58 奇蹟の邂逅
開花したつぼみのような躍動感をもって駆けだしたニーナを追いかけて、ルイたちも洞穴のそとへ向かった。
光虫やコウモリが残らず穴外へ飛びだしていってしまったせいもあるのか、みんなが焦燥感を味わっていた。
いま急いでそとにでなければ永久に暗闇に閉じこめられてしまう、そんな気分だった。
しかし、それは興奮をともなっていた。
性急な展開におそらくだれもが意味をつかみ兼ね、理解できないでいる。
それでも胸が昂ぶっていたのである。
そして穴外へでると、全員が口を半開きにしたまま、思わずたちどまった。
ふたつの衝撃に襲われていた。
まず第一に、全員が漁船の甲板にいたのである。
周辺いったいの岩塊や背後にあったはずの崖、洞穴、前方にひろがっていた入り江の光景はきれいにすがたを消して、いつの間にか全員がゆらゆらゆれるマッコーネルの漁船にいたのだった。
洞穴を走りぬけたはずが、船橋からとびだした恰好になったのか?
そういえば、ずっといないことを失念していたが、船首でマッコーネルが堂々と胸をはって立っていた。
しかしそれ以上に、第二の衝撃が大きかった。
ルイたちの頭上に、極大の生物が現れていたのである。
当初は巨大な影でしかなかったが、徐々に目が慣れて視点が合ってくると、それが「生きものの腹」であることがわかった。
たくさんの縦縞が入った大きな腹だった。
ゆらりゆらりと暗雲をかきまぜるようにして夜空を泳ぐそれが、少しだけ身をひるがえすように体勢を動かしたとき、ようやく正体がなんなのかルイも悟った。
「くじらだ!!」すると同時に、アルバートやレナードも叫んだ。
無人島ほどもありそうな膨大なくじらが、たくさんの鳥たちをしたがえて、夜の空を舞っていたのである。
体勢をかたむけたくじらが、アルバートたちの指摘に呼応するみたいに豪快に潮を噴いた。
そのあまりの勢いにベリシアとウェルニックが悲鳴をあげる。
ルイがディレンツァをみると、ディレンツァとジェラルドはけわしい目つきで海面をみつめていた。
その視線のさきには、ニーナがいた。
ニーナは荒々しくうねる波に身をゆだねていたが、溺れているわけではなく、むしろ宙に浮かんでいるみたいにみえた。
突然の風でとばされた綿帽子のようにもみえる。
長い髪はずぶぬれで、うしろすがたは仔馬のようにかよわい印象だったが、必死に前進するすがたには歓喜がみてとれた。
傍観しているだけで嫉妬してしまうぐらいの生への執着がそこにあった。
ルイは口をつぐむ。
ディレンツァと現況の考査をしたいと思っていたが、もうなにも話せなかった。
同情や憐憫や悲哀や嫉妬だけではない多くの感情が、ルイのなかでいりみだれていたが、ニーナが向かうさきに、ひとつの答えがあったのである。
巨大なくじらが噴きだした潮が霧散し、キラキラした光帯になり、らせん状にぐるぐるまわりながら海面へと降りてくるそのなかに、一人の男性がすがたを現したのだ。
男性は濁流をもがきながら泳いでくるニーナに向けて両手をひろげる。
痩せた翳のある顔だちだったが、そのしぐさには愛情があふれていた。
とてもつかれているようにみえる風貌をしていたが、それでも精一杯のほほえみをうかべている。
「エドバルド――」ディレンツァがつぶやいた。
ルイにもそれはわかっていたが、ふしぎとディレンツァの言葉で、それが真実になったような気がした。
そして、それと同時に、ルイの瞳はエドバルドの心理情景へとみちびかれた――。




