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15th stage☆世界一美しい鎧

『海原さんっ、はじめまして!』


 彼女の声が頭の中に蘇る。その刹那、頭の中の視界がパアっと白くなる。再びそっと記憶を覗いてみた。どの思い出よりも鮮明に覚えている。あの日燦々と私を照らしていた太陽に負けないくらいの眩しい笑顔。


 出会った日のこと。クラスに馴染めない私に何度も何度も話しかけてくれたこと。一緒に歌おうと誘ってくれたこと。4人で仲良くなった日のこと。放課後、毎日歌ったこと。二人で泣いたこと。その翌日にパンパンの顔を見て笑ったことも。


ーーそうか。私はもう、大丈夫なんだ。


 自然とそう思えた。すると私の意識は記憶の森をするりと抜けて、現実世界に戻って来た。背後からガチャガチャ、ゴロゴロと大荷物を転がす音がした。


「天道さんっ、来ましたよー!」

「あ、これはヤバそう」

「え? あれ、愛しの海原さんは? 匂いはする」


 (ミオ)さんが天道さんに話しかける声がした。なんだか匂いがどうとか恐ろしいことを言っている気がする。


「は、え……うなば……え……?」

「そうです、こちらがみなもちゃんでございます」

「ひゃ、うそ、え? ハッ……でもこの香り、そして肩幅、制服の着こなし……確かに海原さん……う、うなじが……うなじが見える……」


 みっちゃんさんが「よぉし、」と言い、首に巻かれていた布がふわりと取られる。ばさばさと布を片付ける音がした。

 二人の反応に緊張しつつ、ゆっくりと立ち上がり後ろを振り向いた。


「ど、うでしょ」

「キャーーーーーッ!!!」


 二人が同時に甲高い声を上げた。両手を繋ぎ合いぴょんぴょんと飛び跳ねる。澪さんは一瞬で顔中をぼろぼろに濡らした。


「イイッ!! 良すぎる!! ばっさりと勇気を出した前下がりショート、片方のフェイスラインは顎下でやや長めに取り、頬骨の高さで軽さが出るようカットされた前髪は涼し気な目元を少し隠すようにふわりとコテで巻いて横に流す……似合いすぎます、似合いすぎます!」

「あらぁ、説明ありがとう」

「どなた!? 金一封持ってきます!」

「叔母のみっちゃん。金一封持ってこないで」


 澪さんがぼろぼろ泣きながら、そっと私の頬に触れる。触ってくるのは珍しい。


「芸術品……なの……?」

「いえ、お友達の海原です」

「シャベッタァァァ」

「ちょっとメイクさん、しっかりしてよう」


 泣き崩れる澪さんと、ころころと笑う天道さん。異様な光景が、またしても注目を集めている。


「ねえちょっと、真剣に……あの、私大丈夫?」

「やぁだみなもちゃん、どう見ても最高だよ!」

「ほ、ほんと?」

「本当だよっ、みなもちゃん! 可愛いっ!」


 天道さんはそう言いながらばっと飛び付いてきた。


「みっちゃん! 本当にありがとうっ。ステージ、絶対観てってね!」

「当たり前じゃない。こちらこそ、ありがとう」


 みっちゃんさんは荷物を片付けると先に体育館に行っている、と準備室を後にした。澪さんは顔を洗い勇ましい顔で戻って来た。


「どうしよう、アドレナリンがどちゃどちゃです」

「どちゃどちゃ」

「すごい」

「お二人とも可愛すぎます! 叔母さまの多大な功績は、必ず、必ずこのわたくしが! 活かしてみせます!」


 澪さんはかなり張り切ってくれているようで、とても頼もしい。私達を椅子に座らせて並べると、手際良くお化粧品を取り出しては顔に塗る。


「二人同時進行なの!?」

「その方がイメージ合わせやすいから! 大丈夫、絶対ミスしない」

「み、澪さん……」


 あまりの頼もしさにきゅんとしてしまった。

 澪さんはああだこうだとぶつぶつ言いながら、時折「そう、こうなるって思ってた……やばい……良い……」と恍惚の表情を浮かべる。初めてのメイク。顔を外で曝け出しているのだって何年ぶりだろう。レベル1が顔を晒すだとしたら、しっかりメイクで外に出るはレベルいくつなのか。


 段々と色付いていく自分が映る鏡を食い入るように見ていた。「まるで別人みたい」なんて使い古されたセリフ、そんなわけないでしょって思っていたのに。


「別人みたい……」

「ふふ。嬉しいですけど、これは海原さんのポテンシャルを後押ししてるだけです」

「ポテン、シャル」

「私は分かっていましたよ、海原さんがとってもとっても可愛らしい女性だと言うこと。でもすごく繊細で中々勇気を出せずにいたこと。たくさん一緒にいた今の私には、分かっています。今回、こんなに勇気を出したことだって」

「澪さん……」


 澪さんと鏡越しに目が合う。


「メイクは武装です。いつもとほんの少しだけ違う自分になれる、世界一美しい鎧なの。海原さんの、二人の、勇気が報われるように、ステージで戦えるように。そのための鎧。戦うのはお二人です。私はこの鎧を着せてあげることしか出来ないけど、いくらでも背中を押しますよっ」


