隠・恋慕
直接残酷なシーンは書いていないつもりなので年齢制限無しにしています。
「うぅ~怖いよ~」
私は怖さに震えながら廃墟となった病院の中を歩いていた。なぜこんなことになったのか?数時間前にたまたまカレシを見つけて、なんやかんやあってこの廃病院でかくれんぼすることになった。
「なんだか寒気がする…」
今は真夏の昼過ぎだというのに暑さを感じない上に廃病院の中は光が届かず真っ暗だ。それだけでも怖いのに私はこの廃病院のある噂を知っていた。
今から30年前、この病院がまだ使われていた頃、一人の看護師が病院内で自殺したらしい。理由がはっきりわかっていないためブラックな職場環境のせいだとか、恋愛のもつれだとか色々噂された。そしてそれ以降病院内では様々な怪奇現象が起こり、死んだ看護師の霊の目撃話が多発して人が寄り付かなくなりとうとう病院は潰れ現在に至るわけだ。
廃墟になってからそこまで時間がたっていないこともあって荒れてはいるもののベッドやテレビ、医療器具までそこかしこに散らばっている。
「うぅ~一人は見つけたからあとはカレシだけなのに~どこなの~?」
そう、この廃病院に入ったのはカレシともう一人いた。二人は別々の場所に隠れたので先にもう一人を見つけた。しかし見つけた時に持っていた鞄が濡れてしまった。濡れた分重くなっているので今すごく歩きづらい。
「一階は全部探したかな?…てことは」
億劫な気持ちで私は階段を見上げた。まだ外は明るいけど二階は出口からより離れる分余計に精神的に圧迫感を感じた。けどカレシを見つけたいから意を決して上がることにした。
二階はさらに空気が冷えている感じがした。とりあえず奥の部屋から見ていこう。
「お邪魔しまーす…」
そこは薬品を保存していたらしい部屋だった。壊れた棚の中には様々な色の瓶が残っていて中身が残っているものもある。
「ねぇ、いるのー?」
返事はない、ここにはいない、と早々に決断し部屋を出ようとしたその時、
ガタン!ゴソゴソ…
「きゃ!?」
棚の下の方で急に音がしたのでめちゃくちゃ驚いた。
「な、なんなの?」
ゴソゴソという音はまだ続いている。私はどうしようかと迷ったがこのまはま何かわからずに出ていくのも気持ちが悪いので覚悟を決めて音がする扉を開けた。
「ちゅー!」
「ひぎゃあ!?」
出てきたのは大きなねずみ。ねずみは一声なくとさささっと部屋を出ていった。私は尻餅をついたまま呆然とねずみを見送りしばらく動けなかった。数分後我に返った。
「な、なんだねずみか!本当にビックリしたぁ…」
呼吸を整え立ち上がり、落とした鞄を拾う。
「よいしょっとう、重い」
濡れた鞄の重みを改めて感じる。
「意外に重いのよねぇ」
愚痴を呟きながらも私は他の部屋の探索を続けた。部屋だけではなくナースステーションの中も調べたけどやっぱりいない。「どこにいるの?」と少し考え事をしていると後ろから「キィ…キィ…」と金属がきしむ音が聞こえてきた。
「な、なんの音?」
私の頭にこの病院の噂が浮かんだ。音はナースステーションの奥にある休憩所から聞こえてくる。
「さっき見たときは何もなかったよね?」
私は恐る恐る休憩所を覗いた。そして音の正体を探して、その正体を見つけると私は力が抜けて座り込んだ。
「窓かぁ…」
壊れて半開きになった窓が風できしむ音だった。さっき音がしなかったのは風がなかったから。わかってしまえばもう怖くない。私はさっさと休憩所を出た。
「なんだか怖くなくなってきた、噂なんて案外こんなものなのかも」
恐怖も薄れ少し気持ちが楽になった。かくれんぼを早く終わらせようと探し回り、最後の手術室についた時には窓から夕日の赤い光が差し込んでいた。私はゆっくりと手術室の扉を開けた。
「お邪魔しまーす…うわぁ」
手術室はかなり荒れていた。ボロボロの手術台が真ん中にあり、上には割れた手術用のライト。床にはメスやら割れた瓶やらが散乱していた。私は気をつけて部屋の中を見渡し、ある一点に目を止めた。
「あ、そこね♪」
カレシがいる場所の検討がついた私はウキウキでその場所に近づいた。本当に気持ちが舞い上がっていたのでもう一つの足音と金属がきしむ音にきづかなかった。
私は部屋の隅にある棚の下の扉の前に立った。多分ファイルとかを入れておく場所だったのかな?ちょうど大人がしゃがんで入れるくらいの大きさはある。試しに蹴ってみると中で「ガタン!」と音がしたので入っているのは確実みたい。
「カレシみーつけた!」
私は思い切り扉を開けた。
「うわ!」
思った通りそこにはカレシがいた。カレシも驚いて私を見ている…ん?少し違う?よく見るとカレシは青ざめて私の後ろを見ている(ような気がする)。何かに怯えているような目線。私ではないはずだ。この違和感はなんだろう?
