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14th stage★私も、前に進むんだ

「天道さん、私達13時からだよね?」

「そうそう。でも準備室に10時には入ってないと!」

「あと……げ。まだ1時間以上ある」

「げ、なの?」

「逆にどきどきする。心臓増えてる恐れがある」


 天道さんが「ないない」と笑っていたけど、本当に3個くらいあるんじゃなかろうか。胸のあたり、シャツをぎゅっと握る。


「あ、あのっ」


 その声に気が付き振り返ると、三人組の女の子達が身を寄せてきゃいきゃいと可愛らしく騒いでいる。


「ほら、なにしてんの!」

「言うんでしょ!」


 初めて見た気がする彼女達の顔。天道さんのお友達だろうか。


「うう……あの、私っ1年の藤田って言いますっ」

「え、あ、はい。海原と言います」


 藤田さんとやらはこちらを見てはっきりと自己紹介をした。天道さんをちらっと見てみたけど、はて? という顔をしていてどうもお友達ではなさそう。


「お二人が練習してるの、ずっと聴いてました! 私、あの家庭科部でっ、聴こえててっ」

「ああ、毎日騒がしくてすみません」


 私達が借りていた空き教室の近くに家庭科室がある。恥ずかしいことに丸聞こえだったようだ。


「いえっ、ちがくて!! かっこよくって、あの、今日観に行きますっ。これ、良かったらお二人で!」

「わ! お茶、あ、ありがとうございます」


 ペットボトルのお茶を強引に渡した藤田さん御一行は「きゃー!」と叫んで走る。天道さんがすかさず声をかける。


「出番! 13時だよっ、宣伝よろしくね!」


 藤田さんたちが立ち止まり、勢い良くこちらを振り向くと頭をバッと下げた。


「絶対行きます!!」


 今度こそ彼女達が去って行った。


「お茶、もらっちゃった」

「みなもちゃんすごい! 他のクラスにファンが!」

「いやいや、誰が言ってんの……」


 実はここ数日、天道さんはひっきりなしに色んな人からの呼び出しを食らっていた。文化祭のステージに立てば、彼女の魅力に誰もが気付く。他校から来る人もいるらしいし、競争率が上がる。それを危惧した野郎どもが告白に近いことをしているのだ。ちなみにその度に腕組みをした汐莉(シオリ)さんが付いてくる。汐莉(シオリ)さん曰く、「この子を一人で行かせたら、我こそは彼氏であると言い出す勘違い男がゴキブリのように沸く」だそう。

 それに加えて天道さんは女の子にも人気があるので、応援の品を持ってくる人たちが後を絶たず。


「推しが……世界に名を轟かせて……」

「いや校内の人よ」

「喜びとジェラシーが同居しています……ぐぬぅ」


 複雑な顔をした(ミオ)さんと、その様子を笑う汐莉さんがやってくる。


「1時間くらいは遊べるって言ってたっけ?」

「そうなの、どこから行こうかなぁ。腹ごしらえかなあ? みなもちゃん、何食べたい?」

「胃に優しいものを」

「あるか? 文化祭にそんなんあるか?」

「こんなこともあろうかと!」


 澪さんはポケットの中からある紙が出てくる。みんなで覗き込む。文化祭のパンフレットだった。A3サイズのコピー紙にカラフルな校内マップが記されている。誰かが手描きしたものを刷ったようだった。


「さっすが、澪。準備万全だね」

「昇降口に置いてあったの」


 こうして文化祭を楽しむ人生が訪れるとは思いもしなかった。とても楽しい。緊張が打ち消されたわけではなかったけど、気が付くと口元が緩んでいた。


 私達は最初こそマップを見ながらああだこうだ言っていたものの、気が付けばマップはどこかに消えていて胃に優しいどころかロードローラー作戦を決行していた。ちなみにこれは後日談だけど、その文化祭校内マップは何故か天道さんの上履きの中から発見された。本当になぜ。


「あ、みっちゃんからだ」


 もうみっちゃんさんとの待ち合わせの時間になっていた。天道さんは電話で軽く会話して「今校門だって!」と目を輝かせる。


「じゃあお迎えに上がろうか」

「うん! そしたら澪ちゃんは11時くらいに来ると丁度良いかも」

「おっけー! 髪の毛、楽しみにしてるねっ」


 澪さんが髪の毛にハサミを通すような仕草をした。


 校門へ向かう途中、りんご飴の魅力に抗えず三本購入。私達の分と、みっちゃんさんの分。


「ひなが髪の毛やってもらう時間、待たせちゃってごめんね」

「ううん。天道さんがもっと可愛くなるの、楽しみ」


 天道さんは口元をきゅっとしてこちらを見上げる。


「それひなにしか言わないでね」


 私が疑問符を浮かべていると、前方から私達を呼ぶ声がした。


陽那多(ヒナタ)! みなもちゃん!」

「みっちゃん!!」


 隣からざっと土を蹴る音が聞こえたと思うと、天道さんはみっちゃんさんの元へ駆け寄り勢い良く飛び付く。みっちゃんさんは大荷物だったけどよろける事もなく彼女を抱き留め、すっと後頭部を撫でた。


