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不肖の娘  作者: ごまプ
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5 言えない本音

「似合わない話し方はやめて、アデル。限られた者しかいないのだから、ここではそんなことをする必要はないわ」


 では、と言って跪いていたアデルが顔を上げ立ち上がる。同時に視線が交わって、フランシスカは思わず顔を背けた。


「だ、だいたい……なぜあなたが兄さまの使いっ走りのようなことをしているの。それはあなたの仕事ではないでしょう?」

「さぁ、それはルシオ聞いてくれ。俺はただ頼まれただけだから」


 アデル自身も自分の仕事の内容に腑に落ちない顔をしつつ、しかし特別不服そうには見えなかった。

 兄のことだから、ただ近くにいたからとかそんな理由で何も考えずに頼んだのだろうか。何れにしても、今のフランシスカには迷惑な話だった。


「……そう。それで兄さまは何て?」


 アデルとはできるだけ目を合わせず、フランシスカは努めて平静を装う。一方でアデルの方は、何も気にしていないような調子で、いつものように軽く言った。


「もうすぐ、君の誕生パーティがあるだろう。そこに、友人を招待したいがいいか、と言っている」


 そう言えばそんなものもあった、とぼんやりと思い出した。

 フランシスカの誕生パーティは、毎年王家と親交のある一部の者たちを招いて開かれていて、次で十八回目を数える。フランシスカ自身が、というよりは主に父や母の意向で招待客が決まる。フランシスカは求められた通りの王女を演じるだけで、誕生日とはいえ別に楽しくもない催しだった。もちろん、そんなことは口に出せるはずもないけれど。


「兄さまのお好きになさって、とお伝えして」

「分かった。そのように伝える」

「そんなこと聞くためにあなたを寄こしたの? 兄さまも勝手になさればいいのに――なんで」


 言いかけて、フランシスカはふと先程から引っかかっていた違和感の正体に気づいた。

 兄が友人を招待するということは……つまり。


「ちょ、ちょっと待って……それじゃ、兄さまもパーティに出席してくださるってことかしら?」

「俺もそれは驚いているんだが。どうやらそのようだな……」


 そう言って首をかしげるアデルと二人して、つい顔を見合わせる。

 フランシスカが知る限り――ルシオがパーティに出席するのは本当に久しぶりのことだった。フランシスカの誕生パーティでさえ、祝いに来てくれるようなことは去年も一昨年もその前も、ずいぶん長い間なかった。

 そもそもずっと研究室に引きこもっているような兄に、誘うような友人がいたということも驚きだったけれど。


「一体、どんな心境の変化なの?」

「実は先日も舞踏会に出ていたらしい。俺はその時同行していなかったから、詳しくは知らないんだが……どうやらそこで友人ができたらしい。あんなに嬉しそうな顔を見たのは久しぶりだ。小躍りしそうな勢いだったよ」

「兄さまは薬学オタクだから……その関係の方で意気投合でもしたのかしら? でも舞踏会に来るような方でそういう方はあまり聞かないわね」

「さぁな。俺は友人としか聞いていないから。でも舞踏会で知り合ったなら、女じゃないか?」

「まさか! ありえないわ。だって兄さまは極度の女嫌いだもの。あなただって知ってるでしょう!」

「それは……そうだが」


 「友人」という言葉に若干の引っ掛かりを覚えつつも、ルシオが誕生パーティに出席してくれるつもりだということをフランシスカは嬉しく思った。兄の気持ちが少しでも「外」へ向いてくれるなら、それはきっと良いことに違いない。


