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7thstage☆天才かもしれんな?

 天道さんと汐莉(シオリ)さんが、こちらを見たまま目をぱちぱちして静止する。

 あ、これ空気凍らせた系?? 気持ち悪かった? やらかした??


「えっ、ごめっ……なんか、変なこと言っ」

「ヒィィ〜〜尊ッ!! なんじゃそりゃ、可愛いか! はァァァ尊死(とうとし)だわ。こりゃ我が人生に一片の悔いもないわ、ひゃわぁ」


 (ミオ)さんは何かを早口で叫ぶと、笑顔を浮かべて涙を流しながらよよよと汐莉さんにもたれ掛かる。静止していた二人はその様子に笑い転げ、こちらも涙を浮かべて笑っている。箸が転がってもおかしいとはこのことか。


「いや、ギャップ! なんじゃそりゃよ、マジで」

「みなもちゃんーーー愛おしすぎるー! 愛おしすぎるー!!」

「ず、ずるい、私だってお慕いしています!」


 きゃいきゃいと盛り上がる三人の様子にほっと胸を撫で下ろす。とんでもない空気にしてしまったかと思った。

 この日親睦をちょっとだけ深めた私達は、その後も時間を共有することが増えた。


 お昼ご飯や、休日にみんなでショッピングへ行くこともあった。これまで憧れていた学生生活がどばっと押し寄せてきていた。

 今ではなんと、他のクラスメイトが話し掛けてきてくれることもある。


「みなもちゃんが優しくて楽しい子なんだって、みんな気付いたんだよ!」


 慣れない光景に戸惑っていると、天道さんはそう言った。彼女が言うには、先日のグループ活動での様子を見て話し掛けやすくなったんじゃないかって。嬉しかった。

 他クラスとは交流がないので緊張するのは変わらないけど、少しでも打ち解けた人達がいるということでステージに立つ勇気が出た。


 私達は文化祭に向けて一層励んだ。天道さんの熱意に押されるかのように、何故だか私もやる気満々だった。天道さんって、そういう人を引っ張る力があると思う。嫌な気はしなかった。青春の詰め込み福袋って感じで朝から走るのも、放課後に大きな声を出すことも、楽しい。

 文化祭本番もすぐそこまで迫ってきて、「このまま楽しい時間が続いたらいいのになあ」とさえ思うようになっていた。



 時は流れてあと3日で本番、といったある夜。我が家でのこと。


「あの、一応、それなりに大事っぽいお話が……」

「……なんだ突然」


 これまでにこやかに食卓を囲んでいた空気が一片する。凪翔(ナギト)にぃは箸を置き、臨戦態勢に入った。海音(カイト)も凪翔にぃの顔を見て、ピクリと眉毛を上げるとそっと箸、お味噌汁の椀を置いて姿勢を正す。凪翔にぃは良くない事をするととても怖いのだ。こりゃ切り出し方間違えたな。


「いや、ちがくて」

「みなも」

「いや、だからそうじゃなく。もっとハートフルな話題のやつ」


 凪翔にぃと海音が目を合わせた。


「姉ちゃん。兄ちゃん怖いから早く言って」

「あの、今度の土曜日。文化祭が、あったりして」

「それは知らせを読んだが」

「文化祭の、ステージに、立っちゃったり、して」


 てん、てん、てん。まさにてん、てん、てん。という間が流れる。

 凪翔にぃは湯呑みのお茶にゆっくりと口をつけた。しんと静まったリビングにごく、と喉を通るお茶の音がいやに大きく聞こえる。


「海音、今みなもは何を言っているんだ?」

「姉ちゃんは、「文化祭のステージに立つ」と言っているみたいだけど」

「通常「ステージに立つ」というのは「人前でステージに立ち何かを披露する」といった意味で使うと把握しているが」


 二人は交わした目線を解き同じ動きでそろりとこちらに顔を向ける。

 視線がこちらに向き、思わずこくこくと何度も頷いていた。


「何があったんだ」


 凪翔にぃはまだ怪訝な顔をしていた。過去の私の学校生活を知っているからこそのこの顔だろう。


「あ! 前に言ってた天使ちゃんと放課後になんかやってるってやつ!?」

「天使ちゃ……あ、そうそれ。と、とにかく言ったから!」

「それは見に来てほしいという意味か?」

「えっ、や、うーん……そうじゃないけど」

「行く行く! 絶対行く! な、兄ちゃんっ」

「そうだな、がんばれよ」


 天使ちゃんもとい天道さんをひと目見たいのかはしゃぐ海音につられて、凪翔にぃは表情を和らげた。二人にはたくさん心配を掛けたし、次の学校ではみんなのお陰でなんとかやれてるって、大丈夫だよって、安心させたい。

