第一話【歩き始める】
目を覚まし、見えた誰もが幸福そうに笑い合うこの 世界を地獄だと誰が思うだろうか。 だが、 実際にここは地獄なのだ。 呆然としている山田の元に羽虫が 飛び交った。 「状況は理解できたかね」 羽虫が突然山田に話しかけた。 「えっ! あ、えっと」 返答に対し戸惑っていると羽虫の方から話し始めた。そして羽虫が少しの爆発をしたと思えば自分と同じような背丈の老人となった。
「私は君達の伝承されるところの閻魔大王だ」
山田はここでも返答ができなかった。が、そんなものを意に介さないように閻魔大王は話し続けた
「老人であろう。最も地獄の者なのだから牢人といったところなのだろうが」
「え、あ、はい」
「君は気づいていると思うが、 ここは地獄だ。 地獄 に堕ちた理由はわかるな」
山田はその理由考えるより先に、映像が思い出された。2年前の春まで通っていた中学から少し遠い距離 にあった山にある木造のペンション。 その中で白いカッターシャツを着た神有優生が首元から血を滲ませ、床に倒れ込んでいる。
神有優生の腕は驚くほどに白く見えた。死後それ程経っていない訳だが、山田の目には神有優生の腕は死者のように見えた。
山田の目に映る色は喉元からの血の赤と神有優生の髪の黒だけだ
山田の手には血の付着したナイフが握り込まれていたのだ。
「君は、夏休み、神有優生と会い、動機こそわからんが、ペンションの中にあったフルーツカット用のナイフをつかい、衝動的に殺人を犯した。間違いはないね?」
「間違いは、えっと、多分、ありません」
「それが過ちであることは分かってるかね」
「えぇ、はい、その、間違いだってことは、そりゃ」
「うん。その通りだ。君はわかっているのだね」
釈然としないものが何か頭にこびりついた気がした山田だったが、彼の頭は混乱しており、こびりついた『何か』について考える労力もなかった
「君は地獄というと何を思い浮かべる」
「えっ、その、閻魔さまが、罪人の舌を抜いたり、マグマの風呂に入れてたりとか」
「まぁ、そういったところだろうな。だが、現世で伝承されてる地獄と現実の地獄は違う。まぁ、地獄が現実というのも可笑しな話だ。非現実と捉えてもよい」
「はぁ」
「現実の地獄はその機構、システムがシンプだ地獄に堕ちた罪深き人間は【無限の間】に入れられるだけだ」
「無限の間?」
「あそこは時間軸が特殊でね、あの場所ではすべての時間が同時並行で進んでおる」
「えっと?時間が止まってるということですか」
「まぁ、そう考えてよいだろう。君がここの本質を理解する必要はない」
「あぁ、そうですね、うん」
なんとも間抜けな応答だと山田は思った。今からその無限に入る人間が未だに状況が理解できないと自分事の意識がない
「まぁ、説明はもういいだろう」
「えっ!その、期間とかは」
「期間は無期懲役と言うやつだ。判断基準は『テンゴク』行きの資格を持つか持たないかそれだけだ」
そういった閻魔は立ち去ろうとした
「えっ、あの!」
手を伸ばし、閻魔の行き先を阻んだ
「天国ってなんですか?」
「知る必要はない。無限へは自動で行ける。君らの世界で言う太陽が東から昇るようにな。それと同じで『テンゴク』の道も自然と開ける」
訳がわからない。と頭が混乱してる。山田はようやく事態を自分事として捉えたのだ。
「これ以上の説明は必要ナシ。だ」
山田は直感で感じていた。今から自分に起こることはきっと死よりも恐ろしいと。だからこそ必死になった。が、閻魔はこっちを見る素振りすらしなかった
「ーお待ちください閻魔さま」
山田でも閻魔でもない声がこの台詞の声の主だ。
ー神有優生が、山田目の前に立っている。
目の前に立っていたのは神有優生、死んでしまった人間、山田が殺してしまった人間。
死んだ人間が目の前に居る筈がない。というのはこの地獄では通用しない。なので、地獄に神有優生がいるのは可怪しくはないのだが、地獄に神有優生が堕ちたことは有り得ないと山田は驚いていた
「君は、そうか、君が【二人目の手違い】か」
「えぇ、その通りです」
「君についての判断は後でじっくりと下す。あぁ、じっくりと言っても百年とかからない短い時間だよ」
「それは嬉しいですね。私めの為にそんな尽力をしてくださるなんて」
「はっはっは。ところで本題は何だ?世間話をしにきたのではないのだろう?」
「えぇ、僕は山田晴人が殺していたのは僕ではなく息を殺しただけだという。【無罪】を主張しにきました」
少しの間、3人の誰もが無言になった
「ははは、神有くん、それは地獄の機構を否定することになるよ」
笑っている閻魔の笑い声は誰が聞いても作り笑いだとわかるほどの乾いた笑いだった
「それについてを【手違い】の前で主張するのですか?」
それを聞くと閻魔は少しの間黙った。が、続けた。
「主張を聞こう」
