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15 無音のひとつの魂

 帆船の甲板まであがると、全員が思い思いの方向を観察する。

 あいかわらず霧深く、静まりかえっており、物音ひとつしない状況だった。


 手すりから海を見下ろしても、遠くをみつめても、霧のせいでこれといってなにもうかがえないので、ルイはほかのみんなとともに、漁船と帆船をつなぐためにロープを結んでいるレナードを見守る。

 マッコーネル船長も空気を読んでいるのか、夢想にでもひたっているのか、ぼんやりたたずんでいた。


「いきなり湾曲刀をもった海賊にかこまれるとか、骸骨戦士の群れが襲いかかってくるとかみたいな、そんな荒れた展開はなかったな」モレロがケタケタ笑う。

 まるでドクロが笑っているみたいだった。


「そうなってほしいのかよ?」レナードが二重巻き結びをしながら口角をあげると、「物騒なことをいわない」とウェルニックも諭した。


「わかりやすいほうがいいぜ、なにごとも!」モレロが抗議した。


 そのとおりだったのでみんなが黙る。


 遊歩甲板から舳さきのほうや船尾の奥行きなどは、はっきりとはうかがえなかった。

 マストが樹林のようにかさなって複数本立っているほか、大小のコンテナがたくさんならんでいたり、段差があったり、船道具などが雑多としていることもあるが、なによりあまりにひろかった。

 甲板全体だけでも、同時に三種類ぐらいのダンスパーティが開けるかもしれない。


「しかし、落ち着いたもんだな。これだけ無音だと逆に不安になるぜ」

 レナードがつぶやくと、船上は余計にひっそり静まりかえったような気さえする。


 波のゆれで、木造の船体が関節のきしみのような音をたまにたてるだけだった。

 ベリシアがみずからの両腕をさする。


「さて、どうするか――」ジェラルドが発案をうながした。


 なにも起こらない以上、なにかしら行動を起こすしかない。


「とりあえずアルバート王子をどこかに寝かせたいですね」ウェルニックが発言する。


 呼応するように背中のアルバートがむにゃりと寝言をつぶやいた。

 

 顔が羊のようにおだやかで、なぜか幸せそうなのがルイの勘にさわる。「そこらへんに横たえておけばいいんじゃない? 邪魔なら踏んづけたってだいじょうぶよ」


 アルバートをこけにしたつもりだったが、目を細めたベリシアに「ずいぶん親密そうね、あなたたち」と揶揄された。


「え? どういうこと?」ルイが詰め寄ろうとしたが、ベリシアはうふふと微笑しながら、海底を泳ぎ去るタコのように身をかわした。


「この船の謎は解明するべきだと思う」

 すると、ディレンツァが口を開く。


 低くてよく通る声だったので、みんなの視線が集まった。

 しかし、当のディレンツァは上空をみつめていた。


 ジェラルドが同意を示した。「私もそれがいいと思う。内部に踏みこまねばならないが、避けては通れまい。まずはある程度安全だと判断できる場所をみつけて、そこを拠点にする。それから船内をくまなく探索するという流れだな」


「船長室や機関室だけで答えがでるとも思えないし、そもそも案内図もないからそこにたどりつくまでがたいへんよね。客室とか食堂とかラウンジとかもふくめると何部屋くらいあるか、想像もつかないわ」

 ルイは船内探索を想像して、想像しただけでだいぶ神経がすりへる思いがした。


「……ほんと、これが夢だったらいいのに」ベリシアもうんざりした。


「とりあえず腹もへってきちまったから、夢じゃないんだろうなぁ」レナードもうんざりした。


「夢には食欲がないのでしょうか?」ウェルニックが真顔になる。


 ルイがその会話に参加しようか迷っていると、モレロがつかつかとジェラルドにあゆみ寄った。


「だんな、オレはちょっと、そとをみてみようかと思うんだけど」

 めずらしくモレロが感情をおさえた口調で話した。


「ああ、私もそう考えていたところだ」ジェラルドがモレロをじっとみつめる。「そうしてくれるか――」


「了解」とモレロは大きくうなずく。そして息を大きく吸いこんでから声を張った。「じゃあ、鳥になるぜ!」


 瞬間、ルイの目には、モレロが突然、発光体となり、足下から吹きだした逆巻く風に呑みこまれ、はげしくうずまく嵐の目になったようにみえた。


 砂嵐に巻かれたかのように、ルイは思わず顔を手でかばう――。


 すると、またたく間に、モレロは一羽の大きな鳥へと変貌していた。


「鳥――!? タカ?」

 ルイが問うと、レナードが「ノスリだな」と答えた。「まぁ体格差で区別されてるだけだから、おなじようなもんだけど」


 すると、ノスリは仰天しているルイをちらりとみて、さきが曲がっているくちばしで微笑した(ようにみえた)。


 ルイがあっけにとられていると、ノスリはジェラルドをふりかえり、あるじがうなずくと、キョーッと高い声で鳴いたのち、大きなつばさで二度はばたくと、まるで上昇気流にのったかのように急速に飛翔した。


