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16th stage★見晴らしの良くなった視界

 ステージには熱気が漂う。観客の声が沸く。

 なんだか眩しくて目がくらみそうだった。

 あれ? 思ったより随分眩しい。


「な、なにこれ」


 天道さんの視線を追って背後に目を向ける。

 私達の後ろから数名の大きな機材を抱えた黒い人がステージに入ってきた。黒いシャツに黒いパンツ。これは誰??


 本番はスマホとスピーカーを繋いで音を流すつもりだった。なのに、やけに大掛かりな音響装置が運ばれる。しかも本物のライブみたいにステージの後ろにモニターが設置される。客席前方には恐らく私達を映すカメラマンがそれぞれの目の前に座っていて、後方にもカメラが入っていた。あまりの手際の良さに私達二人は困惑するしかなかった。

 すべての機材にアルファベットで何か書いてあるのに気付く。


「つく、ば?」

「TSUKUBA!? 汐里(シオリ)じゃん! 汐里んちのだ!」

「ええっ、どういうこと」


 ステージに目を向けると、すぐ近くに汐里さんと(ミオ)さんを見つけた。汐里さんはばちっとウインクし、親指を立てる。


「嘘でしょ、サプライズすぎ……」


 天道さんは感動に目をきらきらさせている。どうやら汐里さんが内緒で私達のために手配してくれたようだった。社長令嬢はサプライズの規模が大きい。


 先程体育館の後方から見たたくさんのお客さん。彼らをステージ上から見るとより大勢に見えた。みんなこっちを見てる。あまりの視線の多さに身が竦む。それでも胸を張って立つ。足に力を入れる。


 汐里さん、澪さん、そしてみっちゃんさんも見えた。兄と弟は鉢巻を巻きさらに初めて見るうちわを振っている。海音(カイト)に押し切られたんだなと小さく笑う。

 クラスのみんなも来てくれていた。自意識過剰だろうか。私の髪の毛がばっさりしているのに驚いている気がする。「髪の毛髪の毛!」と叫びながら前髪を切るジェスチャーをしている子達がいた。

 さっきお茶を差し入れてくれた藤田さん達も来ていて、きゃいきゃいと声を上げてくれている。


 このために色んな人が力を貸してくれた。私一人ではここに立つことも考えられなかった。二人でだって、こんなには出来なかった。


 体にぐっと力が入る。マイクを力強く握る。


 場位置に立ち、天道さんが真下にいる音響係の生徒に合図を出す。キラキラと証明が色を変えながら私達を照らす。汐里さんのお陰でステージがステージらしくなる。さながら本物のライブ照明のようで、私も天道さんもテンションが上がった。後ろに設置されたモニターには、歌割りに合わせて私達が映し出された。恥ずかしい。


 私達のセットリストは、無料の動画配信サイトを見ながら選んだ。

 私が音楽に詳しくないため、選曲は困難を極めた。天道さんが全部選んでくれても良かったんだけど、「そうはいかない!」という彼女の主張により動画配信サイトを見まくった。二人の離れた音域に合う曲を探すのは中々に困難だった。


 1曲目は『私は最強』。とある有名漫画が映画化して、その映画の中で歌われる曲。最初は誰でも聴いたことのある曲が良いんじゃないかと言うことで、映画がすごく話題になったこの曲にした。この選択が功を奏したのか、一瞬のイントロで会場がざわつき、最初の一節を天道さんが高らかに歌い上げると会場のボルテージが一気に上がる。

 天道さんの伸びやかな高音を活かしつつ、彼女の苦手な音域部分や力強さを出したい所では私が頑張ることになった。この歌を歌うために映画を見て、ほとんど知らないキャラばかりだったのに号泣した。


 2曲目は『淋しい熱帯魚』。天道さんの言葉を借りると、「昭和時代にすごーーーーく流行ったすごーーーーく可愛い二人組アイドルのすごーーーーくすごーーーーく素晴らしい歌」らしい。知っている芸能人の名前が出てきたので「この方アイドルだったの!?」と驚く。

 実際に配信動画を見たけれど、ちょっと音域もギリギリだし可愛すぎるし、私がやるのには厳しいんじゃないかってかなり苦戦した曲。だけど色気と可愛さを兼ね備えた歌詞が天道さんの純真さの引き立てると思ったし、何より彼女が本当に好きなアーティストさんのようだったので頑張った。

 この選曲には生徒達よりも先生や保護者の方が盛り上がってくれて、動画で見た同じ振り付けをしてくれている方がとても多かった。


 3曲目は『アイデンティティ』。ボーカロイドという音声を合成して歌わせるソフトみたいなのがあるらしい。二人で調べたけどよく分からず、ただ、それを用いてたくさんの曲を作る作曲家ではない方が今では何人もいるということが分かった。

 独学でやってると聞いて目が飛び出るかと思った。この曲もそのボーカロイドさん達に歌わせた楽曲らしく、原曲は同じようなキーの子が歌っていたものの、ファンの方々が歌う「歌ってみた」という動画では片方が低音で歌うものをよく見かけこのアレンジなら無理なく歌えそうだと選んだ。

 ハモリの難しい曲で練習通りハモることが出来ると会場からは歓声と拍手が巻き起こる。


 4曲目は『歌ウ蟲ケラ』。女性のいるバンドを調べていたら、この曲に辿り着いた。完成されたPVというよりは、ライブを撮影したままの映像に見えた。この当時高校生だった彼女達は、個性的な面々で力強い演奏と歌、刺激的な歌詞が魅力的だった。汗を流す彼女達の姿がどうにもかっこよくて気持ちを揺さぶられる。

