13th stage☆イベントの日という感じ
「みなもちゃんっ!」
顔を上げた。いつもの通学路がまるで手入れの行き届いた立派な庭園のように見えた。色とりどりの花が咲く庭園だ。美しく咲き誇る花々の中で一段と眩い輝きを放つ少女が、大きく手を伸ばし私の名を呼ぶ。
と、そんな画が周りに見えた気がした。その少女は顔を綻ばせたまま、なんと私に駆け寄り腰にぎゅっと手を伸ばした。
「抱擁ッ」
「みなもちゃんっ、おはよ!」
「……天道さん、おはよ。どしたの、こんなとこで」
「えへへ。迎えに来ちゃった」
“えへへ。迎えに来ちゃった”
なにその可愛い日本語?? 辞書に登録しよう。
通学途中に現れた太陽。もとい天道さん。これまで一度もこんな所で会ったことはなかった。迎えに来ちゃったということは、天道さんはわざわざこの道で待っていてくれたってこと?
「みなもちゃん……昨日、ちゃんとみっちゃんと話したから」
「そっか。良かった」
「本当に、本当にありがとうっ」
「えっ、あの、泣っ、え」
「うう……ありがと、ふえ」
大きな瞳にぷるぷると涙が溜まり、天道さんの唇が震える。やだやだ、泣かないで。
「みっちゃんに、聞いたの……みなもちゃんが、店まで来たって」
「や。ごめん、勝手に」
「ちがうのっ! 本当に、ありがとうなの。みっちゃん……今日髪、やってくれるって。無理かもって諦めかけてたから」
みっちゃんさんのお店で、奥から出てきた物。それは大量のマネキンだった。聞けば定期的にまとめて捨てているらしく、そのマネキン達は彼女の特訓した証の一部だった。マネキン達1つ1つ、様々な髪型をしていた。みっちゃんさんには悪いけど、大量のマネキンって少し不気味でもある。だけど、これはみっちゃんさんが前に進もうと努力した結果たちなのだ。そう思うと素晴らしい物に見えた。
「もう何年も、やってるのよ。隠れてね。この子達相手なら大丈夫なの」
と普段のみっちゃんさんには似合わない、自信なさげな顔を覗かせる。
「だけど、人間相手なんて。ましてや、陽那多の髪なんて。あの子のこと、とても大切なの。もし何かあったら」
「でも……いつか見せてあげたかったんじゃないですか? 大丈夫だよ、って見せてあげたくてこんなにたくさん……もっとたくさん、練習したんじゃないんですか?」
みっちゃんさんの瞳が揺れる。
「天道さんに見せてあげてください。もう大丈夫だよって。それで、見てあげてください。天道さんが前を向いて、自分の足でしっかり立っているところ。あ、あのこれっ」
私は手汗でしなしなの気持ち悪い紙切れをみっちゃんさんに押し付けた。例年にないほどよく喋ったので妙な汗をかいている。何を必死になっているのかと呆れられていないだろうか。
「わ! 何これ……メモ?」
「そこ私のうちです! 表札あるんで! 海原なんで!」
「海原は、分かるけど……いや。でも、気まず」
「なっ、子どもみたいなことを」
どれだけ気まずかろうと、天道さんのためにも引くわけにはいかない。
「いいですねっ? 言いましたよっ、言いましたから! 明日21時に海原です。で、では! 急にすみませんでしたっ」
なんやかんやと言うだけ言って、逃げた。本当に来てくれるのか心配だったし、来てくれたとて天道さんがどう思うのかと不安だった。随分とお節介なことをしている。みっちゃんさんにも失礼な、不躾なことを言っている気がする。昨日聞いたばかりの私が、知ったふうな顔をして。こんなことを勝手にして、気持ち悪くないかとか。実は私が知らないだけで、もう二人の中で解決しているかもとか。朝の時点では解決していなくても、日中連絡を取り合って和解する可能性だってあった。
だがしかし彼女の表情を見る限り、勇気を出してみっちゃんさんのお店へ乗り込んだ甲斐があったようだ。
天道さんは落ち着いたようだったけど、学校へ着くまで私の腕に絡みついたままだった。自分のすぐそこからくすぐったいような、爽やかな甘い香りがした。勇気を出したご褒美として大人しく享受する。
「わ、ぁ」
「すごぉい!」
学校へ着くと、校門には大きなアーチが建てられていた。色とりどりの紙で出来た花が散りばめられている。そういえば一人2個ずつ花を作れって言われて四苦八苦したな。私の生み出した花は不格好だったけど、遠目で見れば分からない。
生徒達がわいわいと集まっていて、イベントの日という感じだ。
「うちのね、文化祭結構人来るんだよぉ」
「そうなの? 知らなかった」
「この辺では割と有名な文化祭なの」
「へえー、なんで?」
「なんでだ? 確かになんでだ?」
顔を見合わせて笑う。
「それはねえ。生徒が多くて校舎も広いし、規模がこの辺では一番大きいかららしいよ」
