1st stage☆転校生と最高傑作
よろしくお願いいたします。
カツンーー
一歩、踏み出した。聴き慣れたサウンドエフェクトがびりびりと指先に、鼓膜に、心臓に響く。それでも頭の中は静まり返っていて、自分の足音がやけに大きく聴こえる。
慣れないヒールの靴。最初はどこに体重をかけたら良いかも分からなかった。ダンスの練習中、転んでヒールを折ってしまったこともあったっけ。ライブの直前に足をひねってみんなにめちゃくちゃ怒られたな。
今では不安や緊張で丸くなりそうな背中をしゃんと伸ばしてくれる私達の戦闘服。床を踏みしめる硬い振動が背中まで伝わり、自然と背筋が伸びる。
隙間無い客席から伝わる緊張感。高揚感。熱気。力強い手拍子に体中の血液がたぎる。いつも応援してくださる方々にも、ようやくこの景色を見せられる。来たね、私達。
スモークの甘い香りに包まれ、私達は所定の位置につく。もう間もなく、目が眩むほどの照明がこちらを照らす。あと数秒暗いままのステージからよく見える、きらきらと揺れる5つのカラー。嬉しい。嬉しい。嬉しい!
この光景があまりにも嬉しくて、ぶわっとした何かが心臓から出そう。それを押し込めるかのように、隣の手をつかむ。彼女がピクリと肩を跳ねさせた。こちらをふわりと振り向きにっこりと微笑んだのが、暗闇の中でも分かる。目が慣れてきたとは言え、ぼんやりとしか見えないその表情を鮮明に思い浮かべられた。
彼女はきっと何年も前なのに、あの時と同じ顔をしている。
「海原さんっ」
中庭の芝生に座り、空を眺めていた。そこへ突如同級生の顔がにゅっと現れた。さらさらの髪の毛が陽の光を浴びて輝き、私の頬を撫でる。太陽を背中に背負い、顔を影が覆う。それでも彼女の笑顔は眩しくって、『天道 陽那多』その名を体現しているようだった。
「はじめまして! 海原、みなもさん……だよねっ?」
「あ、まぁ、はい」
何が『まあ』なのか。動く太陽みたいな子がいきなり言葉を発して驚いてしまった。なんだこれ、顔が良いな。神様はこの子を作るのに気合充分に挑んだのだろう。自分の造形との差に感心しかない。
彼女はそんな自分からの不躾な視線にも嫌な顔一つしなかった。
「天道 陽那多、っていうの。3日前引っ越して来たんだよね? 同じクラスなんだっ」
にっこり笑い、天道さんは制服が汚れるのも気にせず隣に寝転ぶ。明るい髪がふわりと地面に広がり、天使かと思った。
「天使か」
「え?」
声にも出た。
「いや、あの、天道さん、知ってる、名前だけ」
「あれ? どうして?」
「先生が、『天道が職場体験から帰ってこない』って嘆いてた」
どうも数日前に職場体験があったそうで、転校初日にこの子が職場体験先から学校に帰ってこないと先生が言っていた。お寿司を極めるとかなんとか。
彼女は何かを思い出したかのように、くすくすと可愛らしく笑った。
「そうなの! 大将が面白くって。ひな、お寿司たくさん握ったの」
「お寿司は極まったの?」
「あと3年は掛かるって大将が。流石にそれは、ねえ?」
学校を休み職場体験を延長してしまうのが既に、流石にそれは、だ。
「授業、そんなに休んで大丈夫?」
どうでもいいことを聞いてしまった。もっとお寿司のこととか聞いた方が良かったかな。
「真面目に出席しても、あんまり大丈夫じゃないの」
笑ってそう言った。
お勉強が不得意な不思議さんなのだろうか?
こんなに顔が良いんだ。勉強なんて出来なくても将来困らないだろう。
「海原さんは、どうして一人でこんなところにいるの?」
彼女はまだ寝転んだままこちらに目をやる。中々に残酷な質問をされた。
そうなのだ。私は転校してきて三日ーー友達も出来ずに、こうして一人中庭でお弁当を食べていた。前の学校と大して変わらない。食べ終わってやることもなくなり空を眺めていたところ、突如として彼女が現れたのだった。
「えっと、ごはん、食べてて」
「ああ! お外で食べるとピクニックみたい」
天道さんはパンっと手を叩いて、目をキラキラさせる。笑顔が眩しい。
「でも早く戻らないと昼休みが終わっちゃうかも」
「……えっ、はっ、もうそんな、わ、」
「はやくはやく!」
「ひゃっ」
ぱっと起き上がり軽やかな動きで起き上がった天道さんにつられて目線を上げると、校舎に取り付けられた大きな時計が視界に入る。同時に彼女が今発した言葉の意味を理解して慌てていると、天道さんは私の手首を握り引っ張り起こして一時も待たずに駆け出した。
バタバタと二人で駆ける間、周りの景色は溶けてしまったみたいだった。彼女の笑顔にそれだけ惹き付けられてしまった。きっとこういう子は芸能人とかになって、テレビとかに出たりして、そのうちのいつかに「この子高校の時の同級生なんだ」なんて誰かに自慢するのかも。大して親しくもないくせに。
と、思っていたのだが。
「海原さんっ、何してるの?」
「海原さん、ごはん今から? 一緒に食べよ!」
「海原さん、」
「ねえ海原さん」
「海原さーん!」
彼女はそれから、毎日……というか毎時間と言っても過言ではないほど近付いてくる。私はと言うと、転校から一週間以上が経とうとしている今。クラスではまだ浮いていた。寧ろ日に日に浮いていた。他のクラスメイトたちが当たらず触らずといった空気の中、天道さんだけが飽きもせず話しかけてくる。
