105 イールグッドに文章を渡す
私たちは文章を奪ったモノが住んで居る家に侵入している。
私が扉を開けてその中を見ると、部屋の奥には祭壇が有る。
その前には、5人の神官が倒れている。
「これって追放になった神官なのかなぁ」
「判んないけど、ここにいる全員が神官だよね。南に居た司祭と関係するのかなぁ」
宗派替えによって教会にいられなくなった神官だと、宣教の場所を失ったから国にも戻れなかったのかなぁ。
それとも、国にはわざと戻らずに、ここで再起を図っているのかなぁ。
「でも、お店の出店許可状を、ナンで奪ったのだろうね」
「ゼファーブル。中を見なくても複写って出来るの?」
「でき……そう言うこと」
私は、本当に許可状かを知るために、文章の複写を作ってから中を読んだ。
「アークシュリラ。これはマズイよね」
「そうだね」
そこには、イファーセル国がサバラン聖教国に攻め入ることは承ったが、エンラント王国としてはどちらにも加勢はしない。なので今回の依頼である、イファーセル国に食糧や兵を支援することは出来ない。また、我が領土に入る事は禁じると書いている。
発信者名はガーゼル伯爵だ。
食糧支援とかは領地内のことだけど、これは戦争に関わることだ。
それなのに伯爵名で発行されている。
気には成るが、問題は自分たちの国が攻められると言うのに、文章をここに置いて祈っているお気楽さに呆れるよね。
「アークシュリラ。ナンで奪って直ぐに国へ届けなかったのかなぁ」
「それはエンラント王国も参戦すると思わせたいからだよ。ゼファーブルはエンラント王国が参戦したらサバラン聖教国は勝てると思う?」
「サバランはイファーセルとエンラントの二国も相手に、戦えると思わないよ。だから降参すると思うけど」
「それは冷静だからだよ。自分の国は神の国だから、邪教には絶対に負けないって思っていたらどうかなぁ」
「戦うよね」
「そして、この神官たちが一生懸命にエンラントの侵攻を阻止したとなったらどうかなぁ」
「それをやって、もし戦争に勝ったら教団内の地位も上がるかもね」
「だから、ここに居るモノに取って、この文章が本国に届くことは何としてでも阻止したかったことだよ」
確かにそうかも知れない。
「じゃ、どうしてイールグッドが大事なモノを持っていると判ったの? 私たちはお店の許可状と思ったんだよ」
「自分たちが捕まえられるモノを捕まえただけだと思うよ。だから感謝の祈りでも捧げてたんじゃないの」
「そうだね。ビブラエスだったら取られないよね」
「返り討ちにあうよ」
私たちはその文章を奪って、その家を出た。
そしてイールグッドの待っている処へ向かった。
蟻塚ではイールグッドが寂しく待っていた。
「約束通り、取り返してきたよ」
「これです。ありがとうございます。今の私ではナニもお礼が出来ませんが、セイフネルに来た際にはデリエナ通信社へ来て下さいね」
「行くことが有ったら行くよ。じゃ私たちは行くね」
どうせ聞いたって答えないなら、聞くだけ無駄だ。
イールグッドが見えなく成って、アークシュリラが私に語り掛けた。
「ねぇ、ゼファーブル。サバラン教団の国へ行って出国できないと、戦争に巻き込まれるよね。そんな危険を冒さなくても、あすこに神官はいたよね」
忍び込んだ時は20人ぐらい居たが、改宗して墓地を守るモノもいるとダルフさんが言っていた。
そうなるとあれで全員なのかなぁ。
「そうだね」
「少し遠いけど、ここなら見に来れない訳ではないよ。今回は自分たちの復権のチャンスと考えて悪さをしたけど、氷矢を放てるんだったら、もっと効果的に奪えたよね」
「そうだね。やる気になればできたと思うよ。寒くして眠らせるとかだよね」
「そう。意識を無くすこともできたよね。でも、あすこには窒息の形跡は無かったよ」
「窒息は水属性じゃなく風属性だよ」
私たちはそんな訳でサバラン教団の国へ行くことを中止して、ファリチスに戻ることにした。
それはヴェルゼーアたちに、イファーセル国がサバラン聖教国に対して戦争を始めることを伝えるためでも有るよ。
行くことはさすがに無いと思うけど、知っているのと知らないのでは対応が変わるかも知れないしね。
私たちはファリチスに戻って、文章の写しをヴェルゼーアに渡した。
「これではいつかは判らんが、戦争をすんのか」
「そうなるね。これを無くしたモノは探すのに一週間が限度って言っていたから、余裕を見てたとして2、3日中に開戦になるよ」
「2、3日中にか、他国に支援を求めるってことは、本格的に潰す気でやるんだな」
「ちょっと懲らしめるくらいじゃないよね」
「判ったよ。ビブラエスらには私から言っておく」
「避難する人はここまで来ないと思うけど、どうかなぁ」
「来ないだろうよ。但し、国を捨てるなら来るかもな」
「じゃ、アリマーズも知っていた方が良いよね」
「さすがに神官はここまでは来ないだろうが、反撃を受けたイファーセルのモノは判らんから……私から伝えておくよ。この文章はアリマーズに渡しても良いのか」
「そうだね。じゃ、こうしておくよ」
辺境伯のマークに"写"と入れた。
「そうだな、これで偽造でなくなるかな」
私はヴェルゼーアと別れた。
それから数週間が経った。
ここで休みを取っている旅のモノが、イファーセル国とサバラン聖教国とで戦い? イヤ、イファーセル国が一方的にサバラン聖教国を攻めていると、話して居るのが耳に入った。
それによるとイファーセル国内は安全だが、迂回する道にはイファーセル国の陣が敷いてあるので、山脈を越えないと山脈の向こうへ行けないと嘆いていた。