20 待機組と捜索組
船内は思いのほか静かだった。
波かなにかでときどきかたむくときだけ、船体がきしむ音をたてるだけだった。
ルイたちが巨大帆船に乗りこみ、内部への階段を降りはじめると、もともと物音がほとんどない状況だったが、潮風さえなくなったため、すっかり静寂につつまれた。
階段に赤い絨毯がしかれ、金細工のランプが飾りつけられ、踊り場には彫刻のようなオブジェもあった。
前時代的で古めかしい帆船だったが、内装には傷みもよごれも見当たらない。
階段を降りたさきで、扉を経て、30平方メートルはあろうかという広間がひろがった。
天井には豪華なシャンデリアがあり、ゆらゆらと灯がともっている。
ラウンジにちがいない。
そばに受付台があり、中央にはテーブルやソファがならんでいて、奥まったところにバー・カウンターもあれば別室への扉もあった。
しかし、見渡すかぎりだれもいないし、潜んでいる気配もない。
そのせいで、ぶきみだった。
タキシードで着飾った骸骨の給仕でも現れたほうが、まだましに思える。
「ダンスパーティ会場みたいなムードなのにな」レナードが冗談めかす。
モレロがいればケケと反応しただろうが、だれも愛想笑いさえしない。
「……とにかく、ここを拠点としよう」ジェラルドが部屋全体を観察したのち判断する。
「大きなソファがあるから好都合ね」ベリシアが同意する。
船酔いでのびてしまったアルバートのことを指しているのだ。
いつまでもウェルニックのお荷物になっているわけにはいかない。
ルイは気恥ずかしさをおぼえる。
解散の号令がでると、全員が思い思いに行動する。
マッコーネル船長はソファに腰かけ、パイプをとりだして一服しはじめた。
ウェルニックはバー・カウンターのそばの四人がけソファにアルバートを横たえる。
おろされるとき王子は「ぐふぅ」とか不可解な声で鳴いた。
ベリシアはカウンターに入る。「水とかないかしら?」
それにつづいたレナードが声を張る。「お、水どころか酒まであるぞ!?」
「どうみても旅行客船っぽいわよね、お金持ち専用って感じだけど――」
ルイの指摘に、全員が当初の疑問にたちかえる。
船員や乗客はどこへいったのだろうか――?
もともといなかったとは考えづらい。「なにかのトラブルに遭ったのかしらね」
「そもそも乗客の存否だけが問題なのか、よくわからないが……」ジェラルドの返事に、ルイもうなずく。
ベリシアが水嚢をつくってきて、アルバートのひたいにあてがった。
(そんなに甘やかすことないのに――)ルイはむっとする。
苦悶していたアルバートはそのおかげで、昼寝しているのら猫のようなやわらいだ表情になった。
あまりよく聞きとれない奇妙なうわごともとまる。
それをみて、ウェルニックがにんまりと善良そうにほほえんだ。
ジェラルドがディレンツァをみる。「船内はひろく、部屋数も多いうえ、船内構造は把握できていない。くわえてこの船自体の謎は想像しがたいものだ。敵がいるにしても対象を特定しづらい」両者ともにポーカーフェイスだ。「やはり全員でかたまって行動するのは得策ではない。ここで待機する組と探索する組に分けるべきだろうな」
ディレンツァが首肯する。「ここを拠点にするからといって、ここが安全とはかぎらないので、組の人数は均等にするほうがいい」
「人数よりも戦力じゃないかね?」レナードが会話に入る。
いつの間にかブランデーのグラスをもっている。
「仮に敵がいたとして、どういう相手かも特定できないのだから、それに対する戦力を均一に分配するのは難しいだろう」ディレンツァが応え、ジェラルドが微笑する。「そもそも少数精鋭だからな」
レナードは返事の代わりにグラスをあおる。
「私は探検隊のほうがいいわ。じっとしてるのは性にあわないから」ルイが挙手する。
「勇ましいね。惚れちまいそうだ」レナードがウィンクする。
ベリシアがけげんそうに目を細めてから前髪のほつれをなおす。「私はここに残る。アルバート王子の看病もあるし、そもそも幽霊船をそぞろ歩くなんてごめんだわ……ていうかあなた、ここの飲食物が安全かわからないうちに、ほいほい手をつけてだいじょうぶなわけ?」
「オレの舌は異常なしと告げているよ」レナードはグラスで乾杯のしぐさをする。
「あなたのあたまもそうならいいんだけどね」ベリシアが皮肉をいう。
「私はいかようにでも」ウェルニックはジェラルドをみて、いかにも敬虔な信仰者らしい祈りのしぐさをする。
石灰岩の彫像のように画になっているが、信仰のないルイには違和感のある光景だった。
ジェラルドがディレンツァをみる。「私と宰相殿は分かれるべきだろうな」
ディレンツァは目で同意した。
ジェラルドとディレンツァは感性や経験値、役割といったものが似ているので、そのほうがいいだろう。
ルイはジェラルドの実戦的な能力は知らないが、親衛隊の心酔ぶりからして信頼できるものなのだろう。
戦力的にも分散するほうがいいにちがいない。
あとはどちらがどちらの組になるかだが、二人とも思案しているようで結論がなかなかでない。
じれったいのでルイが提案する。「ねぇ、私が探検隊なんだから、ディレンツァがこっちっていうのはどうかしら? 私もそのほうが慣れてるし」そのまま全員を見まわす。「それにたぶん、船内をうろうろするほうが基本的にはあぶないんだろうから、ジェラルド王子は参加を避けたほうがいいと思うの」
ディレンツァがわずかにうなずく。「危険性はさほど変わらないだろうが、前者の意見には賛成だ」
「――それでいいだろうか?」ジェラルドが全体に問うと、レナードとウェルニックが目くばせをし合って、「じゃあ、オレはルイ嬢をエスコートさせてもらうぜ」とレナードがグラスの残りを一気にあおり、ウェルニックは満面の笑みをうかべた。「私はここに残って二人の王子の盾になりましょう」
結果、探索組はディレンツァ、ルイ、レナードとなり、待機組がジェラルド、ベリシア、ウェルニック、マッコーネル船長、そして寝ているアルバートとなった。
ラウンジからでていくとき、ちらりとうかがってみたが、アルバートは安らかに眠っているままだった。ルイは深いため息をついた。
レナードが目ざとくそれに気づき、「どうした? 心配かい?」とからかってきた。
「ええ、あなたが思っているのとはちがう意味でね」ルイは挑発にのらずに、手をひらひらふる。そのゆれはまるで蝶々のようだった。