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尾道スロウレイン  作者: 野田詠月
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尾道スロウレイン

 長い旅だった。

 二十三年だから、人生だと短すぎるが、旅もしくは、一人の女と寄り添う時間ならば、他人から羨まれ、憎まれるほど長すぎる年月だろう。

 俺がいない二十三年の間に尾道は、しまなみ海道を車や自転車を使って四国と行き来できるようになり、それを機に県内では広島市と比肩するほどの観光地になり、尾道ラーメンは全国に誇れるブランドとなり、野球小僧だった弟の義晴は、猛練習の甲斐あって、甲子園こそ逃したものの尾道東高校からドラフト三位でカープに入団し、ルーキーイヤーに十三勝、二年目に十勝、肩を壊し引退した最終年ですら八勝をあげ、その針の穴をも通すコントロールと精度の高い変化球から「北別府学の再来」とまで言われた。

 ということを知ったのは全て旅先。それも他人の口を通してだ。

 遮断されていた故郷は、どこか遠い国のお伽噺を聴いているようであったが、俺はそれを棄ててしまおうとか忘れてしまいたいだなんて思ったことは一度だってなかったので、情緒たっぷりにそれを誇り、不思議と東京にも香港にもバンコクにもパリにもニューヨークにもコンプレックスを感じたことはなかった。ゲストハウス龍のねどこの亀井に至っては、俺のそんな故郷自慢を聴いて、尾道に移住してきたくらいだ。実家に帰りずらい俺は外国人ゲストの面倒を見るという条件でそこの個室をあてがってもらっているが、このご時世なのでそんな物好きは半年に一組も来ない。亀井の粋な計らいだ。正に近くの親より遠くの何とやらという奴だ。

 今尚、世界中で猛威を振るっているコロナがなければ、俺は尾道に帰ることはなかったかもしれない。

 SARSの時は、バンコクのスクンビットのソイ奥でお好み焼き屋を経営していたが、現地はあまり緊張感がなく、売り上げも変わらず、至って暢気なものだったが、今回、フリーペーパーの編集員として滞在していた台湾では問題が発覚し、大きくなる一か月も前に大陸との往来が禁止になったので、これは人民解放軍が攻めてくるのではないか、或いは、大陸で何かとんでもない疫病が蔓延しているのではないか、と噂で持ち切りになった。

 その時俺は「中国人になど殺されたくない。死ぬのなら尾道で自分の意志で死にたい」と思い、夏の暑さ以外は何の不満もない満たされた台湾での生活を断腸の思いで終わらせ、二十三年ぶりに故郷に戻ることになった。

 事実、日本行きの飛行機は二月末から飛んでいないし、臨時便のエア代も常識外れだ。もう一週間、決断が遅かったら、俺は現代の阿倍仲麻呂になるところだった。月を見て、望郷の念を募らせ涙する、阿倍仲麻呂に。

  

 俺の昼寝スポットだった千光寺グランドは現在、俺の母校土堂小学校の仮校舎が建っているが、逆にお留守になった土堂小学校が絶好の昼寝スポットだ。東校舎の屋上なんて日当たり良好。おまけに音楽の時間にもなると、千光寺方面から児童の吹くリコーダーが聴こえてくれば、もう半分夢の中だ。

 ルクプルの『ひだまりの詩』か。

 二十三年経てば、時のヒット曲も文部省や日教組のお眼鏡にかなえば、小学校の音楽の教科書に載るようになる。もっとも、十代の頃の俺はそんな音楽は唾棄すべきものと考えていたが、なぜか全身全霊でメロディが沁みてくる。

 想えば、俺はこの曲がヒットしていた頃、尾道を離れたんだった。

 俺と加奈子とキョウジュ。

 今の能力をもってして、あの頃に戻ることができたら、きっと誰も傷つかない算段を提案することができるだろう。

 しかし、俺はあまりにも中途半端な独善者だった。俺さえいなくなれば、五月の青空のように俺に真昼の明るさと美しさを教えてくれる加奈子と俺とガキの頃から何をするのも一緒だったキョウジュは幸せになれる。だが、あの頃の俺に残されたものの気持ちなんて理解できなかった。優しい加奈子と神経質なキョウジュが俺の心の痛みを理解できなかったわけがなく、あれからずっと俺に負い目を感じながら生きているとすれば、それは徳を装った劫だ。

 そんなほろ苦い昔へと一瞬で誘ってくれる曲だ。

 涙が溢れ、青空と尾道水道の青い海が滲む。

 あの頃には帰れない。

 恋も若さも去ってしまった。

 そして、人生は黄昏時へと進む。

「タミオさん。またここでしたか?いい加減、通報されますよ」

 淀みのない標準語。だが、東京の人間でありながら尾道で唯一、よそ者扱いされない男であり、俺とはラオスの安宿いらいの仲の亀井があきれて果てても端正な顔で上から俺を見下ろしている。

「ワシの母校じゃけん、出入り自由じゃ」 

「知らないんですか?尼崎の事件以来、どこの小学校も外部の人間には神経質なんですよ。まぁ、そういう僕もときどき来てますけどね。下の階段なんて映画の『ふたり』に出てきますもんね」

「大林のおっちゃん。ヘビースモーカーじゃったけど、ええひとじゃった」

「タミオさん。会ったことあるんですか?」

「この辺で撮影ゆうたら、偉そうにディレクターチェアーにふんぞり返ってタバコばぁ吸いよるんよ。で、ワシが『監督。一本頂戴や』ゆうたらニャッと笑ろうてのう」

「あれ?タミオさん、タバコお嫌いでしたよね?」

「十代の頃にやめたんよ」

 ロックバンドやったり、バイク乗ったりしていた俺は当然、十代の頃は粋がってリベラマイルドなんか吸っていたが、加奈子に「タバコ吸う人は嫌い」と言われていらい、俺の周囲ではちょっとした禁煙ブームになったものだ。禁煙に成功した俺とキョウジュが加奈子を賭けて競ったのは自然の流れだった。もっとも、そんなこと亀井が知る由もない。苦い青春だ。

「あ。そうじゃ、亀井君。腹減らんか?」

「鍋に昨夜のアコウの煮つけ残ってますよ。煮凝りできてて美味いですよ」

「昼から酒飲みとうなるけぇ、ええわ。チャゲんとこでラーメンでもすすってくる」

「金持ってます?」

「エロ本でも渡しとくわ」

 いくら俺に恩義を感じているとはいえ、部屋と飯だけでなく、酒や金まで用意させるわけにはいかないので、俺はそんな冗談とも本気ともつかないことを言って、亀井を笑わせ、「ほいじゃぁのう」と言って亀井の肩をポンと叩き、軽快に階段を下った。

 勘のいい亀井のことだ。

 涙の跡には気づいただろう。

 鼻の頭がツンと痛い。


  

 チャゲこと中谷公則とは中学まで学区が違ったが、チャゲアスの熱狂的ファンとして地元では不良やアスリートとは別枠で目立っていたので、言葉は交わしたことはなかったがよく知っていた。

 三国志の関羽を思わせる赤ら顔に大相撲の安美錦関のような善人面を張り付けた福相に警戒心を持つ者はいなく、持ち前の弁舌でどんな人間とも良好な関係を築くことから、やんちゃな俺やクールなキョウジュにチャゲが加わってトリオになると、化学反応を起こした。ビートルズにクラプトンが加わったようなものだ。俺たちのバンドが高校生でありながら岩国のベースキャンプや広島のアシベや福山のダニーボーイのレギュラーになれたのや当時NHKBSでやっていたヤングバトルに出れたのはチャゲの営業力と人間力のおかげと言ってもいい。

 久保の新開の路地裏にあるチャゲの店は元々は、平成の初めごろまでご両親が雀荘を経営していたが、しまなみの頃に麻雀人口の低下を理由に観光客向けの街中華に商売替えをしたが、ほどなく親父さんが亡くなり、横浜中華街の重慶飯店で料理人修行をしていたチャゲが呼び戻されたというわけだ。

 家督を継いだチャゲは、一躍有名になった尾道ラーメンだけではなく、女性向けの梅とシラスのチャーハンや横浜で覚えたエビマヨや海鮮おこげや夫婦肺片といった当時の尾道では珍しかった本格中華を出す店として駅から離れているにも関わらず、親父さんが戯れで出したような店を押しも押されぬ大繁盛店へと成長させた。近頃では、「チャゲアスファンの聖地」としてガイドブックにまで載るようになった。

 新開は元は遊郭街だっただけあって、海と坂と映画の街という尾道の爽やかなイメージにはあまりそぐわない妖しげな雰囲気だが、美味しい瀬戸のお魚で一杯やった後はここいらのいぶし銀のバーやスナックで一丁仕上げたい中高年のおっさんは多いだろう。ただ、歌舞伎町や野毛や宗右衛門町と同様、昼は深海のように眠っている。行き交う人もまばらだ。

 俺は本通りから尾道造酢の所の石畳の路地を海のほうへ南に下り、さらに鶏娘のレトロな看板を左に折れて「万里の河」の赤い看板の前に立つ。この前来たのはまだ親父さんが中華鍋を振っていたころだ。チャゲの味は知らない。

 平日のお昼二時前で並びが出てるのは尾道ではつたふじかここくらいだ。

 俺は構わず、入り口の間に顔だけ出して、「おーい!チャゲ!」と厨房に聞こえるくらいの声で叫んだ。店内はチャゲアスの『恋人はワイン色』が流れている。赤ら顔の生え際がМ字に禿げかかった短髪の中肉中背のおっさんが麺を湯切りしながらチャゲさんのパートをハモっている。

 変わらない。

 聴こえていないようなので「チャゲ。タミオじゃ。金髪拝ましちゃるど!」と腹から声を出したら、今度はさすがに気付いたようで、俺のほうを見ると、まるで死人を見るような眼で「タミオ…」と言ったきり凍り付いた。無理もない。二十三年行方知らずだったのだ。死んだと思われても文句は言えない。亀井から俺に関する情報は耳にしていたとしても、幽霊を見たような思いだろう。

「お前、ホンマに生きとったんか?」

「アホ。人間、そう簡単に死にゃぁせんど。それより腹減ったわ。なんか作てぇや」

「そりゃええけど、ちゃんと並べぇや。後ろのお嬢さんがた怒とってで」

 チャゲが顎をしゃくると、俺の前で順番待ちをしていた観光客っぽいOLの二人組が舌打ちをしている。俺は大人しく並ぶことにした。


 十分ほど待ってカウンター席が空いたので、バイトの若いお姉ちゃんにビールとエビ春巻きとチャーシューと「チャーシューを薄く切らないように」伝えると、「ワしゃそがなケチじゃなぁで」とチャゲが小さく怒鳴った。チャゲがそんな器量の狭い男ではないことは知っているが、慣れというものは恐ろしいものだ。

 俺は一寸、すまない思いでビールをコップに注ぎ、一気に飲み干した。ビールはキリンしか置かない。相変わらず、物の価値がよくわかっている。気持ち厚めに切ったチャーシューは香港式の炭火焼きだ。横浜帰りは伊達や酔狂ではない。