「わ、びっくりしたあ! 汐莉ぃ、おはよ」
「おはー」
「汐莉さん、おはよう」
後ろから私達の肩に両腕を乗せ、汐莉さんが現れた。
「やー、祭りだねえ」
「ねー。昨日より設置進んでるねえ」
「どう、気分は」
私達は両側から汐莉さんの顔を覗き込む。
「絶好調」
二人の声が重なる。三人で顔を見合わせて吹き出した。
「息ピッタリじゃん!」
「もっちろん! ひな達、最強だから!」
「私のは強がり」
「緊張してんの?」
「するわ。そりゃするわ」
「ええー、楽しみしかないっ!」
天道さんは流石の強心臓。家を出る時、私の代わりに兄弟が緊張してくれたと思った。だから今日は緊張せずにイケるかと。学校で実際にわくわくする人達を見ると、途端にステージから見る景色を想像してしまい心臓がぎゅっとなってきた。
校舎内も賑やかだった。○○喫茶、お化け屋敷、様々な展示。確かに規模が大きい。クラスも多いから見どころがたくさんある。早く色んなクラスの出し物を楽しみたい。
いつもとは雰囲気の異なる廊下を抜けて教室に着くと、やけにざわざわしている。
「なんだろ」
「澪じゃん」
ざわざわの中心には澪さんがいて、クラスメイトの女子たちに囲まれていた。
「なになにー……って、なにこの大荷物!」
「あ、おはよ! ご覧くださいっ、今日ステージに立つお二人のために! ファン代表としてこちらをご用意いたしましたっ」
澪さんは茶目っ気たっぷりに、ばっと手を広げた。広げられた大きいドレッサーに所狭しと並んだお化粧品の数々。
「わぁ、すごい……」
これまでメイクなんて興味を持ったこともなかったから、初めて見るお化粧品の数々。彼女はどうやってこれほどの量を集めたのだろうか。本当にお化粧が好きなんだ。
「澪ちゃん、とんでもない大荷物で来たからみんな興味津々なの」
クラスメイトの一人がそう言った。確かにこんな大荷物、みんな気になるはずだ。
「こんなにたくさん! すごいね、澪ちゃん! みなもちゃんとひなのためにありがとう」
「本当にありがとう、澪さん。重かったでしょ」
「ひぇ……推しが私を気遣ってる……」
きりりとしていた澪さんが、目を潤ませる。
「いや、一体どうやって持ってきたの?」
「これこうなるの」
カチャカチャと小気味よい音を立てながら、大きなドレッサー兼お化粧品棚が小さくなっていく。周りから感嘆の声が漏れる。私の口からも。小さくなったと言ってもけして小さくはないんだけど、下にキャスターが付いていてどうにか女子高生にも持ち運べそうなサイズになって感心している。
「どういう仕組み!?」
「ふふふ。うまく畳むとこうなるの。順番があるの」
「これ転がしてきたの?」
「まあまあ、私の労力なんてどうでもいい事です! 今日のメイクは任せてくださいっ」
澪さんはとんと胸を叩いた。その姿は普段目が合う度に可愛らしくわたわたし、涙を流す澪さんとは全く違って見えた。どちらも素敵だけど、今日の澪さんはとても堂々としていてかっこ良かった。
天道さんだってそうだ。「楽しみしかない」とはっきり言い切った彼女の目は、まっすぐでいつも以上に輝いていた。何より声に自信が力強く篭っていた。注ぐ熱量やこれまでの努力が彼女たちをきらきらさせているんだ。もし私も、それ程までに情熱的になれるものに出会えるとしたらなんて素敵なんだろう。
チャイムが鳴り、担任教師が教室へ入ってくる。澪さんのお化粧品展覧会へ集まっていた人たちがぱらぱらと席へ戻るけど、どこか落ち着かない様子だった。誰も先生の話を聞いていなかったし、先生も諦めたような顔をしている。だって朝のホームルームが終わったらお祭りだもん。みんな早くお祭りに参加したくてウズウズしているのだろう。
「大丈夫ぅ? きみ達先生のお話ちゃんと聞こえてる? とにかく今日は色んな人が来るから、何かおかしなことがあればすぐその場から離れて大人に声をかけること。良いですか?」
先生は何度も私達に確認をした。
「はい。解散。各々しっかり楽しむように!」
わぁと声が上がる。がたり、がたり。椅子を引く音が雑に重なる。
私達のクラスは『文化祭の歴史』をまとめて展示する。何枚もの模造紙に我が校の文化祭の歴史をまとめた。過去の様子を写真で見ると、うちの学校が本当に大きな規模の文化祭を催していることが分かる。テレビで見たことのある人が何人も写っていた。学校に記録として残っていた写真だけでなく、当時の卒業生にも連絡を取り写真を集めたのだ。
模擬店や出し物をするクラスも多い中少し地味に感じられるけど、先生が言うには「大人達はこういうの大好物だから」とのことだった。
ちなみにうちのクラスでも、部活動ごとに派手なことをする子達もいるようだった。