あれこれ考えていると背後で「キィ…キィ…」と音がして気配を感じた。確認しようと振り向くと、白い眼球と目があった。
そこには噂で聞いた看護師の幽霊が手術道具を乗せたワゴンを押して立っていた。
「うわぁ!」
後ろでカレシが悲鳴を上げた。私はまっすぐに看護師の幽霊を見る。すると目があった途端看護師の幽霊はニタリと笑い注射器を手に持って近づいてくる。私はそんな看護師の幽霊に対して…
「邪魔しないでくれる?」
怒りを感じた。
「ふん」
私は看護師の幽霊の手の注射器を振り落とそうと手を振るった。すると看護師の幽霊の手に当てることができ注射器を弾き飛ばした。看護師の幽霊は思わぬ事態だったのか動きが止まった。私はワゴンを蹴り飛ばした。同時に看護師の幽霊も床に倒れる。私は手近にあった鉄の棒を拾い上げ振りかざした。
「邪魔しないでくれる?」
同じ言葉を繰り返しながら看護師の幽霊を何度も何度も鉄の棒で叩きまくる。相手は幽霊なので正直効いているのかわからないけど棒で叩きまくった。何発かが倒れたワゴンにあたりワゴンが変形した。
何発殴っただろう?確かな手応えを感じて私はふと手を止めた。見ると看護師の幽霊が薄くなり消えていく。何やら震えているようにも見えたが知ったことか、鉄の棒を見ると先の方が変形して赤くなっていた。
(幽霊を殴っていたのに血がつくのね)
汚いので適当に放った。床に落ちる音と一緒にカレシの「ひぃ」という小さい叫び声が聞こえてきた。私はハッとなって鞄を肩にかけカレシの所に戻った。
「怖かったよね?もう大丈夫だよ?」
「…」
あれ?安心させようと笑顔で言ったつもりだったのにまだ震えてる。でもそんな姿もかわいい♪仕方ないなぁ。私はしゃがんで目線を合わせて今度こそにっこり笑った。
「もう大丈夫だよ、幽霊も消えたし、かくれんぼも終わりだよ」
「………だよ」
「ん?」
ようやく何かしゃべったけど聞こえなかった。今度はしっかり聞こうとカレシの顔を真っ直ぐに見つめた。カレシはまだ震えながら(心なしか震えがひどくなったような?)覚悟を決めたように睨み顔で私を見た。
「お前は誰なんだよ!?」
静寂が手術室を支配した。カレシの息づかいだけが聞こえる。
「何言ってるの?私だよ?あなたのカノジョの…」
「お前なんか知らねぇよ!ゆかりとデートしてたら急に目の前に現れて、ナイフかざして『その女は誰よ!』なんて訳のわからねぇこと言って追いかけてきて!こんな気味悪いところまで追いかけてきやがって!」
何言ってるの?私だよ?あなたのカノジョだよ?どうしちゃったの?
「今も急に暴れだして後ろにあったワゴンを急に蹴り倒してめちゃくちゃに潰しだすし、何がしたいんだよお前は!」
カレシには幽霊は見えていなかったんだ。ん?なら一体何に怯えていたんだろう?
「ゆかりはどうしたんだよ?あいつは無事なんだろうな!」
「ゆかり…?あぁコレ?」
私は肩にかけていたバッグをカレシの前に放り投げた。鞄は「ゴトン」と妙に重い音をたてて地面に落ちる。ファスナーが開いて中身がカレシの方を向く。
「え?……うわぁ!?」
カレシは飛び退いた。鞄の中のものと目があったのかな?
「ひぃーひぃーっ…ぐ、はぁ…ひゅ」
あんまり驚きすぎて過呼吸気味になっちゃってる。でもそんなに驚くことかな?
カレシの呼吸が落ち着いてきた。少し涙を浮かべた目でこっちを見てる。
「お前…ゆかりを何で殺したんだ!」
「なんで?」
私は鞄をチラッと見て首を傾げた。
「嘘ついたから」
「は…?」
「見つけた時に『自分はあなたの彼女だ』っていうの。おかしいでしょ?あなたは私のカレシなのに」
「………」
「嘘つかないでって説得したんだけど最後には私を『ストーカー』とか言い出すんだよ?ひどいでしょ?だからね、やっちゃった」
「は?やっちゃったってお前…」
「そんなこと気にしなくていいじゃない!早くここから出よう?」
笑って手を差し出したのに…カレシはその手を振り払った。
「だからお前は誰なんだよ!」
また同じ質問
「お前と俺は初対面だろうが!」
何言ってるの?
「お前なんて見たことないぞ!」
私は…
「私は見てたよ?ずっとずっとあなたを見てた。あなたの家も知ってるよ?」
隠れて後をつけたら見つけた。
「好きなものも知ってるよ」
隠れてお弁当の中身見たり、話を聞いたりした。
「連絡先もぜーんぶ知ってる」
隠れてスマホから全部知れた。
「あなたのことは誰よりも知ってる。一番理解してる。一番想ってる。一番…愛してる。だから、私はあなたのカノジョでしょ?」
自分の想いを伝えて、最高の笑顔を見せたのに、わかってくれると思ったのに。なんでそんな顔をするんだろう?
「なんなんだよ、このストーカー女!!」
「きゃ!」
カレシが急に投げてきた割れた瓶が私の手に当たる。痛みを感じたと思ったら血が流れてきた。手が切れたみたい。手を気にしているとカレシが逃げようとした。ここまでされるとさすがに怒っちゃうな。
私は背中を掴んで引き倒し、頭を押さえ込んだ。
「くそっ!離せよこのストーカー女ぁ!」
また言った。私はあなたのカノジョなのに…
私は暴れるカレシの頭を押さえつけたまま顎を殴る。
「おごっ」
少し変な声をあげてカレシの体がビクンとなり、抵抗が弱くなったので頭を離し鳩尾に拳を叩き込んだ。
「…!?………」
声をあげることなくカレシは気絶した。私は転がっている鞄からロープを取り出しカレシの手足を縛った。
「今度はもっといい隠れ場所につれていってあげるね❤️」
外を見るとすでに日は完全に沈み真っ暗になっていた。
「うふふ、ちょうどいいタイミングね」
私はカレシを引きずり廃病院をあとにした。これからカレシとの二人だけの時間が始まると思うと胸が踊った。




