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53 人魚の歌の魔力

 海底でニーナの瞳をみつめた人魚の目を通して、多角的で大量の記憶らしきものが視覚的な情報としてとびこんでくる状態に、パティは卒倒しないようつとめるのに必死だった。


 右肩にいるモカがつねに、パティの頬をつまんでひっぱったり、鼻腔にひとさし指をつっこもうとしてきたので、なんとか意識はなくさずに済んだ。


 すると、だれかの手が左肩にふれてパティはびくっとした。


「気を確かに」

 詩人アルフォンスが、パティの目線にあわせてかがみながら、おでこにはりついた前髪をはらってくれた。


 なんだか恥ずかしくて目をあわせることができなかったけれど、詩人はきれいな白い肌をしていた。

 歳をとらないという噂が、まことしやかに語られているけれど、これでマイニエリ師のような老人なのだとしたら、もはや人間だとは思えない。


「稲妻にでも打たれたみたいだったぜ?」ダグラスが笑ったが、顔がややひきつっており、本心から笑っている感じではない。


「こわかったわ。身体が痙攣してたもの!」ステファンも緊張からか、しきりに髪に手櫛をしている。


「なにがどうなったのだ?」バレンツエラがパティをみる。


 しかし、パティは地下水湖をへだてた浮き島の人魚をみた。


 人魚は無表情でパティをみつめている。


 パティは考える――自分は人魚の記憶を読みとった。

 しかし、それにはニーナの思い出もふくまれていた。

 それはどういう意味か……。


 それにパティの魔力解放時、うっすらと影だけみえた小柄の女性は何者なのか……?

 少なくとも面識のある人ではなかった。

 たくさんの視点を移り見すぎたことで、自分が精神的な交錯を起こしただけだろうか……。


 パティは思い悩んだすえ、アルフォンスをみる。


「マティスのなかには、ニーナさんがいます」


 バレンツエラたちは疑問符を顔にうかべたり、不安そうに眉をひそめたが、アルフォンスは片眉を動かしただけだった。

「それは……生き延びてエドバルドを待つために?」


 パティはその問いかけについて思いをめぐらせ、ニーナの意思について考える。

「結果的にそうだったけれど、じっさいは死にたくなかっただけかもしれません……」


 アルフォンスは目を細める。

「そういうことが、起こりえるのか」


 パティは身ぶり手ぶりで説明する。


「ニーナさんが落水して命を落としかけたとき、たまたまその歌に共鳴していたマティスが現れたことで、その意識をマティスの体内にゆだねることができたんじゃないでしょうか。それは精神感応とか思考転移とか、〈魔導院〉ではそんなふうに定義されている魔法の一種です。わ、私の専門分野なんですけど……」


 アルフォンスは腕を組む。

「それはニーナとマティス、どちらの魔法なのだろう。それとも両方の感応なのかな?」


「おそらくマティスではないかと。ニーナはふつうの女性でしたから……」自信なさげに答えるパティの目に、けげんそうにしているダグラスが映る。「そう、人魚は人間というよりやっぱり魚ですし。人魚の歌には昔から魔力があるといいます――」


 マティスはモカがアマリリスを投げつけたときから、おとなしくなっている。

 ニーナの意識や心情がマティスの中枢をつかさどっている可能性はあるだろう。

 

 パティは全員にニーナと人魚の因縁について陳弁したいと思った。

 崖から落ちたことも事故ならば、海中で死にたくないと恐怖したことも、たまたま人魚の身体に同居できたことで生きていきたいと望んだことも、生物としての摂理であり異常なことではない。

 いきあたりばったりの思考なので、むしろ素直ともいえる。


 ニーナはおそらく、エドバルドの死滅の実感がないから、人魚を通して、歌で行方をさがしたいと考えたのだろう。


 人魚はふしぎな魔力をもっている。

 だから、人魚の歌による呼びかけは、エドバルドがどれだけ遠くにいたとしてもとどくのではないか……。

 そんな野心がでてくるのはおかしなことではない。


 人魚ののどを借りた(魔力を帯びた)その歌声が、どれほどの効果をもたらすかなど、魔法使いではないニーナは知るよしもない。


 ニーナはただそうやって、迷子が無作為に助けをもとめるように、ひろい海に歌いつづけただけなのだ。

 それによって、時空を超えた影響がでてくるなど、思いもしないままに――。


 だからニーナをとめるには、理解と包容力が必要にちがいないのだ。

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