 はい、出来ました! という声で天道さんと顔を見合わせた。


「え……かわいい……天道さん、まだ可愛くなるの……?」

「ううー! そう言うみなもちゃんこそすっごく可愛いっ」


 お互いに褒め称え合ってしまい途端に恥ずかしい。だがしかし、言わずにはいられなかった。それくらい隣にいる人の顔が良かったのだ。お化粧も似合っていて、天道さんの溌剌(はつらつ)とした可愛さを引き立てている。何より鏡を見て、私を見て、嬉しそうにしている天道さんが何とも愛らしい。


「じゃあ私は汐里(シオリ)と一緒に一番良い席で応援していますからね!」

「ありがとう、本当にありがとうっ!」

「頑張るね」


 澪さんはまたガラガラと荷物を引いて部屋を出て行った。


「ふう。どう? 緊張してきた?」

「緊張、してるけど……うーん、なんかテンション上がってきたかも」

「お! 良いね良いね!」


 気分が高揚している。髪を切って、お化粧をして、隣には最強の相棒がいる。すごく、楽しくなってきた。そんな自分に私が一番驚いている。


「じゃあ、そろそろ行こうか」

「うんっ」


 私達は準備室を後にして、ステージ裏の出演者控えスペースへ向かった。何度も何度もセットリストを見返してイメージトレーニングをした。

 体育館へ到着すると、かなりの人で混雑していた。


「わ、なにこれ」

「うちの体育館おっきいからねえ。お客さんもたくさんだね」


 こっそりと後方からステージを覗くと、マジックの最中のようだった。マジックと言っても大きな装置やしっかりとした音響を使ったもので、学生の文化祭とは思えない仕上がり。人体切断マジックが華麗に決まる。会場が沸いた。


 このマジックショーが終わると、私達の前に3組が歌う。歌唱グループの1組目は吹奏楽部の男女混合メンバー。2組目、3組目は普段からバンド活動をしている子達が出場するらしい。バンドを組んでずっと活動している人達の後にステージに出るとは。なんて非情な順番なんだ。

 それでも隣に立つ天道さんに恥をかかせるわけにはいかない。うちの歌姫は心配いらないけど、私はしっかりしないと。


 ステージの裏へ行き、呼ばれるのを待つ。この待つ時間が一番苦行まである。13番というステッカーを渡された。私達の前に12組もいたんだ。


 目を閉じて深く息を吸う。手を握っては広げ握っては広げ、全身の血液が止まらないように指を動かした。こうでもしていないと、ぴたっと止まってしまいそうだった。


 ふわ、と柔らかい手がこちらの手を握る。


「天道さ……え、つめた! え!?」

「指が、キンキンで」


 へにゃりと笑う彼女の手は青くなっていて、それだけで冷えているのが一目瞭然だった。


「え、大丈夫?」

「緊張してきたあ! さむい!」


 二人で指をごしごしと擦り合う。


「ふーっ! 流石に緊張するねっ」

「天道さんでも緊張するんだ」

「ひなも、しないって思ってた」


 ステージに響かないようこそこそと笑い合う。


「ね。転校して来てくれて、ありがと」

「そんな……私こそ、あの日声掛けてくれてありがとうだよ」

「ううん。転校もだし、これ付き合ってくれたのもだし、全部ありがとうなの」


 天道さんは急に真面目なトーンでそう言うと、目を閉じて私の手を頬に引き寄せる。柔らかな頬に触れる。すり、と頬を擦り寄せられ、心臓が飛び跳ねた。


「前にね、ひなのこと見てると元気になるって言ってくれたの、覚えてる?」

「あ、うん。見てると元気になるって。落ち込んでても、天道さんが笑ってると元気になるって。覚えてるよ」

「お母さんもね、そう言ってくれたの。“ひなが笑ってるとみんなが元気になるからね”って。ひな、びっくりしたの。みなもちゃんがお母さんとおんなじこと言うから」


 そう言いたくなる気持ちがよく分かる。実の親から見ても、天道さんの笑顔は周りを照らしていたんだ。


「ひなは、そう言ってくれたみなもちゃんのことが大好き! ずっと一緒に笑ってたいなって思うの。今日のひなの笑顔はみなもちゃんのおかげ。大好き!」


 気が付くと天道さんを抱き寄せていた。プロポーズされた気分になってしまった。はっとして体を離そうとするも、天道さんは背中に手を回しぎゅっと力を込めた。


「えへへ、ちょっと寒くなくなってきたね!」

「うん」


 あちらの方から大きな拍手が聴こえてくる。1個前のグループだった。


「さて。そろそろ出番みたい」

「ううー! 行きますか」


 ぱんぱんと両頬を叩く。天道さんはぐっと背伸びをした。そして私の手を握り、こちらを振り返る。


「きっと楽しいよ、行こう!」


 その笑顔はいつも通り太陽みたいに眩しくて、心が温かくなり勇気付けられる。


 司会の生徒が私達の名前を紹介する。拍手が聴こえた。

 緊張を押し殺し、体育館のステージへと歩み出した。


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