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閑話 鍵屋の過去 後編

『何故あの子に料理を作ったんですか! あの子の自主性を鍛えるために敢えてそうしたのに、これじゃあ自分から何も行動しないじゃないですか!』


 どうやらあの子に料理を振舞ったこと自体に怒っているようだった。

 ……自主性? 敢えてそうした? 自分から何も行動しない?

 僕はご主人の言っていることの意味が分からなかった。

 だってあのお子さんは、「わからない」とだけ言って、両親の帰りを待つかの如く何も行動しなかったのに、この人は何を言っているんだと思った。

 僕の中で何かが切れた音がして、つい感情的になってしまった。


「ご主人! 言っておきますがね、あのお子さんは『わからない』とだけ言って何にもしなかったんですよ! 何も食べず、あなた方の帰りを待っていたんですよ!? 何が自主性ですか! それならまずは買い物の仕方とかそういうのを教えて……」

『あなた、独身でしょ? 子供を育てたことないでしょ?』

「だからなんですか! 今はそういう話を……」

『子供を育てたことないくせに、いちいち人の家庭に入ってこないでください!』


 そう言って、ご主人は電話を切った。

 僕は考えた。

 僕の言っていることは間違っているのだろうか? 子供を育てたことが無いからと言って、口出しするのは間違っているのだろうか?

