閑話 鍵屋の過去 中編2
僕はそれについて聞こうとした……が。
「書いた? じゃあ返して」
婚姻届けを無理矢理奪われた。
「それじゃ、さよなら。お代はもう払ってるから」
姉さんは立ち上がり、その場を後にしようとした。
僕は必死に止めた。
「ね、ねぇ久々に会ったんだから、少しくらい話でも……」
「悪いけど、話すことなんてないわ」
「そ、そんな! というか姉さん、このお相手とはどこで知り合ったの? 何で今まで連絡くれなかったの? 父さん母さんの葬式にだって……」
「話すことなんてないって言ってるの!!」
姉さんが怒鳴りだし、喫茶店は沈黙状態になった。
「いい? 二度と私には近づかないで、これから産まれる私の子供にもね、貴方が近くに居たら、汚れちゃうわ」
姉さんはそう言って、店を後にした。
僕は悲しいのか、イライラしたのか……ただ立つことしかできなかった。
◇
それからは、一人で黙々と仕事をしていた。
鍵を作ったり、開かなくなった鍵を修理したり。
何の変哲もない日常を過ごした。
でも料理は変わらず好きだった。
あるお宅に訪問した時、その家のご主人と奥さんが仕事で外に行ってしまって、僕はその家の息子さんと二人きりになった。
普通に考えて、ただの鍵屋に子供を任せるなんてどうかとは思った、でもその時は「これもサービスだ。」と思って仕事をしていた。
鍵が直り、僕はそのお子さんに声を掛けて帰ろうと思った。
そのお子さんは、朝から何も食べていない様子だった。
僕は気になって、その子に聞いてみた。
「ご飯食べてないの?」
「……うん」
「何で食べなかったの?」
「……わからない」
わからない? 一体どういうことだろうか?
でもお腹が空いている子供を一人にさせるわけにはいかない。
僕は失礼を承知で冷蔵庫を開けた。
……中は空っぽだった。
おかしいと思った、この家は特別貧しいというわけではない、寧ろホームセンターが発達しているこの世の中で、わざわざ個人の鍵屋を呼ぶなんて……これを言うのはおかしいかな?
とにかく、この家は食べ物が買えないなんてことは絶対ない、そう言い切れた。
よくそのお子さんを見てみると、明らかに瘦せ細っていた。
「冷蔵庫に何も食べ物が無かったけど、何でなのかな?」
率直に聞いてみた、これは明らかに普通じゃない。
「……お金、渡されてる。でもわからない」
「そのお金ってどこにあるの?」
お子さんは壁のカレンダーの下にある袋を指差した。
袋には『おかね』とだけ書いてあった。
中身を見ると、確かに3千円ほど入っていた。
でも、見た目4歳か5歳くらいの子に買い物を押し付けるなんて……やり方を教えているならともかく、この子は「わからない。」とだけ言っているので、恐らく何も教えてもらってないんだろうと結論付けた。
とにかく僕はこのお金で一通りの食材を購入した。
そして簡単な料理を振舞った、人に料理を振舞うのはレストランで働いているとき以来だった。
「どう? 美味しいかい?」
「うん!」
お子さんは久々の食事なのか、かなりの勢いで完食した。
帰り際、僕はこの子のために作り置きをしてその家を後にした。
そして次の日、その家から電話が来た。
修理は終わったし、その後も確認して、何も問題はなかったと思うが? とその時は思った。
だが電話の内容は仕事とはまるで関係のない話だった。
『あなたですか!? あの子に料理を振舞ったのは!?』
電話相手のご主人はかなりお怒りの様子だった。
僕は勝手に台所を使ったのがまずかったと思い、謝罪しようと思った。
とは言っても、使った後掃除はしたんだけどな……と考えたが、心の中にとどめた。
「あ、申し訳ございません、台所を勝手に使用してしまって……」
『そんなことじゃありません!!』
ご主人は台所を使用したことに怒っているわけではなかったらしい、それどころかそれに対して「そんなこと」と言った。
じゃあ何に対してそんなに怒っているのだろうか? その時の僕にはわからなかった。




