4th stage★一緒に立てるんだもん
そこへ大きく拍手しながらみっちゃんさんがやってきた。
「あなたいいわねえ。低く深く響く声。確かに子どもの合唱では浮いちゃうかもしれない……だけどその声を活かせば強い武器になるわ」
私の声が武器に? 下手すぎて人が死ぬ的な意味ではなく?
自分の声が高くない自覚はあったけど、響きが良いなんて褒めてもらったのは初めてだった。
みっちゃんはすごく嬉しそうな顔をして、私達二人だけに聞こえるような小声で言う。
「テンちゃん、良いパートナー見つけて来たわね。お金の匂いがぷんぷんするわぁ」
「まぁたみっちゃんは! すぐお金のこと言う〜」
みっちゃんさんは鼻歌交じりにカウンターの奥へと戻って行った。そしてすぐに飲み水を用意してくれる。
それに気が付いた天道さんが、お礼を言いながらお水を取りに行く。
天道さんはコップを2つ静かに置く。こちらを向くと、すごく良い顔をして片手を差し出してきた。
「と言うわけで。よろしくね、みなもちゃんっ」
「あ、うぉ……お願いします……」
断るなら今が最後、と一瞬頭を過ぎる。しかし天道さんの細くしなやかな指先は薄紅に色付き、私の右手は花に近付く蝶のように吸い寄せられてしまった。いや、蝶は美化しすぎ? 蛾とか?
天道さんは手を握ったままぶんぶんと上下に振る。
「やったー! みなもちゃんと歌うのとっても楽しみ!」
「た、タノシミダネェ……」
満面の笑み……プライスレス……ッ!
いや、文化祭は全然嫌なんだけど、まあこんなに喜んでくれるなら1回くらいは。どうせ既にクラスじゃ浮いてるし、これ以下はないだろう。天道さんのはしゃぐ顔を見ていると、全てが難しくないことのように思えた。
「とうとうグループ結成かあ、ここまで長かったなあ」
「そ、うなの?」
「んふ、そうなのです。ずっと、みなもちゃんのこと待ってたのかも!」
お茶目にウインクしてみせる。
ウインクーーーー! 芸能人以外でしてる人初めて見た。様になる。
そんなことを言われてしまえば、こちらも身の丈に合わず浮かれてしまう。頭がほわっと夢心地になった。
今思い返せば、この日がすべての元凶だった。
「まぶしっ」
翌日のこと。クラスへ行くと、一カ所だけ光り輝いている。天道さんだ。余りの輝かしさに驚いて顔を背けた。彼女、発光してない?
「あ! きたきた、みなもちゃん! おはよっ」
「おは、おはよう」
「えー、寝れた!? ひな、嬉しくって眠れなかったの!」
「嬉しくって?」
私を見つけた途端、教室の端から取り巻きたちを掻き分けて駆け寄ってくる。ふわふわとウエーブした明るい色の髪を揺らし、育ちの良いわんちゃんみたい。こんなに可愛い女の子が朝から私を見つけて駆け寄ってくる。嫌な気分はしない。寧ろひゃっほい。彼女の人懐っこく朗らかな性格を見ていると、みんなが寄ってくる気持ちもわかる。
そして今現在、その取り巻きたちの冷たい目線がぐびぐひ体に突き刺さるわけだが。転校初日に泣かせてしまった女の子も、顔を伏せ気味にこちらを窺っている。まだ怖がられているのだろうか。ただでさえ浮いている不気味な転校生。それが人気者の天道さんに構われていて、元々の友人たちにとっては気に食わないのかもしれない。
こそこそと何かを話すクラスメイトたち。それを背後にしている天道さんは、彼女たちの目線に含まれた色に気付かない。
「うんっ、ひなとっても嬉しい! だって文化祭で一緒にステージ立てるんだもんっ」
「ーーーーーーーっ!?!?」
声にならない声が出る。天道さんはくるりと周りぴたっと止まると、流れるように顔の下で指を組み絵画のような顔でそう言った。もちろん、クラス中がこちらを向いた。
「えっ、なっ、なんで言うっ、えっ」
「えっ、えっ、どうしたの?」
突然の大発表になってしまい、クラスメイトの視線が気になるやら、これからどうしたら良いのかと混乱するやら。だって、これから文化祭までまだ2ヶ月位。本番までクラスメイトに「こいつが天道さんとステージ……?」って思われながら過ごすなんて、無理無理無理!!
天道さんは天道さんで、私が顔を青くしてあわあわするのでつられて慌てている。
「ねえちょっと」
その冷えた声に肩が震えた。
気が付くと天道さんのすぐ後方に数名の女子が近付いて着ていた。その中の一人、ポニーテールの女の子が天道さんの袖を引いている。
「あ、どうしたの?」
「今の話……ちょっと、聞こえちゃってさ」
「あー……」
そのクラスメイトは、天道さんと特に仲が良さそうだった。
天道さんはちらりとこちらを見る。先程の私の反応を見て、言って良いものかと逡巡しているのかもしれない。
どう反応を返すべきか分からない。出来れば文化祭まで伏せておきたかった。あいつ調子乗ってる、という好奇の目に晒されるまでの日数を少しでも引き伸ばしたかった。
「文化祭でステージに立つって、聞こえた気がするんだけど」
天道さんが返事に困っていると、さらに問を重ねてくる。
「や、その……えっと」
天道さんはにこにこしながらも、助けを求めるようにこちらをちらちらと見てきていた。
「陽那多と……海原さんが、ステージ出るの?」
天道さんが答えないと分かると、矛先がこちらに向く。こっわ! 私のこと認識してた、こっわ!
