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ルーク・チナツpart1

 クルミと呼ばれる少女が降り立ったのは、陽の当たらない路地裏だった。


 家々で迷路のように入り組んだそこを、クルミはアキラの手を引いて慣れた様子で走って行き、やがてとある小さな家の中へとアキラを引き込む。


 入ったのは、台所らしい、小さな部屋だった。


「ってて……」


五センチほどもあるヒールで走るのは骨が折れる上に、足の甲が痛んでしょうがなかった。家に入ってようやく手を放してもらい、アキラは足の甲を手でさすりながら、


「ところで、君は、その……さっきベランダにいた子だよね。謝って済むことじゃないけど、本当にごめん」

「ですから、謝る必要などありません」


 と、クルミは平淡に言う。ずっと走ってきたのに、息切れ一つもせずに。


「い、いや、そんなわけにはいかない。アレは本当に大変なことだよ。たぶん、きっと、クルミにとっての初めてだったんだろうし……」

「はい。当然、初めてでした」

「じゃあ、やっぱり本当に許されないことを――」


 ふと、クルミの背後に白い物があることに気がついた。そちらへ目を向けて、


「あ――ご、ごめん!」


 部屋を横切って掛けられていた洗濯紐に吊されている、三枚のパンツから目を逸らす。クマ、犬、猫らしき動物の刺繍が入った、白い子供パンツだった。


「何がでしょうか?」


 クルミはその可愛いパンツに似合わない、冷淡な表情でこちらを見つめる。


「いや、だって、そこに――」

「クルミ、よくやった。二人とも、こっちへ来てくれ」


 今しがた自分たちが入ってきた扉が不意に開けられて、一人の女性が足早に入ってきた。


「あなたは……さっきあの部屋にいた……」

「ああ、ともかく、向こうの部屋へ」


 そう言って、プリンセスの寝室にいた、『セクシールーク・ダークビューティコーデ』を纏う女性は、暗い灰色の髪をなびかせながらクルミのパンツの下をくぐり、部屋の奥へと姿を消す。


追って奥の部屋へ入ると、そこはリビング。


 と言っても、一つのテーブルと二つのイス、テーブルの上に置かれた燭台と、それから暖炉くらいしか物がない、殺風景な部屋である。


「ここは……?」


 心配するな、と女性は厳しい面持ちで言って、


「とりあえず、二人とも、そのイスに座れ」

「いえ、俺は別に……」

「いいから座れと言っているのだ。大事な話は、しっかりとした姿勢でイスに座って、落ち着いて聞くものだ。違うか?」


クルミは既に命じられるがままイスに座っている。


なんか、学校で先生に怒られてるみたいな気分だ……。そう思いつつアキラもイスに腰を下ろすと、よろしい、と女性は微笑む。深みのある、優しい声で言う。


「この場所についてだが、心配するな。ここはクルミの家だが、春組の連中も秋組の連中もここを知らない。国は今、それどころじゃないからな」

「春組、秋組……?」

「春組とはポーンの下で務める者たち、秋組とはナイトの下で務める者たちの通称だ」


言って、女性は少し窓を開けて表の様子を伺う。落ち着いたその表情からして、追っては来ていなさそうだ。


「それで、あなたは……?」


 問いかけて、アキラは女性が纏っているニオイに気がつく。


――このタバコのニオイは……? いや、だけど……。


「私はルークの役職者、名前はチナツという。壁の管理をすることが私の仕事だ」

「壁の管理……?」

「そうだ。壁とはこの街の外を囲う城壁のことでもあるが――」


と、チナツは礼服のようなデザインの上着のポケットから小さな箱を取り出し、そこからタバコを抜き取って、さらにポケットから取り出したマッチでそれに火を灯す。


「もう一つ、『こちら』と『あちら』を隔てる壁のことでもある。こちらの世界でプリンセス以外に唯一、『あちら』へ行ける権能を持っているのが私だ」


 ――このニオイは……!


 『あちら』では、自分よりも背が低かった。しかし、今は自分より頭二つ分ほども背が高い。そのせいで惑わされたが、はっきりと湧き起こったタバコのニオイで確信する。


「父と門下生を浚ったのは……あなたですね?」

「ああ、そうだ」


 悪びれもなく言って、わずかに開けた窓の外へ煙を吐く。


「みんなを返してください」

「それはまだできない。君には頼みがある」

「頼み……?」


 ああ、とチナツは窓枠に置いてあった灰皿に灰を落とし、


「君はプリンセスを見ただろう」

「……はい、ベッドで眠っていました。とても深く……」

「ああ……ちなみに、神人――向こうからやって来た人間である君ならば、プリンセスがどのような存在であられるかは、もう知っているな?」

「どのような存在……? プリンセスは確か、『胸の中にあるガラスのハートに魂を宿した、永遠を生きる機械人形』……」

「そうだ。だから本来であれば、プリンセスにとって睡眠というのはご不要のはず。がしかし、今はああして深く眠られている」

「なぜですか?」

「それも、神人の君ならば知っているだろう」


 ――ゲームのサービス終了。新シリーズへの移行……か。


口には出さず納得すると、チナツは重く煙を吐き、


「その時に、プリンセスのハートは割れ砕けてしまったのだ」

「え? 割れた……? じゃあ、それって眠ってるんじゃなくて、もう……」

「違う。プリンセスは君が先程言った存在であられるのだから、プリンセスにとって死というものはない。あれは『眠られている』のだ」


チナツは怒ったように言って、


「そして、割れてしまったそのハートだが、それらはその際に飛び散り、役職者たちの胸に今も突き刺さっている」

「ちょ、ちょっと待ってください。プリンセスのハートが割れて、それが……? よく意味が解りません」


 アキラは混乱しながら言う。


「プリンセスが眠ってしまった……そこまでは解りました。でも、なぜ……なぜ割れてしまったんですか? というか、どうしてそれが他の人の胸に……?」

「それは私にも解らない。だが明確であることは、そのカケラを集めなければならないということだ。集めて、プリンセスを復活させねばならないということだ」


はあ、とアキラはさらに困惑する。


「それなら、集めればいいじゃないですか。『役職者』、でしたか? そのみんなが持ち寄れば、プリンセスは……」

「それができればとうにやっている。自分たちでは何もできないから、私は君をここへ連れてきたのだ」

「それって……つまり、俺にそのハートを集めろと?」

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