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56 温床としてのにぶい光

 雨風のなか崖をくだり、闇にまぎれて敵連中を尾行してきて、ザウターたちは入り江の大きな岩の陰にしばらくひそんでいた。


 悪魔の口みたいな洞穴のなかで、やつらがなにをしているのかは知らないが、うかつに忍びこむのは気がひけた。


 やがて雨が弱まり、霧雨に代わる。

 それでも連中はでてこない。


 岩陰であくびをしていたティファナに合図をして、ザウターはおそるおそる穴内をのぞくために近づいた。


 内部は一瞬、身を引いてしまうくらいの明るさがあった。


「ホタルの大群みたい!」とザウターの肩にしがみつくようにしてティファナが叫んだことで、光を放射したり、逆に反射したりする虫や動植物が一定数いると、かつて学んだことを思いだした。

 

 理由は捕食のためだったり、異性を誘引するためだったと記憶しているが、この現象がそれに当たるのかはわからない。


「まったく不自然じゃないか」ザウターがつぶやくと、ティファナが両手を組み合わせて「今夜はパーティなんだ!」と勝手にときめいた。「みんな、お招きを受けたんだね!」


「なんだそれは……!?」


 さすがに意味の通じない発言だったので指摘しようとすると、上空からうずまくように気流が押し寄せてきた。

 はげしい風が逆巻く。


 ザウターは嫌な予感にさいなまれ、ティファナのあたまをおさえてかがむ。


「むぎゃぁ」とティファナの抗議が聞こえたが、ザウターの対処はただしく、ほぼ同時に洞穴から気流のようなものが噴きだし、光虫やらコウモリの群れが、空へとかがやきながら放たれていった。

 暗闇の空に、光のつぶが舞う。


「きれいだね!」


 ティファナが起きあがろうとするので、ザウターは首根っこをおさえながら困惑する。


「なにが起きてるんだ!?」


 疑問がつぎからつぎへと湧いてきたが、答えはひとつもない。


 ティファナは風や光にはしゃぐばかりであてにならない。

 暗雲の空は、ごうごうとうなっている。

 人知外のちからをどこかしらに感じた。

 そしてそれは、ザウターの第六感を、ギザギザのガラスで傷つけるように刺激する――。


 しかし「なんじゃ、おまえさんたちは?」と突然、すぐそばから話しかけられて、ザウターは総毛だつほど戦慄した。

 

 思わずティファナを置き去りにして、1メートルほど後方に跳びしりぞいてしまった。


 しかし、よくみると、声をかけてきたのは老人だった。しかも、敵一団が乗っていた漁船の船長である。


 老人はしょぼしょぼした目でまばたきをくりかえし、ザウターとティファナを交互にみている。


 ティファナがにっこりすると、老人もにっこり笑った。

 精神面の遅滞が感じられたため、ザウターは剣にかけた手を離した。


「そういうあなたは何者かな?」


「わし? わしはマッコーネル船長さんじゃないか。伝説の航海士といえば、わしのことじゃろ?」


 敵の一員にはちがいないが、へたに始末すると厄介かもしれない。

 おそらく無害なので放置しておくべきだろう。


「そうでしたか、あなたが高名な――」ザウターは微笑する。

 

 すると、老人は満面の笑みになった。「そう、あの多島海のあばれ竜たちを懲らしめたり、北の捕鯨団の生き残りだったりでおなじみのマッコーネル船長さんじゃて……今夜も狩りじゃよ?」


 やはり痴呆症かもしれない。

 どうやら単独行動らしく、仲間がまわりにいる気配もない。

 適当に流しておけばどこかにいくだろうか――。


「そうか、おまえさんたちも見物にきたのか?」


 すると、マッコーネルが上空をゆびさした。


 つられて見あげると、真っ黒な空一面に、にぶい光のカーテンがかかっていた。

 ザウターは絶句して、一瞬にして恐怖に支配された。


 光のカーテンは波打ち、ぐにゃぐにゃと七色に変化をくりかえしている。

 周辺にはヒカリキノコバエが付着したコウモリの群れが飛び交っている。


 ふと、入り江全体が明るいことに気づき、凝視すると発光生物がたくさん集まってきていた。

 発光性のイソギンチャクやウミホタル、それから夜光虫が無数に集合してきているのである。


 あまりにも異様な光景だった。

 ザウターは手が汗ばみ、両脚が動かせなくなる。

 恐怖が自然への畏怖心のようなものに変わった。


 瞬間――閃光がザウターの両目をとらえる。

 白い光が視界を覆った。

 ザウターはそれによって完全に金縛り状態になってしまう。


 暗い空を、ジグザグに走る稲妻をみたのである。

 放射状に放たれる光が、壁のひびわれのように何本も生まれ、空を引き裂くようにひろがった。

 空の一点から、無数の稲妻が生まれているみたいだった。


 そこから、なにかが出現しようとしている。

 ザウターはその圧倒的な存在感をひしひしと全身で感じて歯噛みする。


 おなじような経験をかつて一度していた。

 ハーマンシュタイン卿とともに沙漠の国を侵略したとき、卿が四大精霊の土の獣を召喚したときのことだった。

 とてもよく似た異様な空気が一帯を占めている。


 しかしそこで、ザウターはティファナの悲鳴を聞いた。

 業火に身を焼かれているかのような、耳をつんざく絶叫だった。


 ァァアァアアアアア!!


 ぎょっとしたザウターがふりかえると、ティファナは仰向けに寝転んで、にぶい光を放っていた。


 のけぞるようにあごがあがり、胸をはっている姿勢で、両手両脚がまるで磔にされたみたいに投げだされている。

 両目は血走り、鳥類のように口を開けて叫んでいた。


 ザウターは息を呑む。

 ティファナの様子は、卿が土の獣を召喚したさいに魔力の温床となり、身体に堆積した強いちからの重圧に耐え忍んでいるときとおなじだったからだ。


 ザウターはわれにかえると、駆け寄ってティファナを抱き起こす。

 

 ティファナは、はげしく身をよじらせて抵抗した。

 腕や胸に血管が浮いていて、ふりあげられた手がザウターの頬を打ったが、ティファナがあまりにも苦しそうだったので胸が痛んだ。

 なぜそうなっているのかわからないから、収めかたがわからないのである。


 マッコーネルはすでに二人には関心をもっていないようで、荒れた空を見あげている。

 

 空は一点を中心にぐるぐる渦巻くように動き、雲と稲光をまきちらしていた。


「来よったぞ――」


 しばらくして、老人がつぶやいた。


 しかしそのとき、洞穴からどやどやと複数の人の声が聞こえた。

 敵一味が穴外にでてくるようだ。


 ザウターは苦悶しているティファナの頚とひざに手をまわし、持ちあげながらたちあがる。

 ティファナの顔をみずからの胸におさえつけ、悲痛な嗚咽をなんとか抑える。


 とにかく岩陰にでも身をかくすのだ。

 いま一人で集団を相手にするのは避けねばならない。


 すると、抱きかかえたティファナを覆っていた魔力の光がふいに消える。

 そして、その直後、ザウターでさえ、自分が錯乱してしまったかと思うぐらい状況が一変した――。

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