「おう。あれはワシの嫁よ。すずちゃんゆうんよ。別嬪じゃろうが」

「え?」

 どう見ても地方の女子中学生にしか見えない。フィギュアスケートの本田望結を少しふっくらさせて、田舎臭くした感じで、素直で身持ちのよさそうな子だ。

「チャゲ、犯罪はいけん。親父さんが草場の陰で泣いとってど」

「アホ。一応、二十歳よ。あいつ、すずちゃんのう、ワシの味に惚れてのう。こがなおっさんでも人生で初めてモテたわ。生きてみるもんじゃのう」

 それが自慢したかったようで、ニヤニヤしながら、すずちゃんに黄色い歯を見せて、幇間のように俺にビールを注いだ。

「しかし、タミオ。今まで何しとったんなら?亀さんから色々話は聞いたけど全然、付いていけんわ。まぁ、キョウジュと加奈ちゃんのことがあれで尾道から出ていったんじゃろうけど…」

 加奈子の名に俺は、悪行をスクリーンに総天然色で見せられているような身を切り刻まれているような気分になった。

「で、キョウジュはなんしょーん?」

「瀬戸田の中学校で音楽の先生よ。時々、尾道市大で非常勤講師もやっとるんよ。まぁ、ワシらの中で音楽でめしが食えとるんはキョウジュだけよ。あれはできと育ちが違うけぇのう」

 親父さんが市会議員でお袋さんが二科展に二度入賞経験がある画家であるキョウジュは、俺たちのような雑種と違って、れっきとしたサラブレッドだ。どの道に進んでも下手は打たない。

「ほいじゃぁ、加奈ちゃんは?」

 と、問いかけると同時に「チャゲさん。持ち帰りで広東焼きそば。キクラゲ抜きで。急いでね」という声が重なった。その声には聞き覚えはないが、顔を見たとき、俺は三秒ほど心臓が止まった。

「加奈ちゃん!」

 ポニーテールを切ったのはきっと俺のせいだ。

 俺を不思議そうに見つめる切れ長の目と焦げ茶色の瞳。紛れもなく加奈子だ。しかし、あの鈴が転がるような聴き心地の良い声は鳴りを潜め、くぐもり、少し皺の刻まれた低音だ。ドラマの『流星の絆』で初めて戸田恵梨香を見たとき、俺は「声の低い加奈子」だと思ったが、目の前の加奈子はまるで十余年前の戸田恵梨香だ。

 ややこしい。

 しかし、俺と同い年の加奈子が二十三年経ってもこんなきめの細かい白肌の小娘でいれるものだろうか?それに、俺が加奈子の幻影を見た戸田恵梨香は、近年すっかり痩せぎすになって見る影もない。

 ならば、この娘は一体誰だ?


 BGMがリズミカルな『DoYADo』から『SayYes』に替わる。

 偶々だと思うが、演出だとしたらできすぎだ。

 加奈子でも戸田恵梨香でもないその娘は首をかしげて、目をぱちくりさせて所在なさそうに苦笑している。その仕草は見紛うことなく加奈子そのものなのに、望まれていない邂逅のように、怯えと小さな拒絶を感じるのはなぜだろう?

「加奈ちゃん」

 俺は確証の持てない心許ない声でもう一回言った。

 するとカウンターの一番端の席で巨体を揺らしながら盥のような器に入った中華丼をかきこんでいた昔、巨人にいた槙原投手を横に拡大させたような男が「こりゃ傑作じゃ!」と破顔し、笑い袋が堰を切ったように豪快に笑いはじめた。

 酒屋の茶谷先輩だ。

 柔道部の主将で「尾道の山下泰裕」と呼ばれていたますらおだ。確か、高校卒業後は自衛隊に入隊していたはずだ。

「茶谷先輩!お久しぶりです」

「がははははは。おう。『加奈ちゃん』はえかったのう。その子は、奈々ちゃんゆうてキョウジュと加奈ちゃんの娘で。ほうかほうか。タミオは浦島太郎じゃけんなんも知らんのんよのう」

「え?あなたがタミオさん?」

「キョウジュと加奈ちゃんの娘?」

「藤井奈々です。市の観光課でタウン誌の編集を担当してます。パパ、いえ、父はお酒を飲むとタミオさんの話ばぁしょうるんですよ。『あいつしか親友がおらんのにかわいそうなことした』ゆうて、しまいには泣きよるんですよ。ええおっさんが」

 奈々は頬を赤らめ、自嘲するように鼻を鳴らした。

 キョウジュに加奈子そっくりの娘がいること、キョウジュが家では「パパ」と呼ばれていること、キョウジュが俺のことをまだ親友と呼んでいてくれること、キョウジュが酒を飲むと俺のことを思い出し、泣いていること。

 相も変わらず、泣き虫のキョウジュ。

 俺だってこの二十三年、キョウジュや加奈子のことを考えなかった日なんて一日もないが、押し寄せてきた現実は想像したものを大きく超越している。もう、これ以上のことを知るのは危険とすら思える。

 身軽さが信条の俺は、少しでも危険を感じると人であれ、場所であれ、さっさと逃げ出す。二十三年にも及ぶ海外生活を生き抜けた基盤は、俺の商才や語学力や順応能力よりもそこにあると思う。

 しかし、キョウジュと加奈子の娘に背を向けることがどうしてできようか?

 寧ろ、それはこれから受け入れていかなければいけない現実と運命。

「はい。奈々ちゃん。広東焼きそばキクラゲ抜きお待ち!大根餅と杏仁豆腐はサーヴィスじゃけな」

 言葉が続かいない俺の放送事故に場違いなチャゲの明るい声。

 チャゲから焼きそばの入った折りを受け取る奈々の細い右手の手首にはルキアの腕時計。キョウジュと同じ左利きなのか。そういえば、勿体ぶったくぐもった声もキョウジュの特徴だった。外見が加奈子で、内面がキョウジュってわけか。血は争えない。

 奈々はレジでペイペイで代金を支払い、すずちゃんと二言三言、先週食べたスイーツの話をにこやかに話し、「タミオさん。家にも顔出してくださいね。父も喜びますし、会いたがっとったですよ」と半分は社交辞令、半分はキョウジュの代弁をし、ちょこんと頭を下げて去った。


 たった五分やそこらの出来事だったが、今のは何だったんだ?

 俺は、神隠しにでも遭って、いきなり二十三年後の世界にでも連れ去られてしまったのだろうか?

「こりゃ、説明が必要みたいじゃのう」

「二曹殿。そのようでありますね」

 チャゲが茶谷先輩を自衛隊の階級で呼ぶと、食後の熱いプーアル茶を飲みながら茶谷先輩が神父様か大僧正のような厳粛で慈愛を秘めた表情で切り出した。

「タミオが知っとるんは、キョウジュと加奈ちゃんが結婚したとこまでよのう?」

「はい」

 忘れるわけがない。式の前夜に絶望の涙があふれるままに細々とゆったりとした春雨舞う尾道駅を発ち、翌日には神戸から上海行の船に乗っていた。

「その一年後にさっきの奈々ちゃんが生まれるわけじゃけど、加奈ちゃんが臨月の時に体調が急変してのう。キョウジュは『子供はまた作れるけど、加奈ちゃんは一人しかおらん』って加奈ちゃんを守ろうとしたんじゃけど、加奈ちゃんは『産む』ゆうて、ホンマに命懸けじゃったんよのう」

 悪い予感しかしないが、俺は黙って聞くしか術がない。

「奈々ちゃんを産んで三日後に…」

 茶谷先輩が目を伏せると、チャゲが首を振り、「それ以上は言わせるな」と鋭い視線を送ってきた。

「幸い、あれの家は裕福じゃけん、物資的には苦労してないじゃろうけど、なんよのう、かわいそうよのう。キョウジュも奈々ちゃんも」

 それに比べて俺なんぞは、当初は失恋の痛みを癒すことが大義名分だったが、足掛け二十三年も世界中を転々とし、気の向くままに旅したり、商売したり、現地の女にも惚れてみたりしていただけの極楽とんぼだ。加奈子がもうこの世にはいないという苛酷な現実よりも、その間にキョウジュが味わい尽くした孤独と悲哀と苦悩を思うと、俺は居ても立ってもいられなくなった。

「加奈ちゃんの墓はどこにあるんです?」

「筒井先生のとこじゃ。場所はお前のほうがよう知っとろうが」

 祖父を亡くしたほとんど同時期に親父が失踪し、お袋が別の男と遁走して途方に暮れるしかなかった俺たち兄弟を離れに住まわしてくれ、生活全般を面倒見てくれた恩人であり、恩師でもある筒井先生の寺は、海岸通りの雁木沿いのしみず食堂の並びにあった祖父の洋食屋よりも尾道における俺の居場所であり、本来なら最初に戻るべき場所であった。

 加奈子はそこに眠っている。

 俺は「ウチの心にはタミオしか住んでないけぇ。タミオにしか抱かれとうないんじゃけぇ」とキョウジュの切迫した想いを伝え、説得する俺を拒み、俺の胸で宝石のような涙を流した加奈子を思い出し、胸が切なくなった。

「説明はこれくらいにして、ビジネスの話をしょうか」

 茶谷先輩は、急に媚び諂う商人の顔になって、おどけるように両手を広げた。

「タミオ。ボジョレー買うてぇや。十本とは言わん。五本でええけぇ」

「は?」

「ワシんとこの酒屋、赤字続きじゃけぇ、一昨年からコンビニにしたんよ。ほしたら、本部からのノルマがきつうてのう。助けてくれぇや」

「あんなまずいワイン、生産者であるフランス人がバカにしてますよ」

 俺は、三年ほどアルザス地方のワイナリーで働いていたので、ボジョレーのような若くて、味のないワインをありがたがる日本人の舌が理解できなかったが、なるほど。商戦として、無理矢理に売り買いしないといけないもなのか。形式にはこだわるが、出所にはこだわらない日本人らしいな。

「ホンマに、恵方巻にクリスマスケーキに鰻にボジョレー。催事さえなかったらええ人なんですけどね、二曹殿は」

 その様子だとチャゲも毎度、いくらか買わされているようだ。

「そこのポプラじゃけ、予約待っとるけぇの」

 どこでだって、生きていくのは大変だ。

 俺はぬるくなったビールを飲み干し、茶谷先輩にボジョレーのパンフレットをもらった。

 そんな俺の心を知ってか知らずか、マルチマックスの『勇気の言葉』が過去から逃げがちだった俺の背中を押している。



 本通りの花のよしはらで墓前に供える花束を見繕ってもらい、加奈子の好きだったグリコアーモンドチョコレートを買おうと思ったが、どこにも売っていなかったので、仕方なく、明治のそれを買い、商店街から北の方向に進み、踏切を超え、千光寺に向かう山の中腹に行くと、俺が二十歳過ぎまで過ごした筒井先生の寺がある。

