2nd stage★美・女・ですッ♡
眩むような笑顔でとんでもないことを言われた気がする。
「え、あの、天道さ、」
「どうしたの? カラオケ、はじめていくの?」
「いやそこじゃなくて」
「文化祭まであと3ヶ月かー! 緊張しちゃうなあ」
「ぐ、」
両頬に手を当て、目を閉じ微笑む。その可憐な仕草の後ろで花が咲いた気がして、前髪に隠れる自分の目をゴシゴシと擦った。
「あの、私も人前で、歌うのかな? 」
「……えっ⁉」
「ええっ」
「あっ、うそうそっ、ごめんねっ? ひな、もしかしてまた一人で暴走してたかなあ?」
天道さんははっと表情を曇らせ、眉根を下げる。“また”ということはこれまでにもこんなことが。
いやいや! でも今回は私が話を聞いてなかっただけで、天道さんのせいじゃないし!
「ち、ちがうちがう! そうじゃなくって!」
「ちがうの? よかったぁ」
先程までとは一転、ぱぁぁっと効果音がなるくらいに嬉しそうな顔。そのちがうも、そのちがうじゃなくってーーとは言い出しづらくなってしまった。
「ひな、よく一人で突っ走っちゃうから、またやっちゃったのかなって。本当はみなもちゃん、ステージ出たくなかったのかなって、不安になっちゃった」
「あ、いや」
「違うんだったら、よかったあ」
涙でうるうるした目を細めて、頬を桜色に染める。なに? この子だけ作画担当ちがうの?
一挙手一投足見とれている内に、断り損ねて学校の外へと連れ出されてしまった。
え。いや、どうすんの? 『連れ出されてしまったーー』じゃなくって。
これまでの人生、良い意味では目立った試しがない。もちろん大勢の前で歌うなんてことはなかったし、今後あるとも思っていなかった。
ところがどっこい。この私が……クラスの中でさえ浮きまくっているこの私が! 全校生徒の大好きなイベント、文化祭でステージに立つ?? 想像もつかない。ステージに立った瞬間の「こいつ誰?」といった顔、歌ってる最中の静まり返った客席。……無理!! 無理無理無理すぎる!!
ーーだけど。
「緊張してるの? 大丈夫だよっ」
天道さんはそう笑うと、背伸びをして私の頭を撫でた。なんだか気恥ずかしい。とても良い匂いがした。えっ、匂いって顔の造形と比例するの?
いい香りのオプション付きで頭を撫でられた効果なのかな。何故だか落ち着いて頭の中がスッとしてきた。もちろん今も尚、心の中の私は頭を抱えているけれど、だがしかし。だがしかしなのだ。
だってそもそも、私は歌なんて上手に歌えない。こんながっさがさの低い声だし。天道さんのように透き通る可愛らしい声の持ち主ではないし。よく考えたら、天道さんだって私の歌声を聞けば諦めるに決まっている。諦めると言うか、呆れられるというか。
せっかく私なんかに声を掛けてくれた天道さんの、がっかり顔も呆れ顔も想像するだけで胸が痛むけど。
つまりは私では歌が下手くそ過ぎて、天道さんのお歌披露の場には相応しくない。それは捻じ曲げようのないことなのだから、私がステージに立つことはありえない! そういうことだ!
そう思い至るととても冷静になれた。あとはとりあえず1、2曲披露して諦めてもらおう。授業で習ったものくらいしか歌えないけど。
「みなもちゃんは、この辺に引っ越してきたの?」
「ううん、学校の北の方。て、天道さんはこの辺?」
「あー……うん、かな?」
珍しく歯切れの悪い返事だった。それを深追いする程の仲ではない。
「もうすぐ着くよ! いつもお世話になってる場所なの」
学校から20分以上は歩いただろうか。駅から離れたこの辺りは、閑散としていて何だか暗い。古い建物がいくつかあり、中にはこの時間からもうシャッターを閉めているお店らしきものもある。
学校から家までの道のりには然程治安の悪さを感じたことがない。だがここはどうだろう。隣によく喋る太陽の化身がいなければ怯んでいたかもしれない。と、同時にもし怖い男の人に狙われるとしたら隣の美少女なので、絶対に護らねばと謎の緊張感がある。
「てってれー到着ー!」
天道さんはある建物の前で立ち止まるとくるりと1回転、片手をばっと広げて効果音を鳴らした。目的の場所についたらしい。
「ここがカラオケ……」
「さあさあ遠慮せず!」
「遠慮というか、」
思っていたのと違うというか?
カラオケってなんかこう、もっと大きい看板とか、明るい感じじゃないか? 到着した場所は1階建てで、大きな窓から電気がついているのに薄暗い店内が見える。こ、こわ……建物自体もなんか古いし……。
すっかり怖気づいた私に気付いていない様子の天道さんは、慣れた様子でその建物の戸に手を掛けた。
手を掛けた? え、カラオケ屋さんのドアで手動ってある?