 解散や幾多のピンチを乗り越え今は曲名と同じバンド名で活動しているようだった。デビュー曲の『殺しのメロディー』と迷ったものの、高校時代の曲ということで親近感が湧いた無名時代のこの曲に決めた。

 このイントロが流れ出すと一部の層から「えっ? えっ?」というような期待の入り交じる困惑した様子を感じ取れた。コアなファンの多い曲なのかもしれない。歌い出すとこれまで大人しく見ていた人達も盛り上がってくれた。


「みなさん、ここまで4曲! どうでしたか?」


 天道さんはテンションが上がってしまったのか、いきなりMCを始めた。どうでしたか? と会場にマイクを向けると、観客達は盛り上がり思い思いの歓声や拍手を送ってくれる。音響係が慌てて次の曲が掛からないよう操作してくれたのが見えた。


「それでは次はいよいよ、最後の1曲ですっ」


 少し話した後、こう言って天道さんが耳に手を当て会場の声を受け取る仕草をすると、みんなが笑いながら「エエーッ!?」とお決まりのやつをしてくれた。


「ありがとうございます! では最後の曲は、二人の思い出の曲。『虚空のアルペジオ』!」


 最後の曲は『虚空のアルペジオ』。あの日天道さんが私の前で初めて歌った曲。

 高音が魅力の曲だから私は歌えないと思ったんだけど、流行っている方のこの曲は完成版ではないらしい。実は2曲を合わせて初めて1曲になる歌なのだ。でもアニメに起用される際にその2曲を前半と後半のオープニングに分けてしまった。それで片方だけが流行っちゃった、という経緯らしい。そしてもう1曲は男性が歌うもので、私の無理ない音域がぴたっとハマる。


 歌う姿勢を取る。すると盛り上がった会場が急に静かになり、こちらに耳を傾けている。

 ああ、楽しかったな。これまでで一番楽しかった。本当に、本当にありがとう。天道さん、私、幸せだよ。



「俯く君の見つめる先に 光を灯し続けてあげる 私の背にある対の羽 半分君に分けてあげる」


 天道さんの伸びやかな歌声は、あの日聴いたより洗練されていた。やはりネットで流行っただけあって、そのワンフレーズだけで会場は再び盛り上がりを見せる。

 ただ、先程も言ったようにこの曲の本来の姿はこうではない。多くの人が知るこの曲は最初のフレーズのあと歌詞のない部分がある。しかし本来はここで男性パートの歌唱が始まる。


「僕の心に手を伸ばす君 胸の奥が柔らかく温かい 君の差し出す美しい羽 僕達はまるで比翼の鳥」


 この緊張と熱気の中での5曲、心も体もそれなりにすり減っていた。それでもめいいっぱい力を振り絞り声を届ける。


 会場のほとんどが頭にはてなマークを浮かべた。彼らからすれば聞き覚えのない歌詞がいきなり付け加えられたわけなのでそりゃそう。しかし知っている人は知っているようだった。私がそのフレーズを歌うと熱狂的な歓声が会場のどこそこから湧き、ほっと胸を撫で下ろす。全員曲の最後まではてなマークのままなら居た堪れない。


 この曲の難所は、転調部分。同時に異なる歌詞を異なる音階で歌う箇所だった。


「二人ならば夜も怖くない 星空の帳がまるでドレスみたい 私は君の手を取って 歌い舞い踊るの揺籃歌(ようらんか)

「二人で迎える幾度目かの朝 美しいベールは目覚めた陽の光 君の頬に口付けて 始めよう僕らの円舞曲(えんぶきょく)


 練習中は何度も天道さんに釣られ、また天道さんも私に釣られた。本番では練習の甲斐あり、どうにか釣られず歌うことが出来た。

 メロディーが静かにゆっくりと転調することもあり、観客の方々も手拍子をしてしっとりと聴き入ってくれていた。


 最後まで歌い終わると、私達は顔を見合わせる。お互いに肩で息をしていた。心の中は満足感でいっぱいだった。

 ワァァーッと巻き起こる歓声に押しつぶされそうになる。客席を見渡すと、みんなが目を輝かせてこちらを見ていて、笑顔で、体全体がぞくぞくした。歌うってこんなに気持ち良いんだ。みんなこんなに幸せそうな顔をするんだ。


 前髪を切って見晴らしの良くなった視界に映る光景はとても眩しいけれど、それでもこの景色が良く見えて嬉しい。長かった髪の毛を切って良かったと心からそう感じた。


 どちらからともなく手を繋ぎ、その手を天井に向かって伸ばした。そして腕を下ろしながら深々とお辞儀をした。また一際大きな拍手と歓声が起こり、喝采を一心に浴びる。


 体を起こし、「ありがとうございました」と手を振りながらステージを後にした。すぐさま機材などが撤収されているようだった。





歌手になろうフェス主催、いでっち51号さまの小説を見に行かれると、このお話の「……なんの曲??」な部分が1つ解消されるかもしれない。

あと今後もすこーしお名前お借りするので、やっぱりいでっちさんの作品を見に行ってみていただいて……

いでっちさん! ありがとうございます!

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