 義晴のカープ入団の時の契約金で本堂と母屋はリフォームされ、見違えるほど綺麗になっているが、鐘楼と俺と義晴が住まわせてもらっていた離れは昔のままだ。がめつい筒井先生のことだから、離れは上杉義晴記念館にでもリニューアルしているものとばかり思っていたが、意外だ。

 先ずは、筒井先生に顔を見せ、菓子折りでも持って長年の不義理を詫びるのが筋だが、この時間だと間違いなく昼寝中だ。寝起きが悪く、本堂でバンドの練習をしていると「喧しい!」と拳骨をお見舞いされたことも二度や三度ではないので、それは次の機会に譲るとして、加奈子の墓前へと急ぐ。

 筆頭檀家である藤井家の墓は立派で、年中供花が絶えないので、遠くから見てもわかる。また、そこから臨む尾道の海の美しさは、千光寺の展望台まで登らなくてもいいほどだ。

 遠目に墓前に語りかけるショッキングピンクのベレー帽が眩しい、小柄な若作りの初老の女が見える。ティアーズドロップ型のサングラスとサイケ柄のシャツとジーンズはジャニスジョップリンにしか見えない。婆やのおさきさんかと思ったが、生きていれば九十歳を超えているはずだから絶対に違うだろう。

 キョウジュのおふくろさんだ。

 俺の気配に気付いて振り向くと、嬌声をあげ、「まぁ!ジュリー!あんた生きていたの?」と目を白黒させ、腰を抜かさんばかりに驚いた。誰も彼も尾道の人間は、俺のことは死んだものとばかり思っているようだ。

 ちなみに俺はキョウジュのおふくろさんからは「タミオくん」でも「上杉君」でもなく、「ジュリー」と呼ばれていた。俺自身、沢田研二に似てると思ったことは一度もないのだが、タイにいたころよく日本人を含めた外国人観光客に英語で道を聞かれたので、くどい顔であるという共通点はあるようだ。

「何?もう!びっくりした。あんた、変わらないわねぇ。本物はあんなに太っちょになったっていうのに」

「お母さんも相変わらずお若くて」

「何よ!こんなおばあちゃん褒めても何も出ないわよ」

「最近絵のほうは?」

「これでもコロナ前は福岡や台北や上海のギャラリーからも声がかかってたんだけどね、このご時世だからさっぱりダメ。描いてはいるんだけどね。家にばかりいるとどうしても寡作になっちゃうわよ。で、ジュリーは今日はどうしたの?」

もともと、この人は横浜の上大岡か蒔田あたりの銀行の頭取の一人娘なので、浮世離れしているというか、抜けているところがある。墓場に来る理由を訊くなんて…

「加奈ちゃんの」

 と言うと、真面目な顔をして、口を結んで天を仰ぎ、独り言のように「ジュリー。あたしはね、加奈子さんはあんたと一緒になるべきだったと思うの」とゆっくりと重厚な口調で続けた。

「そりゃ加奈子さんは、たった一年だけど、あたしのこと本当の母親みたいに慕ってくれたし、器量も抜群だし、奈々のような可愛い孫まで遺してくれた。総司の、藤井家の嫁としては百点満点。いや。勿体なくて申し訳ないくらい。でもね」

 涙声になる。総司は俺も忘れそうになるくらいのキョウジュの下の名前だが、由来は言うまでもない。幕末の美少年天才剣士を我が息子に重ねたのだろう。安易な少女趣味だが、このおふくろさんらしい。

「ジュリーはなんであの時、加奈子さんと逃げなかったの?加奈子さんがあんたを追って尾道駅まで行ったっていうのに、あんたは優しいから総司のことをほおっておけなかったのかもしれないけど、あんた自身はどうなのよ?加奈子さんは?」

「もう昔のことです。それに、この二十三年、後悔なんて死ぬほどしてきましたよ。さすがに加奈ちゃんには生きとって欲しかったですけど。ワシが尾道に帰ってきたんも」

「わかるわ。ジュリー。つらいこと思い出させてごめんなさいね」

 俺は、微笑んで首を横に振り、献花し、加奈子に手を合わせた。

「もしもあの時加奈子が俺と」なんて考えない。人の持って生まれた運の総量など決まっている。この世に生まれて、俺やキョウジュと出会い、愛され、奈々ちゃんを生むところまでが加奈子の役割であり、運命であったのだろう。俺のように風の吹くまま今を生きていると、運命を受け入れるのに従順になってくる。それは加奈子を失い、もう会うことが叶わないという絶望と同時に達観は存在し、進行し、矛盾しない。

 流浪の産物。

 あれから俺は、違う肌の色で、違う神を崇拝し、違う常識の中で育った女に随分と惚れ、情も交わしてきたが、やはり、あの季節は、加奈子は、特別なものであったのだと思う。見えた景色の鮮烈さや風の匂い、唇や乳房の柔らかさや甘さが熱帯の太陽に向かって咲く色鮮やかで芳しい花と日陰に咲く徒花くらい違う。

 俺は、加奈子に遅すぎた帰郷を心で詫びた。

「おう。どしたんなら?騒がしいのう。中洲のソープで君島みおの腹の上に乗っかったとこじゃったんに、昼寝の邪魔をしてからに。ええ」

 眠そうと言うよりも少しばつの悪そうな顔をした作務衣着姿の筒井先生が後ろに立っている。

「こりゃ、藤井の大奥様と…わりゃタミオか!」

「はい。筒井先生」

「筒井先生じゃなぁわ、ボケ!こんな(お前)の死亡届出すん、よっちゃんに泣いて止められとるんで。この盆暗が!」

 筒井先生の右ストレートが右の頬に入った。

 懐かしい痛みだ。

 本来、俺はこれを加奈子やキョウジュや義晴に「いい」というまで喰らわされ続けても文句言えない立場だ。

 しかし、それは淫夢を遮られたことの憎しみの拳ではないし、俺の不義理に対する債務の鉄拳でもない。筒井先生は、怒りながら泣いている。笑いながら怒っている。往年の竹中直人の一芸のように。だからなのか、少し芝居がかっているようにも感じる。キョウジュのお袋さんの手前、保護者らしいところを見せなければまずいのだろう。

「先生!わけも訊かずにもう!」

「失恋したくらいでなんなら!わしゃなさけなぁで!」

「先生!ジュリーだってすまないと思ってるから、こうやって加奈子さんの墓前にきてくれてるんでしょうが。これ以上の乱暴は私が許しませんよ」

 キョウジュのおふくろさんの食ってかからんばかりの迫力に筒井先生は後ずさり、涙を作務衣着の袖で拭いながら、「タミオ。オドレは優しいけぇ、そうやって昔から女にモテる。おどくしゃぁ(ムカつく)奴じゃ」と少し不貞腐れて背を向けると、「ワシは今の一発で気がすんだけぇ、よっちゃんに謝って来い。流川で洋食屋をやっとる。ワシが念達しといてやるけぇ」

「義晴は広島におるんですか?」

「弟の居場所も知らんのんか?カープやめてからじゃけぇ、もう十年以上じゃ。お前らよう『大人になったら、店作って、じいちゃんのカレーライスとタンシチュー復活させよう』ゆうとったが、よっちゃんは一人で約束を果たしたんで。大した奴じゃ」

「じいちゃんのレシピ…そうか。義晴、お前…」

 俺自身、上海やバンコクでは飲食店を経営して糊口をしのいでいたが、いきなり身内が三人もいなくなり、義晴と淋しさを紛らわせるように、亦、互い励ましあうように語った『夢』のことなど忘れ、惰眠を貪るように、何年も何年も手間も暇も材料費もかからないお好み焼きを焼いていたのだと思うと、人生そのものを怠ていたのではないか、と恥ずかしくなるのと同時に、義理堅い義晴のことをどこまでも逞しく思うのだ。

「ええか?流川の『プレッジブルー』じゃけな。まぁ、元カープの上杉義晴の店ゆうたら、広島ではカープ鳥ぐらい誰でも知っとるがのう」

 何だって?祖父の洋食屋と同じ名前か。

 青い波打ち際の意味のフランス語。

 海軍大尉だった祖父はパリ帰りのインテリでもあった。と言っても、フランス語やフランス文学よりもシチューを作る方が上手くなったらしいが。

「相変わらず、ジュリーは人気者ね。弟さんに会う前にうちの総司にも会ってあげてね。あの子、あんたがいなくなってから同世代の話し相手がいなくて…」

 死んだことになっていた俺なのに、会うべき人が多い。

 加奈子もその中の一人だったのに、と思うと、なかなか切ないものがあるが、キョウジュも義晴も健在。今すぐここに呼んで宴など張りたいものだが、加奈子が厭がるだろうな。

 俺がここに来たことは?

「タミオのバカ。今までなんしょうたん?ウチ、ずっと待ちようたんじゃけな」

 恨めしそうに俺に八つ当たりした後、泣き崩れるのか?

 俺は頬に一筋の涙を伝わせ、海を見ながら「加奈ちゃん。ごめんのう」と声にならない声で言った。


 キョウジュと初めて会った日のことは忘れもしない昭和六十一年三月二十日のことだ。

 ハレー彗星が最も地球に接近したあの日、尾道は快晴だったが、気温の上がらない肌寒い一日だった。

 そもそも、星にも宇宙にも興味のない俺がなぜあの日「ハレー彗星を見たい」と思ったのか?まるで記憶がない。義晴にせがまれたのか?仲間に自慢したかったのか?はたまた気になっている女の子がそういうことを口にしたのか?

 謎でしかない。

 日の暮れた凍てつく千光寺公園へと続く険しい坂道を闇に不安がり、手をかじかませながら登ったことだけは今でもハッキリと覚えている。

 千光寺山荘の向かいのアメリカ人の富豪が地中海沿岸に持ってそうな白を基調とした地元の人間が「千光寺山荘別館」と揶揄する邸宅に俺と同い年くらいの子供がいることは噂では知っていたが、海沿いでばっかり遊んでいた俺は山手に住んでいる子の顔と名前は一致していなかった。

 二階の広いヴェランダで天体望遠鏡を覗き込んでは、黒縁の眼鏡を指で何度も上下に動かして何か考え事をしている。子供でありながら、学者のように見えた。黄色いふわふわのフード付きのパーカーを着ているあたり金持ちの子だと一発で分かる。

「なぁ、ハレー彗星は来よるん?」

 俺の地声の大きさに驚いたように下を見下ろして俺の存在を確認すると「先月の九日はよう見えたんじゃけどね。今日は木曜じゃけ、夜更かしができんのがいけん」と肩をすくめた。 

 俺は北風に抗えず大きなくしゃみをした。

「寒いじゃろ。上がってき。展望台は人でいっぱいじゃけつまらん。パパは広島で会議じゃし、ママとおさきさんはドラマに夢中じゃけ向こう二時間くらいなら平気よ」

 俺は厚意に甘えて、お邪魔し、住居部分がほとんど戦後のバラック小屋と変わらない我が家とは別世界があることを幼心に刻みつけながら、その子と対面を果たした。

 初対面でどんなことを話したのか?

