6th stage★ちょっと好きになったでしょ
天道さんに促され、四人で席につく。
「もーう。みなもちゃん、この子は汐莉。ひなの幼馴染みなの。みなもちゃんがひなの思い付きに振り回されてるんじゃないかって、心配であんなこと言ったんだって」
「心配で?」
「陽那多、時々とんでもないことし始めるから……海原さんっていつも一人でクールな印象だったし、人前で歌なんて大丈夫かなって」
確かに勢いのままよく知らない内に歌うことになっていた。完全同意とは違っていたし、彼女の杞憂はあながち間違ってはいない。
「そ、だったんだ……あの、私こそ、ごめんなさい。心配してくれてるって思わなくって」
「や、私の言い方が悪かったから」
「いや私が」
「はいはいはいストップストップ。じゃあ仲良しね?? 仲良しでいいね??」
天道さんは私と汐莉さんの顔を見比べて、返事も聞かず満足げにうんうんと頷いている。
「はい、そしてこちらが澪ちゃん。汐莉とは部活が一緒なの。そしてー……みなもちゃんファンクラブ会長です!」
「ちょっ、て、天道さんっ」
「ファンクラブって」
またまたご冗談を。ふふっと吹き出してしまう。
笑ってる場合じゃないか。泣かせちゃったんだった。こないだは驚かせてしまってごめんなさい、そう言おうかと顔を上げる。
すると澪さんはサラサラの髪の毛を揺らし顔を真っ赤にして、両手で顔を覆っていた。
「言っちゃだめって、言ったのにー!」
「なんでなんで? みなもちゃん喜ぶよ、ねっ」
「え、え、冗談ではなく?」
「本当だよねえ。最近の美味しい差し入れ、実は澪ちゃんからなの」
「えー!?」
驚きを超えた驚きだった。
「えっ、あの、本当に?」
「わ、ぁっ、ぁっ」
「み、澪さん?」
「ひぃ〜喋りかけてきたぁ」
……泣き始めた。澪さんの目がうるうると潤んでいき、ついに双眸から雫が落ちてしまった。
「あっうそっ、ごめんねっ? ごめんね、澪さんっ」
「あはは! また泣いてる!」
「ちょっと、天道さんっ!」
何故泣かせてしまったのか分からずまた怖がらせたかと慌てていると、天道さんはその様子を見て笑っている。いくらその顔が可愛くても人が泣いてるのを笑うのは流石に良くない、と止めようとした。
「ちがうの、海原さん」
「汐莉さん……」
「澪はね、美味しいものとか、景色がキレイとか、そういうので涙腺が爆発しちゃうの」
「どういう、」
「つまりね。澪は今、憧れのあなたと会話して感動で泣いてるの」
「何言って……」
澪さんは「海原さんが言語を発した」みたいなよく分からないことを言いながら涙を拭っている。
「うう、また泣いちゃった……」
「あの、大丈夫、ですか?」
「ひぃ……大丈夫、ふえ」
「あああ、泣かないで泣かないで」
ちらりと天道さんを見る。その視線に気付くと、にっこり笑って近付いて来た。小さな声で言う。
「ね、みなもちゃんのこと、ちょっと好きになったでしょ?」
「……ありがと」
自分の嫌いな部分。人から嫌われてる、そんな自分が嫌だなって思っていた部分。それが勘違いだったと分かり、少し自分が嫌いじゃなくなった。これが天道さんの言う、自分のことをちょっと好きになったと言うことなのだろう。
このクラスでは天道さん以外と仲良くなれないと思っていた。みんなに煙たがられてるって。でも、そうじゃなかった。遠ざけてたのは、知ろうとしなかったのは自分だった。彼女がいてくれるだけで随分と楽になった通学だけど、彼女のおかげでまた学校が少し良い場所になった。
先程までより僅かに仲良くなった私達は、指定のテーマについて模造紙に下書きをしながら会話を続ける。今まではこういう授業で人と会話をしたことがなかった。
だがどうだろう。こんなに楽しい。
そうか。だからいつも私だけ真面目に作業していたのか。会話が楽しいって、こんなに集中力を欠くのか。
ほとんど真っ白の紙。上の空で走らせた歪なシャーペンの跡。増えない文字。どうしてみんなちゃんとしてくれないの? と苛ついた気持ち。あれは疎外感から生まれていたのかもしれない。
「じ、実は海原さんとは前に会ったことがあって」
「あのね、澪ちゃんはみなもちゃんが転校してくる前に会ったことがあるんだって」
「いや、聞こえてる聞こえてる」
「直接話すと涙が出ちゃうから」
澪さんは天道さんを介して、話し掛けて来てくれた。私は人に憧れられるような人間ではない。いつ会ったんだろ。
「帰り道、電車で体調崩して……その時、助けてくれて」
「だってー」
「ああっ、あの時の!」
通訳の天道さんは早速手を抜き始めたが、私はその時の事を覚えていた。
「や、あの……転校前に一度、見学がてらこの辺に来てて。電車で近くに立ってた女の子が倒れちゃって……み、澪さんだったんだ」
「お、おぼ、ひゃ、認知キタ……」
