5 宝石をめぐる難題
そして昼をまわる頃、アルバートたちがもどってきた。
アルバートはあいかわらずへらへらした半笑いで、ディレンツァもまたあいかわらずの無表情だったが、それでもルイはなぜか少し安心してしまった。
「思ってたより面倒はなかったよ」アルバートが按配を報告してくる。
「四角四面な手順だけだった」ディレンツァがうなずく。「われわれは単純に遺体の発見者であり、容疑者にはならずに済んだ。やむをえず身分を明かしたせいもあるのかもしれないが、われわれへの追求はほとんどなかった」
「へぇ……」ルイはぽかんとする。「根掘り葉掘り詰問されなかったんだ?」
「うん、なんだかまるで関心がないみたいだったよ」アルバートが少し淋しそうにほほえむ。
ルイはくちびるをすぼめる。「〈鹿の角団〉については?」
「話題にならなかったよ、少しも、ね?」アルバートはディレンツァをみる。
「ああ、くわえてバドやトレヴァについても、トミー同様行方しれずの届出をして済んでしまった」ディレンツァが補足する。「あの様子だと伯爵都に照会がだされるかもあやしい」
「ふぅむ」ルイは腕組みする。
みずからギャング団と標榜していたものの、世間的にはさほど危険因子あつかいではなかったせいか、どうやら保安局としても一大事とはみていないらしい。
町で起こる事件事故のすべてを懸案事項にしていたらもたないということもあるのかもしれないが、少し冷たい気がする。
「――酷なようだが、われわれにとっては二人のことで足どめを喰わないことのほうが肝要かもしれない」ディレンツァが、ルイの内心を見透かしたようにまとめた。
アルバートは無言で海をみつめている。
ルイも白波をみてから、ゆっくり空を仰ぐ。
それから深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
ルイたちは〈はずれの港町〉で立ち往生していた。
草原の国からよその地域に向かうにはふたつのルートしか選択肢がない。
ひとつは内海を渡航する海路で、もうひとつは大陸中央に横臥する〈ひざまずく者の山〉を徒歩でこえていく陸路だった。
一行は沙漠の国から草原の国へと入るとき、砂漠で知り合ったキャラバンに便乗するかたちで陸路をとった。
そのとき〈ひざまずく者の山〉があらゆる危険(たとえば猛獣や怪物、蛮族や悪い精霊たちをはじめとする外敵の存在や、めまぐるしく変化する過酷な気象、油断ならない峻烈な地形や足場の悪さといったもの)の宝庫だったことから、現在草原の国から王都に向かうさいには自然と航路を選択したのである。
潮流にのって内海を通過していけば、〈はずれの港町〉から王都まで、時期によるが二日から四日ほどしかかからないという。
船舶が謎の難破をくりかえすという変事が発生し、勅命により航路が凍結されていなければ、今頃は心地よい海風に吹かれ、陽光を切るようにとぶカモメに手をかざしたりしながら、船旅を満喫できていたかもしれない。
アルバートも似たようなことを思っていたのか、「とにかくもう一度、湾岸事務所にいって事情をうかがってみるしかないよね」とつぶやいた。
ディレンツァは無言のままだったが、それはつまり同意しているのだろう。
ルイを先頭に三人は人けのない港を横切り、高台の湾岸事務所に向けて歩いた。
湾岸事務所は港の安全保障のほか、貿易や渡航船の管理もしており、乗船券の手配もそこでおこなうことになっている。
ルイとアルバートはもう三度目の訪問になるが、以前は航路の封鎖に泡を喰っている商人や旅人、禁漁に舌を巻いている漁業関係者、そのほかもろもろの不便や不平をもらす人々であふれかえっていた。
かれらにまざって乗船交渉をすることを想像しただけでも辟易した。
頼りにならないアルバートはさておき、ディレンツァならなんとかしてくれるのだろうか――砂利まじりの坂道の途中でルイはふりかえる。
「ねぇ、そういえばさ――」ディレンツァの顔をみていたら思い浮かんだのでルイは訊ねる。「さっきちょっと思ったんだけど」
ディレンツァはちらりと視線をあげてルイをみる。
「〈伝説の宝石〉のかけらが、もうすべて〈鹿の角団〉の手中におさまってる可能性ってないの?」
ルイの問いかけに、アルバートが「え!?」と顔をあげた。
アルバートはルイをみて、それからディレンツァをみる。
頚のふりかたが緩慢な羊のようだった。
「そうだな」ディレンツァはゆっくり二度うなずく。
「現在、賊が手に入れた宝石のかけらで、われわれが目にしたものはふたつだ。
〈沙漠の花〉と〈荒城の月〉。そしてバドが賊にうばわれてしまったと推測されるものは、〈湖面の蝶〉になる。
よって、残りは王都に保管されている〈光芒〉、雪の国のどこかにある〈結晶〉、火の国の火山に眠る〈火の鳥〉の三つになる――」
ルイは聞きながら指折り数え、その様子をみながらディレンツァがつづける。
「〈結晶〉については行方不明だといわれているが、〈光芒〉は王都の宝物庫にあり、〈火の鳥〉は活火山において精霊王たる火の鳥がかくしもっているので、ともにありかは判明している」
「精霊王がそのまま宝石の名まえの由来なんだよね?」アルバートがなぜか得意げに口をはさんだ。
「ああ、そういえばそうだったわ。ものによっては所在が明確でも入手困難だってことだったわね」ルイはディレンツァをみる。
「そうだな、王都にはそれ相応の監視態勢があるだろうし、火の鳥は宝石に執着があるようだ。だから、それらを取得するには相当の覚悟をもって臨む必要があるし、万が一成功していたとしたら噂として耳にしていてもおかしくない。〈鹿の角団〉が狙っているということは周知の事実なのだから、王都などは特に警備を厚くしているだろう――」
「そっか……まぁ、やっぱり王都にいけばわかることなのね」
ルイが後頭部で手をくむと、ディレンツァがうなずいた。
三人はふたたび歩きだして湾岸事務所へと向かった。
砂利をかきまぜるような三人の不規則な足音が響く。
ふと顔をあげると、予想どおり湾岸事務所の入口には依然として人だかりができていた。
ルイはその光景に思わずため息をついてしまった。