 あまり覚えていないが、一時間後に西の空に現れた青白いハレー彗星を共有したこの子とは一生の友達になる気がしたのと同時に、その風貌から、当時、「巨泉のクイズダービー」に回答者として出演していた学習院大学仏文科の篠沢秀夫教授を彷彿とさせることからこの子のことは「キョウジュ」と呼ぶとことにした。

 しかし、この「キョウジュ」という仇名には後日譚がある。

 二年後、俺や周囲の予想と期待に反して中学受験をしなかったキョウジュは俺と同じ長江中学に通うことになった。

 一緒に遊んでいる時はそんなことはおくびにも出さなかったが、キョウジュはよくいる頭の弱い金持ちのアホボンと違って、かなり高度な英才教育を受けていて、勉強のできる子的な「知識」ではなく、立派な「教養」を持っていた。

 中学生でありながら、小倉百人一首を諳んじることができ、サリンジャーの小説やギンズバーグの詩を原書で読み、志ん生の「らくだ」や圓生の「死神」や三木助の「芝浜」で笑わし、日ユ同祖論から古代史を語ることもできた。

 ピアノもそんな中の一つだった。

 音楽の授業にキョウジュが何か一曲弾くのはもう学校公認のレクリエーションになってしまったほどで、女子のリクエストでチェッカーズや光GENJIやTMネットワークを弾いたり、フォーク好きの音楽教諭のリクエストで吉田拓郎や加川良や赤い鳥なんかも弾いて、すっかり人気者になっていた。

 あれは九月の第三週の曜日は忘れたが、朝からやたらと激しい雨の降った日があった。

 その日は皆気分が沈んでいて音楽の授業どころではなく、教諭も投げやりで、「藤井。好きに弾いていええぞ。先生、職員室でタバコ吸うてくるけぇ自習じゃ」などと言うものだから、キョウジュがニヤリと笑って弾き始めたのが坂本龍一の『Rain』だった。

 心地の良い雨音が次第に冷たい豪雨になって我が身に迫ってくるような緊迫したメロディとタッチ。ポップスではなく、クラッシックの歌曲としても成立しそうな曲だ。またそれが窓の外の天気とフィットしている。

 俺はまるで麗人とすれ違い、言葉と呼吸をなくしてしまったように聞き入った。

 ふわふわして地に足がつかない。

 不安定でありながらも美しい。

 俺は確信した。

「キョウジュ」は「キョウジュ」でもこいつは坂本龍一のほうの「キョウジュ」だと。

 友を尊敬するなど、最初で最後のことだった。

 そのキョウジュに会うのは二十三年ぶりだ。

 俺と違って、立派な社会人として、亦、父親として年を重ねたキョウジュがどんな頼もしい奴になっているか?

 刻まれた時が高潔で尊いものならその面相はさぞかし自信と慈愛に溢れたものになっているはずだ。

 それは楽しみであると同時に恐れている。

 泣き虫で気の弱いところがあったキョウジュが果たして加奈子を失った悲しみをちゃんと乗り越えられたのか?悲観も絶望も卑怯なふるまいもせずに生きてこれたのか?嘘や保身があれば必ず顔のバランスがおかしくなる。尤も、世の中は圧倒的にそっちのほうが多いわけだが…

 いや。俺ごときが批評することではない。

 汝の友を信じたい。

 


結局、俺はその日のうちにキョウジュのお袋さんに連れられる格好で「千光寺山荘別館」の敷居をまたいだ。

 リフォームこそされているが、油絵の具のトウの立った匂いをクロワッサンが焼ける香ばしい匂いが包み込む。パリかニースあたりの老画家のアトリエに迷い込んだ感覚。

 とても懐かしい。

 残念ながら、ばあやのおさきさんは一昨年、九十四歳で眠るように亡くなったそうだが、市議会議員だった親父さんは今は県会議員として広島に単身赴任中だ。

 一番驚いたのは、今でもダイニングに「あの絵」が飾られていることだ。

「あの絵」のモデルは俺で、ギャラはガトーショコラと甘いカフェオレだった。平成の初めごろまでキョウジュのお袋さんは子供を題材にした優しいタッチの絵をよく書いていた。

 二十三年ぶりに対面した少年の俺は、異変種の猫のように目の色が左右で違っていて、太陽のように燦燦と燃え輝く左目と氷のように何物も受け入れない冷淡な右目をしているのが印象的だ。そんなことなどあの頃は全く気付かなかったが、キョウジュのお袋さんは俺の本質を見抜いていたということだろうか?

 そんな他愛のない絵画論など交わしながら夕食の支度を手伝っていると、奈々が帰宅してきて、「タミオさん、なんでおるんですか?」と俺を二度見したが、それは招かざる客に向けた毒針を仕込んだ言葉ではなくて、サプライズに驚く初々しい少女のそれでなかなか気分のよいものだった。

「あら。あんたたち…ジュリー。吃驚したでしょ?」

「おばあちゃま、もう。ウチ、先にお風呂入る」

 奈々は頬を赤らめて俯いて、自室に戻ってしまった。

 これが加奈子なら「タミオさんったらママと間違えるってどんだけ!」などと腹筋が痙攣するほど笑い転げるところだが、このへんの内気さ加減がなんともキョウジュの娘という感じだ。

 すると玄関の方から「おい。奈々。靴をよう揃えんような子はなんぼかわええてもつまらんで」と少し不機嫌で疲れ果てたようなキョウジュの声が聴こえてきた。

 俺が唯一、この世で親友と認めた男の声を聴き違うわけがない。

「ほら。帰ってきた。行って驚かせてあげなさい」とキョウジュのお袋さんは悪戯っぽく笑って俺を促した。

 流石に緊張感はないが、クリスマスを待ちきれない子供のように背中に羽が生えてどこへでも飛んでいけそうな気分になり、居ても立ってもいられなくなった。

 俺は、わざとゆっくりと玄関のほうへと半身を乗り出し、「奈々ちゃんを虐める奴はワシが許さんど」とドスの効いた声で言った。

 十秒ほどの放送事故の後、俺に気付いたキョウジュは回れ右ができなくて立ち尽くしているような不安定な感情で「タミオ!」と彼にしては珍しい大きな声で言った。

 ここで初めてキョウジュの顔を見た。

 すっかり白髪になっているので「変わった」或いは、「そこまで坂本龍一の真似をせんでもええのに」と言いそうになるが、それ以外は多少、額紋と目尻に皺が入った以外はほとんど変わっていない。衣装は相変わらず、黒ずくめだ。

 紛れもなく、キョウジュだ。

「タミオ、生きとったんか?」

「おう」

「阿吽」ではないが、多くの言葉は要らない。それだけで分かり合えることもある。千里眼や読心術の類ではない。詳細や理屈を超越して、一つの大きな「肯定の泉」となる。その中で許されてゆく。その中で裁かれてゆく。そして、それは澄んだ水のような感情で素直に理解できる。

「タミオ。すまんかったのう。ワシ、なんてゆうてええか」

 相変わらず、泣き虫なキョウジュ。

 情けなくて、愛おしいくらいに泣き虫なキョウジュ。

 何度見たか忘れてかけていた女のようなさめざめとした力のない涙。

 全部わかっている。わかっているから、泣くなよ、キョウジュ。

「茶谷先輩からだいたいのことは聞いた。じゃけ、泣くなや、キョウジュ。ほら、立てや」

 俺は、威厳に満ちた物わかりのいい父のように或いは、兄のようにキョウジュの痩せた肩を叩いた。

「部屋にさ、ごはんとお酒運んどくから、あんたたち、今日はゆっくりと話をしなさい。ね、ジュリー。そうしなさい」

「ほいじゃぁ、お言葉に甘えて。お母さん。ありがとうございます」

「総司のこと頼んだわよ」

 キョウジュのお袋さんはにっこりと微笑んで片目を瞑ったと思ったら、身を翻し、「ちょっと、奈々。あんまり長風呂するんじゃないわよ」とすっかりお節介なおばあちゃまに戻っていた。


 キョウジュの部屋は大きくは変わっていなかった。

 ヤマハのピアノにローランドのキーボードにグレッチのギターが一本。作曲ソフトを入れたデスクトップのパソコン、壁を埋め尽くす楽譜と本とCD。天体望遠鏡はベランダに出ている。紫檀の机の上には二葉の写真。一葉は振袖を着た成人式の奈々、もう一葉は俺と加奈子と三人の写真。多分、九十五六年頃、向島の浜辺で花火をやった時の奴だ。

 きっと、長い間、キョウジュの心の隙間を埋めるものはたったこれだけだったのだろう。

 よく冷えたムートンガデの白をワイングラスに注ぎ、二十三年ぶりに酌み交わす酒はシャガールの青い夜のようにメロウで上質なチーズのように血液に溶ける。キョウジュもそれは同じようで、少しリラックスできたようだ。

「タミオが来るってわかっとったらクルン出したかったんじゃけど、パパが後援会の寄り合いで差し入れに持っていくけぇ、最近、ないことが多いんよ」

「ほう。キョウジュは普段、シャンパン飲んどるん?」

「いや。泡はあんまり好かん。来客用じゃ」

 なんて話を聞いていると、我彼の生活格差を思い知るわけだけども、キョウジュは厭味も屈託もない。

「奈々のことは吃驚したじゃろ?」

「ワシ、二回も『加奈ちゃん』って呼んでしもうたで」

「ははは。あれでもこまい頃は顔も性格もワシそっくりでどうしょうかと思うたもんじゃけど、年々、似てくるんよ。DNAの神秘じゃ」

「そうじゃ。女は永遠の神秘じゃ」

「永遠の神秘に乾杯!」

 理由をつけてはワイングラスを合わせる。

 昔と何一つ変わらない。

 変わったのは時代と年齢だけだ。

「キョウジュは再婚はせんのん?」

「加奈ちゃん以外の女とはありえんわ」

「気が合うのう。ワシも一緒じゃ」

 また乾杯。

 すると、不思議なもので心地の良い共感しか残らない。怨恨なんて恋も知らないガキの抱く感情だ。加奈子を失い、忘れられずに過ごした二十三年間の失望と後悔と望郷を表現する手段はない。仮に歌でも文章でもできたところで伝わるはずがない。それは形は違えど、キョウジュも同じだったのだ。

 それは絶対に知られたくなかった特殊な性癖を知られてしまったみたいにうれし恥ずかしい一致だ。

「しかし、お互い大変じゃったのう」

 俺がキョウジュの長年の労を労わると、キョウジュは遠近両用眼鏡をはずし、ハンカチでレンズを拭き、姿勢を正して、改まった。

「奈々が初めて熱を出した時、初めて生理になった時、反抗期で口利いてくれんようになった時、初めて男の子を好きになった時、ワシ、狼狽えることしかようできんかったわ。今ここに加奈ちゃんが生きとったらって、男親なんてよいよ役に立たん」