 あっという間に長いマストを飛びこえ、暗雲のたちこめる空へと舞いあがる。

 ルイはその動きを目で追うのがやっとだった。

 ノスリはしばらく風を読むように旋回していたが、やがて西に向くと、矢のような速度で滑空していった――。


「あ!? 行っちゃった!?」

 ルイがわれにかえり声をあげたが、ジェラルドの臣下たちはみな一様に口をつぐんでいた。


 レナードもベリシアも平然とした瞳をしている。


 おそらくかれらにはモレロとジェラルドのやりとりの意図がわかっているのだろう。

 

 ルイの視線に気づくと、ベリシアがほほえみ「私たちは船内探検よ」と声をかけてきた。


 ルイはディレンツァに近寄り、小声で話しかける。「どういうことなの?」


「やはりモレロは、まじない師として高度な技術をもっているな」ディレンツァが無表情でルイをみる。「鳥になると宣言しただけで、ここにいる人すべてにそう信じこませた。あるいは、じっさいに擬態したともいえるのかもしれないが」


「え、あ、まァ、そうなんだけど……」ルイはあたまがこんがらがってきた。「それで、鳥になったとして、モレロはどこに行ってしまったの?」


「――ジェラルド王子はこの帆船そのものが罠である可能性を考慮したわけだ。だから、船の外を警戒するための人員としてモレロが抜擢されたのだろう。まぁ、立候補したようだったが」


「そりゃ確かに……この船はあやしいけれど」ルイは眉をひそめる。


「ルイの懸念はわかる。仮に全員の危機回避のためでも、モレロの単独行動はたいへんな危険をともなうだろう――」ディレンツァは淡々と述べる。「だが、その役割分担は、ジェラルド王子たちにとっては暗黙の了解のようだな」


 ルイは「ふーむ」とうなりながらジェラルド一行をみる。


 モレロの行動はいわゆる義侠心によるのだろうが、なんとなく犠牲心と呼ぶほうがあっている気もする。

 まるでみんなでモレロを踏み台にするようで気がひけるのだ。


 しかし全員の安全はルイの安全でもある。

 ルイのあたまはさらにこんがらがってきた。要するにかれらとはくぐってきた試練の数も質もちがうのだろうが、選択肢としては苛烈なものだといわざるをえない。


「でも、飛んでいってしまったら、モレロがあぶないかどうかもわからないわよね?」

 ディレンツァに問いかけてもしかたのないことだったが、つい口をついてでてしまった。


 わりと声を抑えたつもりだったが、聞こえてしまったようでジェラルドがルイをふりかえる。

 まるで悪口を聞かれてしまったかのように、どきっとしてしまった。


「わかるさ」ジェラルドは破顔する。「モレロと私たちはひとつの魂でつながれている。だから、やつになにかあれば、私にはすぐにわかるよ」


 なんの根拠もなさそうだったが、ふしぎと説得力があるような気がして、ルイはあいまいにうなずいた。

 ディレンツァはいつもどおり無言だった。


「おーい、こっちに階段があるぞ!」レナードの声が船の後方からした。


 それによってルイは、モレロの安否のみを危惧している場合ではないことを悟った。

 これから船内を調査することだって、充分に予断をゆるさないではないか。


「行こう――」ジェラルドがうながしたので、ルイとディレンツァも歩きだす。


 ディレンツァがまわりに気をとられているようにみえたので、「どうしたの? まさか、知ってる船だったとか?」とルイが笑いかけると、ディレンツァはしばらく黙ったのち、「知識のうえでは」と答えた。

 意味がわからず、ルイは頚をかしげる。


 すると、なまあたたかい風が吹いてきて、それが人間ではないなにかの、粘液まみれの触手のようで、ルイは首筋を払いたくなった。

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