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閑話 鍵屋の過去 前編

「ただいまー!」

「姉さん!」


 姉さんが帰ってきて、僕は思わず玄関へ飛び出した。


「もう、抱き着かないでよ……ほーら、よしよし」

「えへへ~」


 姉さんが帰ってくると、僕は必ずと言っていいほど抱き着いたらしい。

 姉さんに抱き着くと、なんというか、安心したんだ、当時の僕にとってはね。


「ただいま、『卓郎』」

「おかえり! 姉さん!」



 姉さんは頭が良くて、運動神経抜群で、通っている中学校は超名門の私立中学校だった。

 成績優秀だった影響で、学費は一部免除されていた、家計の厳しかった我が家で、その待遇はとても助かったと、後年両親は言っていた。

 一方僕は……


「ははは! お前料理なんかしてんのかよ!」

「女々しい奴!」


 勉強はいまいち苦手で、運動もからっきしだった。

 僕は悔しくて悔しくて、何か打ち込めるものを探した。

 そんな時だった、母が料理をしていたところを見て、思わずそれに挑戦したくなった。

 最初に作ったのは……卵焼きだったかな。

 その出来栄えはというと……


「……うーん」


 オブラートに包んでいえば、独特な味だった。

 でも作ったものは仕方がないのでみんなに振舞った。

 両親も、顔は笑っていたが、目は険しい感じだった。

 でも姉さんは、嫌な顔を一つしないで、「おいしいよ!」と言ってくれた。

 僕は姉さんを喜ばせたいと思って、母さんに料理を教わった。

 そして、夕食を週2日くらい作るようになるくらい上達した、とても嬉しかった。

 ……でも、周りからは、女っぽい奴だとからかわれた。

 僕はそのことを姉さんに伝えた。


「いいじゃない、女々しくたって、私はあなたの料理、好きよ?」


 姉さんは笑顔で励ましてくれた。

 それからは僕は、毎日のように料理に励んだ。

 全ては、姉さんに喜んでもらうために……

 ところが、そんな姉さんが、高校3年生になった時だった。

 当時僕は中学2年生だったかな。

 姉さんの様子がおかしくなった。

 学校から帰ったらすぐ部屋に急行して閉じこもったり、食事を振舞っても、途中でいらないと言って部屋に戻ったり、やたらとコーヒーを飲んだり。

 毎日のように部屋から唸り声とすすり泣く声が聞こえ、酷い時には何かに八つ当たりしているのか、物を投げつけるような音も聞こえた。

 僕はひっそりとドアを開けて、姉さんを見た。


 そこにいる姉さんは姉さんようで、姉さんではなかった。

 目の下には隈ができていて、床に抜け毛が大量に散らばり、勉強机の前で頭を抱えていた。

 僕はきっと、元気が無いのだろうと考えた。

 父と母にも相談した、「姉さんの様子がおかしい」と。

 でも二人は「受験戦争に打ち勝つためだから仕方がない」と言っていた。

 僕も来年、高校受験で似たような経験をするのか、と考えたが、あの様子は明らかにおかしいと思った。

 僕は模索した、姉さんは何なら喜んで貰えるか、どうやったら元気になるか。

 僕は姉さんの好きな料理を思い出した、「パンケーキ」だ。

 僕が小学校の時、特製のパンケーキを振舞ったら、「お店のやつより断然おいしいよ。」と言ってくれた。

 僕はそれを思い出して、夜中に最高のパンケーキを作って振舞おう、そう考えた。

 そして夜、三段重ねのパンケーキを持って、姉さんの部屋へ行った。


「姉さん、パンケーキ作ったんだ、入っていいかい?」


 ……応答はなかった。

 今日はいつものように、唸り声や何かに八つ当たりするような音は聞こえなかった。

 部屋のノブを開けると、鍵が開いていた。

 心配になった僕は、ノブを回した。

 ……そこにいた姉さんは。


「姉さん?」

「……」


 以前と同じように、机で頭を抱えていた。

 何かに取りつかれたかのようだった。

 僕はそんな状況でも、声を掛けてあげようと思った。

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