「ねえねえ、海原さん……いやもう、みなもちゃんで良いよね? ねえ、みなもちゃん」
「あ、はあ、まあ」
何度話しかけられても圧倒的な太陽オーラを前にすると、ついつい陰の者代表の返事をしてしまう。恥ずかしい。
今日は一体何の用なのか。光から逃れるように机に突っ伏して寝ていると、天道さんがまたいつものように唐突に話しかけてきた。急なことにひとまず顔を上げたは良いものの、長い髪の毛が顔にかかったまま。きっとホラーな見た目に違いない。
顔を見られるのが嫌で、髪の毛は前髪含め全体的にかなり長めに伸ばしている。黒くて長い髪。顎辺りでまっすぐ切り揃えられた前髪。その下に隠した目は一重で切れ長。キツく見えるし、怖いし、全然可愛くない。この顔は以前の学校でも散々怖がられたし、嫌われた。自分自身、好きじゃなかった。そしていつからか、顔を隠すように髪を伸ばした。
そんな不気味な外見に加えて、生まれつきのカスカスの声。低く掠れた声は、どこからか訳のわからない噂まで生んだ。同級生からはお酒を疑われた。教師からはタバコを疑われた。何故だかヤンキー的なものに勘違いされ、待ち伏せされたこともあった。
転校初日。教師に呼ばれて教室に足を踏み入れると、短い悲鳴のような声がいくつも聞こえてきた。これまで幾度となく聞いてきた恐れの声。これ以上怖がらせないよう細心の注意を払い、にっこりと口角を上げて、出来るだけの優しい話し方で挨拶をした。逆効果だった。私と隣の席だと言われた女子は、怯えた目でこちらから目も逸らさずに涙を流した。慌てた教師が私を端の席へ追いやった。屈強そうな男子の隣だった。
そんな経緯があり、このクラスでも誰も私に近付いてこない。だから休み時間になれば寝ているふりをするしかない。そうしていれば、「ひとりぼっちにさせられているんじゃない。寝ているから誰も話しかけてこないだけ」だと思い込める。
「聞いてる? みなもちゃん」
「あ、うん」
「どう?」
「……どう?」
回想にふけり、何も聞いていなかった。私の机に手をかけ、そこにしゃがみこちらを見上げる顔が余りにも可愛い。が、何を言っていたのか。
聞いていなかったとバレたら、クラスでたった一人話しかけてくれる人からも嫌われてしまうかもしれない。
「あー……い、良いんじゃない?」
この返事が話題に合ってるのかが分からないけど、絞り出した。
「本当っ!?」
「ほぁ、うん、多分……?」
「絶対嫌がるかと思ったあ!」
なに? なんだ??
私の返事に大きな目を余計にキラキラさせて、嬉しそうに顔いっぱいに笑みを浮かべる。これ大丈夫? 反応を見るに絞り出した返事は間違ってはいなさそうなんだけど、なんかこれ、大丈夫な返事だった?
「みなもちゃんの声、ステージ映えしそうって思ってたの」
「す、ステージ映え」
「うんうん! ひなとみなもちゃんで、みんなのことびっくりさせようねっ」
「みんなを……びっくり……」
「さぁて! そうと決まったら早く実行委員のとこ行かないと!」
「は? なに、待っ」
実行委員? なんの?
まん丸の目の中に炎を宿した天道さんは、私を立たせてどこかへ足早に向かう。やっぱりちゃんと聞き直したら良かった。
ずんずんと歩き、天道さんはとある教室の前で立ち止まる。二人してふーふーと軽く肩で息をしていた。
「て、天道さん、いったい……」
「ふう、ついた!」
「“文化祭、実行委員会”……?」
「失礼しまーす」
文化祭実行委員会、ということは……文化祭にまつわることでこの教室にやって来たということで……つまりさっき天道さんが言っていた『ステージ』というのは、文化祭の……ステー、ジ?
やっと、この人が何をしようとしているのかぼんやりと分かってきた。まずい。まずい、止めないと。
天道さんに遅れて入室した。既に天道さんは何らかの書類を、実行委員の人と思われる人物に手渡している。
「はい、それではこれで受理。がんばってね」
「わぁい! ありがとうございました!」
「あっ……あっ……」
「よーし、早速特訓だ! いこう、みなもちゃんっ」
実行委員の人はこちらをちらっと見て、驚いたかのように目を見開き書類とこちらを見比べている。
その書類何て書いてあるんですか!?
「あの、行くってどこに……」
「カラオケ!」
「カラ、オケ」
歩きながら尋ねる。きゅんとした。友達とカラオケ、なんて今までなかった。まだ友達なんて烏滸がましいかもしれないけど。すぐにそれどころではないことを思い出す。
「文化祭を最高のステージにするために、いっぱい練習しなくっちゃね! 毎日練習だよっ」
「あの、一応聞くけど、何の練習?」
「なぁに言ってるの、みなもちゃん! 文化祭のために練習するんでしょ!」
「そ、そうだよね、で……なんの……?」
体中から汗が止まらない。彼女が今から何を言うのか、恐ろしくてしょうがない。
天道さんはぴたっと足を止め、こちらを振り返り腰に両手を当てる。唇を尖らせぷくりと頬を膨らませる姿の何と様になることか。そして、とんでもないことを言ってのける。
「もぉー、うーた! 文化祭の有志ステージで一緒に披露する歌の練習に決まってるでしょ!」
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