17th stage☆ああ、終わっちゃうな
私達はステージ袖で次のグループが出て行くのを横目で見ながら、強く抱き締め合った。というよりしがみついた。いきなり足が震えて、立っていられなかった。私だけでなく、天道さんも体に力が入っていないようだった。二人して汗でびちょびちょだったけど、全く気にならなかった。
「お、おわったね……」
「やり切ったね、やり切った……」
「うう、頑張ったね! ひな達無事にステージやり切ったね!」
「うん……うんっ……!」
私は知らずの間に泣いていた。頬をぼろぼろと伝う涙に気付くともう止まらなかった。天道さんも頬を濡らし、そして私の肩口を濡らす。
しばらく抱き合ったままいると、段々と呼吸が落ち着いてくる。
「なんか泣いちゃったね」
「感動、したかも」
「うん、ひなも。感動したし、興奮した!」
ステージの裏から出るとよく見る面々が待ってくれていた。
「陽那多ぁ! 頑張ったね! 海原さんも、すっごいかっこよさった!」
「うううう゛! お二人ともご立派でしたァァ」
「汐里! 澪ちゃぁん! もう二人のおかげだよ!」
汐里さんと澪さんががばりと抱き着いてきた。汐里さんは目を潤ませ、澪さんは顔中をぐしゃぐしゃにしていた。
その奥に立つみっちゃんさんと、パーカーのフードを被る人。男性に見えた。みっちゃんさんもハンカチで目元を拭っていた。
「陽那多……良かったわ、良かったわよ! 姉さんもきっと見てる。みなもちゃん、本当にありがとう。ほら、言うことあるでしょ!」
隣の男性の背を叩く。そのひ弱そうな男性はおずおずとフードを外す。天道さんがはっとしたように目を見開いた。
「陽那多……こんなに大きく……」
「おとう、さん」
「すまない。……会う資格は、ないと思ったんだが」
「私が連れて来たのよ」
「みっちゃん……」
天道さんはその男性を見て「お父さん」と呟いた。あの天道さんの前から姿を消し、手紙を送って来ていたお父さん?
お父さんと呼ばれた男性はフードの下で嬉しそうに、そして申し訳なさそうに顔を涙に濡らしていた。ここに来るのは相当勇気がいっただろうと容易に想像がつく。
「……お父さん、観に来てくれてありがとう」
「陽那多……すまない、すまない……」
天道さんは1歩進み出て、彼の手をそっと握った。パーカーの男性は天道さんの手をぎゅっと縋るように握り、その場に泣き崩れる。
天道さんの話を聞いた時は「なんて酷い父親だろう」って少しだけ、思った。だけど彼女にとってはたった一人のお父さんだ。きっと、観て欲しかったんだ。このステージ。生きているだけで良いと言っていたけど、自分の前から消えてしまっても父親。晴れ舞台を見せたい気持ちがあったんだと分かった。
それにもしかしたら、彼女の父親もこれでやっと前に進めるのかもしれない。奥さんを失った苦しみから、天道さんを独りにしてしまった後悔から、そしてそれらから逃げてしまったことから。やっと、やっと彼も前に進めるのかもしれない。
天道さんの顔を盗み見る。とても優しく満足げな顔をしていた。その表情にホッとしたのと同時に今度こそ大丈夫だったでしょって、彼女がそう言っているように聞こえた。
しばらくするとそこへクラスメイトや、知らない生徒達が押し寄せて来た。
応援の声や、良かったというような声をたくさん掛けてくれ、なんだかとても照れた。
そしてあるスーツ姿のOL風の女性がやって来た。
「こんにちは、始めまして。お二人のステージ、観ていました。私は○○プロダクションの……」
彼女は自己紹介をしながら、恭しく四角い紙を渡して来た。私にも、天道さんにも。
「プロダクションの、え」
「はい。スカウトに参りました!」
「え、ええーっ!?」
二人して声を上げた。
「先程のステージ、とても素晴らしかったです。現在、素人の学生さん数名でアイドルグループを作りたいと考えておりまして、今回こうして大きな文化祭をいくつか回っているのです。今度改めてお話をさせて頂きたいので、近いうちにこちらの電話番号にかけて頂ければと」
「わあ、すごい! うちの学校本当に大きな文化祭なんだ!」
「テレビに出るの!?」
クラスメイト達が私達より盛り上がっている。
「いや、ちょっと待って……私アイドルなんて」
「やりたい!」
「いやいや、私は流石に遠慮して」
「やりたい! やろう、みなもちゃん!」
「ご両親とも相談して頂いて、もしご興味あれば連絡お待ちしております」
プロダクションの人はそう言い、頭を下げて去って行った。みんなが勝手に盛り上がっている。
「二人とも芸能人になるの!?」
「やばぁ! サイン貰っとかないと!」
「はいはい! 散った散った! また教室でいくらでも会えるでしょうが」
ぱんぱんと手を叩き、汐里さんが笑いながらみんなを追い払う。
「大丈夫、ゆっくり考えれば良いよ」
汐里さんは私の肩をそっと叩いた。
