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12 深い霧の幽霊船

 とんだ騒動が起きている漁船から100メートルあたり後方で、一艘のボートがすべるように波を切っていた。

 海遊び用の二人乗りの手漕ぎボートであり、乗っているのはザウターとティファナだった。


 二人はルイたちの漁船が出発して以降、ずっとひっそりとうしろをつけていた。


 ザウターは敵一団の寝首をかきたい気持ちで追尾していたが、相手が天運にめぐまれていて、それがかれらをして王都へとみちびくのであれば、それはそれで仕方のないことだという考えもなくはなかった。運命にも趨勢というのはきっとある。


 しかしそれならそれで対応したり利用したりすればいいし、便乗することは寝首をかく以上に得策だという場合もあるだろう。


 ザウターの目は、闇の海にぼんやりと哀れな魂のように浮かびあがる集魚灯をみつめている。


 ティファナはうたた寝をしていた。両肩の肩甲骨あたりを舳さきのでっぱりにあずけてもたれかかっているせいで、あごがあがって口が半開きになっている。

 みようによっては、大型帆船などに設置されている船首女神像の真似をしているようにもみえなくはない。


 眠りだした理由は、退屈さや船のゆれの影響だけではなく、〈魔女の角笛〉を使用したことによる疲労にもあった。


 二人の乗るボートは、ティファナが召喚した幻獣のシャチによって牽かれていたのだ。

 ティファナは「シャチ先輩」と呼んでいたが、ザウターには詳細はわからない。


 それでも速度は安定しており、さきをいく漁船と一定の距離をたもつことができ、とても便利だった。

 現状においては、ティファナも寝ていてくれるほうが、無駄にはしゃいだり騒いだりすることもなく都合がいい。


 敵一味の数も増えたし、厄介な魔法使いはいるし、小柄の女もふくめ全員が戦闘員のようなので、いま追跡を勘づかれると対応が難儀だった。

 

 もっともそうなったら、幻獣シャチを相手の漁船に体当たりさせるという手もある。

 ずいぶん老朽化したぼろ船のようだから、それで沈めることも可能ではないだろうか――。


 ふと、ザウターはわれにかえる。

 もともとあいまいだった漁船の灯りがさらににじんだような気がしたのである。


 まばたきをしてから目をこらしても、やはりなにか全体的にかすんでいる。

 集魚灯がぶれたり、だぶってみえたり、うすく淡くなったりする……。


 そして、気づけば身のまわりが靄におおわれていた。


 空を仰ぐと、まだかろうじて星の群れはうかがえたが、水平線ぎりぎりだった月はみえなくなっていた。まるで雲海のなかにいるような気持ちになる。

 にわかに濃霧がわきおこり、夜の海が変容をとげてきていた。

 視野の輪郭がぼやけていき、迷いの森の奥深くに囚われていくような緊張感があった。


 ザウターはかつて〈鹿の角団〉の指導者から聞いた話を思いだしていた。


 その指導者は団員になる以前、物資積載船や鉱石船の襲撃をなりわいとする海賊船の駆逐を目的とした軍用船に身を置いていた王都の海事関係者だったが、任務中、外洋で似たような状況に直面したのである。


 そのときも宵の口だったという。唐突に磁石は方位をうしない、視界は操舵が難しいほどの濃霧におおわれてしまった。


 そして、船員たちが混乱していると、軍船はあろうことか幽霊船に遭遇した。


「自慢じゃないがオレの所属していた海上警備船だってそうとうな積載重量の熱機関船だったが、あんなバカでかい船をみたのは初めてだったよ。一瞬、世界の果てまでやってきちまったんじゃないかってかんちがいするぐらい、目のまえが真っ暗になったんだよ。いつの時代のものかはわからないが、ずいぶん旧そうな船だった。

 たいした迫力でな。物騒な気がしたから、船員全員で死力を尽くしてとんずらして、なんとか逃げ切ったけどな。そのあとしばらく、だだっ広い外海で遭難しちまうはめになったが、でも、つかまったら終わりだった気がするぜ。なんともいえない厭な気持ちになったんだ、その船をみたときに。

 あごが張ってしびれて、口のなかに苦い味がひろがって、胃がきゅぅっとしめつけられるような、そんな不吉な予感さ――」


 なつかしむような、おびえるような、そんな微笑をうかべていた指導者の言葉が脳裏をよぎる。

 そのとき指導者が感じていただろう緊張感がいまザウターを支配していた。


 ティファナを起こそうと中腰になったそのとき、ザウターは頭髪が逆だつほどの衝撃をうけて瞠目した。


 前方に、指導者の思い出話のなかに登場していたような、あまりにも巨大な帆船が、たちこめる霧を割くようにして出現していたのである――。

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