3 旅の仲間
パティが噴水のへりに腰かけ、小ザルの名まえを思案しながら日光浴をしていると、背後から声をかけられた。
「魔法使い殿かな」
ふりかえると三人の男女がいた。
あいさつをしてきたのは先頭にいる巨漢で、おそらく30過ぎくらいの闘士然としたいでたちの男だった。
針金のような短髪でこわもてだったが、目じりのしわがきわだってみえるほどやわらかに微笑している。
パティはあわててたちあがり、衣服のしわをのばす。「こ、こんにちは」
すると、商店の陳列棚をみるような平坦な顔つきで中庭をみまわしていた(こわもての男の右後方にいた)青年がパティをみる。
「へぇ、ずいぶんかわいらしい娘じゃないか、ねぇ、隊長? 魔法使いなんていうから、もっとしわしわのばあさんかと思ったぜ」
「こら、名乗りもしないうちから、失礼なことをいうな」
やはり先頭の男は隊長だったようだ。
枢機院派遣の調査隊の隊長なのだろう。
「名乗ってから失言してもだめです」隊長の左後方にいる若い女性がすました顔で指摘すると、「そうか、それもそうだな」と隊長は大笑した。
パティがぽかんとしているので女性が隊長を小突くと、隊長はようやく笑いやんで真顔になった。
「私はバレンツエラ、枢機院より遣わされた使節団の長です。以後お見知りおきを」
そして、ゆっくりと騎士風にかしづく。
つづいて後方の二人もそれにならった。
お調子者っぽい青年はダグラス、女性はステファンと名乗った。
こうべをたれたとき、ステファンのクリーム色の長い髪が、陽射しをあびてまるで黄金の河のようにかがやいて、パティは思わずみとれてしまった。
三人が顔をあげると、パティはとりみだしながら「あ、わ、私はパティです。みなさんのことは師からうかがっております。なんなりとお申しつけください」とおじぎをする。
「いいね」とダグラスが右のひとさし指と親指であごをはさみながらパティを観察する。「なんだろう、世慣れてないというか、すれてない感じ……知らない男に話しかけられて赤面する感じ」
得意げなキツネのような目つきだ。
「は?」パティはとまどう。どうも苦手なタイプだった。
「そういう心の声は胸にしまっておかないと避けられちゃうんじゃない? もうておくれなアドバイスでしょうけど」ステファンがあきれ顔をする。
ダグラスはそれでもへらへら笑っている。「なに、それだけ親しみが湧いてるってことだよ。仲良くなれそうってことさ。ねぇ?」
「はぁ」パティは小首をかしげ、ステファンは苦笑する。
「ダグラスはふざけてばかりいるが、もちろんまじめなときもある。嫌わないでやってほしい」バレンツエラがとりつくろうと、「そのフォローが傷つくぜ」とダグラスがのけぞった。
「とりあえず、今回の使節調査団はわれわれ四人ということになる」バレンツエラが鼻息をもらす。「枢機院も人員不足でね、なかなかたいへんなのだよ。そのうえ手がかりもほとんどない状態だから魔法使い殿の存在は非常に頼もしい」
「あ、いや、いえ……」パティは口ごもる。
さらりと重荷を背負わされたような気分だった。
すると、耳もとで小ザルがキキと鳴いた。
三人の視線がパティの右肩に集まる。
「あれ? よくみれば、なんだかすごいのをつれてるな!」ダグラスが驚嘆する。
「ペット? それとも、まさか院生ってことはないわよね?」ステファンが問うと、バレンツエラもかさねる。
「このサル殿も魔法が使えたりするのかな?」
「あ、いえ……」(どうだろう?)
自分もいま師からこの仔をさずかったばかりなんです、とは説明しづらい。
パティは悩んだすえ、「この仔は私の友だちなんです」とあいまいにほほえむ。
「へぇ」と三人が感心する。
そして、思い思いに「そういうこともあるのだろう」というような納得を示した。
パティは頬がひきつらないように気をつける。
「まぁ、あれだな、これで旅の仲間は四人と一匹になったわけだ」すると、ダグラスが手をポンとあわせたのち、「仲間ってことは仲良し。仲良しは友だちの証。友だちの友だちは友だちってことで、言葉が通じてるのかわからないけど、とにかくよろしく頼むぜ、なぁ、おサルさん」と笑いながら小ザルのまるい鼻をなでようとひとさし指をのばす。
しかし、小ザルは思いのほか鋭利な声を「キー!」とあげながら、まるでその指をふりはらうようにひっかいた。
「ぎゃっ! 痛ぇ!」ダグラスが指をふりながら跳びはねて痛がる。「な、なんだか永遠に相容れない野性を垣間見た気がするぜ!?」
そのさまが滑稽で、全員が笑った。
それからとるものとりあえず準備をして、一行は〈魔導院〉をあとにした。
パティの初出向ということでフリーダたちが門に集まって見送りをしてくれた。
セルウェイが手をたたき声をあげて派手に盛りあげたため、パティは頬が赤くなるほど気恥ずかしかったが、フリーダに「元気でもどってきてね、あなたが好きな甘めのホットチョコレートを用意して待ってるから!」と手をとってもらうと勇気が湧いた。
遠くから吹いてきている晩春の風に背中を押されるようにして、パティたちは内海の西湾岸に向かって旅立った。