その事は一旦置いておき残りの文化祭を楽しむことにした。色んな場所で声を掛けて頂いた。「かっこよかったよ」と屋台の食べ物をたくさん持たせてくれるクラスもあり、本当に有名人にでもなったような気分だった。
夕方になると文化祭も終わりが近付く。放送が流れ、人の波がゆっくりと引いて行った。しばらく経つともう校内には生徒しか残っていない。
なんとなく寂しく感じた。文化祭は明日も続く。明日が終わるとようやく屋台やクラス展示、校門に建てられたアーチなどを撤去していく時間になる。なので正確にはまだ文化祭は終わっていない。だけど私はこの日を目標にやって来たわけで。ステージをやり遂げた今「ああ、終わっちゃうな」とこの日の終わりを寂しく思うのだった。
「ねえ、みなもちゃん!」
「ん?」
「ステージ、楽しかった?」
「うん! すっごく楽しかった! 全部天道さんのおかげ、」
「もーう! そろそろもっと友達っぽく呼んでくれても良いんじゃない?」
天道さんは唇を尖らせ、下から見上げてくる。
「え、」
「だからぁ、ひなのこと! もっと友達っぽく呼んで!」
「ひ、」
「うんうん」
「ひな、」
「うんうん!」
「陽那多……ちゃん」
「きゃーっ」
天道さん、否。陽那多ちゃんは黄色い声を上げてこちらに飛び付く。
「これからはそう呼んでね!」
「これから……」
その言葉に、文化祭が終わってもこれまで通りなんだ! と嬉しくなる。
翌日の文化祭を終え、いよいよ文化祭もおしまいムードになった。文化祭が終わると、都合良く進路について考える時期がやってくる。
そう。あの名刺について考えなきゃいけなくなっていた。
私達は相変わらず四人で仲良くしていた。授業の文句を言い、これが美味しいと食べに行き、憧れていた普通の学生生活を満喫していた。数ヶ月前の私が見たら泣いて喜ぶだろう。
そして私達四人は進路のことを相談する機会が何度かあった。
「澪はメイク系だよね」
「うん、私はもうある程度決めてる。ここか……あとは思い切って海外留学とか。まだちょっとその辺は迷ってるけど」
「流石、しっかりしてる」
「汐里は?」
「私はねぇ、うーん。とりあえず大学かなあとは思ってんだけど、何するかまではまだ決めてないからなあ」
どこがいいかなあと頭を抱えている。
「まあ私は進学として、二人は結局どうすんの?」
「いや、大学と思ってるんだけど……この子が」
陽那多ちゃんは目をうるうるさせて、名刺を近付けてくる。
「陽那多ぁ、また暴走してるよ」
「分かってるけどぉ、分かってるけどぉ! でもひな、まだみなもちゃんと一緒に歌いたいもん!」
「可愛いけどぉ、可愛いけどぉ! 流石にまだ人生決められないよ」
「お願いぃー! 一旦話だけ! 話だけ聞いてみよ? ねっ?」
こんな調子で度々事務所に連れて行かれそうになる。
ほとんど帰らない親は置いといて、兄弟を心配させないためにも安定した道に進む気だった。だけど、こんなに可愛い顔で強請られて断れない。そう。私は断れないのだ。
何度か断っていたもののついにこちらが根負けしてしまい、話を聞くだけ、と事務所に向かってみる。
事務所の大人の話を聞き陽那多ちゃんがあまりにも目を輝かせるもんだから、私も渋々兄達に相談をした。その場には陽那多ちゃんも居合わせた。
すると思いの外兄弟二人が乗り気だった。最後の砦はなかったのだ。
「姉ちゃんが有名人になったらみんなに言いふらそ」
「ステージに立ってたみなもの顔、今までで一番幸せそうに見えた」
海音はミーハーなコメントを寄越したものの、凪翔にぃは私のことを思ってくれているようだった。
「みなもちゃんのことは、私が幸せにしますっ」
と、陽那多ちゃんが畳み掛け、兄が両親に連絡をすることになった。事務所から貰った契約書には保護者のサインが必要なのだ。
そんなこんなであれよあれよと言ううちに、私の決意を待たずになんと芸能人になることになってしまった。だけど、意外と後悔はしていない。何より陽那多ちゃんが嬉しそうだし、その顔を見ていると私もとっても嬉しい。彼女の顔が良すぎたせいで人生変わった感じは否めないけど、こうして振り回されるのも心地良いのだ。
数日後、事務所に呼ばれた。そこには知らない女の子たちが三人、私達と同じように招集されたようだった。小さな女の子が二人と、年上に見える女の子が一人。適当に挨拶を済ませたところで、名刺のお姉さんがやって来た。
「皆様、集まってくれてありがとうございます。私はあなた達のマネージャーです。皆様にはこれから1つのグループとして活動していただきます。学生アイドルグループ『放課後ロマネスク☆スター』として、たくさんお金を稼いでください」
部屋がざわついた。確かに大きい文化祭などに顔を出していると言っていたな。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」
年上に見える綺麗な女性が声を上げる。