「そりゃしょうがなぁわ。浮気するし、しょうもない嘘つくし男はアホじゃ。アホじゃけん、しょうもないことに拘って、女に転がされながら生きていったらええんよ」

「タミオは強いのう。何十年も法施を積んだ徳の高い名僧みたいじゃ」

「筒井先生の影響かのう。まぁ、ゆうてもあのおっさんは名僧とは程遠いがのう」

 そうではなく、達観と諦めなくして二十三年も海外で生きていけるわけがないのだ。正しいことや約束や常識がいとも簡単に蔑ろにされ、否定される世界でいちいち反論したり、執着したり、メランコリーになっていては身も心も懐もすり減ってしまう。

 キョウジュは「先生、くしゃみしとってで」と苦笑して、パンオショコラを一つつまんだ。クロワッサンにビターチョコを挟んで焼いただけのフランスの家庭のお八つでよく出てくる奴だ。

 俺は本棚に目をやり、「ふーん」と感心した。

「相変わらず、勉強家じゃのう。あいみょんや米津玄師はワシも好きじゃけど、アキモトグループやジャニーズやKポップの楽譜まである」

「弾けば生徒が喜ぶんよ。ワシらの頃と一緒じゃ。別に好きじゃないけど、こんなんでコミュニケーションが取れるんじゃったら安いもんじゃ。そもそも、ワシ、タミオみたいにあんまり喋るん得意じゃないし」

「そうじゃった。キョウジュの坂本龍一は最高じゃった!」

「なんか弾こうか?」

「ええのう」

 自慢のミニカーを褒められたみたいに得意な笑みを浮かべると、ピアノの前に座り、「夜じゃけ、静かな奴な」と坂本龍一の『aqua』を弾き始めた。静寂でありながらも、生きる勇気の湧いてくる不思議で素晴らしいメロディだ。特に最後の半音あがるリフが力強くなるところに生命の歓喜すら感じる。

 生きてまたキョウジュのピアノが聴けるとは!

 キョウジュには絶対に言えないが、加奈子を意識し、キスするまでの淡い青春の日々を思い出し、幸福に浸っていた。拍手をするのも忘れて…

「タミオもなんか歌とうてぇや。あれ、あれがええ」

「え?」

 キョウジュは左手でEのキーを弾き、「あれゆうたらあれよ」と前奏のメロディを鼻歌を歌うように軽快に弾き始めた。

『尾道スロウレイン』だ。

 まさに、キョウジュの加奈子に対する切なる想いを聞いた時にまさに、このピアノを囲んで二人で作った曲だ。つまり、ビートルズの『サムシング』とクラプトンの『いとしのレイラ』を同時に作ったようなものだ。いや。ジョージとクラプトンがパティボイルドに贈る曲を競作したようなものだ。

 そんな、普通ならば絶対にできるはずのない、まず作ろうと発想すらしない奇跡のような曲がこの『尾道スロウレイン』なのだ。


翡翠色の春の海に降る雨は菫色

傷ついて目覚めた朝に辿り着いた

海岸通りで天使の記憶を失くし

抱きしめても逃げていったあいつの残香を

消しておくれ

尾道スロウレイン

はじめから運命と知りながらも愛した俺を

嗤っておくれ

尾道スロウレイン

哀しみのように美しい

尾道スロウレイン


 覚えているものだ。

 二十三年も前に作った曲で、ライヴでやったこともなければ、無意識に口ずさむこともなかったというのに、歌詞を見なくても歌える。キョウジュも譜面など見ていない。もしかして、俺と違って、キョウジュにとっては意味のある、意味のあるどころか、己の人生を収斂したような曲なのかもしれない。そう思うと、もっと心を込めて歌わないと、彼の決して平穏ではなかった半生を軽んじることになる。

「二番いくで」

「おう」


白く煙る向島と朱く滲む千光寺

闇に消える前にあいつと暮らしたかった

夜のない街に夜の果てなどなく

静謐な瀬戸の海が歌う一世紀前の挽歌を

聴いておくれ

尾道スロウレイン

川の流れのように生きられぬ俺を

嗤っておくれ

尾道スロウレイン

あいつの窓辺に降り注げ

尾道スロウレイン


 錆のリピート前、本来ならここで八小節の哭きのギターソロが入るところだが、キョウジュのピアノが裏メロを奏でる。憎たらしいほどクラッシックの奏法だ。


  あいつが選んだ見知らぬ明日と心変わりを

殺しておくれ

尾道スロウレイン

偽りの涙を詰れなかった俺を

嗤っておくれ

尾道スロウレイン  

それでもまだ愛していると伝えておくれ

尾道スロウレイン

尾道スロウレイン


 埋める必要のない余韻と余白にワインの酔いが混ざり、難事を成し遂げるか、不可能を可能にした者にしかわからない、何時間でも浸っていられそうな陶酔をキョウジュと分け合っていた。

 たかが一曲で幸福になれる安い男たちと笑わば笑え。

 貢がれた盗品のダイヤモンドと自分の足で探し当てた原石との価値の違いがわからない奴などこちらが嘲笑してやるさ。それこそ「安い男たち」だと軽蔑を込めて。

 俺とキョウジュは黒人がするようにニカっと笑い合い、「やっぱりこれじゃのう」と固い握手をした。もう俺たちの間に確執もタイムラグも存在しない。

 すると、控えめにドアをノックする音が聞こえる。

 山の上とはいえ、夜は静かにが常識だ。

「熱唱してしもうた。ちいとうるさかったかのう?」

 キョウジュはくだらない悪さがバレた子供のような気まずそうな顔をして、「ママ。ごめん。うるさかった?」と言ってドアを開けると、涙ぐみ、思い詰めたような顔をした風呂上がりの奈々が立っていた。

「どしたん?湯冷めするで」

 キョウジュはいざとなったら身を挺して家族を守る父親の声で奈々を気遣うと、親の心子知らず。キョウジュのことは通り過ぎ、奈々は俺の胸に頬をうずめて「タミオさん」と湿った声でつぶやいて、泣き始めた。

 女の子に泣きつかれたとき、諭したり、訳を訊いたりしてはいけない。ただ「僕は君の味方だよ」と髪を撫で、全肯定するのがセオリーだが、相手はキョウジュの娘である。好意と受け取られでもしたら、ややこしくなる。

 困っていると同時に、俺はデジャヴを感じていた。

 俺を追って、尾道駅に来た時の加奈子だ。

 本当の心を欺けなくて流した綺麗なあの涙。花のように甘い肌とシャンプーの香り。この世で一番重く、尊く感じた、勇気を振り絞った「好き」という言葉。ただあの時のように「このまま連れて逃げることができたら」などと心は動かない。据え膳食わぬつまらない男だと後ろ指さされそうだが、何よりもキョウジュの娘だし、ここに至るまでのストーリーがまだ何もないからだ。

「奈々ちゃん。ようわかったけぇ、今日はこのまま休もうな」

「はい」

 奈々はピジャマの袖で涙を拭きながら、泣いたことすらなかったように「パパ、お休み」とそっけなく言って、自室に戻っていった。

「おい。奈々。おい。おいっ。どうしたんかのう?いつもはあがぁに感情出す子じゃないんじゃけど」

 キョウジュはそれこそ奈々が初めて熱を出した時もきっとそうだったように、いつもの冷静さを失くし、すっかり狼狽えている。

「あの歌になんか感じて、思うところがあったんじゃないんか?加奈子に捧げた曲じゃけん、いや。ワシにもようわからんのじゃけど」

 本当は奈々の涙の訳をおぼろげながらに理解している。俺はそこまで鈍くない。だけど、それをそのままキョウジュに伝えるのは今風に言うと「空気の読めない大馬鹿野郎」ということになるし、親しき仲にも礼儀ありなのだ。そして、次はキョウジュを取りなす番だ。

「まぁ、あれじゃ。飲みなおそうや」

「そうじゃのう。悪かったのう、奈々が…しかし、タミオの言うことをえらい素直に聞くんじゃのう。どっちが父親かわからんで」

「まぁ、それが説得力ゆうもんじゃ」

 そう軽口を叩くと、またセッションをしたくなるのだが、また奈々に泣かれても困るので、夜が更けるまで思い出話に花を咲かせていた。


 義晴と会うまでの一週間はこのご時世にしては珍しく、外国人のツーリストの宿泊が相次いだので、ボランティアで市内のガイドをやったり、しまなみ海道を四国まで一緒にサイクリングしたり、ちょっとしたコンセルジュとして色々質問を受けたり、亀井と一緒に手によりをかけた手料理を振舞ったりしてで、東へ西へ忙しくしていた。

 勿論、気は遣うし、心から楽しみ、喜んでもらうというのは楽ではなかったが、そういう条件でただで個室を占有しているのだから、それは契約を履行してるに過ぎないのだけど…

 中でも香港人のカップルを千光寺に連れて行ったとき、絵馬に「光復香港天滅中共」と書いて祈願し、奉納したことが強く印象に残った。あの夜景が美しく、スタイリッシュでエネルギッシュでアジアを動かす才能の集まるあの街に今や「自由」が存在しないことに俺は打ちのめされそうになった。

 俺は「美夢成真天佑香港」と北京語で言って二人を励ました。俺とて中華社会の隅っこで呼吸をしていた人間である。無関心を装うことなんてできやしない。

 深夜、部屋に戻って、やっと一人になれると、こないだキョウジュと会った日に着ていたバンコクのジムトンプソンのバーゲンで買った青いタイシルクのシャツの胸の部分を嗅ぐ。奈々の匂いが移っているから洗濯していないのだ。

 それはあの日、奈々に惚れたからではない。加奈子と全く同じ体臭だからだ。

 つまり、俺は加奈子を想っているのだ。

 それがどんなに愚かで、最低な徒労であるかなんてことは俺が一番わかっている。

 全てが輝き、全てが引き裂かれたあの季節を忘れるにはさらに光溢れる日々が訪れるか、加奈子以上の女とめぐり合うかくらいしかない。

 つまり、今世ではほぼ不可能に近い。

 奈々がその候補として手を挙げてきたとしたら?