ぐっと拳を握り、腹を決める。
「そ、うだけど」
「っ、あ、そう」
絞り出した返答は、あまりにも頼りなく情けなかった。ポニーテールの女子は眉を顰めわずかに目を見開く。すぐに表情を取り繕うと、そっけない返事をした。
天道さんも驚いていたみたいだった。ここで私が明かすとは思わなかったのかもしれない。流石にここまで来て逃げられるとは思えなかった。直後、とっても嬉しそうに目を輝かせる。
「ふん、二人でコントでもやる気?」
「ううん、一緒に歌うの! 今日も練習するんだぁ、がんばるね!」
「歌!? 歌うの!?」
「そうなのー! えへへ」
一瞬女生徒の表情が明るくなった気がした。面白いネタが出来たと喜んでるのか。これからこそこそと笑い話にされるのか。
他のクラスメイト達もざわついている。天道さんと一緒にいた人たち、現れた女生徒の後ろに控える人たち、クラスの隅にいる少人数グループ、みんながこちらを注目していた。居心地が悪い。
「陽那多、歌うまいもんね」
「ありがとー」
「でも海原さんと歌うって……大丈夫なの? いつも静かじゃん」
「……用もないのに喋らないでしょ」
つい、だった。しまった。つい余計な事を言い返す。私みたいな暗い人間には無理って言われてるような気になってしまって。彼女はそんなこと一言も言ってないのに。妙な空気が漂い、呼吸が浅くなる。その時。
「はーい、席ついてー」
がらりと音を立て、担任が教室に入ってくる。まだ話を聞きたそうな顔をした女の子たちが各々の席へ着く。
自分も席につく。ふう、と息を吐く。どことなく安堵した。あの空気に耐えられそうにない。
天道さんはこちらを振り返り、掌を合わせて「ごめんね」のポーズをしていた。別に彼女が悪いわけではない。クラス中に言いふらしたい程喜んでくれているのかもしれない。
その後誰かが私の前でこの話題を掘り起こすことはなかった。だけどまたこちらを見ながら、こそこそと何か言われている気がする。あんなことを言い返してしまったので仕方がない。今更さらに気になることでもない。
天道さんも気を遣ってくれているのか、クラスメイト達の前では文化祭の話をしなかった。
クラスメイト達の前では文化祭の話題を出さなかったものの、毎日毎日放課後には練習を欠かさない。少しでも多く練習しないと落ち着かない。本番、天道さんに恥ずかしい思いをさせたくない。きっと私のいないところで、どうして私と天道さんが一緒にいるのかって疑問視している人もいる。そんな人達にも私等のステージを楽しんでほしい。天道さんがそれを望んでいるから。
「みなもちゃん、おまたせー」
「あ、終わった?」
「おわたおわたー」
ある日の放課後。一人で待っていると、担任に呼び出しを食らっていた天道さんがやって来て私は聴いていた音楽を止める。
今日は空き教室へ来ていた。最近の放課後と言えば空き教室かみっちゃんさんのお店に行くのが日課だ。天道さんに習ってボイストレーニング的なことをしたり、筋肉が大事と言われて一緒に筋トレしたり、走り込みをしたり。
「はい、これ」
「あれ、また?」
「うん。なんか、くれた!」
「いつもおすそ分けありがとね」
天道さんは紙袋を抱えていて、そこからは甘い香りが漂っていた。渡された紙袋をがさがさと開ける。中にはシュークリームがいくつか入っている。近所の人気店のものだった。
「わあ! このシュークリームって!」
「みなもちゃん、さっきこれ食べたいって言ってたもんねえ」
「嬉しいー、これどうしたの?」
「まあ、とある筋から?」
甘い香りを口いっぱいに頬張り、幸せな気分が満ちていく。
天道さんは度々何かしらのプレゼントを貰っているのか、こうして私にもおすそ分けをしてくれる。食べたいなあと思っているものをいただく事も何度かあり、感謝なのだ。
毎日一緒にいるうちに、天道さんとも随分打ち解けた気がする。彼女のキラキラ感はやっぱり眩しいし、今もくらくらしちゃうけど。彼女といるのは楽しくて、気付くと頬が緩んでいる。
「んー、お腹も満たされましたな」
「ふう。では、そろそろ練習に励みますか」
少し発声練習をする。本番で歌う曲はまだ決まっていないけど、いくつか候補があった。その内の一つをスマートフォンのカメラで撮影しながら歌う。
すごく亀更新ですみません汗