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23 厳粛な演奏会場

 ルイたちは階段をおりて、さらに下階に入った。


 ぎしぎしと板音がはずんでも、それに呼応して怪物がとびだしてくるようなこともないので、それほど気にならなくなってきた。


 そもそも客室で話しこんで以降、なんとなく気持ちに余裕ができて、ルイが収納にあった婦人用ドレスをひろげて「すごいくびれじゃない、これ?」と吟味したり、レナードが通路に置かれている半裸の女神像のポーズを真似て笑いをさそったりと、状況を半ばおもしろがることができるようになっていた。


 ふたたび通路がひらけると、一瞥しただけでは最初の階と区別がつかないぐらい似たような光景だった。


 点々と灯されたランプも、つきあたりまできれいに違和感なく配置されている。


「さっきとおなじで、だいたいがお客さんの部屋かしらね」ルイが思いつきを話すと、「多少は船員関係の部屋もあるだろうが、最下層以外は客室が多いだろうな」とディレンツァが同意した。「船長室なんかは甲板にべつの入口があったのかもしれない」


「一般の客室はこのさいパスしてみるってのはどうかね?」レナードが片眉をあげる。


 確かにかくれんぼをしているわけではない。

 すがたを現さないだれかを追いかけているわけでもないのだ。

 しかしだからこそ、細部をしっかり確認しなければいけない気もする。

 大雑把に行動するのは、探索していないのと変わらないのではないか。


 ルイはディレンツァをみる。

 目が合ったが、ディレンツァは口を開かなかった。


 くちびるをすぼめたルイは、ふと階段裏手に、豪奢な装飾がほどこされた大きめの扉があることに気づく。


「まァ、大きな部屋だから、なにか手がかりがあるっていうわけじゃないんでしょうけど、とりあえずそこに立派な扉があるから入ってみましょうか――」


 提案しながらルイはすでに歩きだし、ためらうことなく扉を開けた。


 警戒心はどこへやらだったが、ディレンツァたちも黙ってついてきた。


「わぁ」ルイは感嘆して両手を合わせる。


 そこはどうやら演奏会場だった。


 舞台の構造からみると、多目的ホールともいえるかもしれないが、ルイはステージ上の演者席に置かれている楽器郡に目をうばわれたのだ。


 ピアノをはじめ弦楽器、管楽器がならんでいる。

 目についたホルンが舞台照明を反射してきらめいた。


「おお」レナードの声が残響する。「ずいぶん広いな」


 最前列には特別あつらえといった客席がならんでおり、すべての客席を利用すれば60から80人くらいは坐れるだろうか。


 ルイはなんとなく気分がはずみ、風の妖精のようにふわふわと舞台まで駆けていく。

 レナードは微笑してディレンツァをみたが、ディレンツァは表情ひとつ変えなかった。


 舞台上には大小さまざまの高価な照明装置が設置されており、肌が熱を感じるくらい照らされていた。

 ピアノのほかに、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン、そのほか弦楽五部などが用意されている。


 演者がいれば、すぐにでもコンサートが開催できそうだ。

 そこから客席をふりかえると、暗い客席のあいだをレナードとディレンツァの影法師が歩いてくるのがみえた。


 レナードがなぜかルイに手をふる。

 ルイが反応すべきか迷って躊躇していると、レナードはうれしそうに笑った。どうも調子が狂う。


「まったくもってそつがない。一生に一度はこんな船で旅をしてもいいと思える船だな」レナードが笑ったままフルートの演者席に腰かける。「ふところに余裕があれば」


「行方不明にならないで済むならだけどね」ルイが指揮台にのぼる。


「そこが問題だよなァ。もとからいなかったのか、どっかに消えちゃったのか……」レナードがあごをなでる。「危険な気配はまるでしないんだが――」


 ふしぎなことや謎の事故が多発するような「魔の海域」といわれるようなところもなくはないだろうが、内海がそれに該当するとは思えない。

 そんな箇所があるとしても、潮流の交差等の要因でかたづきそうである。

 そもそも昔から航路も多いし、漁場もあるのだ。


 突然、キンと音が響いた。


 みると、ディレンツァがピアノのまえに立って、鍵盤に手をのばしている。

 舞台照明のもとにいるため、ディレンツァの表情はよくわからない。

 どこか厳粛な雰囲気だった。


「お、リクエストすればいいのかい?」

 

 レナードが腕組みしたが、ディレンツァは黙って鍵盤をみつめている。


「弾けるの?」ルイも訊ねたが、ディレンツァは返事をしなかった。


 ルイとレナードが無言で見守るなか、ディレンツァはそのまま左手で低い根音をきざみ、右手で装飾音のような旋律を奏でた。


 まるで夜空できらめく星々のように幻想的な高声部だった。

 ルイもレナードもすっかり聴き入る。


 途中まで弾いたところで、ディレンツァが手をとめる。「専門はビオラだがね……沙漠の国の軍楽団にも所属していた。ちなみに、これはわりと有名な練習曲だ」


「へぇ、すごいすごい」ルイは手を合わせる。「意外な特技!」


「ルイは踊り娘だったよな、器楽はしないのかい?」レナードが椅子に深く坐り、脚を組む。


「ん?」ルイは合わせた手を掲げる。「そうね、もっぱら身体を動かすほうね。声楽はきらいじゃないけれど――」


 すると、ディレンツァが曲のつづきをはじめた。


 ひとつひとつの音が宙を舞うようにただよい、なだらかな軌道を描いたのち、風にあおられたように跳ねあがり、やがてやわらかな余韻を残して完結した。


 美しい曲だったが、どこか内省的でもあり、まぶたを閉じて終盤を聴いたルイは、なんとなく雪のふる夜を想像した。


 最後の音符が宙に消えたのち、ルイは目を開ける。


 しかし、拍手をしようと両手を開いたとたん――背後から強烈な殺気を感じた。


「ルイ、ふせろ!!」とディレンツァが警句を叫ぶ。


 ルイの全身が総毛だった。

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