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不肖の娘  作者: ごまプ
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7 王女のわがまま

「お、お初にお目にかかります――モニカ・ブライトマンと申します。フランシスカ王女殿下、この度は十八歳のお誕生日、心よりお祝いを申し上げます」


 ルシオが紹介した令嬢モニカ・ブライトマンは酷く緊張した様子で、フランシスカへの口上を述べた。


 ――ブライトマン、ですって?


 正直、驚いた。フランシスカとは初対面で互いに面識はないが、モニカ・ブライトマン――特にその家名にはいくつかのところで聞き覚えがあった。

 ブライトマン家といえば社交界でその名を聞くことが度々あるほどの由緒正しい家柄。長く続く家系でもあるから、話題になるのは名声であったり醜聞であったりと様々ではあるが。

 そして、昔アデルに聞いた夜会、いや社交界の話の中にも「彼女たち」の話は聞いたことがある。


「ありがとうございます、レディ・モニカ。お噂はかねがね聞き及んでおりました――社交界に名高いブライトマン三姉妹と」


 少しでもモニカの緊張が解ければ良いとフランシスカはにこりと笑みを作ったが、あまり意味が伝わらなかったのか彼女は余計に固まってしまった。なので、更に付け加える。


「いえ、ね。実際にご姉妹にお会いしたことがあるわけではないの。けれど、そう――知り合いに夜会狂いの男がいて。彼が言うには、ブライトマン公爵家のご令嬢たちはそれは美しい方々だったと聞かせるものだから、どんな方々だろうと思っていたの」

「はあ……」


 しかしモニカの反応は芳しくなく、フランシスカは何か間違えたのだろうか、と不安になり始めた。兄と友人になってくれるような令嬢はありがたい存在だ。だから、できれば仲良くなっておきたかった。

 しかしフランシスカはただモニカやその姉妹を褒めたつもりだったのだが、どうやらあまり伝わっていないように思える。

 内心首をかしげながらも、モニカに分かってもらえるようによりはっきりと伝えることにした。決して世辞ではなく、フランシスカは本当にそう思っているのだから。


「だけど、噂に違わず可愛らしい方だわ。モニカさん、これからも兄の良いご友人でいてくださいね」

「お、恐れ入ります……」


 するとモニカが恥ずかしそうに顔を赤らめたので、フランシスカは安堵した。とりあえず今はそれでよしとして、二人に別れを告げて招待客の中へと舞い戻る。

 その途中、フランシスカは遠くなった二人の姿を横目で見やった。

 二人の距離はつかず離れず、親しい友人というにはよそよそしい雰囲気だが、全くの他人でもない、そんな様子。


 ――どういうことだか、後で兄さまから聞き出してやらなくちゃ。


 ブライトマンの名に覚えがあった理由はもう一つある。それは彼女――モニカ・ブライトマンが兄ルシオの元婚約者だったこと。

 今ではもう昔のことのようにも思えるが、確か兄が独断で婚約を破棄し、母の怒りが凄まじかったのを覚えている。

 それなのに今、兄は元婚約者と友人だという。なにがどうなったらそうなるのか、フランシスカは気になって仕方がなかった。


 ――あまり話せなかったから、後でモニカさんとも話す機会があればいいのだけれど。


そんなことを思いながら、フランシスカは再び、挨拶にやって来た招待客たちに微笑み返した。



 宴は進み、そのうち周辺は音楽に合わせて踊る男女の姿が多く見られるようになった。

 フランシスカ自身も何人かに請われてダンスの相手をした。踊りながら会場の中にアデルの姿を探してみたりもしたが、彼の姿はとうとう見つけられなかった。

 近衛騎士今日は会場の警備にあたっているとも聞いていたので、その中にいないかとも思ったけれど、どの者も探し人とは違う。


 ――もしかして今日は、非番なのかも。


 いっそ騎士の誰かにたずねようかとすら思ってしまった――本当に、どうかしている。

 今はこのパーティを無事に終わらせること、それが何より大事なことだと自分に言い聞かせて、フランシスカは邪念を振り払おうとした。

 けれども宴も終わりに近づき、フランシスカがダンスを申し込んできた者との一曲を終えようとしていた時、不意にアデルが視界の中を通り過ぎた気がした。

 一瞬のことだったので、見間違いかとも思ってその場所を振り返ると、確かに彼と目が合った。しかし、それはすぐに逸らされる。


 ――アデル!


