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12th stage★出番前にね

 みっちゃんさんのお店を後にして、学校へ行くといつもの席に天道さんがいて安心した。汐莉(シオリ)さんの膝上に座って談笑していた。実のところ、昨日の今日で本当に彼女が登校出来るのか心配でもあったのだ。


「みなもちゃんー、見て見て! 陽那多(ヒナタ)顔やばない?」

「もー、やめてよ汐莉ぃ」

「はは、かわいいかわいい」


 天道さんのほっぺを後ろからむにゅっと押しつぶし、汐莉さんがケラケラと笑っていた。天道さんは顔を赤くして目を抑える。目の腫れがだいぶ収まってきて、天道さんの顔がよく見えた。そっか、前髪あるから私の目も腫れてるの分からないのか。


 笑いが止まらない様子の汐莉さんの目の前に、目線を合わせるようにしゃがむ。汐莉さんはぱちくりと、目を瞬かせる。ばっと前髪を上げた。


「ヒィーーーーッ!! もう一人おった!」


 呼吸出来ているか心配なくらい笑っていた。


「ふう、ふう、ごめん、笑って……んふ、ごめ、おもろ」

「こっちの方がインパクトあるでしょ」

「元の顔まともに見る前に、パンパン見てもた」

「えっずるい! 私も、私も!」

(ミオ)、やめとけやめとけ」


 一応トップオタ(澪さん曰く)には配慮して見せないでおいた。


「なんで二人してそんななってんの? 大丈夫?」

「あんなに笑っといてー」

「ごめんて。いつもとのギャップが」


 天道さんがぷうと頬を膨らませた。今日は全然サマになっていないが可愛い。


「で、大丈夫?」

「や、えーと、昨日私のうちで映画見てて」

「感動しちゃったの? あららぁ、いっぱい泣いちゃいまちたねえ」

「やーめーてえぇ」


 汐莉さんが天道さんの頭をわしゃわしゃと撫でる。ふくれっ面を見せながらも楽しそうにしている天道さんを見て、また泣きそうになってしまう。彼女にはこれからもたくさん幸せなことが起きてほしい。

 こっそりと目配せし、天道さんは申し訳なさそうな顔をする。私は小さく横に首を振った。


 文化祭も明後日に迫っていた。クラスの準備もあり、学校全体が浮かれモードになっている。緊張はもちろんあるものの、初めて文化祭を楽しめそうで私も例に漏れず浮かれていた。

 どこのクラスが何をするっていうのも出てて、当日はあれをしようこれをしようと話に花が咲く。


 今日明日の放課後はクラスの準備を手伝おうという話になっている。実のところ、その殆どはクラスメイトの厚意で免除されてきた。ステージがんばって、と歌の練習を優先させてくれていた。中には良く思わない人もいたのかもしれないけど、天道さんの人望あってのことだ。ありがたい話だった。

 最初はクラスに馴染めなくて自分のことも応援してくれてるとは気付かなかったけど、どうやらみんな私のことも気に掛けてくれているようだった。


 だから感謝の気持ちを込めて、最後くらいはクラスに貢献したかった。天道さんともそれで意見が一致していた。文化祭までの2日間、放課後にあまり歌う時間はなかった。それでも少しも歌わないというのがなんだかとても不安で、帰り道に人気のない川原で「1回だけ!」と歌って帰る。

 前日には、喉を休めた方がいいよねと言ったにも関わらず落ち着かない。クラスメイト達と展示物の完成を喜び解散した後、二人でランニングをしながらうちへ向かった。


 我が家の兄弟に「おうちに帰っても一人らしい」と細かい事情は伏せ天道さんが一人暮らしをしていることを告げたところ「明日連れて来い」との命を受けたため、うちに連れてきたのだった。実は私もうちに来てもらいたいと思っていたため渡りに船だった。

 今日の夕飯はカツ丼。凪翔(ナギト)にぃが言うには「緊張に打ち勝て」ということらしい。海音(カイト)が天道さんに見せびらかすのは、手作りの鉢巻だった。“ひなた♡みなも”と書いてあり、私も初めて見たものだった。


「ちょっと海音、なにこれ!」

「うまくね? 刺繍した」

「ええー、すごいね! ひなたちの名前書いてある!」

「当日は兄ちゃんとオレ、これ付けて応援するから!」

「は!? おい、聞いてないぞ」


 海音は自信満々に鉢巻を掲げるが、凪翔にぃはとても嫌そうな顔をしていた。



「えー、兄ちゃんも付けようよ!」

「いや……これ、いやぁ……」


 凪翔にぃにしてはもごもごとした物言い。天道さんの手前、はっきり無理とは言いづらそうだった。


「これは応援される私も恥ずかしいんだが」

「ええ、いいじゃん! ねーっ、海音くん」

「ねー!」

「ちょっと天道さんー」


 弟と天道さんのタッグは中々強く、私もはっきり断れない。

 きっと凪翔にぃも、明日は頭に巻かれてしまうのだろう。そんな兄の姿は中々見られない。


 天道さんは美味しい美味しいと、ぺろりとカツ丼を平らげた。気持ちの良い食べっぷりだった。

 食べ終わってしばらくすると家のチャイムが鳴る。


「なんだこんな時間に」

「私が呼んだの」


 凪翔にぃが警戒して眉を寄せる。そこに私が答えを返すと、全員が不思議そうな顔をしていた。


「天道さんの、送迎」


 玄関の外から聞こえたこんばんはの声に、天道さんがはっと目を開く。


「みっちゃん?」

「ね。ちゃんと二人で話さないと」

「みなもちゃん……ありがと」


 ごちそうさまでしたと頭を下げ、天道さんは勢い良く席を立った。私も後ろからそれを見守る。勢いそのままに開けたドアの向こうには、予想通りみっちゃんさんが気まずそうな顔で立っている。

