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57 超弩級の生きもの

 突然のことだった。


 人魚が唐突に、まるで待ち合わせの時間がきたかのような自然さで、パティたちの目前に躍りあがり、地下水湖へと跳びこむと、そのままトビウオのようにみずうみからみずうみへと跳ねて移動して、出口のほうに向かった。


 パティたちは円陣を組むようにして話し合っていたため、一瞬のできごとに驚き、全員その様子を見送るだけで声を発することさえできなかった。


 パティの肩で、モカが「キィ」と鳴いたことで、アルフォンスがわれにかえり、人魚のあとを追いはじめたので、パティたちもそれにつづいた。


 パティはニーナについて疎明する方法を模索していたが、結局、気持ちや想いをつたえることはとても難しいと気づいただけだった。


 ぞろぞろと列をなして野外にでると、まるで大彗星の接近をともなった星空のように一面が明るく照らされていた。

 洞穴から飛びだしていった発光生物やコウモリの群れが、空に波状的にひろがっていたのである。


 パティはこの世のものとは思えない光景に、まばたきをくりかえす。

 すぐとなりでバレンツエラが呆然と口を開け、すぐうしろでダグラスとステファンが驚嘆の声をあげた。


「珍客到来か――」アルフォンスがつぶやき、パティをちらりとみる。


 パティはしかし、きらめく夜空をみつめたまま、身じろぎひとつできなかった。


 無数の光がうずまく空のまんなか――内海の上空では、稲妻がクモの巣状にあばれている。雷鳴や振動のせいか、頬や腕がびりびりとしびれた。

 右肩のモカが身体をまるめて、パティの頚に手をまわしてくる。


 空にゆがみを感じた。

 不可解な磁場のようなものが、そこに誕生している気がした。

 こわくても目を離すことができない。


「なにあれ――!」ステファンがゆびさす海上に、複数の細長い鳥がいた。


 ダグラスが「カササギか!?」と眉をひそめると、「いや、ちがう――」とバレンツエラがにらむ。


 鳥たちが逆巻く風にのって高く舞いあがり、パティの視界にも入った。

 曲線的なつばさに、長い尾羽、くちばしのなかに……牙?

 そして、長い後肢に三本のするどい鉤爪!?

 パティが知らない鳥だった。そもそも鳥なのか――?


 バレンツエラがうなり声をあげたので、全員の視線が集まる。


「まさか始祖鳥なのか!?」隊長は恐慌ぎみに叫ぶ。


 ダグラスが「うそだろ!?」と奇声をあげるも、目は最大限に見開かれている。

 

 標本や図鑑でしかみたことがない鳥類の祖先の出現に全員が戦慄し、アルフォンスでさえ吐息をもらす。

 天の川のようにかがやくコウモリの大群をぬうようにして、始祖鳥たちが舞っていた。


「ねぇ、これは夢なの!?」とステファンが両手で両耳をおさえるようにしてあたまをふったので、クリーム色の長い髪があばれる。


「おい、崖のうえをみろ!」ダグラスがゆびさしながら語気を荒げる。


 そこには牛、馬、ヤギ、羊、鹿にオオカミ、ハイエナからクマにいたるまでの草食肉食を問わない動物たちが、崖のふちに大小の影法師となって整然とならんでいた。


 そのなかの仔鹿の目を通して――パティは足もとに集まっているリスやねずみ、イタチにうさぎ、たぬき、キツネといった小型の動物たちも確認することができた。


 すべての動物が崖に横並びになり、あごをあげて内海の上空をみつめていた。

 

 動物たちは天敵同士でさえも声ひとつあげることなく、ましてや争うことなど皆無で、神の奇蹟をみた求道者のように落ち着いた目をしている。

 まるで、狂気にとり憑かれた芸術家が彫りあげた石像群みたいだった。


 パティの目は小鹿から馬、馬からクマと視点をかえて、徐々にその全容を捉えていった。

 あまりに厳かで、そして異質な光景であるはずなのに、風になびく大森林のごとく、ごく自然のありかたのようにもみえる。


 視点はやがて、鳥に移った。

 

 陸上からうかがったときにはよくわからなかったが、コマドリ、チドリ、サギ、カワセミ、サンコウチョウ、カモ、ヒヨドリ、ツバメやスズメ、カイツブリにヨタカ、そして白鳥やふくろうにいたるまで、大小さまざまな鳥たちが、光るコウモリにまじって夜空を飛びまわっていた。

 ぱっとみただけでは判別できない鳥も多い。


 雷鳴いりまじる空の鳥の群れに意識を投影していると、パティはだんだん前後不覚になってきた。

 

 パティはその状態について、〈魔導院〉で習っていたから知っていた。

 知的精神作用がめまぐるしい感応変化に追いつかず、動物たちの原始の本能にパティの自我が侵食されつつあるのだ。


 極度の金縛りのような恐怖感に、パティはだれかに助けをもとめたい衝動にかられたが、一度機能してしまった魔法は、おびただしい感情や観念の奔流に呑まれ、まるで濁流で自由をうばわれている小動物のように、もがくどころか指一本動かせそうもなかった。


 バレンツエラたちは、アルフォンスでさえも、目前で起こっている珍異な現象に圧倒され、パティの窮地に気づいていなかったが、瞬間――あいてっ!? 


 モカが右の耳たぶをわりとつよく噛んできたため、パティは催眠麻痺から一気にたちなおった。


 右耳をおさえてびっくりしているパティと目が合うと、小ザルは上空をゆびさした。

 

 すると同時に、まるで一部分がめくれた壁紙を強引にひきちぎったかのような雷鳴が響く。

 空が大きく一度はげしくゆがんだ。

 それはパティがめまいを起こしたのではなく、確かに空間が変動したのだった。


 複雑な波形をえがく稲妻や、大砲のような雷鳴、コウモリたちの光のカーテンもまた、大きな波にのるようにゆらいだようにみえた。

 

 重厚にうずまく空の中心点からは、楕円状の赤い光が放たれている。

 全員が黙って凝視してしまうぐらい、ぶきみなゆらめきだった。


 そして、その直後、道理をくつがえすような迫力をともなって、そこから超弩級の生きものが出現したのだった――。

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