 思わず声を上げて叫びそうになったのはどうにか飲み込んだ。

 けれどもフランシスカはダンスが終わると早口で相手に別れを告げ、会場を後にしようとするアデルを追いかけていた。


「アデル――待って!」


 フランシスカがアデルを呼び止めることに成功したのは、人気のない出入口へとつながる廊下。

 フランシスカの声にゆっくりと振り返ったアデルは、フランシスカが追ってきたことに少し驚いているようだった。


「主役がこんなところで油を売ってていいのかい?」

「そういう自分は、主役に声もかけずに帰ってしまうのかしら?」

「……別に。だって君はずっと忙しそうだったから」

「そんなの、気にしなくたっていいのに」

「そういうわけにはいかない。ゲストの相手をするのは大事な仕事だろう――俺とは立場が違う」


 アデルに一線を引かれたような気がして、フランシスカの胸がチクリと痛んだ。

 あちら側とこちら側。王女と一介の騎士。こうやって対等に話していても、二人のいるところは全く違う。とうに分かっていることを、改めて念押しされているようだった。

 急に自分が何のためにアデルを追いかけてきたのか分からなくなる。仲直りを、と兄は言ったけれども、そんなことをする意味が今更あるのだろうか。もう一年もしないうちにフランシスカはセーヌへ嫁ぐ。そうなればきっとアデルと顔を合わせることもなくなるだろう。フランシスカとアデルの道は、一生交わることがないのだ。


「……冷たいのね。本当に」


 ぽつり、とフランシスカが漏らすと、アデルは何かを言いたげに口を開きかけ、やめた。どうやら反論するつもりはないらしい。

 今までにもアデルと喧嘩をしたことはたくさんある。けれどもこんな思いをしたことは一度もなかった。どれだけ彼が違うひとばかり見ていても、自分だけは違うと思っていた。

 それもきっと全部、思い上がりだった。自分はなんて愚かなんだろう。そして彼も、彼に弄ばれる女たちも。みんなみんなどうかしている――

 不意に、アデルが視線を出入口の方向へと向けた。彼がこの場を立ち去りたがっていると感じたフランシスカは、それを呼び止めるようにまた口を開く。


「アデル、あなたまた夜会で女性を泣かせたのですってね」


 無意識に口調は尖る。きっと仲直りなんて無理だ。

 どうにもならない思いが口をついて出る。それが事態をさらに悪化させると、とっくに学んでいるはずなのに。


「相変わらずお堅いんだな。だけどその話はしたくないって、伝わってなかったのかな。好きにさせろよ。別に、フランシスカ――君に、迷惑をかけたわけじゃない」

「そういう問題じゃないわ。寄ってきた女が気に入らなかったからって、もう少しやり方があるでしょう!」


 返って来たアデルの言葉はいっそう冷たかったけれど、フランシスカはひるまない。


「どうしてそう俺に構うんだ。最近君はおかしくないか? 顔を合わせれば文句ばかり――」

「あなたが女性に誠実なら、わたしは何も言わないわ」

「それがお節介だって言ってるんだよ。それに、こんな日くらい嘘でもにこにこしてたらどうだよ。俺は君の誕生日を祝いに来たってのに、こんなんじゃおめでとうも言えないじゃないか」

「それは――だって! でも」


 ここまで冷たくされて、そんな言葉が返ってくるとは思わずに言葉に詰まった。

 誕生日を祝ってもらう、それは本来なら嬉しいはずのことだ。こんな状況でなければ。


 ――だって、嫌なんだもの。あなたが他のひとたちと遊ぶのは。


 そんな思いは、フランシスカのわがままだと分かっている。ありのままをアデルに伝えることなどできるはずもない。伝えてはいけない。

 フランシスカはやがてセーヌに嫁ぐ、フランドルトの王女だから。


「もういいよ。俺はもう帰るから機嫌を直して。十八歳、おめでとう、フランシスカ」




 素直にありがとうだなんて言えたら、どんなによかっただろうか。

 立ち去るアデルを、今度は追いかけることができなかった。

 泣きたい気分を抑えてでも、フランシスカはパーティに戻らなければならない。それが王女としての自分の務めなのだ。

 しかし、踵を返して広間に戻ろうとしたフランシスカの足は、人の気配を感じて止まる。

 そして、顔を青くしてその場に立ち竦む兄の友人――モニカ・ブライトマンと目が合った。

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