 俺はその考えを全否定し、わざとらしいくらいに大きく首を振った。

「タミオさん、まだ起きてます?」

「おう。起きとるよ」

 さっきまでオーストラリア人の船乗りブライアンとどこの港の女がよかったか?なんてくだらない話を顔を突き合わせ真剣に論じ合っていたほろ酔いの亀井が障子の間から顔を覗かせた。

「これ、陳君からタミオさんにって。お礼だそうですよ」

「学生がモエシャンなんか無理せんでもええのに」

 俺は濃い緑の泡瓶を見て苦笑しながらも、気持ちがうれしく、明日から毎朝、香港の方角に向いて、香港の平和と自由を本気で祈ろうなどと思った。

「タミオさんは、日本人なのに香港人の気持ちが分かっている。チャイニーズよりチャイニーズだって褒めてましたよ」

「それホンマに褒めとるんかいのう?」

「さぁ」と亀井は肩をすくめ、「ところで明日は何時に出られるんです?」と部屋を見まわしながら訊いた。

「夕方の客の少ない時間に筒井先生が段取りしてくれたけぇ、お昼過ぎに出りゃ間に合うじゃろ」

「弟さんといい話ができたらいいですね」

「ありがとう」

「それと、余計なことですけど、そのシャツそろそろ洗濯したほうがいいですよ。ランドリーに出しときましょうか?」

「…」

「余計なことでしたね。おやすみなさい。朝方、資源ゴミは僕が出しときますね」

 多分、亀井にはさっきの恥ずかしい光景を盗み見られ、勘の鋭さからだいたいのことは察しているのだろう。

 俺は少し厭な汗をかいた。

 

 翌日。

 不意の来客。

 目は醒めているものの、意識はまだ眠りの岸辺に半身を浸しているこの感じは眠っているよりも気持ちがいい。

 そこから現実に引き戻される。

 通常、気分を害するものだが、訪ねてきたのが奈々だと聞くと、それは夢の続きのような気がする。

 亀井に「タミオさん。いつ奈々ちゃんに手を出したんですか?まったく、隅に置けないな。コノコノ」などと幇間の如く囃し立てられていると嬉しいような、立場がないような、十センチほど宙を歩いているような気分になる。

 俺の豪快な寝ぐせを見たからなのか、奈々は「タミオさん。厭じゃわ、そんなん」なんてはにかんでいる。

「奈々ちゃん。おはよ。どしたん?」

「あのう。ウチ、今日、取材で広島に行くんで、いっ、一緒に、そのう」

 真っ赤になって俯いてしまった。

 しかし、それを嗤ってはいけない。

 キョウジュが加奈子とまともに口を利けるようになるまでのプロセスを見ているので、今日ここに来ることだって、眠れない夜をのたうち回って過ごしたことが安易に想像がつく。いじらしさに報いたい。

「十五分待って。シャワー浴びながら、歯磨いて、髭剃って、着替えて来るけぇ」

「そんなに急がなくてもいいですよ」

「奈々ちゃん。フランスでは『スープと女は待たしたらいけん』って言われとるんで。ほいじゃぁ、十五分後に」

 慌ただしくシャワールームに駆け込む俺を奈々は笑いを嚙み殺しながら見ていた。


 尾道から糸崎、三原へと抜ける海岸通りは渋滞もなく、左を向けば、青く、母なる瀬戸内海に太陽の光が銀色に煌めき、鏤められて、海鳥が気持ちよさそうに水面で羽を休めている。

 赤いアウディの運転席には奈々。

 誰が見ても草臥れた中年と若い恋人だろう。フランス映画では訳ありで偏屈な中年女と若い芸術家の卵というこれの逆パターンは散見されるが、草食動物の多い日本の若い男どもにそんな粋な恋愛はできまい。

 奈々は、意外なほど運転が上手い。

 キョウジュの運動神経のなさは散々見てきているので、「ヤレヤレ。途中で運転を代わることになるのかな」と覚悟していたが、これが全くの杞憂で、ステアリングさばきなど、この道三十年の運送屋のそれなので、この分なら煽られたり、狭い道やパーキングでもたつくこともないだろう。おそらく、元々、運動神経がいいのと尾道の細い路地や坂道を毎日運転することで鍛えられたのだろう。

 爽やかな海風が奈々の栗色の髪を躍らせる。

 この時が永遠であると感じる。

 この道は小一時間ほどで広島ではなく、何時間も、いや何日もかけて楽園へと続いているのではないかと思う。

 そんなものは小沢健二の歌詞の中にしか存在しないものと思っていたが、ここに存在することが奇跡のようだ。

 嘗て、加奈子をバイクの後ろに乗せて走った道。

 あの季節の風、幻想のように揺れるテールランプ、潮の香りと加奈子の体臭に包まれる幸福感…

 長い旅を経て、俺は再びそれを感じている。

 寡黙で、シャイで、あまり笑わない奈々という加奈子とよく似た娘と。

「で、今日は何の取材をするん?新井監督に来シーズンの意気込みと展望を訊くとか?」

 別に冗談を言ったつもりはないのだが、奈々は「イ」の口で笑って、「パパがようゆうてましたよ。『タミオは優しいけぇ、知らん人の前では冗談ばぁ言う』って。ウチなんかに気を遣わんでもええですよ」

「別にそうじゃないんじゃけど…」

「何か喋ってないとママを思い出すんでしょう?」

「奈々ちゃん」

「無理して忘れることないですよ」

 俺は気まずくなったので、二秒ほど奈々の唇をふさいだ。

 好意というよりも場が持たなくなってしまったからだ。

 奈々はキリっとした目に焦燥の色を滲ませながらもそれを受け入れた。

 それが恋の始まりであることなど誰も信じないほど、運命はうねり出さず、まだ金であるべき沈黙を守っていた。


 広島に着いてからは、白島や袋町あたりのタイプの違うカフェを数件巡り、お昼は幟町の『八昌』でお好み焼きを食べ(広島焼ではない。お好み焼きなのだ)、そのあと、リバークルーズに出る。

 奈々は性格的に取材にはあまり向いていないのではないか、俺が助け舟を出さないと成立しないのではないか、と心配していたが、アポ取りでさりげなくお店や店主をよいしょするしたたかさと的確な質問を投じ、話の枝葉を広げてゆく話術をちゃんと持っていて、横で保護者のように見守る俺を大いに感嘆させた。

 尾道は坂と海の街だが、広島は川の街である。 

 なので、まともな銭勘定ができる人間ならば、川から街を探索するツアーを企画するのは、雨の日に傘を売るくらい当然で、手堅い商売なのだ。

 平和公園から元安川を下り、原爆ドーム、縮景園、猿猴橋と広島市内観光定食コースを足ではなく、船で辿る。水の上から緩やかなスピードで流れるそれらの風景は桜や紅葉の季節でなくとも普遍であり、何よりも吹く風が気持ちいい。これが夕暮れ時ならば、尚、いいだろう。

 奈々は緊張感などなく、思いつくまま白のVAIOのミニに文章を打ち込み、感性に命じられるままライカのシャッターを押している。

「なんか、デートみたいじゃな」

「え?」

 奈々は、電流に打たれたように驚き、振りむいた。

「まさか、取材って『秋冬の広島おススメデートコース』じゃったりして」

 俺があてずっぽうで言うと、奈々は黙り込んでしまった。

 素直さというか、愚かしいほどの純真さは老獪さと引き換えに失くしてしまうものだが、奈々にはまだそういうところが残っている。平成生まれの女にしては珍しい。

「この後、弟の店に行くけど、奈々ちゃんはどうする?」

「取材できますかね?」

「さぁ、頼んでみんとわからんな」

 広島では外務大臣や財務大臣の名前は知らなくても、義晴の顔と名前を知らない人は珍しいというくらいの有名人であり、筒井先生のコネがなければ予約が入ったかも怪しいくらいなので、飛び込みで「おいそれ」と取材できるとは思えないが、それは俺に一言添えて欲しいという意味に違いない。

 奈々は、眩しそうに猿猴橋越えに見える広島駅の方角の空を見ている。

 わずか三十分の船旅も終わりだ。

 人生も船旅も終わりを自分で決めることはできない。

 舵を取っているのは自分以外の誰かだからだ。その主催者がどこの誰であるかなんて誰も知らない。それを知るのは軀を失くした後のことだ。そして、それを知ったところで指針にも果実にもならない。

「タミオさん。龍神雲!珍しい!」

 奈々が青空に向かってシャッターを切る。

 それくらいにシンプルな人生が望ましい。

 映えなくてもいい。

 俺は遠回りをしすぎた。


 胡町で広電(路面電車)を降り、そのまま道なりに南下すれば、中国地方一の歓楽街流川だ。

 昔は昼間でも特殊浴場やキャバクラのポン引きがそこら中にいて、物欲しそうな顔をしているとすかさずハイエナのように声をかけてくる妖しい大人の街の風格があったものだが、このご時世では実にのどかなものだ。

 本通りを縦に抜け、新天地公園を抜けたところにある雑居ビルの二階が右腕一つで人生を切り拓いた義晴の牙城『プレッジブルー』だ。上の階に行くエレベーターの横の案内板によると、一階がコンビニ、二階が義晴の店、三階が焼肉屋で四階がガールズバーのようだが、五階と六階は「非表示」とある。土地柄、反社の事務所である可能性が高い。義晴はそんなものと無縁であってほしいと願う。

「ほいじゃぁ、行こうか」

 奈々を促し、エレヴェーターにエスコートした。

 

 随分とのろまなエレヴェーターで、ワンフロア上がるだけなのに一分強もかかった。

 香港やバンコクで似たような経験をしたデジャヴ。きっと、奈々には未経験のことで、不安に思ったことだろう。そんな奈々には申し訳ないが、動きが止まってこのまま閉じ込められても「運が悪い」などとは思わないだろう。

 ゆっくりとドアが開くと、目の前に尾道の海のような青地の看板に波のようにたゆたうような白い文字で「PlageBleue」と書かれているのが視界に入った。

 野球小僧にしては粋な仕事をしやがる。

 緊張しながら、重厚な扉を開けると、肉の焼ける匂いと香ばしいフォンドヴォーの匂いに包まれる。

 じいちゃんの洋食屋と一緒だ。

 その主は俺とその思い出を分かち合うただ一人の弟だ。

 俺と奈々に気付いたマネージャーと思しき小林克也さんによく似た中年男が速足で近づき、妙にかしこまって「オーナーのお兄様ですか?」と訊く。確かめもせずに「すいません。今夜は生憎ご予約で一杯なんです」と言わないのは俺と義晴の顔がそっくりだからだろう。

 取材中、俺が客や店主にやたらとジロジロと好奇の目で見られるのを奈々は不思議がっていたが、要はそういうことなのだ。

「ああ。義晴はいるかな?」

「お待ちかねですよ。こちらへ」

 大きな鉄板のカウンター席の前を通り過ぎ、椅子席を通り過ぎようとしたところで、「お!なんや?ヨシが二人おるど!」という甲高い声が聞こえた。

 ヒレステーキを赤ワインでやっつけている声の主は白髪のスポーツ刈りの眼鏡の初老の男でどこかで見た顔で、それは俺に向かって言っているようだ。

「どしたんや?おい。兄ちゃん。影武者かいや?この辺は物騒じゃけん、ヨシも用心しとるんかいのう。おう?」

 早口の広島弁は考える隙を与えないが、子供の頃のヒーローとの邂逅とあれば、無理してでも喋る。喋り倒す。

「達川さん。ワシ、義晴の兄貴ですよ。影武者って人を藤原喜明みたいに言わんでくださいよ」

「ほうか。ほうか。こりゃ失礼。よう似とってじゃね。話は聞いとるよ。じいちゃんの洋食屋が復活できてえかったやねぇ。ヨシのタンシチューとコンソメスープは最高じゃけん、お兄ちゃんも食べていきんさいや」

