31 おいしいものは時間がかかる
……ってことで元種完成しました。
ただいまパン作り宣言から三日目の朝でーす。
だいぶ端折りましたが、元種が出来るまでのあらましをまとめるとこう!
・待ち時間の長さにダン切れる
・膨らんだ天然酵母にダン愛着が湧く
・育てた天然酵母を焼きたくないと駄々をこねるダン
・ついには天然酵母と駆け落ちするべく逃げようとしたダン
・早く食べたいポールにキレられ捕まる
以上、ハイライトでした。
お腹を好かせたポールを怒らせてはいけないよ!これは何度も言ってるけど私とみんなの約束だ!!
元種は膨らませては待ち、小麦粉と液を追加しては待ち、膨らませては待ち……を3回ほど繰り返せばボールいっぱい×複数の元種が出来ます。
50gで三回くらい焼けるから、ボールいっぱいで二、三日分かな?人数もいるしね。
そして一晩寝かせた元種を使ってふわふわの食パンとカンパーニュ作りをやって行こう!……としておりますがダンがちょっと涙目。
「まだ沢山酵母があるんだから、大丈夫だってば」
「せっかく育てた俺の……酵母が……うう」
「美味しく食べるための、いただきます、でしょ?悲しむとせっかく育てた天然酵母が泣いちゃうよ?」
「……わかった」
と、慰めてようやく作業開始。
今回は元種から作る方法をとったけど、発酵液をそのまま使う方法もある。それはバゲットとかを作る時に使えるので後々教えようと思う。
だけど今回はあえての時間がかかる元種作りからした。大変な方から学んだ方が良いし、何より柔らかいパンが食べたかったからってのもある。
気を取り直したダンと一緒に、まずはカンパーニュつくりから。
できた元種にぬるま湯、砂糖を少量入れて少し捏ねる。そしたら強力粉と塩入れて捏ねる。
生地を捏ねたらふたつに分ける――これは今回、プレーンと干しぶどう入り(フィリング)を作るためだ――片方の生地にフィリングを入れて捏ね、それぞれをボールに入れて発酵のためのベンチタイム。
「あれだけ手間隙かけてまだ寝かせるんだからな……」
「パン作りって本当は大変な作業だからね。でも、今回は元種をいっぱい作ったから次回からは今日の作業だけだよ?」
「ふーん、そうなのか……」
まあ、元種が無くなったらまたやらなきゃならない作業なんですけどね。
天然酵母液も繰り返し作らねばなのでパン作り宣言の後に追加でまた拵えた。ダンを中心にみんなで天然酵母液を育てるというのでお任せすることにしました。
そんな話をしているうちに発酵が終了したので、軽くガス抜きの為に打ち粉をした作業台にパン生地を勢いよく投げる。
……なんてしてたらダンは騒ぐし他の三人も「ご乱心だー!」とか言うから怒ったよね。
この捏ねる作業がしたくてパン作りしたって所もあるのでここは無心でやらせてもらいます。
こねこね、こねこねこね……
そんなこんなで二次発酵。
この間にオーブンに生地より大きなボールと共に予熱をかけるんだけど、この時もめちゃくちゃびっくりされたよね。
「ケイ様!ボールは焼くものではありません!」
「あー……ルーさんや、これはパン作りの為の準備なのだよ」
「どうしてそんなことするんだ?」
「丸いパンを作るため……?」
正直私も分からないけど、こういう風にする、と習ったので……。本当は専用のものがあるけれど、この世界にはないのでボールでその代わりをさせてるだけなんだけどね。
二次発酵が済んだ生地に打ち粉をまぶしてクープ――十文字に切れ目を入れること――を施してからあっためたボールを被せて高温で短時間焼く。10分程だったらボールを外して200度くらいの温度で今度はじっくり焼いていけばカンパーニュの出来上がりだ。
そして同時進行だった食パンは、元種と小麦粉、砂糖、牛乳、バターを練り込んで捏ねてから一次発酵。二倍くらいに膨らむので、膨らんだら中心に指を差し入れる。
「これって……なんの作業なんだ?」
「フィンガーテストって言って、生地に穴を開けて少し戻れば発酵完了って合図なんだけど……うん、いい感じ」
穴が完全に戻れば発酵不足なので発酵時間を追加するところだけど、この世界の天然酵母すごく膨らむからその必要なかった。
こちらもガス抜きをしてから三等分にし、またベンチタイム。薄く伸ばしてくるくると渦巻きに丸めたら先人が残してくれた食パン型のような長方形の型に巻目を下にして並べ二次発酵。
型の中で二倍に膨らむので型から出ない位で止めて、200度くらいの温度で30分ほど焼けばふわっふわの焼きたて食パンの出来上がりだ。
「うわあ!すごくいい匂いですね!」
「レーズンの匂いがするです」
「生地もふわふわだったけど、焼くともっとふわふわなのねぇ」
恋愛脳トリオは焼きたてのパンにキャッキャウフフとしております。
「これが……俺の育てた……パン……」
私、なんかダンのいけないスイッチ押したかもしれない……。
四人は柔らかいパンに大はしゃぎ。
少年たちよ……パンとはこういうものなのだよ、パンとはな!