 二人の邪魔をしないようこそこそと覗き込む私の後ろから、海音と凪翔にぃも顔を出していた。それに気付いたみっちゃんさんが小さく頭を下げた。


「陽那多がお世話になったようで、ありがとうございます」

「あっ、い、いえ」


 凪翔にぃが困惑気味に返答をした。「どっち? どっち?」と小声か大声か分からない声でまくし立てる海音の口をふさぐ。


「みなもちゃん、また明日。出番前にね」


 みっちゃんさんが、ばちっとウインクする。


「え、出番前……ってことは、えっ、みっちゃん!?」


 天道さんの目がぱあっと輝き、まさかという期待のたっぷり篭った目でみっちゃんさんを見上げる。


「まぁったく。ほら、帰るわよ」

「えっあっ、お邪魔しました! みなもちゃん、ありがとっ!」


 その様子にみっちゃんさんがふっと笑うと、天道さんの手を引いて家を後にした。


「誰だ?」

「んー、天道さんの保護者の……お姉さん?」

「……そうか。お姉さんか」


 二人を見送ると、凪翔にぃは「早く寝ろ、明日に支障が出る」とお母さんモードに戻った。天道さんとみっちゃんさんが仲良く帰るのを見たからか、急に眠気が襲ってくる。実のところ、ちゃんと二人が仲直りできるのか勝手に心配だったのだ。もちろん私の知ってるより遥かに、二人には二人の絆があるんだけど。それでも少し心配してしまっていた。それが杞憂で何より嬉しいし、安心して、眠くって……


「うおっ、ちょ、姉ちゃん!」

「あー、まずい。寝ちゃう寝ちゃう。おい、がんばれ寝るな」

「さっきは……寝ろって……むにゃ」

「むにゃするな! 風呂!」


 兄弟二人にどやされて、半分寝たままお風呂に入れられる。脱衣所の外から兄弟たちが交互に叫ぶ。私を寝かせないためだった。


「みなも、頭にシャンプーをつけろ!」

「姉ちゃん、起きてる!?」

「もう少しだ、がんばれ!」


 私は一体何を応援されて……?

 どうにか眠気を堪えてシャワーを終える。脱衣所から出ると二人に拍手で迎えられる。


「よし、えらいぞ! 今度こそ寝て良し!」

「おやすみー」

「あとは……たのむ……」


 そこからの記憶はないけれど、こういう事は受験の時とか発表会の後とか起こりがちなので二人は対応に慣れている。そして決まって朝になると、しっかり寝仕度を整えてくれた痕跡があるのだ。何故だが髪の毛がいつもよりつやつやだったりする。

 今朝もやはりつやつやだった。鏡をまじまじと眺める。


 あくびをしながらリビングへ向かう。お味噌汁と、魚の焼けた大好きな匂いがする。台所に働き者の兄が立つ見慣れた光景。しかし凪翔にぃの背中は心なしかいつもより元気がない。と言うかしゃきっとしていない。こそこそと申し訳なさそうな顔を心掛けて声を掛けた。


「おはようございます」

「よく眠れたようで」

「その節は誠にありがとうございます」

「はいはい」


 一応深々と頭を下げる。


「って、凪翔にぃクマすご!」

「眠れんかった、緊張で」

「凪翔にぃが緊張してどうする」


 凪翔にぃの目の下にはくっきりと濃いクマが出来上がっていた。私はと言うと、天道さんとみっちゃんさんのことを気にするあまり文化祭の緊張を忘れてしまっていた。簡単な脳みそだ。


「私が呑気に寝てる間に緊張しててくれてありがとう」

「まあこっちは観るだけだから、みなもは寝とかないとな」

「おはよぉぉ゛」

「うわ、すごい声エエエ!? 海音!」

「ねみぃ゛」


 すごい声がして振り向くと、そこには驚くほど顔色の悪い海音がいた。


「寝れんかった……緊張で……」

「ヤダ二人して……うちらのステージ13時からだし、一回寝てから来たら」

「俺はこれから寝るとヤバイ。海音は寝ろ。起こすから」

「寝る。ヤバイ……」


 海音はふらふらとソファーに沈んで行った。二人とも、本当にありがとう……。こんな時でもとてもおいしい朝ご飯を平らげると、いつの間にかすやすやと寝息を立てている弟の頭を撫でる。


「ありがとう、がんばるね」

「……おう。行ってこい」


 弟の寝顔と兄からの激励を胸に、学校へと向かった。

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