29 発見する大ザルと小ザル
パティたちの進路は舗装こそされていなかったが、馬車なども通れるぐらい幅員もひろく、草が刈りとられ、小石なども取り除かれ、なるべく平坦になるよう労力が割かれているため、歩くことの困難さはなかった。
ついでに一本道であり、迷子になる懸念もなかったため、足どりもかるい。
曇天ながら雨がふるわけでもなく、野獣や盗賊、背中に羽根のはえた陽気な妖精や、旅人にいたずらする緑衣の小人の出現もなかった。
おなじ水の国でも湖沼地域になると、案内役なしに行動するのは危険だというから、とりたてて難事がないのは幸いだった。
しかも道すがら、ダグラスが軽口をたたいておどけ、ステファンやモカがそれにやりかえすといった展開がずっとつづいていたため、パティも笑いっぱなしで、どちらかといえばはしゃぎつかれるといった始末だった。
三人と一匹のおどけた陽気な群れに、むしろ他者は近寄り難かったかもしれない。
「そういえば、パティって水の国の出身なんでしょ?」ステファンがふりかえる。「このへんのことは知らなかったの?」
パティは急にみんなの視線が集まったのでどぎまぎする。「あ、ええ、私はどちらかといえば山間部のほうだったので、こちらの海辺はおろか、湖水地方にもあまり行ったことはないです。故郷をでて、そのまま〈魔導院〉に直行だったので……」
「いいね、いいよ、その都会のしがらみで、すれてない感じ!」ダグラスが親指をたてる。瞬間モカが長い腕をのばし、鋭利な爪でその指をひっかいた。「あ、いてぇ」
「でもほんとうに自然児なのね。山や森で育って、しかも動物と会話できるって、なんていうか、それを魔法といわずしてなにをいわんやって感じ」
ステファンが小ザルとパティを交互にみる。
「高原や森は好きでしたよ。紅葉とかきれいですしね。いろんな色になるんです、山が」パティはうっとり回想する。「でも、動物たちとは会話ができるわけじゃないんですよ。言葉で話すわけではないので」
ステファンが微笑する。「意思疎通ができるって意味なら、おなじじゃない?」
「うーん、相互理解っていうわけでもないので」パティは苦笑いする。「なんていうか、察するみたいなもので、たぶん私の解釈がまちがってる場合もあるんですよ。それに応じて、相手が私の意図をくんでくれることもありますけど」
「それにしても特殊能力だよ」ダグラスが鼻の下をのばす。「王都の中枢にいけば、パティは出世できそうだな」
「腹黒い動物がいっぱいだから?」とステファンもほほえむ。
笑っていいものかわからず、とまどっていると、モカがパティの頸にふさふさの腕をまわしてきた。
「そういえば、王都のマナティを相手にみたような、まぼろしみたいのはもうみないの?」ステファンがつづける。「あれも自然なり動物なりのメッセージみたいなものなんでしょ?」
「そうですね……」パティはもじもじする。「そもそも確かなものではないので……」
助っ人あつかいである以上、頼りにされるのはよろこばしいことだが、みずからの能力に確信がともなわないのはつらいところである。
「まぁいいってことよ。パティさまのやんごとなきおみちびきはヒントぐらいで充分さ。あとは、人魚の資料館の若くて美人なお手伝いさんが解決してくれるって! な!?」
ダグラスが急に声をはる。
気づかいかもしれないが、発言内容に問題がありすぎなので、全員の視線が冷たかった。
そこから40分ほども歩くと、だいぶ視界が開けて、遠くに資料館とおぼしき建物がみえた。
まわりに淡緑の粉をまぶしたみたいに、それほど長くない丈のみどりが生えており、初めてみる風景なのに、どこかなつかしい雰囲気をかもしだしていた。
建物の向こうは勾配が若干あがっており、つきあたりは断崖のようだ。
崖付近はごつごつした岩山のようになっており、傾斜のせいか角度的に海はうかがえない。
晴れていれば、絶景かもしれない。
「想像とちがって、ずいぶんかわいいわね。画家のアトリエとか、そんなたたずまい」ステファンが声をはずませたので、パティも同意する。「資料館っていうと、うす暗いとか、雑然としてほこりが積もってそうなイメージですもんね」
「外観がかわいいかどうかなんてどうでもいいぜ? 問題は中身だろ、てか中の人だろ?」ダグラスがのたまった。
「どうせなら誤情報だったらいいのに、若くてきれいなってところが――あのばかが絶望して、うちひしがれるさまをみて、嘲笑いたいわ」とステファンが耳打ちしてきて、パティは思わず噴きだした。
しかしその期待もむなしく、建物の近くまできたところで、ちょうどドアを開けて、助手らしき女性がでてきた。
地味な服装ながら可憐な顔つきで、バナナ型のかごバッグを右腕に通して持つすがたがさまになっている。
ステファンの舌打ちが聞こえると同時に、「当たりだ!」とダグラスが猛スピードで駆けだしていってしまった。
「むむ」とステファンがくちびるをかむ。「まずい、事件が起きるわ。隊長が合流するまえにひと悶着あったなんていったら大問題よ――とめないと!」そして追いかける。
「あ、あ、はい――」パティもあわててしたがう。
すでにダグラスは、助手にまとわりつくように接して困惑させている。
まるで樹枝にからみつく蛇のようだ。笑顔で気さくに話しかけているようだが、おそらく卑しい下心がつたわっているにちがいない。
明らかに助手の腰がひけている。
危機だ。
しかし、パティが現場に到着寸前にところで――突然、髪の一部をひっぱられる。
驚いて、たちどまってしまった。
「なに、どうしたの!?」犯人はモカだったが、パティが少し怒りながら訊ねると、右肩からぴょんととびおりてしまう。
そして、かえりみることなくスタスタと走りだしてしまった。
「あ、ちょっと……!?」パティは眉をしかめて、現場と小ザルを交互にみる。
どちらのほうが心配かということを考えた結果、パティはモカについていくことにした。
モカを小ザル、ダグラスを大ザルとした場合、すぐにいざこざなり悶着なりを起こしそうな大ザルの面倒は、ステファンがみる(むしろステファンでなければみられない)感じになっているのでそれでいいだろう。
周辺は厳重警戒しなければいけないような地域ではなさそうなので、それほど憂慮することもないのかもしれないが、モカは少し変わってはいてもやはり小動物なので、とんび一羽にも気をつけなければならない存在なのだ。
「ステファンさーん! 私はちょっと、そこらへんをみてから合流しまーす!」と離脱したパティが叫ぶと、ステファンがいったんたちどまる。「え!? なんで!?」
「あの、モカが走っていっちゃったんで――」と、ありのままを説明したものの、なんだか恥ずかしい。
ステファンは複雑な表情をうかべ、「あなたも気をつけなさいよ? 散歩日和でもないんだし」と忠告したが、「はい、すぐもどります」とパティが応えると、ウィンクをかえして現場に向かった。
最後にダグラスにとび蹴りをするステファンがみえた。
パティはきびすをかえしてモカを追いかける。
小ザルはすでにだいぶ走り去っており、生い茂るひざ丈ぐらいの草原に、あたまだけがちらほらみえかくれしていた。
なにかみつけたのかな――?