カンパーニュは表面に入れたクープが上手く広がって私の顔以上ある大きなパンになった。
「これは……亀、ですか?」
ルーさん、それはパンです。
見た目的に亀の甲羅っぽいもんね。つんつんと指でつつきながらルーは興味津々。
食パンの方はと言うと上手く山型パンになってくれたのでほっとした。
型から出してスライス……と思ったけど、焼きたてのこの一斤だけ……と、手で割いたらふわっと湯気がたってほんのり干しぶどう酵母のいい香りがした。
「あー……これぞ焼きたての醍醐味っ」
その匂いを肺いっぱいに吸って堪能する。
懐かしい匂いに、自然と笑顔になってしまう。この1ヶ月弱、ついに硬いパンを卒業し、ようやくたどり着いた柔らかいパン……!感無量です!
「ケイ様、これ……パンですか?」
「すごいです、手でちぎれたですよ!?」
「早く食べたあい!」
待ちきれない恋愛脳トリオ。
ダンはと言うと自分が育て、焼いたパンの味の評価が気になるのか三人を黙って見つめてる。
「焼きたてパンだけの醍醐味……篤と味わって!」
手でちぎったパンを四人に渡し、各々ちぎっている。最初は柔らかさに驚き手でちぎれると言う事実に震えつつ、恐る恐る食べると……
「うわあ!パンが甘いです!」
「ふわふわなのにもちっとして……これはなんと言う食感なのです!?」
「これは飲めるよお!パンが飲めるうう」
柔らかいパン、めっちゃ好評。
それもそうだろう、食パンは食パンでも柔らかさNo.1の山型食パンだもの。ふわふわな天然酵母の食パンは適度にガス抜きもされててきめ細やかく、やはり材料の良さが現れているので小麦粉の風味を感じられて味がとてもいい。
「俺の育てた……パン……」
噛み締めるように呟くダン。
そりゃ嬉しいよね、こんだけ時間かけておいしいものが出来たんだもん。
「よかったね、ダン」
「うん、おいしいものは時間がかかるんだな……感謝しないと」
喜んで食べてる三人を見ながら、ダンが笑っている。
でも、その視線は三人を見ているかのようでどこか遠くを見ているような気がした。
「ダンの手はあったかいからね。それが酵母の
手助けしたんだよ。酵母はあったかいのが好きだから。ダンの手は太陽の手だね」
太陽の手、というのが昔読んだ漫画の中にあって、実際に手の温度が高いとパン作りに向いているからそういう人のことを言うんだけど、それを教えたらダンが目を見開き驚いたあと、見たことの無い柔らかな笑顔で、笑った。
わたしはなにか変なことを言ったのかな?
「……そっか、太陽か」
聴こえるギリギリの、小さな声でダンは呟くと、自分の手をじっと見つめたあと、ダンはぎゅっと手を握って拳を天井に向けた。