「全く、危ないでしょ」

「へへっ。来てくれてありがと、みっちゃん!」

「ギャラは出世払いにしといてあげるわ」


 二人は少し注目を集めていた。何せこの学校で知らない人はいないであろうとびきりの美少女と、謎の大きな大荷物の美女が抱き合っているのだ。近寄るのに躊躇した。


「今日はよろしくお願いします」

「こちらこそよぉ、見て。イカ焼き買っちゃった」


 みっちゃんさんが元気だったので安心した。

 視線を浴びながら準備室へ向かう。ステージは体育館だけどその近くの空き教室が準備室として用意されていて、私達のようにステージに立つ人達が集まっていた。ドキドキしながらドアを開けると、入り口に受付の生徒がいた。事前に渡されていた整理番号を渡し、用意されたスペースへと案内された。


「さて、と」


 どさっと置かれた荷物の中から金属音がした。天道さんもくっと息を呑む。


「始めますか。陽那多、座って」


 みっちゃんさんはカバンを開け、中を探る。ちらっと覗くと、整理されたカバンの中には美容院で見たことのある道具がたくさん入っていた。


「みっちゃん、大丈夫だよ。絶対大丈夫」


 天道さんがみっちゃんさんの手を握った。二人は数秒見つめ合うと、みっちゃんさんが深い息を吐いた。

 首元に布を巻き、天道さんの髪にシュッシュッと何かの液がかけられる。次第にさくさくと、小気味よいハサミの音が聴こえてくる。ただ見守ることしか出来ないけど、二人は今前に進んでるんだとこちらも緊張してしまう。


 緊張していたのもいつの間にか吹き飛び、ただただみっちゃんさんの洗練された動きに見入っている。事故からここまで辿り着くまでに、どれほど努力したのかは計り知れない。


「はい、完成」

「みっちゃん! すごい! みっちゃん!」

「あーもう、わかったわかった。……ありがとう、陽那多」


 天道さんはみっちゃんさんがハサミを置いたのを確認すると、椅子からがばっと立ち上がりみっちゃんさんに抱きつく。みっちゃんさんはやれやれといったふうに天道さんの頭を撫でるけど、内心かなり緊張していたに違いない。


「ほら。次のお客様」


 みっちゃんさんがこちらを向き、椅子の背もたれをポンポンと叩く。


「えっ、えっ。みなもちゃん……えっ」

「な、なんだ……」

「みなもちゃん、え、髪の毛……」


 もうすぐなくなる長い前髪を押さえ、こくこくと頷いた。


「みなもちゃんがうちに来た日ね、陽那多がつらいこと分けてくれたから、自分も背負えるぶんだけ背負うって。みなもちゃんの髪の毛も切ってほしいって。そう言ったの。陽那多にはこんな風に覚悟してくれる友達がいるんだって、私もしっかりしないとって、思ってさ。だから今日、ここに来たの」

「みなもちゃ……みな……もちゃあ……」


 みるみるうちに天道さんの顔はぎゅーっとくちゃくちゃになり、まあさらに愛らしいわけだけど。


「ああ……泣かない泣かない……。もう、みっちゃんさん! それ恥ずかしいです、言っちゃだめなやつです!」


 大きな瞳に涙をいっぱい溜めてもういつ泣いてもおかしくない天道さんのほっぺを両手で挟みもみくちゃにした。


「あらぁ、恥ずかしいわけないわ。かっこいいわよお」


 みっちゃんさんはばちん! とウインクし、再度椅子に座るよう促した。大人しく椅子にかける。そして彼女が美容師さんらしく尋ねた。


「さあ、どのような感じでいきましょうか?」

「このくらい、切ろうかと」

「……えっ!? え、こんなに?」


 みっちゃんさんは私のスマホ画面に表示されたモデルさんを二度見した。これまで目付きの悪さを隠すため顎まで伸ばしていた前髪。そして後ろ髪も美容院に行くのが嫌すぎて伸ばしっぱなしだった。前髪は自分で切りやすいけど、後ろは難しいのだ。それでこんなに伸びてしまったわけだけど……今日は私も、前に進むんだ。


「本当に良いの?」

「はい、お願いします」


 後ろに立つみっちゃんさんが真剣な表情で、私の長い髪の毛にハサミを入れていく。みっちゃんさんに見せた画像を見ていなかった天道さんが、慌てたように悲鳴を上げた。ざわつく周囲の声、それを制するみっちゃんさんの声も聴こえる。

 

 頭が段々と軽くなっていく。なんでだろう。この髪の記憶、なんて言うと笑われるのかな。なぜだか嫌なことを思い出す。


「何その目」


「うわぁ、こっち見た」


「菌が付いた!」


「先生ー、海原さんと同じ班嫌なんですけど」


「この生ゴミ、コイツのお昼ご飯だって」


「なんかあの人、おじさんとお酒飲んでお小遣いもらってるらしいよ」


「てめえなんだその顔、文句あんのか」


 見たくなかった過去がモノクロの映画みたいに頭に浮かぶ。次から次へと。

 思い出さない。思い出さない。ぐっと下唇を噛む。瞼に力を入れると、目の前の黒が深まる。


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