表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/71

20 待機組と捜索組

 船内は思いのほか静かだった。

 波かなにかでときどきかたむくときだけ、船体がきしむ音をたてるだけだった。


 ルイたちが巨大帆船に乗りこみ、内部への階段を降りはじめると、もともと物音がほとんどない状況だったが、潮風さえなくなったため、すっかり静寂につつまれた。


 階段に赤い絨毯がしかれ、金細工のランプが飾りつけられ、踊り場には彫刻のようなオブジェもあった。

 前時代的で古めかしい帆船だったが、内装には傷みもよごれも見当たらない。


 階段を降りたさきで、扉を経て、30平方メートルはあろうかという広間がひろがった。


 天井には豪華なシャンデリアがあり、ゆらゆらと灯がともっている。


 ラウンジにちがいない。

 そばに受付台があり、中央にはテーブルやソファがならんでいて、奥まったところにバー・カウンターもあれば別室への扉もあった。


 しかし、見渡すかぎりだれもいないし、潜んでいる気配もない。

 そのせいで、ぶきみだった。

 タキシードで着飾った骸骨の給仕でも現れたほうが、まだましに思える。


「ダンスパーティ会場みたいなムードなのにな」レナードが冗談めかす。


 モレロがいればケケと反応しただろうが、だれも愛想笑いさえしない。


「……とにかく、ここを拠点としよう」ジェラルドが部屋全体を観察したのち判断する。


「大きなソファがあるから好都合ね」ベリシアが同意する。


 船酔いでのびてしまったアルバートのことを指しているのだ。

 いつまでもウェルニックのお荷物になっているわけにはいかない。

 ルイは気恥ずかしさをおぼえる。


 解散の号令がでると、全員が思い思いに行動する。


 マッコーネル船長はソファに腰かけ、パイプをとりだして一服しはじめた。


 ウェルニックはバー・カウンターのそばの四人がけソファにアルバートを横たえる。

 おろされるとき王子は「ぐふぅ」とか不可解な声で鳴いた。


 ベリシアはカウンターに入る。「水とかないかしら?」


 それにつづいたレナードが声を張る。「お、水どころか酒まであるぞ!?」


「どうみても旅行客船っぽいわよね、お金持ち専用って感じだけど――」

 ルイの指摘に、全員が当初の疑問にたちかえる。


 船員や乗客はどこへいったのだろうか――?


 もともといなかったとは考えづらい。「なにかのトラブルに遭ったのかしらね」

「そもそも乗客の存否だけが問題なのか、よくわからないが……」ジェラルドの返事に、ルイもうなずく。


 ベリシアが水嚢をつくってきて、アルバートのひたいにあてがった。


(そんなに甘やかすことないのに――)ルイはむっとする。


 苦悶していたアルバートはそのおかげで、昼寝しているのら猫のようなやわらいだ表情になった。

 あまりよく聞きとれない奇妙なうわごともとまる。

 それをみて、ウェルニックがにんまりと善良そうにほほえんだ。


 ジェラルドがディレンツァをみる。「船内はひろく、部屋数も多いうえ、船内構造は把握できていない。くわえてこの船自体の謎は想像しがたいものだ。敵がいるにしても対象を特定しづらい」両者ともにポーカーフェイスだ。「やはり全員でかたまって行動するのは得策ではない。ここで待機する組と探索する組に分けるべきだろうな」


 ディレンツァが首肯する。「ここを拠点にするからといって、ここが安全とはかぎらないので、組の人数は均等にするほうがいい」


「人数よりも戦力じゃないかね?」レナードが会話に入る。

 いつの間にかブランデーのグラスをもっている。


「仮に敵がいたとして、どういう相手かも特定できないのだから、それに対する戦力を均一に分配するのは難しいだろう」ディレンツァが応え、ジェラルドが微笑する。「そもそも少数精鋭だからな」

 

 レナードは返事の代わりにグラスをあおる。


「私は探検隊のほうがいいわ。じっとしてるのは性にあわないから」ルイが挙手する。


「勇ましいね。惚れちまいそうだ」レナードがウィンクする。


 ベリシアがけげんそうに目を細めてから前髪のほつれをなおす。「私はここに残る。アルバート王子の看病もあるし、そもそも幽霊船をそぞろ歩くなんてごめんだわ……ていうかあなた、ここの飲食物が安全かわからないうちに、ほいほい手をつけてだいじょうぶなわけ?」


「オレの舌は異常なしと告げているよ」レナードはグラスで乾杯のしぐさをする。


「あなたのあたまもそうならいいんだけどね」ベリシアが皮肉をいう。


「私はいかようにでも」ウェルニックはジェラルドをみて、いかにも敬虔な信仰者らしい祈りのしぐさをする。

 石灰岩の彫像のように画になっているが、信仰のないルイには違和感のある光景だった。


 ジェラルドがディレンツァをみる。「私と宰相殿は分かれるべきだろうな」


 ディレンツァは目で同意した。

 ジェラルドとディレンツァは感性や経験値、役割といったものが似ているので、そのほうがいいだろう。


 ルイはジェラルドの実戦的な能力は知らないが、親衛隊の心酔ぶりからして信頼できるものなのだろう。

 戦力的にも分散するほうがいいにちがいない。

 あとはどちらがどちらの組になるかだが、二人とも思案しているようで結論がなかなかでない。


 じれったいのでルイが提案する。「ねぇ、私が探検隊なんだから、ディレンツァがこっちっていうのはどうかしら? 私もそのほうが慣れてるし」そのまま全員を見まわす。「それにたぶん、船内をうろうろするほうが基本的にはあぶないんだろうから、ジェラルド王子は参加を避けたほうがいいと思うの」


 ディレンツァがわずかにうなずく。「危険性はさほど変わらないだろうが、前者の意見には賛成だ」


「――それでいいだろうか?」ジェラルドが全体に問うと、レナードとウェルニックが目くばせをし合って、「じゃあ、オレはルイ嬢をエスコートさせてもらうぜ」とレナードがグラスの残りを一気にあおり、ウェルニックは満面の笑みをうかべた。「私はここに残って二人の王子の盾になりましょう」


 結果、探索組はディレンツァ、ルイ、レナードとなり、待機組がジェラルド、ベリシア、ウェルニック、マッコーネル船長、そして寝ているアルバートとなった。


 ラウンジからでていくとき、ちらりとうかがってみたが、アルバートは安らかに眠っているままだった。ルイは深いため息をついた。


 レナードが目ざとくそれに気づき、「どうした? 心配かい?」とからかってきた。


「ええ、あなたが思っているのとはちがう意味でね」ルイは挑発にのらずに、手をひらひらふる。そのゆれはまるで蝶々のようだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