5th stage☆善意100%
ただ立っているだけで暖かくて眩しいオーラを発する天道さん。でもマイクを持っている時が一番眩しい。歌声も好きだけど、何より天道さんの笑顔に心が惹かれる。
「天道さんって、見てると元気になる」
「……えっ」
「落ち込んだ時とか。天道さんがにこにこしてるだけで私、元気になる」
いつだったか、ふとこんな恥ずかしいことを言ってしまったことがある。言っている内に「私はいったいなんという恥ずかしいことを……!」と言葉尻が弱くなってしまったけど。
あの時見た、天道さんのはっとした顔。その後の本当に嬉しそうに笑う愛らしい顔。どちらもはっきりと脳裏に焼き付いている。
そしてマイクを片手にライブさながらに踊りながら歌う天道さんの笑顔は、やっぱり私を前向きな気持ちにさせた。
歌の練習を重ねていく内に、自分の中での抵抗感が薄れていった。最初はみっちゃんさんやお客様の前で歌うのはとても恥ずかしかったし、空き教室で歌うなんてどこに音が漏れるか分からず不安だった。
だけど、隣に天道さんがいると勇気をもらえる。恥ずかしいという気持ちも、堂々とした天道さんを見ていると、そう思うことの方が恥ずかしいように思えた。何より一番近くで彼女の歌声を聴くのはとても気持ちよくって、この時間がどんどん好きになっていく。
日が落ちていくこの時間。窓の外が橙になり、部屋の中がセピア色に溶けていく。その中で響く天道さんの歌声が、生き生きと歌う姿が、夕陽に染まるのが幻想的でお気に入りだった。
オレンジから紫に変わり、黒がやってくる。私にとって、この時間はとても大切なものになった。毎日この時間が待ち遠しかった。これまでは学校でこんな気持ちになる日が来るとは思わなかった。いつもつまらなくて寂しかった。天道さんは私の生活をまるっと変えてしまった。
「はー、今日もたくさん歌っちゃったねえ」
「夜だね」
「大丈夫、疲れてない?」
「ぜんぜん! 天道さんは大丈夫?」
「ひなも、ぜーんぜん!」
下校の時刻を知らせる放送が流れている、急げ急げと駆け足で校門へ向かう。昼間とは違いシーンと静まった校内で、ばたばたと音を立てる。自分たちの話し声がだだっ広い校内に響いている。
校門を出て、はあはあと肩で息をした。
「ランニング、しちゃったね」
「はー、ま、間に合ったあ! まだまだ、走り込み不足だねえ。じゃあ、また明日ね」
顔を見合わせて笑う。こんな些細な一時が楽しい。
その分帰り道が寂しかったりして。先程までの賑やかな時間を思えば、暗い夜道を一人歩くのは心細い。足早に帰路につく。
家の前に着くと、ドア越しに夕飯の良い香りが漂って来る。
「ただいまー」
「姉ちゃん、遅いよ!」
「ごめんごめん、わーいいにおい」
我が家にはしっかり者で料理上手な弟がいる。
「姉ちゃん最近遅いじゃん、彼氏?」
「海音、みなもに彼氏なんているわけないだろ。可哀想なこと言うな」
そして頭と外面の良い意地悪な兄がいる。
「凪翔にぃ、そんなこと言って私に彼氏が出来たら寂しいんでしょ」
「は、出来てから言ってほしいねえ」
男兄弟に挟まれてたくましく生きてきた。こんな調子だが前の学校で悲しい思いをした時は、全力で味方になってくれた。私はこんな二人が大好き。
食卓につくと湯気の立つ食事が並んでいて、お腹が空いていることに気付く。二人も椅子にかけた。なんだかんだ言い合いながら、ご飯はみんなで一緒に食べる。練習で遅くなった日も、こうして用意をして待っていてくれる。両親は小さい頃から仕事が忙しくて家を空けがちだったから、私達は三人でいることが多かった。
いただきます、と手を合わせて箸を伸ばす。帰宅時間に合わせて作られた料理をありがたくいただく。一番好きな味だった。
「で、みなも。お前最近こんな時間まで毎日何してるわけ?」
「えー、友達と色々がんばってる」
「友達! 姉ちゃん友達できたの!?」
海音の目と口がまんまるに見開かれて、自分の口から「友達」という言葉が出たことに驚く。友達、だなんて烏滸がましいかな。
文化祭で歌うから練習している、と二人に告げるのは中々難易度が高いのでこういう言い方になってしまった。文化祭までには言えたら良いけど、まだ家族に知られるのはちょっと気恥ずかしい。
「友達ー、かは、わからないけど」
「パシられてるとかじゃないだろうな?」
「それはない、めちゃくちゃ良い子。天使」
「てんし」
「天使よ」
二人が目を見合わせる。
「まあ、近頃のお前の顔見てれば楽しそうに学校行ってんのは分かるが」
「兄ちゃん、そんなこと言ってー。嬉しそうにしてたくせに」
「……黙って食え」
「むぐ」
凪翔にぃがもぐもぐしながら喋る海音の口に、さらにサラダを詰め込む。海音が口を抑えて一生懸命咀嚼していた。
私、楽しそうに見えているのか。心がほく、と温かい。
「ごく。姉ちゃん! 友達、女の子?」
「すーーーごい可愛い女の子」
「すーーーごい可愛いの? 見たい見たい家連れてきてよ!」
「何色気づいてんだバカ」
「いった! 兄ちゃん、すぐ殴る」
笑い声が耐えない我が家。家はやっぱり落ち着く。大好きな兄弟達に、早く自慢の相方を見せたい気持ちも大きい。だけど、家に連れてくるっていうのは少しハードルが高い気がした。プライベートで仲良くするのって、どれくらい親密な人達がすること?
