29 コーヒーと沈黙と約束と
「ったく、あの四人組め……」
片付けはいいから、と団長さんの分のリコッタチーズケーキを作らされ、持ってきた所。
私は今、自室におります。
何故かと言うと、コーヒーを振舞ってみようかな、と思い途中で寄ったのだ。
コーヒー自体は調理場に置きっぱなしにしているスパイスボックスの中にあるのでそれを拝借。スティックタイプでもドリップタイプでもなく、コーヒー豆を取り出す。
どうせ飲んでも女神チートで減らないし、ルー達にも振舞って時々飲んでいるがあの子たちは紅茶の方が好きなんだと。
まあ、コーヒーは苦いからね。
……大人の味、なんて言うくらいだから余程飲み慣れないとコーヒーの良さなんて分からないもんだ。
私だって飲んではいるけどやれドコ産の豆がおいしいとかはわからない。
そして今回は初めて飲ませるコーヒーだから、豆から引いたハンドドリップを、と思って自室にいるという訳です。
コーヒーミルやペーパーなどの小物が入ったポーチと、ガス管とシングルバーナーを持って、団長室へ。
「団長さん、午後のお茶ですよー」
コンコン、とノック2回。これが私が来たという合図。
私が気まぐれで始めた、午前中のお茶と午後のお茶は定着して今ではこの討伐騎士団では当たり前の時間となった。
この時間を入れることで騎士達の士気が上がり、なんと訓練の伸びや討伐の仕事の成績が飛躍的に上がったと言われた。
そうね、人間詰め込んでやるもんじゃないもんね。何でもメリハリが大事なのですよ、メリハリが。
なので必然的に私と団長さんの時間も増える訳で、前より心を開いて会話も出来ている。
……たまにからかって来るのがちょっとこまる、けども!
あの日以来、団長さんの様子は変わったことも無く、金色の獣も見ない。
変わったことと言えば最近は団長さんがちゃんと食べていることくらいだ。
最初の何度かは居なくなってたけど、最近はほとんど居る。そして食べている。
……これはいい傾向なのでは?と私の中で思ってるので良しとした。
「ケイ様……いつもありがとうございます」
合図の後、開けられた扉から団長さんが出迎えてくれる。
そして、私が持ってるお盆を手にする。
「……おや?今日は見慣れないものがありますね」
ふっふっふ、気付いたな?
「これはですね、新作の飲み物をと思って持ってきました!」
「ほほう、今日は紅茶ではない、と……」
「お口に合わないかもしれませんが、団長さんは好きですよ」
「好き、ですか」
「……飲み物が、です」
その手には乗らねえ!
ふんっと鼻息混じりにからかいをいなして、そそくさと室内に入る。
後ろで笑いを隠している雰囲気が伝わってきます。
そういうのはスルーして、座り慣れた来客用ソファに座る。
団長さんが目の前に座ったので同時に置かれるお盆から、バーナーとガス管をセット。
ドリップポットはキャンプ用なので少し小さめだけど、そんなに多く飲まないのでこれで事足りるだろう。
ガス管からガスを出して火を出す。バーナーの上に水を入れたドリップポットを置いておく……と、興味津々とばかりな団長さんが目を輝かせつつバーナーを見ている。
「これは……魔石ですか?」
「いいえ、異世界の道具です。ガス、と呼ばれる透明な燃料に火をつけたのです」
「ガス、ですか……そんな貴重な物を見せてくれてありがとうございます」
初日に見せた気がしたけど忘れてるのかな。まさかここで食いつくとは。
珍しそうに見つめている団長さんをそのままに、ポーチからペーパーとドリップを出してサーバーの上にセット。そしてコーヒーミルを取り出してコーヒー豆をIN。
さあ、ここまで準備出来たらあとはひたすら回す、回す、回す!!
