閑話 科学者の過去 前編
「これより洗礼式を始める! 名前を呼ばれた者は前へ出ろ!」
洗礼式、ウトピアの恒例行事の一つだ。
教会でスキルを確定させるスキルボードというガラス状の板が配布される。
私は今、そこの参加者の一人として、この場に立っている。
……実のところ、かなり不安だ
ここに来る前、私は母にその事を話した。
その理由は、この洗礼式をもって、将来が大方決まってしまうからだ。
私は名前を呼ばれ、教皇にスキルボードを渡された。
それを渡された者は直ちに家に帰り、スキルを確認する、というのがルールだった。
私はそれを渡された後、迎えの転移スキル持ちに連れられ、家に帰った。
帰ってすぐに、自室でスキル確認の呪文を唱えた。
お願いだ……変なスキルじゃなくて平凡なものにしてくれ! 剣や弓でいいから!
……そう最初は考えていたっけな。
「ステータスオープン!」
呪文を唱えると、スキルボードから、自分の情報が表示される。
------
シェダル
国籍 ウトピア
スキル 鍵
レベル 1
------
この時、私は見たことも聞いたこともない、だが日常生活で使っている品がスキルの欄に表示されたので、頭の中が真っ白になってしまった。
しばらくして、母が私の部屋に入室してきた……らしい。
この時の私は、ただスキルボードに目をやるしかなかったのだ。
「シェダル? どうしたの?」
母は私を心配しているようだった。
どうやら私は、自室に入ってかれこれ2時間くらい、固まった状態でいたらしい。
母に声を掛けられた私は、震えた声でこう話した。
「お母様……私……スキルが……」
私は震えた手でスキルボードを母に見せびらかした。
母は同情のような、優しい目で私を見つめた。
「なんだ、そんなこと?」
「そんなことって……」
ここで、母の癖が発動する。
そう、ハグだ。
母は私が赤ん坊だったころに、ハグをしたら笑い出したことから、成長した今でもハグをしたがる。
不思議と嫌ではなかったので、私はそれを受け入れる。
私を包みながら、母は私を慰め始めた。
「いい? シェダル、スキルが未知でも失望しちゃダメよ、どんなスキルであろうと、体を張って打開策を見つければ、きっと世間は認めてくれる筈よ」
「……意味が分からないよ」
そう、この時はその言葉が理解できなかった。
私はこの時の母の言葉はただ私を励ますためだけに言ったのだと思った。
……そして、洗礼式が終わり、私は学校に通うことになった。
父はお金がたくさん余っていたようなので、私はウトピアでも優秀と言われている私立校に入学した。
自慢じゃないが、そこの入学試験は優秀と言われている割には簡単だった、私はなくなくとそれを突破した。
入学するや否や、私はいじめの対象になった。
当たり前だ、鍵なんていう意味の分からないスキル、普通の子供なら排除したくなるのも仕方がない。
その上、私は人間と魔族のハーフ、まだ人間と魔族が和解してからそこまで時間が立っていない、魔族に恨みを持っている者もまだ結構生きている。
色々なことをされた、物を隠されるだけならまだいい、飯にナメクジを入れられたり、授業中に魔法による妨害をされたりもした。
特に、ナメクジを利用したいじめがかなりきつかった、靴の中に入れられた時はパニックになった。
私は以降、ナメクジが大の苦手になってしまった。
……私は悔しくて、家に帰るといつも泣いていた。
何度死にたいと思ったことか……いつも寸前で怖くなってやめてしまうのだが。
そんな時でも、母は私を包み込み、励ましてくれた。
母の体温を感じると、私はすべてを忘れられた。
私は母の言葉を実行してみることにした、少しでも成長した私を見せてやりたいと思ったからだ。
妨害を受けつつ、授業は真面目に聞き、学業の関してはいつも成績一位だった、体を動かすのは苦手だったので、家に帰ると体をとにかく動かした。
気が付くと私は、もう学校の授業を聞かなくても、全てが分かる体になった。
それを見た父は、通っていた私立校をやめさせ、私を政府の研究機関へ連れて行った。
そこは素晴らしいの一言だった。
工業に化学、全てが目白押しだった。
私はそこで、研究を続けた。
研究をしていると、楽しくなってしまって、気が付くと夜になっていることが多かった。
寝る時間がもったいないと感じた私は、常に研究室で実験をしていた。
そして気が付くと、大体100年くらい、その研究機関にいた。
父はその間に亡くなった、悲しかったが、研究をしていると、悲しみが徐々に消えていった。