「兄さまの友人だなんて、気になってしょうがないわ。アデルったら、どうしてちゃんと見張っておかなかったのよ」

「別にあいつの監視は俺の仕事じゃないぞ……常にあいつに引っ付いてるほど俺は暇じゃない」

「……どうだか。どうせ夜会で遊ぶのに忙しいんでしょう? 王宮にいたって、あなたの噂は伝わってくるわ。レイス家のご令嬢、でしたっけ?」


 言ってしまってから、後悔した。

 こんなことは、言わなくていいことだというのはよく分かっている。自分が余計な言動をしでかしてしまいそうで――だから、嫌だったのに。会うのも、見るのも、聞くのも。


「……お説教なら遠慮するよ。君には関係のないことだ」


 返ってきたアデルの言葉は冷たく、フランシスカの心に刺さる。


 ――関係ない? そう、関係ないわ。でも。


 止めたいのに、止まらない。フランシスカの口は何故かアデルを責める言葉ばかり紡いでしまう。


「いつまでもだらしなく女遊びをされると不愉快だわ。あなたの噂は嫌でも耳に入ってくるんだもの」

「どうして君が不愉快になるんだい? 俺が自分の思い通りにならないから? 不敬ながら、甚だしい思い上がりじゃないかな、王女殿下」

「そんなこと――っ」

「俺の主はルシオであって、君じゃない。指図なんてされたくない」


 ――そこまで言わなくたって、いいじゃない。


 返す言葉がなくて、フランシスカは俯いた。

 二人の間には息が詰まるような沈黙が流れ、ほんの一瞬が酷く長く感じて苦しい。ちら、と視線をやれば、控えていた侍女が心配げに成り行きを見守っていた。


 ――ああ、何か、言わなければ。


 そう思うのに、唇が微かに動くだけで言葉は何も出てこない。そうしている間に、先に口を開いたのはアデルの方だった。


「ごめん――今のは言い過ぎだった。取り消すよ、フランシスカ」

「……いいえ、本当のこと、だわ」


 ようやく出たのは、掠れに掠れた酷い声。

 それでもちゃんと、王女として毅然としていなければ……


「……兄さまに、必ずお友達を紹介するようにって伝えて下さる? 楽しみにしているからって」


 フランシスカは一生懸命に何事もなかったかのように笑った。それなのに、酷く傷ついて泣きそうな顔をしていたのは何故かアデルの方だった。


「分かった。伝えておく」


 そう言って部屋を出ていくアデルにかける言葉も見つからない。彼の後ろ姿を見つめながら、フランシスカはただ立ち尽くすことしかできなかった。


 ――どうして、そんな顔をするのよ。泣きたいのはこっちの方なのに。


 本当はアデルにぶつけてやりたかった言葉。それはなんとか飲み込んだけれど、フランシスカの心の中は平静には程遠い。

 この時唯一の救いは、二人のやりとりを聞いていた侍女たちが何も触れずに接してくれたことだった。







 第二王子ルシオの私設研究室は、王宮薬室の奥にある。そこへいつものように特に断りなくずかずか入って行くと、気配を感じた部屋の主――ルシオが顔を上げた。


「ああ、アデル。わざわざすまなかった。フランシスカは何と言っていた?」


 何も知らないルシオは鷹揚に微笑んで、アデルが先程頼まれた仕事の成果をたずねてくる。

 この男のそういう能天気なところはどちらかというと嫌いではなかったが、今ばかりは苛立ちを募らせた。


「好きにしろ、ってさ」


 不機嫌さを可能な限り抑えて短く答えても、自然と冷ややかな声色になった。


「そうか、それは良かった。で、では、早速招待状を書かねばならないな」


 アデルの苛立ちに気づいているのかいないのか、ルシオは視線を少しだけこちらにやっただけで何も言わない。

 しかしアデルは、その仕草にどこか含みを感じたような気がした。


「もうこういう小さい仕事は俺に頼むな。大体手紙で済むだろう、こんなの」

「……フランシスカと喧嘩したのか?」


 まだ何も言っていないのに、ルシオはアデルの内心を言い当てる。

 その妙な鋭さに驚きつつ、抑えていた感情が溢れ出した。


「お前の妹はどうして、自分に一切の関係がないことにいちいち突っかかってくるんだ? おかげで余計なことまで言ってしまったじゃないか」


 つい先程のことを思い出して、アデルは思わず舌打ちをしてしまうのを抑えられなかった。

 夜会遊びは――少なくともフランシスカには迷惑はかけていない。誰だって、触れられたくないことの一つや二つはある。それを無遠慮に触って、一方的に責められるのは気分が悪い。それがたとえ、フランシスカであっても。


「誰だってそういう時はある、まぁあまり気にするな。それより、これはフランシスカからの招待という形にした方がいいのだろうか? それとも私から?」

「……勝手にしてくれ」


 側近の愚痴などどこ吹く風で、ルシオは招待状作りに勤しんでいる。ただ能天気なのか、関心がなくて冷たいのか。

 呆れにも似た気持ちで自分の主を見ながら、アデルはそっと息を吐いた。


 ――そのうち本当に小躍りし出すかもしれないな。


 ここ数年、ずっと塞ぎ込んでいるようだったルシオが嬉しそうにしている。それ自体はむしろ喜ぶべきことなのだが、アデルにはこの部屋に戻ってから妙な引っ掛かりがあった。


「いや、まぁ、別にどちらでもいいかな……? フランシスカは何も言わないだろうし」


 ルシオがほとんど独り言のように言ったその時、不意に「それ」が繋がった気がした。


 ――まさか。


「おい、ルシオ。お前……わざとだな?」

「わざと? いや、質問の意味が分からないが」

「わざと俺を妹のところに行かせたな?」


 臣下にあるまじき不敬な物言いにも、ルシオは一切顔色変えなかった。それどころか、本当に心当たりがないように見える。惚けているんだとしたら、なかなか才能がある。


「言い争いになるのも――分かってたんだろう! そうじゃなきゃ、何も言う前から分かるはずがない!」

「何を言ってるんだ、未来のことなんて分かるわけがないだろう。でも……簡単なことだろう?」

「何が言いたい?」


 一見矛盾のように感じる言葉に眉を寄せた時、ルシオはどこか寂しそうに笑った。


「だってお前たちは昔から、喧嘩ばかりしていたじゃないか」

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