 ……答えは分からなかったが、数か月後、朝のテレビのニュースで驚愕の内容が放送されていた。


『昨日、祇園市内の住宅で、自宅で息子の意識がなくなっているとの通報があり、児童虐待の疑いで通報した父親と母親を……』


 その子が亡くなったニュースだった、同じ市で尚且つモザイク越しに見えた家があの家と合致していたので確心した。

 僕はその時、言葉を失ってしまい、仕事を休業した。

 僕が仕事を休業したのはこの日が初めてだった。


 何日か経って、僕は誓った。

 もしも僕に子供ができたら、お腹いっぱい食べさせよう、大きくなるまでちゃんと面倒を見よう。

 二度とあんな子供を増やしてはいけない、もしも似た境遇の子がいたら、然るべきところに通報しよう

 そんな事を心の中に硬く刻み込んだ。



 そんな僕は、ある時運命的な出会いをする。

 鍵屋に常連客なんていないと考えていたけど、その人は毎月のように鍵を失くして僕に頼ってきた。

 名前は「美智子」さん、僕よりも年下の人だった。

 美智子さんに聞いた、「なんでそんなに鍵を失くすの?」と。

 美智子さんは「なんでだろう、鍵っていつも違う人が掛けてくれたからかな?」と言った。

 美智子さんは結構裕福な家の人で、春から独立しようと一人暮らしを始めたらしい。

 でも、初めての一人暮らしで色々と苦労しているという話をしていた。

 僕は鍵を失くさないようにいろいろ工夫をした。

 普通に考えたらこういう人を上手く囲い込んで金を巻き上げるのが商売人だと思うけど、僕はそんなことをしたくはなかった。

 僕は鍵に鈴がついたキーホルダーを付けたり、チェーンを付けたりして、失くさないようにいろいろと考えた。

 しばらくすると、失くさなくなったのか、依頼が来なくなった。


 ある時、美智子さんから電話が来た。

 また鍵を失くしたのかと思った。

 電話に出ると、様子が違うようだった。


『鍵屋さん……助けて……』


 僕は思わず店を飛び出し、彼女の家へ急いだ。

 彼女の部屋のドアを強く叩いて、無事かどうかを確認するために叫んだ。

 すると、部屋の鍵が……普通に開いた。

 ドアが開き、光が差し伸べ……美智子さんが笑顔で出てきた。

 僕は意味が分からなくなり、茫然としていた。

 美智子さんは笑いながらこう言った。


「来てくれてありがとう、中へどうぞ」


 ……僕はお言葉に甘えて入室した。

 お茶と茶菓子を用意してくれて、困惑しながらもそれらをいただいた。

 僕は何があったのか聞いた、すると彼女は。


「ちょっと鍵屋さんに会いたくなったから、どうしたら来てくれるかなって思って、まさか本当に来るとは思わなかったけど」


 ……恥ずかしながらちょっと腹が立ったが、その後の会話が楽しくて、尚且つ茶菓子も美味しかったので、許した。

 その後、何度も彼女の部屋でそんな事をした。

 いつかは忘れたけど、僕らは自然と付き合い始めた。

 彼女は僕の店に住んでくれるようになり、その後は二人三脚で店を切り盛りした。

 ……あの日までは。


 ある日の事、美智子さんは買い物に行ってくると言って外を出た。

 すぐ帰ってくるだろうと思って、その日仕事で僕も外に出た。

 仕事を終えて店に戻り、電話の着信履歴を確認すると10件、20件くらいあった。

 普段、依頼の電話が掛かるにしても、こんなには溜まらない。

 僕が色々と考えていると、電話が鳴った、同じ番号だった。

 恐る恐る、電話に出た。


『あ、金剛さんですか!?』


 出たのは知らない男性だった。

 しかし、どういうわけか僕の名字を知っていた。

 僕が返事をすると、彼は焦った口調で話を続けた。


『じ、実は、貴方の交際相手がトラックに轢かれて……意識不明の重体でして……』


 ……僕は受話器を持ちながら、男性の言っていることをただただ聞いていた。

 男性は病院の関係者だった、僕は男性が指定した病院に向かった。


 病院に到着し、急いで病室へ行くと、彼女が寝ていた。

 心電図を見ると、横棒を描き、電子音が鳴り響いていた。

 僕はその場で崩れ落ち……泣き叫んだ。


 僕は神を呪った。


 どうして僕が愛する人は消えていくのか。

 どうして僕にこんな辛い試練を与えるのか。

 どうして僕はこんなにも無力なのか。


 僕の中で穴が開きっぱなしの状態になり、それからしばらくはその状態で日々を歩んだ。


 そんな時、神はまたも試練を与えた。

 突如現れた新大陸と迷宮。

 そして社会の劇的な変化。

 混乱の中、あるニュースが流れた、大物政治家、「方丈 政宗」の死だった。

 方丈政宗……忘れもしない名前だった。


『いい? 二度と私には近づかないで、これから産まれる私の子供にもね、貴方が近くに居たら、汚れちゃうわ』


 姉さん……もしもあの人との間に子供がいたら、その子はとても苦労するだろう。

 僕は心配になった、そしてその心配はある意味で的中してしまった。


『金剛卓郎さんのお電話でお間違いないですか? 児童養護施設の者です』

 

 児童養護施設から電話が来た。

 そしてそこで、姉さんが亡くなったことも同時に知った。

 僕はまた泣きそうになったが、電話口だったので我慢した。

 施設の人は姉さんの子供……「方丈 昇」くんを引き取るように、という内容の話を展開した。

 僕はすぐさま施設へ向かった。


 絶対に、あの子のようにしてはならない。

 絶対に、幸せにする。

 絶対に、僕が死ぬまで、面倒を見る。


 そう誓って、僕は昇くんを迎え入れた。


「君が……方丈 昇くん?」

「……」

「あぁ……突然で驚いちゃうよね、ごめんごめん」

「……」

「僕は金剛 卓郎って言うんだ、君のお母さんの弟! つまり僕は君の叔父さんだよ! 会ったことなかったよね? 君のお母さんが『あんたなんかに会わせたら、昇が汚れる!』とか何とか言って、僕の事を拒絶しててね、ははは……」

「……そんな人が、こんなところへ何しに?」

「あぁ、そうだったね! 叔父さんは君の事を引き取りに来たんだ!」

「引き取りに……?」

「そう!」


 昇くん……叔父さん、頼りないかもしれないけど……僕はいつでも君の味方だからね……。

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