表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/20

3rd stage☆いいぞとびいり

 こちらに視線が集まる。お客さん達、どんな顔しているんだろう。注目に耐えられず、妙な汗をかいている。天道さんはこちらの皆さんとお知り合いのようだけど、私にとっては初対面の方ばかり。きっと皆さん、天道さんみたいに可愛い子が見たいよね。邪魔だなって思われてるのかな。

 値踏みをされているみたいで居心地が悪い。お客さん達の間を進み、天道さんの元へ辿り着くと彼女は満足気に微笑んだ。


「みなもちゃんはこういう風に歌うの初めて?」

「はじ、めて」

「そっかあ! じゃあいきなりトップバッターだと緊張しちゃうね。先に歌うから、一番近くで聴いててねっ」


 天道さんはそう言うとマイクの高さを合わせ、小さな声で「あー、あー、」と音を確かめる。


「こほんっ。えー、皆様! 本日はふたりの初ライブへようこそーっ」


 パチパチと拍手が起こる。オーディエンスに話しかける様子はライブさながら。お客さん達もかなり盛り上がっている。


「それでは聴いてください、1曲目は『虚空のアルペジオ』」


 私でも聴いたことがある最近の人気曲。若い歌い手の方がSNSで披露したところ、所謂「バズった」。そんな曲だったはず。

 カラオケの機械は起動したものの音は流さないようだった。アカペラで歌うなんてすごい勇気。ふわふわしてお姫様みたいなのに、なんて度胸がある人なんだ。


 隣で天道さんが深く呼吸を吸ったのが分かった。


 彼女が歌い出す。途中までマイクのエコーを切っているのに気付かないほど伸びやかな歌声。思いも寄らぬ声量。そして清涼。一瞬にして古びた喫茶店から、障害物のない草原にやって来た気分だった。話している時よりも芯が強く朗らかに響き透明度の増した歌声。

 さらには彼女の持つ独特のきらきら感と引き込まれる笑顔。ああ、この子いつか本当に有名になる子なんだ。


 半ば呆然としながら見入っていた。はっと我にかえり周りをそっと見る。お客さん達はうっとりとした顔で天道さんの歌を聴き、心なしか目元や口元が優しく見える。目を閉じて聴いている人もいた。みっちゃんさんはいつの間にかお客さん達に紛れて観客になっている。


 天道さんの歌でみんなこんな顔になっちゃうんだ。隣に立っているだけなのに、まるで自分がお客さん達の幸せそうな眼差しを浴びているかのようで気持ちが高ぶる。人の視線を浴びることに対して前向きに感じたのは生まれて初めてのことかもしれない。

 こっそり、天道さんを見た。とても楽しげに歌っている。その顔を見れば、彼女が本当に歌うことが大好きだと分かる。

 ぱっ、と目が合う。真っ直ぐこちらを見ていた。天道さんは私をからかってこんなことをしているわけじゃない。本当に、私と歌いたくてここに連れて来たんだ。きっとそうなんだと、直感した。

 

 そう思いたいだけなのかもしれないけど。だけど、なんとなく。なんとなく、「下手くそな歌を聴いてもらってさっさと諦めさせよう」なんてとても失礼な気がした。

 私は歌は得意じゃないし、こんな風には歌えない。地球をひっくり返したって、私じゃ天道さんがして見せたようにお客さんを喜ばせるなんて出来ない。だけど、せめて天道さんの真っ直ぐな想いに応えたい!

 その結果隣に立つのは私じゃない誰かになるかもしれないけど、それでも誤魔化さずに歌おう。全力でやって、天道さんが決めることなら後悔はしない。


 もちろん文化祭ステージに立ちたいわけではない。それは今も変わらないけど、こんな顔を見てしまったら適当にやるわけにはいかないなって。ただそれだけ。


 天道さんの歌が終わる。彼女は口元をマイクから少し離し、ふーっと息を吐き出した。堂々として見えたけど、緊張してたのかな?

 そしてお客さん達から大きな大きな拍手が起こる。広くはない店内で反響して、四方八方から拍手を浴びる。


「テンちゃーん!! いいぞー!!」

「さすがだテンちゃん!!」


 お客さん達が次々に褒め称え、天道さんは照れたように口をキュッと結び顔を綻ばせた。


「えへへ……ありがとうございました」


 ぺこり、とお辞儀をし、また拍手喝采。その拍手はしばらく続いていた。


「こ、こんな感じ……あの、」

「すっごく、良かった!」

「あ、わ、嬉しいっ」


 前髪をいじりながらもじもじとこちらを窺うので調子が狂う。しかしあれこれ考える前に感動が口をついて出た。興奮のせいかいつもより大きな声が出てしまっただろうか。天道さんは一瞬驚いた顔をして、そして頬を染め目を細めた。


「あ、ごめ、歌……すごい、上手なんだね。あの、すごくかっこよかった」

「みなもちゃん、そんな顔するんだ」

「え?」

「ううんっ、嬉しいっ!」


 天道さんはちょいちょいと手招きし、私をマイクスタンドの前へと立たせた。スタンドを調整し、マイクの位置を上げる。


「持った方が歌いやすい?」

「や、べつに、なんでも」


 歌いやすいとか歌いやすくないとか、ない。

 マイクの前に立つと、「あ、本当に歌うんだ」という気持ちになる。先程彼女の歌声に感化されて勇気をもらったものの、それでもやはり私の中の意気地なしが顔を出す。

 拍手をしていたお客さんたちも、いつの間にか落ち着いていてこちらに向かって姿勢を正していた。待ってよ、ラフに聴いて!? なんなら雑談とかしててよ!