 歌なんて家族の前でも歌わないしもちろん恥ずかしい気持ちでいっぱいだけど、より一層気合が入った。




「ねえ、舞台用のメイクってどうしたら良いかな?」

「め、めい、え?」


 天道さんは突如聞き馴染みのないカタカナを発した。


「め、メイク!! えっ、まって。海原さんが、メイク……? やだ、絶対映える……映える……」

「また泣いとる」


 もうすっかりお馴染みのメンバーのように仲良くなった4人でいた時のことだった。

 天道さんはお気に入りの雑誌を読んでいると、急にメイクがどうとかと言い出したのだ。なんでも色んなアイドルさんたちが載っている雑誌なのだとか。


「ほら見て、ここ」

「んー、どれどれ」


 その雑誌をばっと広げて、ある箇所を指差した。それを汐莉さんは覗き込む。


「え、と『ライブで気を付けていることはなんですか』『崩れにくいメイクを心掛けています。いろいろコスメを試して自分に合うものを見つけることも大事ですし、ライブ中は汗をかくので崩れにくいメイクやヘアセットになるよう気を付けていますね』……だって!」

「ね? メイク! しないと!」


 天道さんはふんすふんすと何やら張り切っている様子だった。メイクなんてしなくても勝負できるのに。おしゃれした天道さんも可愛いだろうし、見てみたい気持ちはあるけど。

 私のようなどうでもいい顔にお化粧なんて勿体無いし。ていうか前髪で顔なんか見えないし。


「あー、そしたら私はいいや」

「みなもちゃぁん! なんでえぇ」


 天道さんに縋り付かれる。へなへなのお顔が可愛くて頭を撫でる。


「いや、顔見えないし塗っても塗らなくても」

「なんでなんでやだぁ! 一緒にしたい!」

「天道さんはそのままで充分以上に可愛いよ。だけど人前に立つ以上ちゃんとしたいって意識の高さも好きだし、自信の持てる格好で輝く姿もきっと素敵だろうからお化粧姿、楽しみにしてるね」

「な、な、」


 顔を褒められるのなんて慣れているだろうに、珍しく顔を赤らめて狼狽している。可愛すぎて倒れるかと思った。


「すけこましだ! 汐莉っ、この人すけこましの人だ!」

「こらこら陽那多(ヒナタ)、そんな言葉どこで覚えてきたんだね」

「うう……そんな海原さんもステキ……と、いつもなら泣いて倒れるところですが、今日の私は一味違います!」


 澪さんが涙をぬぐい、拳を天に掲げた。


「天道さん、舞台用のメイク……非常に非ッ常ーに! 良い案です!」

「澪ちゃん! そうだよね、そうだよねっ!」

「澪はねえ、メイクに関しては厳しいの。お母様が有名なメイクアップアーティストさんで、小さい頃から興味があって仕込まれてるんだって」


 澪さんはばーんと胸を張り、わざとらしいドヤ顔を披露して見せた。こっそり汐莉さんに耳打ちされた、澪さんママがメイクを施した名だたる芸能人の名前。私でも知ってるような大物芸能人。思わず背筋を伸ばした。


「ふっふっふ。お母様には敵わないどころか私なんてひよっこのひよっこで卵の殻のようなものですが、実はうっすら「この人たちせっかくこのビジュアルでステージ立つのにすっぴんで行く気なのかな?」って気になっていたのです!」

「言って!? もう明々後日だよ、早めに教えて!?」

「いえいえ。とは言えすっぴんでも美しいお二人ですので、私が口を出すことでもないかと……」


 美しいのは一人だけなのだが。そうなの? すっぴんでステージには立たないもの? ステージと言っても文化祭なのに。


「ステージと言っても文化祭なのに、とか考えている顔ですね?」

「ひゃ」

「だめです! そりゃあ学生が見に来るだけの文化祭ステージ、ですが1度きりのステージ。2度と同じステージには立てないのです! ステージ1つ1つを蔑ろにせず、その一瞬に命の輝きを燃やすのです!」


 普段の様子から想像のつかない熱弁ぶり。思わず三人とも圧倒されてしまっていた。


「つまりっ! 私は海原さんのっ、いやお二人のメイクばちばちの姿を見ずには死ねないっ!」


 澪さんが天に掲げていた拳をぐっと握り締める。と、いつの間にか聴き入っていたクラスメイトたちの盛大な拍手が鳴り響く。賛同の声がいくつか聞こえてきた。


「わ、わ、大きな声を、すみませんっ」

澪さんはあわあわと顔を真っ赤にしていつの間にか椅子に乗せていた片足を下ろすと、品良く座り直した。


「はっはっ、澪にメイクを語らせたら止まらないねえ。いーじゃん、やったら?」

「やろ? ね、やろぉぉ?」

「う、うぐ……」

「ねえぇ、おねがいぃ」

「おねがいしますぅぅ」


 頼みの綱だった汐莉さんはすっかりノリ気だし、天道さん、澪さんの二人からこうも懇願されてしまっては断りづらい。


「わ、わかったよ……でもしたことないし、絶対似合わないからね」


 天道さんと澪さんはぱあと輝いた目を合わせて手を強く握り合っていた。


「大っっ丈夫です! 海原さんの素晴らしい部分はどうメイクしたら活かせるか、ずっと考えていました。任せてくださいっ」

「え、待って。今すごく良い案が浮かんだ気がする」

「天道さん……もうこれ以上は、」

「え、待って待って? 天才かもしれんな?」

「天道さん、聞いて」


 ぽん、と肩に手を置かれる。


「汐莉さん……」


 振り返ると汐莉さんが、ゆっくり横に首を振った。


「こりゃもう止められない。そういう顔してる」

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