 達川光男。

 赤ヘル黄金時代の扇の要。

 ひと昔前は、「プロ野球珍プレー好プレー」の常連だった。

 そういえば、義晴がルーキーの頃、監督だった。いまだにああやって気にかけてくれているのか。存外いい人なのだろう。

 奈々は「テレビのままじゃわ」と圧倒されている。

「別嬪さんまで連れて、流石、ヨシの兄貴じゃのう。ええことじゃ。ハハハ」

 達川さんの高笑いを聞いたからなのか、それとも待ちくたびれたからなのか、義晴は奥の事務室みたいなところから、少し戸惑ったようにして出てきた。キョウジュと同じく、二十三年ぶりにその姿を見る。

「兄さん」

 声は震え、目は涙で溢れている。

「兄さん」に滲んだ饒舌でありながら、寡黙な熱い感情は感電死するほど、強く、強く、痺れるほどに伝わってくる。

 それにしても、精悍な顔つきになったものだ。軀も倍くらいに大きくなっているように見える。現役時代は鬼軍曹大下コーチにさんざんしごかれたのだろう。オーナーでありながら、スーツでもなければ、IT社長のようなポロシャツでもなく、ギャルソンと同じ格好をしているところが何とも謙虚で、我が弟ながら誇らしく思える。

「義晴。元気じゃったか?」

「兄さん。やっぱり、生きとったんじゃね。ワシは信じとったで」

「死亡届、とめてくれとったそうじゃのう」

「当たり前じゃ。この店作って、兄さんの帰りを待っとたんじゃけ。さぁ、あっちで食事しながら話そう。あ。そちらの女性も一緒に…って、え?加奈子さん?え?これどうなっとるん?ワシ、疲れとるんかのう?」

 俺が生きていることは前提だったようだが、まさか加奈子にそっくりの娘が一緒だとは計算外もいいところだったようで、滅多に取り乱すことのない義晴が「吉川さん、吉川さん。どうもいけん。悪いんじゃけど、水と降圧剤持ってきて」と小林克也さんに指示しているのを横目に俺と奈々は顔を見合わせて笑った。 


 社長室というか、応接室は、デスクワークをする事務室を兼ねていて、雑居ビルの一室でありながら、深い木の匂いが漂っている。

 フローリングはウィスキーの樽を思わせるラワン材だが、壁は幾何学模様のようなデザインで、現役時代の13番のユニフォームと沢村賞の賞状やトロフィ、同期の新井監督や東出コーチとスリーショットの写真が飾られている。デスクには長澤まさみによく似た女性が満面の笑みで二人の腕白そうな男の子を両腕に抱えている写真。おそらく、まだ見ぬ義妹と二人の甥っ子だろう。時は確実に流れている。

 奈々のことを理路整然と説明すると、怪奇現象に種と仕掛けがあったことがわかったように、「吉川さん。大丈夫じゃ。えらいことではあるけどのう」と鷹揚なオーナーの顔に戻って平静を装った。

「ははは。総司さんの娘の奈々ちゃんか。カープに入る前に挨拶に行ったときに抱っこしてやったん覚えとるか?」

「はぁ…写真は残っとるんですが…」

「あれは九十九年じゃけん無理もなぁわの。じゃけど、兄さんはなんで奈々ちゃんを連れとるん?まさかそういうことなん?」

「こんなはよいよ慌てもんじゃのう。娘ぐらい年が違おうが」

「おかしゅうはなぁで。似合うとるが。兄さんと加奈子さんは真夏の空に太陽が二つある感じじゃったが、二人は夜空に星と月じゃ。なんか秘め事みたいでええ感じじゃ」

 義晴の美しき誤解が解ける前に、その惰性な空気が変わってしまう前に、例の件を切り出してみることにした。

「実はのう、奈々ちゃんは尾道のタウン誌の編集をやっとるんじゃけど、今度、『秋冬の広島おススメデートコース』ゆう特集を組むんよ。ほいで、義晴の店が取材出来たらええなぁって、朝からずっと言いよるんじゃけど…」

「取材?別にええよ。将来のお姉さんの頼みは断れんじゃろ」

 食事中にお醤油を取ってもらうかご飯をよそってもらうかくらい簡単に願いが聞き入られたことに俺はそうでもないが、奈々はまだ奇跡が起こったことを信じられず、動作が固まっている。

「条件は一つだけ。うちは著名人の贔屓筋が多いけん、客の顔は撮らんでほしいんよ。それでえかったら取材受けるけど、食事の前にやってしまうか?」

 著名人が多いというのは確かなようで、先ほどの達川さんの他に、ローカルタレントの西田篤史さんがカープの菊池選手と談笑しているし、奥の方のボックス席では世界チャンプの竹原慎二がジムの若手を引き連れてワイワイやっている。平日の早い時間でこれなので、週末ともなると、もっと華やかになるのだろう。

 奈々は、お礼も言わず、いまだに目をぱちくりさせているので。俺は奈々の目の前で手のひらをヒラヒラ動かせながら「奈々ちゃん。取材オッケイじゃと。聞いとる?」と気付くまで繰り返した。


 インタビュアーとしての奈々の仕事ぶりも見事だが、現役時代のヒーローインタビューや引退後のメディアの露出で慣れているせいか、義晴の受け答えも堂々と且つ、ユーモア交じりで、カープを去るときの失望感やオープン当初の苦労話さえも闊達な活字になりそうな勢いがあった。

 奈々がカウンター越しにポーズを決める義晴を数枚写真に収めると、「奈々ちゃん。こんなもんでええかな?」と白い歯を見せた。

「ありがとうございます。なんかもう、夢みたいです」

「かわいいだけじゃのうて、仕事もできるんじゃね。料理のレポートと写真もしっかり頼むで。吉川さん。そろそろ料理を」

「承知しました」

 俺はさっきから義晴の影になり日向になり、機敏に働くこの初老の男になぜかなつかしさと親しみを感じていた。きっと縁のある人物に違いない。曖昧な記憶の糸を手繰り寄せてみるが、どうも思い出せない。白黒はっきりしないと気持ちが悪い俺はすぐに質問を投げる。

「あのう。吉川さんとはどっかで会うたことがあるような気がするんじゃけど、もしかしたら若い頃、うちにおられませんでしたか?」

 すると、あまり私情を出さない吉川が福耳を真っ赤にし、襟元を正し、少し前のめりになって、張りのあるバリトンボイスで腹に力を入れて言った。

「タミオさん。よく覚えておいでで。おじい様の下で見習いのコックをやっておりました吉川でございます。お二人ともご立派になられて」

「え?そうなん?」

 かすかな記憶のある俺よりも義晴のほうが素っ頓狂な声を上げて驚いた。

「オーナーが十八年前にカープを辞められて、おじい様の店を復活させると聞いて、居ても立ってもいれなくなって、南青山のフレンチレストランを人に譲って、広島に馳せ参じました」

 万感胸に迫る想いがあるのか、吉川の頬には一筋の涙が伝わっている。それでじいちゃんに対する想いとこの店に対する想いが千言万語を尽くすよりも伝わる。

「吉川さん。なんでそんな大事なことを今まで…」

「恩返しは黙ってするものです。それに、私が身分を明かしたら、オーナー、義晴さんは、遠慮をなさる。滅私奉公する人間に遠慮や情は要りませんから」

「そうか。それでじいちゃんのレシピのフランス語を解読できたんか」

 難解な謎が解け、吉川の無私の高潔さを知り、今度は俺が驚く番だった。言葉は悪いが野球しか知らない義晴がどうやってじいちゃんの料理を覚え、再現させたのか?「努力」や「気合」だけではどうにもならなかったはずだ。吉川という諸葛亮の智慧と尽力なくして、今日の義晴の成功はない。

「すいません。ここを去るまで明かすつもりはなかったのですが…」

 そうだった。顔の長い眼鏡のお兄ちゃんにはよく遊んでもらったし、失敗した焼きリンゴやカスタードプリンを隠れて食わしてくれた。義晴は物心の付く前だったので、覚えているはずもない。

「私のことはこれくらいにして、食事にしましょう」

 吉川はばつが悪そうに片目を瞑って、キッチンへ踵を返した。 

 

 さっきの達川さんの推薦通り、高級な紅茶のような色合いのコンソメスープは、肉と野菜、特に玉ねぎの甘さがストレートに来るタイプで、具沢山の家庭で作る濁ったタイプのとは異なる。多分、少量シェリー酒を隠し味に使っている。このへんの味のアドヴァイスは吉川によるものだろう。

 スターターのエビとトマトの冷菜とマッシュポテトは店で余るとよく食卓に上っていたので懐かしい。よく冷えたシャブリの白と合う。

「どう?兄さん。これ懐かしい味じゃろ?」

「お前、トマト嫌いじゃったけぇ、ようワシの茶碗に乗せようたろうが」

「その代わり、兄さんのグリンピースはワシが食べてあげとったんで」

「アホ。あんな豆、食いもんじゃなぁわ」

「あはは。『三つ子の魂百まで』じゃのう」

 義晴が呆れたように片頬に笑窪を作って笑うと、「なんか兄弟漫才聞いとるみたい」と奈々も釣られて笑った。

「ホンマに奈々ちゃんは、ガキみとうな兄貴のどこがえかったん?尾道ゆうても若い男の子はえっと(沢山)おるじゃろうに」

「それは…」

「全部って言え、全部」

 俺は奈々の恋人でもないくせに、なんか一寸、悔しいので、冗談っぽく促したが、内気な奈々には少し無茶ぶりが過ぎると思って、咳払いひとつして、「いや。実は、ワシの一目惚れなんよ。四十過ぎると、若い子の柔肌に飢えるもんじゃけぇのう」と心にもないことで咄嗟に取り繕った。奈々を見ると、当然、そんな答えは用意していなかったようで、一難去った後のように軽く深呼吸をした。

「ふーん。要は、兄さんは果報者というわけじゃな」

「うん。逆じゃったら、面白いんじゃけどのう」

「そろそろ、赤に換えますか?タンシチュー出来立てですよ」

「そうじゃね。吉川さん。お願いできる?あ。ワインは折角じゃけん、九十八年のにしょう。ブルゴーニュでええのあったかな?」

「承知です」

 吉川は絶好の頃合いで義晴に声をかけると、去り際、俺の肩をポンと叩いた。その手はものすごく暖かく、俺が奈々を庇ったことを見透かし、男の義務を全うしたことを称えるような父親的な強さと親しさを感じた。