ーーカランカラン
カランカラン!? 認識と違う! カラオケ人生初参戦だから、私の勝手な思い込みだったのだろうか。街中で見掛けるカラオケ店って、こんな感じだっけな。
「みっちゃん、こんにちはぁ」
「あらぁ、テンちゃん! どうしたの? 今日はーー」
お店の方と思われる大柄な美女の声が野太く驚いていると、あちらも私の存在に気が付いたようで口をぱっと抑えた。ん? なぜ「しまった」という顔をしているのか。一瞬、また驚かせてしまったか……と人に嫌われて生きてきたモンスターのような思考になりかけたがどうも様子がおかしい。
ギギギ、と音がなりそうな笑顔を貼り付けたみっちゃんさんは、天道さんに視線を戻した。
「今日も来てくれたのね、ありがとう〜〜」
周りからも「おっ、テンちゃん!」という声が上がった。しかしみっちゃんさんはそれを静止するかのように、先にいたお客さんたちに視線を送りわざとらしくゆっくりそう言う。
お客さんたちが示し合わせたかのように私達から顔を逸らした。
いや、いやいやいやいや! もっと上手く隠して!?
まあ何か隠したいんだろう。大丈夫ですよ、聞き出したりしませんよ、と無害な人の顔をした。その顔の殆どは髪に隠れて見えないだろうけど。
「え、えっえっと! みなもちゃん! こちら、みなもちゃん!」
「うっ、あっ、海原みなもです。は、じめまして」
何故か私はご紹介に与ってしまった。天道さんの慌てた様子につられて、いつも以上に言葉が上手く出て来なかった。
「あちらは、みっちゃんとお客様ですっ」
「みっちゃんデース! 永遠に28歳のお姉さんよぉ、よろしくね」
「お客様デース! 昼間っから暇なおじさん達よぉ、よろしくね」
落ち着きを取り戻したみっちゃんさんが、カウンターに肘をつき顔を手に乗せ口の端をあげる。その仕草が妖艶で美しく、この時間におじさま達が集まってしまうのもよくわかる。
そして周りのお客さんたちもみっちゃんさんの真似をするように、頬杖をつきにっこりとした。
この美女、美、美男……美……
「美・女・ですッ♡」
……この美女が、どうやらこのお店のご主人のようだ。え、なに? 今心読まれた感じ?
改めて店内を見渡す。お店はみっちゃんさんがいるカウンターで仕切られている。カウンターより奥はお客さんが入れないようになっていて、カウンターにはお花やぬいぐるみなど意外と可愛らしいものが飾られていた。
テーブルが3ヶ所あり、その周りに大きな椅子やソファーが置かれている。なんと言うか、自由な配置だ。そこにお客さんたちが各々好きに腰掛けているように見える。
店内には紅茶だろうか。そんな香りとミルクの香りが漂っている。雰囲気はドラマで見た「スナック」に近いけど、お酒の類も見当たらずどちらかというと喫茶店?
「まあまあ座って座って」
「あ、うん」
「みっちゃんのいれてくれる紅茶、すっごく美味しいんだよ! 飲める?」
「あー……ミルクティ、とか」
わかった、と席を立つ天道さん。みっちゃんさんの方へ行き、何か話しているようだ。
「みなもちゃん。はい、どうぞっ」
「ありがと……わあ、チーズケーキだ。あ、ありがとうございますっ」
しばらくするとトレーに二人分の飲み物とケーキを乗せて、天道さんが戻ってきた。彼女にお礼を言い、カウンターでにこにこしているみっちゃんさんにお礼を叫ぶ。
「サービス。召し上がれ」
みっちゃんはそう言い、左手をすっと差し出した。
お店で出される紅茶の飲み方が分からない。この下のお皿って持つの?
天道さんを真似て飲む。カップの取っ手をつまむ指が不格好に震えた。
カップに口を当てゆっくり傾ける。ほわっと甘い香りが心地良い。優しい味がした。ミルクの甘さが紅茶の上品さを引き立てる。飲み込んだ後に残る香りもなんだか品があり、気分は貴族。
「どう?」
「おいしい……」
「でしょっ!」
紅茶の良し悪しは全く分からないけど、つい即答してしまった。美味しいのは事実だった。
天道さんはまるで自分が褒められたかのように顔を綻ばせる。
続いてホイップクリームの添えられたベイクドチーズケーキを口に運ぶ。しっとりと濃厚でこれまた美味。この濃厚なチーズケーキと、紅茶がよく合う。食べては飲み、食べては飲み。危うく本題を忘れるところだった。
「ところで、あの、天道さん」
「はぁい?」
「文化祭の練習を、するんじゃ……」
「うん! ここ、よく来るカラオケ屋さん!」
さも当然かのようにそう言うと、店の端を指差す。大きなモニターの下にはスタンドマイク。これお客さんがママとデュエットする、みたいなやつじゃないの?
天道さんはすっと立ち上がるとマイクに駆け寄り、コードや機械をいじっている。私にはこれのどことどこを繋げば良いか全然分からないけど、普段から触れているのか彼女の準備はスムーズだった。
「さ! みっちゃんに許可は貰ってるからねっ」
両手でばっとマイクスタンドを指すと、ぱたぱたと手を振る。
「みなもちゃん、ご登場〜〜」
「お、いいねっ」
「待ってましたァ!」
「ぽぽんぽんぽんぽぽんぽんぽん」
天道さんが私の名前を呼ぶと、お客さん達が盛り上がってしまう。彼女は続けて何かのリズムを刻んだ。で、出囃子か??
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