「なーかせたぁ」
「あちゃ、」
天道さんと汐莉さんはやれやれと言ったように笑っている。そう紹介されたから下の名前で読んでいるけど、実はこちらだって緊張している。クラスの女子を名前で呼ぶのは小学生の時以来だった。
「見上げた時に見えた、長い前髪の下の凛々しい瞳がとっても素敵で。「大丈夫ですか?」そう言った声が格好良くて。教室で挨拶聞いた時すぐにあの人だって分かりました」
澪さんは両手を顔の前で組み、あの日を振り返るように空を見つめて目を輝かせる。記憶が美化されているのか。照れくさいどころの騒ぎではない。
「かっこ……いやそんな、ありがと……ございます。あの後大丈夫でした?」
「うう、お陰様でピンピン丸です。そんな、その後のご心配まで……本当にありがとうございます」
信仰ってこうして始まるのか。
「それで、近くで見たら泣いちゃって……先生は察して海原さんのために席を変えたんだと思うんですけど、何してくれちゃってんだって余計に泣けてしまって」
「あれ私のためだったんだ」
私が怖いから屈曲な男子の隣になったのかと思っていた。あの日の事を思い出していると、汐莉さんが言った。
「あの日凄かったんだよ。海原さん、背も高いし足も長いし、髪型もなんか珍しいし。教室に来る前から「なんかすごいのが来た」みたいに盛り上がってて」
「えー、ひなも見たかったな」
「あんた寿司握ってたじゃん。んで実際見たら超ミステリアスーみたいな。顔見えな、みたいな。めちゃざわついたよねえ」
汐莉さんに同意を求められた澪さんは、大きく頷く。
「でも! ファン一号は私ですからね!」
「ええー、ひなはぁ?」
「陽那多はメンバーじゃん」
「うふ、そっかあ」
人の楽しげな声に囲まれたのはいつぶりか。その輪に自分が含まれていたのはもっといつぶりか。他のグループもそれぞれでざわざわと楽しげにしている。気付いたのは授業が終わる少し前だった。周りの会話が耳に入らない程楽しい授業。もといおしゃべり。
いつだって周りの目を気にしていた。他の話し声を気にしていた。それなのに。ふと口元の緩む自分に気付いて引き締めるけど、天道さんにはお見通しのようでこちらを見ては嬉しそうに微笑んでいた。
『みなもちゃんの良さを地球中に知らしめたい』
そう言っていた今朝の天道さんを思い出す。天道さんは私のことをクラスに馴染ませてくれようとしているんだ。
一緒にいる目的は文化祭のステージなのにここまでしてくれるなんて。
「てかぁ、なんで二人で歌おうと思ったの?」
「えー。ある日、みなもちゃんが一人でピクニックしててー」
「ソロピクニック。つよ」
「お洒落です! さすがです!」
「いや、微妙にちがう」
ぼっち飯というものだ。トイレで食べるか中庭で食べるかの差しかない。
「ひなのお寿司活動についてちゃんと聞いてくれたの嬉しくって、もっとお話しよーってなって」
「そうだったの? 私も初耳」
「陽那多の話とんちんかんなのによく聞いてくれたね」
こちらとしてはあまりの可愛さに緊張していて、うまく聞けなかったなまであったのに。実際あの頃、お寿司屋さんでのお話を毎日のように聞かせてくれた。
「それでお話してるうちに、あれ? みなもちゃんの声、歌わせたらいい感じになりそうでは? って気付いちゃってー」
「ナイスアイデア……ナイスアイデアすぎです。ありがとう、その時の突拍子もなかったであろうひなちゃん……」
「絶対に突拍子なかったもんな」
思い返せば本当に突拍子なく、と言うか何言われたかも分からないまま返事をしてしまい。それを言うと天道さんの美しい瞳がうるうるしかねないので黙っておく。
「一緒に歌ったんだけど、もう、ほんと、もう……これ!! という感じのぐわぁぁって、ぐわぁぁって!」
天道さんはきらきらの目をさらに輝かせ頬を蒸気させる。口角が上がり紅色の小ぶりな唇が普段より忙しなく動く。こうして彼女がわくわくするものを語る時の表情が堪らなく好きなわけだが、今彼女が語るのは私だ。
そう思うと何だかむず痒い。恥ずかしさや誇らしさ、感じたことのないものが胸を満たす。
「へー。早く二人の歌、聞きたいね」
「うんうん、楽しみすぎる!」
そうだよな。歌うんだよね、みんなの前で。こうして応援の声を聞くと、より一層実感する。
「で、海原さんはなんで陽那多のハチャメチャ話に付き合おうと思ったの? 元々歌やってたとか?」
「や、そんな、全然まったく」
「ほらぁ、もう。絶対無茶振りしたじゃん」
「そうかなあー?」
汐莉さんが天道さんのほっぺをつんつんとつついた。
「あ、あのでも私っ、嬉しくって」
「そうなの?」
「あんまり、こういう……人と一緒にとか、私のこと選んでくれたりとか、初めてで。だから、嬉しくて」
あと顔が良すぎる。この顔で言われて断れない。と心の中で付け足す。