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19th stage☆私達が1番星

「みんなー、準備大丈夫? そろそろ」

「あ、はーい! 行きます行きます!」

「みなもちゃん、円陣円陣!」


 マネージャーがひょっこりと控室のドアから顔を出す。その声に反応していると、陽那多(ヒナタ)ちゃんが呼び掛けメンバー達が集まり肩を組んだ。


「いくぞ! 準備はいいか!」

「はい! 元気な笑顔!」

「はい! 可愛さ満点?」

「はい! みんなに届けて!」

「はい! 轟け歌声!」


 最初は私。それに続いて一人一人が拳を突き出しながら声出しをする。言い出しっぺは陽那多ちゃんで、初めは抵抗があったもののライブ前の恒例行事となっていた。


「それでは本日も会場に来てくれた全員を幸せにしましょう! 私達が一番星、輝け!」

「放課後ロマネスク☆スター!」


 私が音頭を取り、みんなで拳を上に突き上げる。これをするとスイッチがオンになる。


 舞台袖でそわそわしながら出番を待つ私達。観客席のざわつきを感じて心が躍る。みんな私達の応援をしに来てくれている。お仕事や学校の都合をつけて、大事なお休みの日に、このために頑張って、色んな人が私達を応援してくれている。この嬉しさを、この熱を、会場全体に届けるために、私達はマイクを握るしかない。全身全霊の気持ちを込めて歌って、踊る。そうすることでしか、彼らに感謝を伝えることは出来ない。

 手足の先から痺れるように興奮の波が押し寄せて来る。



 カツンーー


 一歩、踏み出した。聴き慣れたサウンドエフェクトがびりびりと指先に、鼓膜に、心臓に響く。それでも頭の中は静まり返っていて、自分の足音がやけに大きく聴こえる。


 慣れないヒールの靴。最初はどこに体重をかけたら良いかも分からなかった。ダンスの練習中、転んでヒールを折ってしまったこともあったっけ。ライブの直前に足をひねってみんなにめちゃくちゃ怒られたっけ。

 今では不安や緊張で丸くなりそうな背中をしゃんと伸ばしてくれる私達の戦闘服。床を踏みしめる硬い振動が背中まで伝わり、自然と背筋が伸びる。


 隙間無い客席から伝わる緊張感。高揚感。熱気。力強い手拍子に体中の血液がたぎる。いつも応援してくださる方々にも、ようやくこの景色を見せられる。来たね、私達。


 スモークの甘い香りに包まれ、私達は所定の位置につく。もう間もなく、目が眩むほどの照明がこちらを照らす。あと数秒暗いままのステージからよく見える、きらきらと揺れる5つのカラー。嬉しい。嬉しい。嬉しい!


 この光景があまりにも嬉しくて、ぶわっとした何かが心臓から出そう。それを押し込めるかのように、隣の手をつかむ。彼女がピクリと肩を跳ねさせた。こちらをふわりと振り向きにっこりと微笑んだのが、暗闇の中でも分かる。目が慣れてきたとは言え、ぼんやりとしか見えないその表情を鮮明に思い浮かべられた。

 彼女はきっと何年も前なのに、あの時と同じ顔をしている。


 そう。陽那多ちゃんは初めて出会ったあの時も、文化祭のあの時も、きっと今と同じ顔をしていた。太陽が霞む程の眩しい笑顔で何度も何度も私を勇気付け、励まし、前に進ませてくれた。



 パッとステージに照明が当たり五人が照らし出されると、会場のボルテージが一気に上がる。あちこちから悲鳴にも近い歓声が上がり、メンバーの声を叫ぶファンも多くいた。あの年の同級生が今でもまだ、たまに応援に駆け付けてくれる。今日も来てくれている子がいるのかもしれない。自分の名前を叫ぶ声が耳に届き口角が緩む。ありがとう。届いてるよ、いっぱい届いてる。今、私も精一杯の気持ちをお返しするからね。


 前奏が流れると興奮の第二波がやってくる。ファンの方々が待っていましたと言わんばかりに「オイ! オイ!」と合いの手をくれる。この曲はライブでは定番で、いつも1曲目に自己紹介がてら披露させて頂いている。


「待ってたよ、みんなのこと」

「早く会いたかった」

「わたしたちも おんなじ気持ちだよ」

「こっちにおいで 手を伸ばして」

「今日もスペシャルな一日にしてあげる」


 届け届けとマイクに歌声を乗せる。あんなに嫌だった自分の歌声が、今は誰かを幸せに出来ると分かっている。いつも応援の声をくれるファンの皆様のおかげで。


「置いてけぼりはのーのー」

「仲間はずれはナンセンス」

「みんな一緒に幸せがいいね」

「私達が君のお星さま」

「願いを叶えてあげるから」


「ようこそ、放課後ロマネスク☆スター!」


 メンバーを見渡す。みんなが輝いていて、私も必死に食らいつく。

 陽那多ちゃんがセンターに立ち、両サイドにメンバーが移動する。客席のペンライトが真っ赤に染まる。

 陽那多ちゃんは念願のアイドルになり、その後も歌にダンスに努力を怠らなかった。センターとしていつでも私達を引っ張ってくれた。気持ちが下降していた時期も、彼女だけは笑顔を絶やさない。ファンとの交流でもその圧倒的な陽の気に当てられる人が続出。一度会えば推さずにいられないアイドル、として特集を組まれたこともあった。