「どうしよっかー、音は流す?」


 大きく何度もこくこくと頷いた。天道さんはモニター下でしゃがみ、ラックの中から選曲の機械を取り出し私に渡す。


「何でもいいよっ、歌いやすい曲流してみよ!」

「う……歌いやすい曲……?」


 この世に歌いやすい曲などない。その概念がない。

 学校で歌う曲くらいしかレパートリーがなく、その中でも一番何度も歌った曲。それがこの曲だった。

 渡された機械に曲名を入力し、送信する。


 恐らく全国民が歌ったことのある曲。その聞き馴染みあるイントロが流れ、モニターにタイトルがばんと表示される。


「こっ、か?」

「国歌?」

「国歌だ……」


 お客さん達の動揺が伝わってきてしまう。すみません、これくらいしか歌い慣れた曲がなく……。


 心臓がばくばくして、やっぱり変な汗はひっきりなしに流れるし、逃げ出したい気持ちでいっぱいだけど、横で見ていた歌う天道さんの顔を思い出し自分を鼓舞する。

 大丈夫、この曲なら歌える! ぎりぎり!

 いやでも、先生に「ちょっと小声で歌うことにしよっか」って言われたことあったな……でも他の曲よりはちょっとましに歌える、多分。


 わずか数秒の間に悲しい記憶が引き起こされた。私のこのカスカスの声は合唱に合わないらしく、今まで小声で歌わされたり男子に混ぜられたりした。大丈夫、せめて天道さんが「こんなの連れて来ちゃって恥ずかしい」ってあまり感じなくて済むように声だけ出そう。


 大きく酸素を取り込んで、ぐっとお腹に力を入れる。

 最初の一音。なぜ国歌? とざわつくお客さん達がピタッと止まる。ワンフレーズ歌うとこちらを期待に満ちた目で見ている。え、なんで? いやいや、自信過剰? でも、これまでの人生で向けられたことのない顔を向けられている。


 これまでクラスメイトには「地獄のような歌声」「お父さんのいびきみたい」と酷い評価をされた。逆に不安になり、歌は止めずに隣にいる天道さんを見た。天道さんは手を胸の前で組み、なんか祈っていた。そして目が合うと、うんうんと何度も頷く。どういう意味?

 なぜ祈られているか分からないけど、その顔が何故か誇らしげに見えてしまい可愛くて吹き出しそうになる。それを堪えてどうにか歌いきった。


「うおおおお!」

「いいぞとびいりっ!!」


 すると驚いたことに客席は大盛り上がり。私にもたくさんの、たくさんの拍手をくださった。


「嬢ちゃん! 名前はなんてったっけ?」

「あ、はい。海原 みなも、です」

「みなもちゃんか!」

「みなもちゃーん! 良かったぞ!!」


 何故かものすごく喜んでくれている。歌って迷惑そうにされたことは多々あれど、こんなにも喜ばれたのは初めてで心とほっぺがムズムズした。紅潮する顔を見られるのが恥ずかしくて、俯いて「ども」とかなんとか社会不適合者丸出しのお礼しか言えない。


「みなもちゃんっ」

「ほわ」

「みなもちゃんすごいっ! すっごいかっこよかった!!」

「かっこよか、え?」


 天道さんがばっと飛び付くように抱き着いてきた。柔らかくて良い匂いがする。天道さんの纏う香りがとても落ち着くので一応しっかり嗅いでおいた。役得ってこういうこと?

 手放しに褒めてくれる。私を見上げて抱き着きながらかっこいいと褒めてくれた天道さんは、目に涙を溜めてきらきらさせていて。これは世界中の男子たちが惚れちゃうな。私も下手したら惚れちゃうな。


 彼女の対応と香りと子犬のような可愛らしい顔に癒され、上がっていた心拍数も徐々に落ち着いてくる。

 良かった。みんななんか喜んでる。ちゃんと歌えたんだ。


 待てよ? ちょっと喜びすぎじゃない?

 これ結局、天道さんすごい喜んじゃってない? 文化祭でステージに立つルート辿ってない?

 あまりの汚声にみんながドン引いてしまう可能性まで想像出来ていたのに。


「あの……歌、本当はあんまり得意じゃなくって。だから天道さんの隣で歌うのは不釣り合いかなって、思ってて、」

「得意じゃない!? どこが!」

「いや、授業でも歌わせて貰えないこととかあったし……」

「なんでそんな……全然そんなことないっ! かっこよかったもん!」


 天道さんがぷんすこしている。怒っている、では表現出来ない。なんというか、両手をぎゅっと握り上下に振りながらぷんすこしているのだ。





.

ありがとうございます。応援励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