1 立派な王女
どちらかと言えばのどかな小国フランドルト。
その王女フランシスカには、二人の兄がいた。長兄は病弱、次兄は内気で繊細。いずれの兄も次代の国王としてふさわしい、とは言えない。
ならば、自分がしっかりしなくては。フランシスカがそう決心したのは、もう随分と前のことだった。
それからフランシスカは、王女としての行儀作法を身につけ、自然科学から政治経済に至るまでをよく学び、恵まれた環境に驕らずあらゆる努力を欠かさなかった。
いつしか父王には「男に生まれてさえいれば」と言われるようになり、畏れ多いことだと思いつつもそれが内心誇らしく。早く両親や兄達の役に立ちたい――フランシスカはそれだけを願い続けた。
そしてようやくその機会が巡ってきた時、彼女は十七歳になっていた。
「フランシスカ、お前に縁談が来ている」
ある日、珍しく娘を呼び出した王はどこか苦々しげにそれを告げた。
「まぁ! 本当でございますか」
「もし嫌なら、断っても構わないと思っている」
「それで? どちらの殿方でいらっしゃいますの?」
初めての縁談に浮き足立って前のめりになるフランシスカとは対照的に、王の表情は依然晴れない。
「先日、セーヌ国王との会談があっただろう。どうやらあの時、お前のことを見初めたらしい」
王の言葉に思い返してみれば、確かに隣国セーヌの一団が会談のためにフランドルトの王宮に滞在したことがあった。
確かにフランシスカも王女として一団と会ってはいるが……
「では、お相手というのは……?」
腑に落ちなさを感じながらたずねたフランシスカに、王は至極残念そうに告げた。
「セーヌ国王、その人だ」
「……まぁ。そうでございましたの」
父が乗り気でない理由は、理解できる。
フランドルトと国境を接する隣国セーヌは近年急速に勢力を拡大しつつある強国で、しばしばフランドルトとも小競り合いを起こしており、仲が良いとは言えない国だ。
それはまだいいとしても、セーヌ国王は御歳五十五。フランシスカとは親子ほど歳が離れ、更にすでに何人も子供がいて跡継ぎには事欠かないと聞いている。
一方で、王妃の位は前の王妃が亡くなってからは長く空位であったとか。
「一応、王妃に迎えるとは言っているが。正直、お前にはもっと条件の良いところへ嫁がせてやりたい」
「わたしは、構いません。どうぞ縁談を進めて下さいませ」
「お前ならそう言うと思った。しかし……分かっているのか?」
悪条件の縁談をあっさりと承諾したフランシスカに、王は再度問いかける。
父の言わんとすることは、分かっているつもりだ。
嫁いでも、子を産めるかどうかも分からない。産んだとしても、その子が平穏に生きていけるかも分からない。妃とは名ばかり、ほとんど人質と変わらないであろうということは。
「先日の会談での交渉は決裂したのでございましょう? ならば、かの国はこの縁談を条件に何らかの譲歩を示しているのではないですか。そうでなければ、このような縁談が成立するはずがありませんもの」
王はフランシスカの言葉に押し黙った。
沈黙が肯定なのだと、フランシスカは受け取った。
「この機を逃してはなりませんわ、父さま。わたしはフランドルトの役に立てる日をずっと待ち望んでおりましたの。だからどうか、気に病むことがありませんように」
王は最後まで難色を示したが、結局は覚悟を決め、この縁談は両国の間で密かに成立した。
約束の日はおよそ一年後。その日をもって、フランシスカはセーヌ王の妻となる。
――お兄さま達は、大丈夫かしら……?
いつか見知らぬ男の所へ嫁ぐことは、王女としてずっと覚悟していたことで、何も恐れなどないと思っていた。けれどいざ決まってみれば、心の中に心配事が一つ顔を出した。
それは、フランドルに残していく家族のこと。とりわけ兄達について。
フランドルトは長らく大きな争いごともなく、国内は比較的安定している。父王は賢君として民からの評判も良く、臣下からの信望も厚い。その上、フランシスカにとっては良い父親でもあった。
だが――そこまでだ。その先は分からない。二人の兄が父のように平和な国を築けるのか、正直に言えば自信がない。
長兄で王太子であるオーガスタスには人望も王としての資質もあったが、幼いころから身体が弱く、表向きには伏せられているが不治の病も患っている。一方で次兄ルシオは、研究の虫でほとんどの時間を自室か研究室で過ごし、公の場に姿を現すことすらほとんどない引きこもりと化している。更に言えば、兄弟の母親が違うことに由来する事情のせいで、二人の関係性も決して良いものではない。
表立った争いごとがないフランドルトでも、その実態は一枚岩ではなかった。亡き前王妃の子であるオーガスタスを、ルシオとフランシスカの母である現王妃は疎み、実子であるルシオを次の王に推している。しかしそれでは、オーガスタスを推す勢力が黙っていない。現状跡目争いがなんとか表面化していないのは、次兄ルシオに全くその気がなく、誰が見ても次の王には不適格であるからに過ぎなかった。
二人のどちらが結局跡を継ぐことになるのか、フランシスカには分からない。けれどもその時が来た時のために、せめて自分ができることをしたかった。
だからこの縁談によって、少しでもフランドルトの平穏が得られるのなら。これはフランシスカにとって願ってもない話だった。
立派な王女になって祖国を守る礎になる――幼いころからのその夢が、やっと叶うのだから。