10 杖などをもらう
私が扉を開けると、一人の女性が手足を縛られて床に転がっている。
その女性の傍には食べ物だったと思うモノが皿の上にもあるが、床にも幾つか散らばっている。
それはまだ原形を留めているモノもあるが、中には何だったかが判らないくらいに溶けて異臭を発しているモノもある。
更に汚物も一緒に散らばっている。
最後の力を振り絞って、私たちに合図をしたのかなぁ。
それが、助けてなのか、来ないでなのかは今の状態だと判らない。
「ゼファーブル、窓を開けて良い? もう既に鼻と目が痛いよ。多分、頭も直ぐに痛く成りそうだよ」
「直ぐに開けよう」
私たちは急いで窓を開けた。
外は何処までも真っ暗で、ナニも見えない。
ランタンの灯りも、その周囲だけ照らしているがナニかを照らすことはない。
全くなにも無い空間のようだが、空気は入れ替わっている感じがする。
その倒れていた女性が息をしているか、既に事切れているかを私が確認していると、アークシュリラが言った
「ゼファーブル。この臭いの元はナンとかすることは出来ないの?」
元の姿にするのが一番楽だけど……
ダメだ。
私も思考が変になる。
私は床を見渡してから、出来るだけ原形を残している食べ物に手を近付けた。
そして指先で食べ物に触れ、魔力を流す。
溶けて原形を留めていなかったモノや汚物などは、少しずつ腐敗や消化される前の状態に変わりだした。
部屋の中にあった食べ物も綺麗な状態に戻っていく。
「服も綺麗になった様だから、アークシュリラ、気を失ってるうちに服を緩めて、中のモノを出してよ」
「え~。そこまでやったなら、最後までゼファーブルがやってよ。いくら今は食べ物でも私はイヤだよ」
「え~じゃ、無いよ。やって!」
アークシュリラに、倒れている女性の服の中にあるモノを外に出してもらう。
アークシュリラは、『ゼファーブルは途中でやめて……』と私に聞こえる程度の音量で文句を言っている。
多分だけど、そう言い続ける事で、この状況を忘れようとしているんだね。
アークシュリラは、その女性の腰にあるベルトを緩めて、中にあったパンとかを床に落とす。
「この服装から言って魔法使いじゃないね」
「そうなの?」
「魔法使いはアークシュリラの様に剣を使わないから、ベルトに剣をぶら下げるフックは付けないよ」
「じゃ、魔剣士は?」
「あぁ、居たね。そんなのがね。でも、このフックはアークシュリラと同じで両手用の剣まで使えるモノだよ。そんな凄い魔剣士は居ないよ」
私は、その女性の手足を、もう一度確実に縛った。
「それじゃ、起こすよ」
「いいよ」
私がその女性の両肩をつかみ、力を込める。
はっとして、女性が気付いた。
身をよじって、一生懸命にロープをほどこうとしている様だ。
「それをほどくのは無理だよ。それであなたはナニモノなの?」
「自分は……」
女性が言おうとしたとたん、強烈な光が現れた。
その女性は、また身体をよじり始めた。
「私は、光の神リファヴェーラ。私の眷属を助けてくれたことに感謝します」
何でもこの女性は強い魔法使いに捕まったらしく、リファヴェーラたちがその魔法使いを退治したそうだ。
そしたら異空間に有ったこれは元々不安定な処に建っていた様で、扉だけ現実の世界に現れてしまったと言っていた。
それを偶然にも、私たちが侵入したと言うことらしい。
でも、もっと早く出て来られたよね。
あの悲惨な状況の時に……それとも私たちが窓を開けたから気付いたのかなぁ。
リファヴェーラが女性を一瞥して、話を続けた。
「あなたたちに、お礼をしないといけないですね。ナニか欲しいモノはありますかと尋ねたいのですが、私に出来ることはそんなに多くはありません。これで良いですか」
「魔法使いには、そんなおもちゃの杖でなくヘルメスの杖ケーリュケイオンとローブ、剣士には祈れば致命傷を与えられる能力とマントです。但し普通に戦って勝負になる相手ですので、今の実力ではドラゴンでは無理と言うことですね」
「私は魔法使いでなく、錬金術師ナンですが」
「それは平気です。錬金術師も魔力を持っていますので、その杖は使えますから心配はいりません。ローブとマントには耐魔法が常時発動しています。普段は着てても見えませんが、あなた方自身が実体化を望めば実体化もしますし、消したければ今のように見えなくもなります」
そう言って、リファヴェーラはまた強い光を放った。
その光が収まると、私たちは街道の脇にある切り株に座って居た。
そして、さっきまであった扉も無くなっていた。
「ナンだったんだろうね。私が錬金術師だと言ってるのに、こんなモノくれてね。それに私が一生懸命に作った杖は持って行っちゃったし……」
「ゼファーブル。この風から水を作れる? 魔法使いみたいに」
大気から水を作るのは、錬金術の基本中の基本だ。
でも、なぜアークシュリラが、風から水って言ったのかなぁ。
もしかしたら、アークシュリラは錬金術の基本的なことを知っているのかなぁ。
私が杖を翳したら、そこには水――雨が降ってきた。
もう一度翳すと、雨はやんだ。
「凄いよ、本当に魔法使いみたいだね」
アークシュリラは、自分のことの様に喜んでくれる。
私はそばの草に付いている虫の抜け殻から、錠剤を2つ作った。
この杖は便利だね。
「アークシュリラ、甘いよ。これは魔力増強の薬だよ」
アークシュリラに一つを渡し、残った一つを私は飲み込んだ。
それを見て、アークシュリラは少しなめてから、同じ様に飲み込んだ。
アークシュリラに魔力があれば増やした方がよい。
「私も魔力が増えたらゼファーブルみたいに、魔法が使えるかなぁ」
「じゃ、魔法も勉強しないといけないね」
「そうだね。覚えることがありすぎて大変だよ」
アークシュリラは子供の時がないから、普通はゆっくりと遊びなどの経験を通じて覚えていくことが出来ていない。
それは確かに大変だろう。
「余り欲張ると、どれも中途半端に成っちゃうよ」
「それも、そうだね。なら、一つ一つ覚えるよ」
「そうしてね。アークシュリラの方はどう祈るの?」
「多分、心の中でやっつけたいと祈るんじゃないの? まさか戦っている時に手を合わすことはないと思うからね」
「それもそうだね」
「じゃ行こうか? ゼファーブル」
「そうだね」
また二人で街道を歩いて行く。
道中にウルフがいた。
私たちは保存食以外の食料も無かったこともあって、ウルフにはアークシュリラの実験代になってもらった。
マダーフォンの時と違い、アークシュリラはウルフを一撃で退治をした。
アークシュリラがドコまでのレベルかは知らないが、これなら普段見かける魔物は心配をしなくて済みそうだね。
私の方も錬金術で学んだ知識があれば、道具を出さないで杖を翳すだけで済んだ。
なので、思って杖を翳せば詠唱しなくても、火や水などを発生させることが出来るよ。
だから魔法使いより、私の方がスゴいと思うよ。
こんなに性能が良いモノを、眷属を助けただけで本当に貰って良かったのだろうか。
それに助けたと言っても、私たちがその悪い魔法使いと戦って助けた訳ではない。
それともあの部屋に残っていたモノがとてつもなくスゴいモノで、私たちが持ち逃げしなかったからかなぁ。
これはいくら考えても、私には正解を導き出せないだろう。
しかし確実に言えることは、私たちがこれをくれと言った訳ではない。それなのでリファヴェーラに取ってこの品々を私たちにお礼として与えるのは、全然おかしくないと言うことだ。