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46 無謀さと勇敢さ

 浮き島の女性の気性は荒れっぱなしで、ルイはディレンツァとジェラルドのあいだから、ほぞをかむ思いでその様子をうかがうことしかできなかったが、突如、なんの前触れもなく、まるで稲妻にうたれたかのように女性の身体がはげしく痙攣し、長い髪がびりびりとしびれるようにあばれた。


 やがて、そのふるえがおさまると、女性の怒りは消え去り、ぽかんと口をあけたまま、宙をながめるようにして静止した。


 まるで時がとまっているかのような沈黙がおとずれた。


 女性が連続的に放ちつづけていた嵐のような拒絶の意思は、うそのようにおさまっていた。


 しかし、理由を考えるよりもさきに、ルイは二人のあいだをぬって走りだしていた。


 走りだしたというより、脚が勝手に動いていた。

 ルイにはよくあることだ。

 そしていつもそうであるように、ディレンツァの制止の声がした。


 しかしそれに呼応することはできない。

 衝動に背中を押されるように跳びだしてしまったので、とにかく当初決意したとおり、女性の頬に一発の平手打ちを喰らわせるまではとまれないのである。

 少し腹が立っていたので自制心は余計に働かない。

 

 ルイは水ぎわまで駆けより、そこからうさぎのように跳ねた。


 女性の坐るみずうみの浮き島までは3メートルほどだった。

 たいした幅ではない。

 むしろそのまま跳び蹴りでもしたほうが効率はいいだろう。

 相手が女性なのでそこまでする気はないが――と、案じたルイの思考は無駄に終わる。


 ルイの手も脚も、女性にふれることはできなかったからだ。


 ルイの身体は、女性から1メートルほどまで近づいた宙空で、まるで巨大なくらげにつつまれるようにしてとめられてしまったのである。


 ルイは思わず目を閉じてしまい、いつか〈月の城〉の城主の全身がこんなふうな魔力の障壁になっていたことを思いだす――あのときは否応なしに「城主の世界」に吸収されてしまった。


 そして、ルイの意識はそこまで考えたところで途切れた――。


 唐突に女性の攻撃がやんだことよりも、ルイが脱兎のごとく走りだしたことに面食らったが、ジェラルドは優雅にバレエを踊るように跳ねたルイが、女性に接近したとたんにまぶしい光につつまれて消えてしまったことになにより驚いた。

「どういうことだ!?」


「――花か」ディレンツァが胸に手をあてて呼吸を落ち着かせながら浮き島をにらむ。

 光の盾の魔法は解除されたが、長時間利用したため疲弊しているようだ。


「花?」ジェラルドは眉をしかめる。


 ディレンツァはちらりとジェラルドをみる。

「ユリの花のようなものがみえた。ほんの一瞬だが――」


「それはどういうことだ?」ジェラルドはしかめ面をする。


「私にもわからない。ただその花弁がみえたとたん、あの女性は沈黙した。まるで憤怒の呪縛から解放されたようにおだやかになった――」


 ディレンツァが息をととのえたところで、アルバートたちがおっかなびっくりといったそぶりで追いついてきた。


「ルイはまた消えちゃったの?」アルバートがディレンツァの顔色をうかがう。


「またって?」ベリシアが小首をかしげて腰に手を当てると、「じゃじゃ馬ってことだな。まえにもこんなことがあったって意味だろ?」とレナードが微笑した。


 アルバートは返事に窮して半笑いになる。


 ルイにはトラブルに率先して介入するくせみたいなものがあるのだが、それを説明するのが意外と難しいことに気づいた。

 老婆心や好奇心ではかたづけられないし、野次馬でもなければ悪意でもただの善意でもなさそうだ。


 しかしアルバートが説示しなくとも、全員なんとなく察したのかそれ以上無駄口はきかなかった。

 事態が好転しているのか、あるいは逆なのかがわからないので、ふざけている気分になれないのだろう。

 ウェルニックが祈りのしぐさをした。


 ルイの侵入のせいか、女性はまだ、まばゆい光を発している。


 魔力が解放されている証拠だろうが、ルイはいったいいま、なにを目にしているのだろうか――。


 ルイの無鉄砲さには感嘆するものがある。

 感情がさきだって身体が反応してしまうのだそうだが、ここまでくるとアルバートはその無謀さ(と勇敢さ)をふしぎに思ってしまう。


 そして、いつもおなじ疑問にいきつく……ルイはどうしてアルバートのこんな危険な旅路に随行してくれるのだろう?


 もちろんルイだって、所属していた舞踏団の仲間たちを失っている。

 それでもアルバートには、ルイがアルバートやディレンツァ以上に沙漠の国のこと、あるいは将来のアルバートのことを気にかけているように思える。

 小言が多いことだって、高い理想をもとめることだって、そこに起因しているといえるではないか……。


 アルバートは鼻から息をもらす。

 そして、こんなことを考えるときはいつでも、つぎの展開を待っていることしかできないのだ。


 すると、「まずいかもしれない――」ディレンツァが厳しい目つきで、光のかたまりをにらんだ。「とにかく、近くまでいこう」

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