119 若返る薬
ヴェルゼーアは相変わらず戻って来ない。
私たちが連れ戻しに行くことも出来ない。
基本的にヴェルゼーアたちは政治的なことが好きだから、それは仕方がない。
ウィスキーを少し飲むと喉が焼ける様に痛い。
ちょっと危ないところに行っていたから、変な病気じゃないと良いけど、どうかなぁ。
アイテム袋から紫色の錠剤を取り出して、飲み込んだ。
しばらく横になっていれば、病気だと自分の免疫力の手助けをして治してくれる。
これの良いところは、治癒魔法の様な無理矢理に短時間で元気な状態にするのではなく、自分自身に備わっている治癒力でゆっくりと治すことだ。
私がベッドで横になっていると、誰かが訪ねて来た。
こんな時に……
そこには見知らぬ初老の人が立っていた。
「ナニか、ご用ですか」
「薬を作って頂きたいのですが、出来ますか」
「話を聞いてからですね。それでどの様な薬が欲しいのですか」
「若返りの薬です」
「無理です。お帰り下さい」
理由を聞かずに断ったけど、無理なものは無理だ。
時間を遡って、もう一度やり直す魔法は一般には存在しない。
魔法で出来ないことは、薬でも不可能だ。
しかし、杖の力を使えば多少なら巻き戻せることが、最近になって判った。
これも私が魔法に慣れたからか、杖が進化したからか分からないけど……
やはり出来るとは言ってはいけない気がする。
老人は広場のベンチに腰を下ろしている。
今はレファピテルに声を掛けている。
少し前にアークシュリラやビブラエスが通っても、声すら掛けなかったのにね。
しばらくそこに居て、ここには宿屋はないから諦めて帰っていったようだ。
それからも、またあの老人が広場に居るのを見つけた。
しかし、声はかけては来ない。
「レファピテル。あの人がまた来てるね」
「そうですね。時間を遡ることは無理と話したのですがね」
「そうだよね。もし、遡れても同じ様になるなら可能性はあるけど、異なる結果だと他に影響を与えるからね」
私が遡ってレファピテルたちに会わないことを選んだら、ハルメニア王国とヴェルゼーアたちは今も戦っている。国王だって変わることは無かった。
それにここに住んで居ても、村の様にはなって居ないと思うからオーラガニアとやり取りをすることもないよね。
だから、どこか一つを変えれば良いと思うのは違う。
一人を変えれば、この星に住む全員を変える必要がある。
個人はコップに入れた水をこぼしたのを、ただ元に戻すくらいに思っているけど……
続けて私がレファピテルに聞いた。
「理由は聞いてないんでしょ」
「はい、聞いても出来ないですからね」
「レファピテルがもし時間を遡ってやり直せるとして、ドコからやり直す」
「そうですね。ヴェルゼーアが国王を暗殺しようとした前日と言いたいですが、そうなるとアークシュリラたちに会うことも無いです。たくさんの料理も知ることは無かったハズですね。一つ一つは単独でも、全て連なって居ますからやり直すことは無いですね」
「私もそうだよ。あの時に違う選択をしたらと言う思いはあっても、全てが今に連なって居るからね」
「時間を遡って修正をすることは無理でも、今……イヤ、今後を変えることは出来ます。本人に聞くと時間を遡れると勘違いされると困ったことになるので、ビブラエスにあの老人がナゼそう言う考えをしているのかを調べてもらってます。個人なので調査は直ぐに終わると思いますね」
レファピテルがビブラエスを伴って私の所へやって来た。
私が二人から話を聞いて、アークシュリラだけを除け者にする訳にはいかないよね。
「二人ともアークシュリラが聞いても問題はないでしょ。だったら集会所でやろうよ」
「全然問題はない。逆に居た方が良い内容だ」
それは暗に戦闘を意味しているのかなぁ。
アークシュリラの所へ寄って、四人で集会所へやって来た。
「で、理由はナンだったの」
「あの老人はエルセントと言って吟遊詩人だった」
「だったって云うことは、辞めたの」
「今は吟遊詩人として活動はしていない。辞める理由も若返る理由も同じ様なものだ。長くなるが出来るだけ短く話す」
「お願い」
「エルセントはとある街を中心に活動をしていたが、ある貴族に呼ばれて演奏や話をすることになった。そこで喜んで親子揃って行ったところ、貴族は大金を出して娘だけを置いていけと言った」
「最初から娘だけが目的だったの」
「そうなるな。もちろん断ったが、断って赦す貴族だったらこんなことはしないだろう」
「そうだね」
「エルセントは僅かばかりの金額が記載された証文にサインをさせられて、屋敷を追い出されたと云うわけだ」
「私の所へは若返りの薬をもらいに来たよ」
「自分自身が若返って、力ずくで取り返そうとしているようだな。剣の素振りとかもやっていたしな」
「健気と云うより、貴族が相手では護衛兵も居るでしょうから無謀ですね」
「あぁ、普通の貴族ならな」
「普通じゃないの」
「アークシュリラ、そう。その貴族の本性は人ではなく、エザノーラだ」
「エザノーラと云うことは、国から認められた存在って訳じゃないよね」
アークシュリラが、話に付いてきていない。
エザノーラが判んないようだ。
「エザノーラって頭がオオカミで体は人なの、でも、跳躍や走る速さは動物並みにあるわ。それに聴覚と嗅覚はオオカミ以上よ」
「レファピテル、判ったよ。エザノーラは半人と云うか亜人……獣人なんだね」
「そうだ、アークシュリラすまん。で、屋敷もどこより立派だから人々は貴族と呼ぶし、周辺の国も貴族的に扱っているな。結局は対応に困っていると云うわけだ」
「娘を捉えられたから、吟遊詩人は辞めたの」
「そうだ。取り返す迄か、今後もずっとなのかは本人に聞かないと分からん」
「娘はどうしてるの」
「棟の最上階に幽閉されている」
「子供を産ませるつもりではないと云うことなの」
「そうだ。自分たちの余興で踊らせるつもりらしい」
「エザノーラは、そもそも人との間に子供は出来ませんよ。生殖方法が違います」
「そうだな。それに単体でも子孫を残せるからオスメスの区別もない」
「アークシュリラ。人間たちと同じ様に男らしいものや、女らしいものは居るよ」
「そうなんだね。良く判ったよ」
「ビブラエス。娘の居所が判って居るんだから、そのエザノーラが居るところも判って居るよね。私たちで連れ戻しに行くこともできそう」
「書いたいきさつはどうであれ、証文が向こうにはあるから奪っても、裁判になれば我々の負けだ」
「もし、戦闘をしたら勝てるの」
「そうなって全滅させれば可能性はある。一人でも関係者を残せば、我々は押し込み強盗だから捕まるな」
「でも、警察とか軍隊はここまで来ないでしょ」
「そうですね。その貴族の領地のみの話ですよ」
「なら、そこに行かなければ良いだけだよ」
ビブラエスは通る可能性があるのか、思案している。
「このまま放って置いたら、エルセントはそいつのところに戦いに行くんだよね。一般人なのに私たちが二の足を踏むことをするんだよ」
アークシュリラの中では、既にエルセントが私たちに退治を依頼したことに成っているようだね。
それから随分と長い間、どうするかを私たちは検討した。