ガリガリ、ゴリゴリ、と豆が砕ける音が響き、それと同時にコーヒー特有の香ばしくてなんとも言えない芳香が漂う。
「……ああ、コレはいい薫りだ」
「ドリップすればもっと薫りますよ」
「それは楽しみです」
今回は二人分なので結構回した。
私はこのコーヒー豆を轢く時間が好きだし、キャンプの中で一番好きだったりする。
何も考えず、ただひたすら回してるこの時間はコーヒーを飲む前の整え、のような気がしてならないから。
私が黙ってそれを堪能していれば、団長さんも一緒に堪能してくれているのがわかる。
最初こそ、沈黙が怖くて緊張のあまり喋ってばかりの私であったが、最近は慣れて団長さんとのこの沈黙の時間はリラックスできる時間だった。
誰かと二人でいて沈黙が怖くない、というのは私の中で相当にリラックスしている証拠だ。
一人ではなく、誰かと共有しながらという贅沢な時間。そういう時間を作ってくれた団長さんには感謝をしている。
そんなことをぼんやりと考えつつ、ひき終わったコーヒー豆をドリップペーパーの中へ。
ちょうどお湯も沸いたので少量のお湯を豆全体にかけて蒸らす。
程なくしてから今度は本格的に抽出するが、この時にゆっくりお湯を注ぎ、豆が膨らんだのを確認してから“の”の字を描くようにゆっくりとお湯入れていくのがポイント。
絶対に端やペーパーにお湯を浸らせない。雑味が出てしまうからだ。
ズボラな私が唯一真剣に、慎重にする作業である。
入れ終わったらサーバーのコーヒーをカップに注げばおいしいハンドドリップコーヒーの完成。
「どうぞ、ハンドドリップコーヒーです」
「うん、薫りがいいですね。随分丁寧に入れてましたが、誰かに教わっていたのですか?」
「少しだけ、ですけどね」
学生時代のアルバイトで培った知識と技術だ。そこのマスターがコーヒー大好きでこだわって入れていたから教わってたのだ。
団長さんは薫りを楽しんだ後、色の濃さ……まあ、真っ黒だからね。それに少したじろいだけれど、一口飲むと驚きに目を見開いた。
「おいしい……紅茶よりもコーヒーのほろ苦さが私好みです」
「あ、やっぱり。そう思ってました」
色はこちらの世界の人に受け入れられないと思ったからルー達には牛乳入りのカフェオレとかにしてブラックは出さなかったんだけど、絶対団長さんは好きと思ってた。
そしてそのまま団長さんはリコッタチーズケーキをぱくり。
「これは……あまり甘くありませんね」
添えているハニーコームバターは甘さ控えめにしている。生地も甘くないので蜂蜜をかけたり、なんてそこまで甘くしてない、団長さん仕様にしてみた。
「団長さん甘いの苦手なんだろうなと思ってたので、今日は趣向を変えてみました」
「苦手というか……後味に残るので。しかしコーヒーと共にするとそれがなく食べられます。とてもおいしい」
そういうと団長さんはぺろっとケーキを食べてしまった。
そうか、後に残る甘さが苦手なだけで、それがさっぱり流せるコーヒーと一緒なら大丈夫なのか。覚えておこう。
「今日はハンドドリップコーヒーでしたけど、インスタントもあるので今度飲み比べしましょうね」
「はい、是非……と言いたいんですが……」
コーヒーカップをソーサーに戻して、団長さんは私へと視線をむける。
「暫く私はここを空けます」
「討伐ですか?でも、いつもみたいにすぐ帰ってくるんですよね?」
「いえ、今回は……」
「どのくらい離れるのですか?」
「……少なくとも一月はかかると思います」
「そんなに……」
団長さんは私がここに来てから、討伐へ行っていても王都周辺中心ですぐに帰ってきてた。長くても2、3日離れるくらいだった。
多分、私が居たから気を使って討伐騎士団みんながそうしてくれてたんだと思う。異世界やこの宿舎の生活に慣れない私への配慮だろう。
しかしそれも限界で、今回はどうしても団長さんが行かねばならないような討伐、という事だ。
それは危険と隣り合わせなのではないのだろうか。
「そんな顔しないでください。遠いと言うだけで討伐自体はさほど難しくも無い」
「そうですけど……」
いけない、不安そうな顔でもしてたか?
そんなに長く団長さんが居ない、というのが初めてで、少し不安になった。
しかもこんな宣言していくなど、心配になってしまうのは当たり前だと思うのですよ、私は!
誤魔化すようにコーヒーを飲む。
「じゃあ、こうしましょう。帰ってきたら王都を案内します。なので、楽しみにして待っててください」
私の気持ちを察した団長さんが宣言する。
そう言えばこちらに来てから私の世界はこの宿舎だけで、王宮の外に出たことは無かった。
ここでの生活に慣れることばかりを中心にしていたので王宮の外、と言うだけで心が踊る。
そんな些細なことを楽しむ余裕が、私にもできたという訳か。
「……それって、私の元いた世界じゃ“フラグ”っていうんですよ?」
「フラグ、ですか?」
「宣言して帰ってこないこと、ですね。そうならないように気を付けて行って帰ってきてください。……楽しみにしてますから」
私がニヤリと意地悪く笑いながら不吉な軽口を口にすると、グッと表情を固くした団長さんだが、その後に了承と取れる私の言葉に安心したのか「はい」とだけ返事をして笑ってくれる。
その後は、コーヒーが無くなるまでゆったりと沈黙の時間を二人で過ごした。