「九十八年ゆうたらフランスワインの当たり年じゃ。義晴。流石じゃのう」

 俺はこれまたじいちゃんの得意料理だった鱸のムニエルを咀嚼しながら、「惜しいのう。ボルドーじゃったら、尚ええのに」と少し意地の悪いことを思いながら、義晴を褒めた。

「いや。取材してくれたお礼に奈々ちゃんと同い年のワインを出そうと思うたんよ。兄さんこそ、なんでヴィンテージに詳しいん?」

「アルザスのワイナリーで三年働いとったけん。厭でも覚えるわ」

「ありゃ?無理矢理覚えさせられた系?でも、すごいじゃない?うちもそろそろソムリエ雇わんといけんって話しとるんよ。吉川さんに負担掛かりすぎとるけぇな」

「私はいいのですが、この頃ではワインにお詳しいお客様も随分と増えましたから」

 吉川が謙遜の笑みを浮かべ、九十八年物のセリエ・ド・ラ・クロワ・ブランシュのレベルを見せて、義晴のワイングラスに注ぎ、義晴は一口舐め、「滑らかでふくよか。ベリー系も少々。奈々ちゃんも好きになるはずじゃ」と頷いた。

「パリのビストロで飲んだことあるけど、流石に九十八年産じゃなかったわ。これそこそこ高いんじゃなぁんか?」

「まぁ、再会を祝したワシの気持ちじゃ。機嫌よう飲んどき」

「おいおい。取材のお礼じゃゆうてなかったか?よいよ調子がええのう」

 一斉に笑いが起きる。

 まるで離散した一家が失った時を一気に取り戻すように、俺は皆を笑わそうとしている。そんなことをしなくても義晴と吉川が合作で復活させたじいちゃんの料理で十分に笑顔になっているというのに、愚兄はあくまで道化者でなくてはならないという強迫観念みたいなものが俺の中にあった。それに、こんな軽口でも叩いていないと、懐かしいじいちゃんの味に泣いてしまうそうだ。

 奈々はその隙に抜け目なくライカを取り出して、ワインとタンシチューの写真を角度を変えながら何枚か撮っていた。このへんの勤勉さは大雑把で楽天的な加奈子よりもキョウジュの血筋を感じる。

「さぁ、うちの一押しのタンシチューじゃ。兄さん。ええおっさんが泣くなよ」

「アホ。泣くか」

 とは言ったものの、一口匙を運ぶと、昔の味にずっと堪えていた涙が一気に溢れた。

 そう。じいちゃんの味、昔の味。

 昭和生まれならばわかってもらえることだと思うが、ラーメンでもカレーでもパンでも野菜でも果物でもいわゆる、平成令和ではない子供の頃食べていた味というものがあるが、俺にとってタンシチューは寸分違わずこの味であり、それ以外のものは「タンシチュー風」なのである。柔らかく煮込まれたタンはほどよい脂分があり、口の中でほどけ、それを追いかけようとしてワインを欲する。しかも、合わせるのは添加物だらけの安ワインではない。マリアージュはエクセレントの上をいく言葉が欲しいくらいだ。

「タミオ。男の子が何泣きよんなら。シチューくらいで」

 確かに、俺の頭の上でコック服を着たじいちゃんが温かく微笑みながら叱ったような気がした。

「兄さん…兄さん」

「おう。今、じいちゃんに『泣くな』ゆうて怒られたところじゃ。しかし、お前、ようここまで完全に再現させたのう」

「約束したじゃろ。つらいこととか淋しいことがあったら『大人になったら、じいちゃんのタンシチューを復活させよう』って」

「それだけじゃ説明がつかんど。吉川さんにも手柄を分けてやれや」

「バレた?」

 義晴は苦笑しながら吉川のほうを見たが、「私はほんの手ほどきをしただけです。義晴さんの努力と情熱が勝ったんですよ」とあくまで黒子に徹する。

「でも、これ、隠し味が一つだけわからないのですが」

 奈々が首を傾げ、遠慮がちに言った。

「あれじゃね」

「あれですね」

「あれって何なん?」

「そりゃ、門外不出よ。なぁ、吉川さん」

「はい。こればっかりわ」

 俺に知る権利があるとはいえ、ここにたどり着くまでの苦労を思えば、「奈々ちゃん知りたがっとるじゃろ」とは言えなかった。


 食後のカプチーノと洋梨のソルベを楽しかった時間の余韻とともに味わっていると、義晴は硬い表情になって、少し発音しにくそうな声で「なぁ、兄さん。これは吉川さんとも相談したことなんじゃけど」と切り出した。

「どしたん?」

「兄さん…」

「怒らんけぇ、ゆうてみ。それとも、奈々ちゃんがおったら言いにくいことか?」

「いや。大事な話じゃけど、おってもろうても構わん」

 奈々には優しい視線を送り、少し酸欠だったのか、一呼吸ついた。

「兄さん。一緒に働く気はないか?」

「何?」

「この店はワシと吉川さんで拵えたもんじゃけど、兄さんの夢でもあったじゃろ?兄さんじゃったら、交渉事が上手いし、語学やワインにも強いけぇ、是非と思うとるんよ」

「それに一応、上海やバンコクで飲食経営しとったけぇの」

「おう!どんぴしゃじゃ!」

 多感な時期に親のいない苦楽を共にした弟からこんな願ってもないことをしかも、向こうから切り出されて、本来なら小躍りして、場にいる全員にキスでもして、天国が降ってきたような、幸福が満ち溢れた気分で感謝を述べ、快諾するだろう。

 しかし、なぜかピンとこないのだ。嬉しくないわけないのに、心の騒めきとかうわつきのようなものが何もなく、極めて冷静だ。

「吉川さんは同意しとるんか?」

「勿論じゃ」

「じゃけどの、ここはお前の城じゃ。ワシは客人に過ぎん」

「兄さん。あんた何を言うとるん?客人じゃのうて身内じゃろ?」

「そうじゃ。身内じゃけん、為にならんってゆうとるんよ」

「わからんな」

「ええか?義晴。ワシは条件吊り上げようとしてわざと綾つけとるんじゃなぁで。何の貢献もしてないワシが『オーナーの兄貴です。以後、ヨロシク』ゆうて横入りしてみぃや、この店は秩序が乱れる。組織が成り立たんようになる。それぐらいのことがわからんお前じゃなかろうが」

「じゃけ、吉川さんは同意の上じゃって」

「吉川さん以外の従業員の方はどう思うんじゃろの?」

「それは…」

 義晴は言葉に詰まった。

 或いは、何か気付きがあったのかもしれない。

 中国でもタイでも同族経営の怠慢と醜態を散々、見てきた俺は「じいちゃんのタンシチューを復活させる」ことと「義晴とビジネスをする」ことは全く別のものとして考えてきたし、義晴が広島では影響力を持ち、誰もが知る有名人だとしても、そのアドヴァンスに頼ったり、利用したりする気もない。弟はあくまで弟なのだ。冷たいと思われるかもしれないが…

「なんぼワシが店に尽くしたところで、鳴り物入りのワシとワシを採用したお前に対する反発がいよいよ強うなって、派閥ができる。悲しいが、人間そんなもんじゃ。そうなったら、吉川さんでもよう調整できんようになる。そうなったらこの店はどうなる?みなまで言わすなや」

 諭しながらも、瘦せ我慢がなかったわけではなかったが、この店に対する吉川の身を粉にした無私の心意気に触れると、俺一人の身の振り方とを天秤にかければどっちが重いかなんて明らかだ。

「人は財産じゃ。お前には身を預けてついてきてくれる人を大事にする義務があるで」

「兄さん」

「タンシチュー。ホンマは二人で作りたかったのう。じゃけど、楽しい夢じゃった」

 俺は何か強い酒が飲みたくなったが、甘いカプチーノを口に含んで、「これでよかったのだ」と頭の中で三回呟いた。

 義晴は何か大きなものを諦めたようなもの悲しさと清々しさが入り混じった表情で「生きて兄さんに会えただけでも幸せじゃというのに、ちいと欲張ってしもうたわ」と自嘲した。

 いや。欲張りなんかではない。情のある身内として当然のことだ。 

 ただ俺は、私利私欲で弟の世界を修羅や空虚にしたくないから、偉そうに兄貴面しただけなのだ。褒められる謂れはないし、批評の対象にもならないだろう。

 ただ気になるのは、奈々が言葉もなく、ぼんやりと俺を見詰めていることだ。

 おっとりしたお嬢様育ちのこの子が時々、違う世界に行ってしまうことは今日一日でよくわかったことだが、戸田恵梨香を彷彿とさせるあの意志の強い目で見詰められると、たじろいでしまいそうになる。何より加奈子を思い出してしまう。

「奈々ちゃん。どしたん?」

 俺が覗き込むと「タミオさん!」とオクターブ上の声で驚いた。元々声か低いのでそれでもソプラノまで行かず、アルトだ。

「ごめん。話、退屈じゃった?」 

「あのう、タミオさんなんか、えーと、つまりですね…」

 赤くなって不自然に慌てだした奈々を見て、「兄さん。結婚式にはちゃんと呼んでぇや。うちの嫁や息子も連れていくけぇ」とアシストし、また絶好のタイミングで吉川が入室してきた。

「藤井惣一郎先生がお見えです。奈々さんをお迎えに来たそうです」

「え?おじいちゃまが?」

「あ。惣一郎先生も贔屓にしてくれとるんよ。ホンマありがたいわ。奈々ちゃん。よう御礼ゆうといてな」

 正直、ワインを飲んでしまった車で来た奈々をどうやって尾道まで連れて帰るか、代車呼ぶのも変な感じだしと食事中、一瞬、思案したが、広島県会議員藤井惣一郎先生がおでましとあらば、悪い虫もつかず、もう何も心配あるまい。多分、吉川が気を利かせて連絡してくれたのだろう。

「よぉ!タミオ君。生きとったか!こないだはクルン飲みそびれたそうじゃのう。いつでも御馳走するけん、また遊びにきんさいや。のう。ガハハハ」

 長身にダブルのスーツを身に纏ったまるで石原慎太郎から知性を取り、豪胆さをマシマシにしたようなこの議員先生がいると場が一気に明るく賑やかになる。

 しかし、このパワフルで剛毅な親父さんと陽気で変わり者のお袋さんからどうやったらキョウジュのような大人しい秀才肌が生まれてくるのか?きっと、尾道七不思議の一つとして語られているに違いない。

「奈々を連れに来たんじゃが、まだ早い時間じゃけん、飲んでいくか。義晴君。ドンペリのピンク持ってきてつかいや。奈々もタミオ君もご相伴しなさい」

「あれ?惣一郎先生。お車では?」

「ええんよ。あとで秘書に取りに来さすけん」

「おじいちゃま。飲みすぎはいけんよ」

「おいおい。『飲みすぎはいけん』って岸田君が国会で決めたんか?まったく、あ奴はロクなもんじゃない。ワシがようゆうて聞かせてやらんといけんのう。ガハハハ」

 この人ならば、一介の県会議員でありながら、一国の総理に意見するくらいのこと本当にするだろうなと思うと「親父さん。ワシも是非、援護射撃やらしてください」などとついつい軽口を叩いてしまう。

 意外なゲストの参入で兄弟水入らずの時間は去ったが、少し気まずくなっていた空気が一掃され、奈々以外の花が何輪も咲いたように明るく。華やかで、発展的な空気がこの場を支配した。



 

 

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