、何年も前の予約で一杯だから、仕入れられたとしてもそっちに回すので店頭に並ぶことはないな」
「ビブラエス。だったら、どっかに成っている所を知らない」
「マンドラゴラも、眠り草も、生えている所には遭遇したことはない」
「ゼファーブル。あの山脈ならブロンミルパーツは居そうだよね」
「アークシュリラ。残念だがあすこにはいない」
「ビブラエス、ナンで? 居そうだよ」
「山頂には万年雪が確かに有るが、奴らの唯一の食料であるシュネーシュランゲがいない」
「ブロンミルパーツは、それしか食べないそうですね。もし、いるとしたら雑食のネイジュミルパーツですね」
「ネイジュミルパーツってブロンミルパーツのことだよね」
「正式には違います。ブロンミルパーツは全身が白い色です。片やネイジュミルパーツも白い色ですが、尾のトゲは黒いですよ」
「一般の人は魔物のことを詳しくは知らないから、よく混同するな」
「人もサルから神の姿に変化したように、どんな生き物も強いモノに姿形を似せていきます。たいして強くないネイジュミルパーツも強いブロンミルパーツのような姿になれば、敵も勘違いをして襲ってこないでしょう。どちらも寒いところに住んで居るのは同じですからね」
「そうだな、その方が襲われることが減るからな」
「でも、中身は変わらん、姿はまねてもネイジュミルパーツは弱いままだ。人も姿は神の様になったが、仲間と連んでムラを作ったり、権力があるものに媚びたりするな、それに自分たちと同調しないモノとか、自分より弱いモノには敵意を剥き出しにする。サルとなんら変わらんぞ」
「そう言う私たちも、神ではなくて、サルですよ」
「本当にそうだな。でも、私は権力のあるないに関わらず立ち向かったから、差し当たってカマキリかも知れないな」
「カマキリは動くモノを攻撃するな。それが人であってもだ。それで捕まえられるけどな」
話が逸れている。
話題を戻さないと行けないよね。
でも、きっかけがない。
「カマキリではないですが、ムカデも結構襲って来ますよね。でも、ブロンミルパーツはどうしてシュネーシュランゲしか食べないのでしょうか」
「分からん。で、シュネーシュランゲではなくてネイジュミルパーツでは薬は無理か?」
「ネイジュミルパーツじゃ薬を作ったとしても効かないよ。本にも素材を間違えるなって書いてあったよ」
「そうなの? 防寒対策してもダメだっだね」
「でも、眠り草は咲いている所を見付けてないんでしょ」
「あの蕾が有ったと言うことは、種が拠点付近に運ばれることが想像出来る。今は咲いていないだけかも知れないな」
「誰かが置いたので無ければ、ヴェルゼーアの云う通りだな」
「でも、あの蕾はしおれてなかったから、人だったら往復10日の距離で採取しないと無理だよ」
「この半島にはないと言うことは、大陸の方か」
「そうなりますね」
「誰が置くんだ。私たちは迷惑を掛けてはいないぞ」
今日の定例の打ち合わせも、話があっちこっちへ行ってナニも決まらずに、時間だけが過ぎていった。