16 なんらかのみえざる手
異様な巨大帆船の登場に戦慄したものの、即座に攻撃を受けるといったようなこともなく、ザウターとティファナが乗る小型ボートもまた、みえざる手でひきよせられるように帆船の横腹に近づいていった。
ザウターは海面下で先導してくれていた(ティファナの召喚した)幻獣シャチの様子をうかがう。
シャチの動きはまるで流木のようにとまっている。
麻痺しているかのようだ。
ザウターは眠っているティファナをゆり起こす。
召喚魔法で疲労していることはわかっていたが、今後どうなるかわからない状況では寝ているのも危険だろう。
ティファナは全身をふるわせてから、顔じゅうの表情筋をしかめてうなり、手脚をちからづよく伸ばして覚醒した。
「ふわぁああ――」
そして、身体と魂の居場所を合致させるかのように、ぶるぶると身ぶるいした。
深い眠りだったらしい。
「すまないが、寝ている場合でもなさそうだ」
ザウターがとりつくろっても、「あれ、歌? ん? 夢?」とティファナはまだ夢に足をつっこんでいるようだ。
「あれ? なんだかおっきな船があるね?」
目玉がつぶれるのではないかというほどまぶたを押さえたのち、ティファナがようやく帆船に気づき、目をぱちくりさせる。
「ああ、このボートもあれにひきよせられている気がする。シャチは問題ないか?」
ザウターの問いに、ティファナはゆっくりひざ立ちになり、前傾姿勢になって水中をのぞきこむ。
ザウターからすると、おしりをつきだしたかっこうになった。
そのまま前のめりに落水してしまうのではないかと心配になる。
「シャチ先輩、だいじょうぶ?」
ティファナの呼びかけにも、幻獣シャチは反応しなかった。
ちなみに召喚したとき、ティファナの命令には、海面から跳ねあがる勢いで応じていた。
「うーん? 眠たくなったのかな?」
「そんなことあるのか?」
「――私も眠たくなっちゃうくらいだしねぇ」ティファナは大きくあくびをする。
やがて小型ボートもまた、帆船の左舷にみちびかれた。
敵一味の漁船が停泊していた。
ちょうどそのうしろに到着する。
幸い漁船に人の気配はなかった。
よくみると、巨大帆船の甲板から縄ばしごがたれてきている。
どうやら連中は帆船にのりこんだようだ。
ザウターは人喰い虎が身を低くして風を読むように注意深く、帆船の甲板を観察したが、殺気もなければ、人の気配も感じられない。
耳鳴りがしてきそうなほどの沈黙につつまれている。
「オレたちも乗りこむぞ――ボートはシャチにつないだままにして、漁船のうしろに待機させるんだ」
しばらくしてザウターが決断すると、ティファナは「おでかけだね?」と子どもの笑顔になった。