「ありがとうございます。では山田晴人が無罪である主張の証拠ですが、それは僕からではなく彼から話してもらいましょう」
そう言うと神有は何やら手のひらに収まるようなケースを取り出した。
そしてそれを見た閻魔は顔を歪めた
「【一人目】からか」
その問いに対して神有は無言で応答した。
ケースのボタンを押すと音声が流れた
「やぁ、やぁ、閻魔さま、君は元気かい?私はねぇ、死者なのに元気でたまらないよ」
閻魔の雰囲気は明らかに怒りの色が含まれていた
「さて、間に合ってるかどうか分からないが、もしそこにヤマダハルトという人間がいるのからば、伝えておこう。ーカミアリユウセイを殺したのは君じゃあない」
山田はそのセリフをすぐには受け止めなかった。何故か映画のワンシーンを見てるかのようだった。
「冷静に考えようか閻魔、彼らは華の男子高校生二人だ。そして喉元から血が出ていた。そして被害者には腕にも、胸元にも血はなく、真っ白な状態だ」
そこまで言われて山田も気づいた。それは先程まで感じてた違和感の正体だった
「犯人が標的にナイフを真正面から首へ、まぁ喉へと振りかぶって何故抵抗の跡が残らない?」
そう、それこそが違和感の正体だ。衝動的な殺人不意を突く為のトリックはない、が、神有に正面から山田が殺人を仕掛けたときの抵抗した跡がなかったのだ。
「一瞬だけね、黄泉帰って現世に蘇っちゃった。【手違い】が送られてきたのは偶然じゃあない。私が関与した。全く、こんな初歩的なことに引っかかるなんて、やっぱり君はこの地獄そのものを体現してるね。と、時間だじゃあね」
そこまでいったところでメッセージは途切れた
「そういうことです。僕は山田晴人を彼らのような【ハイジン】にしたくない」
「【廃神】も知ってるのか、君、この映像以外にも何か知ってるだろ」
「さぁ、私は【天獄】を知ってるくらいです」
「なるほどね」
「えっ!ちょっと!え!どういうことですか?」
ここで話についてこれなかった山田が聞いた。
「【無限の間】ってのは【無限】という永遠を自分と違う言語、時代の人間、それらが全て収容された場で過ごし続けるものだ」
「えっ、それだけ?」
「待て」
そこまで言うと閻魔が静かに言放った
「私が言おう」
諦観したような閻魔は話を自ら続けた
「【無限】の名の通り、無限の間の人間は死ぬことがない」
「はぁ」
「ただし食事も快楽も睡眠を取るための脳の機能が破壊されてる状態でな」
「えっ、それって」
「あぁ、普通の人間なら脳戸精神が壊れる」
「どうしてそんなことを」
「【転生】の為さ」
「え?転生?」
「新しい生を授かるときに、前世の記憶があってはならない。だからこの方法で地獄に落ちるようなものには無理矢理、記憶を消す。いや、その人間そのものをリセットする」
閻魔は一拍おいて話を続けた。
「が、現世で善行を行ったのなら天獄が待っとる。天獄に行ったものには『優しさ』を残し、転生させる」
山田はあまりもの壮大な話に呆然としていた。が、神有が言葉を発する
「閻魔さま、頼みがあるのです」
「なんだ?」
「僕に【一人目の手違い】の捜索をさせてもらう許可を」
「却下だ」
「では閻魔さまには【一人目】についての手がかりがあるのですか」
閻魔は押し黙った。
「僕は偶然にも彼と同じく【手違い】となりました。そして僕には彼とのとある繋がりがあります」
「それを教えてはくれぬのだな」
「はい、僕は僕のことに無知でいたくない。現世にいた頃は気にしてかなったことですが、死ぬことで気がついた」
「『バカは死ななければ治らない』。君は死ぬことでバカになってるようだ」
「それで構いません。僕はそれでも知って天獄を目指したい」
数十秒の空白。
「わかった。では3ヶ月だ。3ヶ月で【一人目】を探し出せ。探せなかったら問答無用で天獄に行ってもらう」
「はい、それで、構いません」
「それ、俺も参加したい」
山田のこの発言に閻魔は驚いてこちらを見た。が、神有はこっちを見なかった
「お願いします」
膝を付き、手を並べ、頭をさげる。いわゆる土下座の体勢に山田はなった。
なぜこんなことの為にこうするかは山田にもわかってなかった。
強いて言うならば、山田が神有を目にして、どうしようもなく投げ出せない黒が霧のようにかかる青い春を思い出したからなのだろう。
「まぁ、別に一人増えようがどうでもいい君も3ヶ月後には現世へと蘇ってもらう」
「はい!」
こうして二人は歩き始めた。
一人は満足の行く【天獄】そして【転生】を目指し、もう一人は【現世】そして【蘇生】を目指す。
これは転生物語だ。ただし転生した後の物語ではない。これは転生するまでの物語だ。
第一話 完
構成が決まってきました。ダラダラいかずに頑張れば3話構成で終わりそうです。イタいイタいな表現いっぱいですがよろしくお願いします