文化祭が終わった後も、私と天道さんは一緒に笑えているのかな?
そんな薄暗い気持ちを振り払い、目の前のおかずを味わうことに専念した。
天道さんに出会ってからというもの通学が苦ではなくなったし、人からの視線は気になるけど以前よりは落ち込まなくなった。
自分的には満足しているんだけど。
「みなもちゃんはもっと自分の魅力に自信を持つべきだ」
「何を突然……」
朝。教室に入ると、私の席には当たり前のように天道さんが座っていた。今日も大したお化粧をしているように見えないのに、人間史上最高傑作(私調べ)だし髪の毛もつやつやで、しかも早起き。偉すぎる。天才だよ、天道さん。
天道さんは私を見つけると、席を立ち「こっちこっち」と笑顔で手招きをした。いや、私の席。
しかし今日の天道さんはおかしなことを言い出した。
「みなもちゃんの良さを地球中に知らしめたい」
「どうかしてしまったの?」
「みなもちゃんの! 良さを! 地球中に!」
「やめてやめてやめて」
大きな声を出したので、細い肩を揺らして止めた。
「と、言うわけで」
「はあ、言うわけで……?」
「ひなはひと肌脱ぎますよう」
「いや、しっかり着込んでてもらって」
何を考えているか分からなかったけど、何か思い付いちゃっていることだけは分かった。しかも善意100%のようだ。また彼女は突拍子のないことを言い出すんじゃなかろうか。
「ふっふっふー。その方が歌うの楽しいよ! 安心して大船に乗った気持ちでいてね。楽しみ楽しみ」
チャイムが鳴り、何かを握らせ天道さんは席に戻って行った。手のひらの中にはのど飴が握らされていた。
彼女の謎言動についての真意は、その数時間後にすぐ発覚した。
それは社会科の時間だった。まとめ学習をやると聞いていたけど、先生はいきなり嫌いな言葉ランキング堂々殿堂入りのあの言葉を放つ。
「じゃあ今回はグループでまとめてもらいます。自由に四人組作ってくださーい」
気怠げにそう言うが、その‘自由にグループを作る’それが生徒に与えるダメージを知らないのか? 席順とか出席番号順とかあるでしょ。
今まで憂鬱でしかなかった自由にグループを作ってください、これも天道さんのお陰で少し怖くなくなった。
だがしかし。それも二人組の時に限る。こんな時は何だか申し訳無ささえあった。二人組以外の人数で組む時は、他の誰かも私と組まされてしまう。そうなると、嫌なんだろうな、申し訳ないな、と心が落ち着かない。
「みなもちゃーん、一緒にやろ!」
「あ、うん……でも」
「四人だから、あと二人だねっ。そう思って、あらかじめ用意しておきました! じゃーん!」
ずい。とまるで○分クッキングのように、用意されていた二人のクラスメイトが押し出される。
よりによって転校初日に泣かせた女子である。もう一人は先日「根暗のお前が歌えんのか?」(意訳)と言ってきた天道さんのお友達だった。
いやいやいや。人物のチョイスどうなってんの? なぜこの二人。
「天道さん、それはちょっと……」
「え、なんで?」
私が彼女を泣かせたと知らない天道さんは、私が小声で止めるのも意に介さない。しかももう一人とはこないだ変な雰囲気になっちゃったし。睨まれている気がする。二人とも、私とじゃ嫌なんじゃ。ていうか、嫌だろうな。
「あー……じゃあ私、他の人と」
「なんで! ひなとやるの!」
「く、かわいい……じゃなくて、だって」
ちら。と二人を前髪の隙間から見る。
「あの、」
黒髪の艷やかなポニーテールが揺れる。天道さんのお友達がぽそりと言葉を発する。
「あ、はい」
「あのさ、こないだは、無神経なこと言って、ごめん」
「……や、べつに」
「そういう、つもりじゃ、なかったんだけど」
言葉に詰まりながら、そう言った。
「ほらぁ、汐莉! ちゃんと言って!」
「陽那多ぁ……」
腕を組み、天道さんには珍しく叱るような口調。へなへなと眉尻を下げ天道さんの袖を掴む仕草を見ると、あの時のキツイイメージは払拭される。
「ほら、とりあえず座ろ! 四人組、決まり決まり」
「え、ちょっ」