「きらきら笑顔が世界を救う! 溢れる輝き 太陽の化身 天性のセンター 天真爛漫? ごーまいうぇい! 」

「これがしたい! これもしたい! あ、これも……よおし全部やります! いいよね、やるよね? 猪突猛進 全速前進 止まりません!」


 陽那多ちゃんが客席にマイクを向ける。この曲はセンターに立った子のことをサイドに立つ次にセンターに来る子が歌い、センターの子が台詞を言ったあと客席がコールをしてくれるという楽曲。


「地球を照らせ 君がアマテラス 輝けひなたァァ!!!」


 客席と一体になって創り上げるこの曲を、私達は愛していた。それに初めて自分達で創った歌でもあった。歌詞を作るのにかなり苦労したものだ。初期に創った歌詞から変更となった部分もかなりある。もう何年も一緒にいるから、当然印象も変わる。


 次にセンターに立つのは比嘉(ヒガ)ねえ。客席がオレンジ色へと変わる。

 比嘉ねえは最初こそ学生アイドルなんて無理だと言っていたものの、お嬢にそそのかされて何度かステージに上げられた。元々のお姉さん気質も相まってだろうか。彼女は頼りにされるのに弱い。特に比嘉ねえ比嘉ねえと懐く陽那多ちゃんとことりにはめっぽう甘く、それをいち早く見抜いたお嬢は二人をけしかけ比嘉ねえをアイドルへと踏み止まらせた。ちなみに10代じゃないとバレるのは早かった。


「美しさを身に纏って 優しい歌声が世界を癒やす! 謎多きみんなのお姉さん おっとり? いえいえ武闘派 黒帯です!」

「いざとなったらぁ意外と戦えます 日課は筋トレ 妹たちは護りますぅ! え、年齢ですか? えっとええっと……それは非公開の方向でぇっ」

「ビジュアル担当あなたしか ふわふわの女神 比嘉ねえェェ!!!」


 白雪(シラユキ)のお嬢がセンターに立つと、客席は白く輝く。立っていたお客さん達が片膝をつき、拳を胸に当てる。この曲ではお嬢のターンはこういうルールになっている。いつの間にかなっていたと言う方が正しい。

 お嬢は小さい頃から帝王学を叩き込まれている生粋のお貴族様。人にも自分にもかなり厳しい。人を魅了し上に立つものとしての力を身に着けたいとこの道を選んだ。選んだと言っても、アイドルだけではない。芸術に勉学に彼女が極めたいものは多く、さらにその努力をけして人に見せびらかしたりしない。プライドが高く、努力家だと思われるのも嫌っているらしい。


「うちのお嬢が世界の頂点! 生まれながらに高貴な存在 何をやっても大優勝? 誰もが彼女に平伏すの!」

「わたくしを推したいならば それなりの矜持を貫きなさい! 中途半端は許しませんわ そのご褒美に? いつだって最高のわたくしを見せて差し上げる」

「イエスユアマジェスティ 白雪お嬢の仰せのままにィィ!!!」


 そしてことりがセンターへ躍り出た。客席のペンライトはピンクに変わる。その様子を見てことりはとても満足げだった。私はこのふふんという顔がなんとも気に入っている。

 ことりは誰よりもアイドルに憧れていた。陽那多ちゃんはお母様の面影を追ってアイドルになった。だけどことりはメジャーアイドルはもちろん、デビューしたてのアイドル、全国各地の地下アイドルまで幅広く応援していて、その中で一番のアイドルになる! と意気込みこの業界に足を踏み入れた。陽那多ちゃんはファーストシングルから不動のセンター。ことりは「センターじゃなきゃ一番じゃない!」と何度も荒れた。


「天使が世界に舞い降りた! 末っ子モードで 可愛さ限界突破? お砂糖ボイスで みんなの脳みそとかしちゃう!」

「ことりを一番にしてね お兄ちゃんっ! ことりが一番可愛いよね お姉ちゃあんっ! はァ、推し変ん? あは! だめです推し変禁止ですぅ」

「背中の翼は天使の名残 俺達一生ことり推しィィ!!!」


 最後に私がセンターに立つ。もうあの頃のおどおどと下を見るだけの私はいない。この声援のため、少なくともステージ上ではみんなの見たい私でいる。



 私達は結成後、合宿を強いられた。そしてその様子は配信サイトで見ることが出来た。私達の足並み揃わない様子は世界中ーーと言うほどではないが知れ渡ってしまった。

 うちの事務所には元々他のアイドルさんたちも所属しているので、まず見ていただく、というハードルはありがたいことに越えやすかった。事務所は私達のデビューに気合を入れていたので、その側面も大きかったんだと思う。


 結成から初シングル発売イベント、つまりデビューまでが配信され、言ってしまうとかなりのストレスだった。SNSは意識して見ないようにした。ことりなんかSNSっ子なので毎日エゴサーチしてはイライラしていたし、そんな様子を案じたお嬢はお金の力を用いて比嘉(ヒガ)ねえと手を組み誹謗中傷まがいのことを書き込んだ相手を特定し法の範囲で成敗した。


 陽那多ちゃんはいち早く「見つかった」。

 デビュー前のまだ動画配信しかお披露目の素材がなかった時に、既に話題になりかけていた。SNSに載せた踊ってみた動画で界隈がざわついたらしい。まあうちのセンターの可愛さに気付けない人はいないだろう。私も鼻が高い。


次回最終話です

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