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エピローグ

帰ってきた時のことは、よく憶えていない。


 後から聞いた話によると、スーパーの男性店員が、様子のおかしい人たちがいる、と病院に連絡し、その場にいた十四名は救急車で病院へ運ばれたらしい。


 アキラが気がついたのは、アキラが筐体に吸い込まれてからおよそ三十分ほど経った時刻、病院で点滴を受けている最中だった。


 アキラを含めたその十四名の大半は十歳ほどの少女たちで、その中には数時間ものあいだ姿を消して、警察に行方不明届けを出されている者もいた。


 その関係で、アキラや、他の大人数名は警察の事情聴取を受けた。だが、アキラは何も憶えていないと言うしかなく、他の大人も同様らしかった。


アキラはそれを警官の一人から聞いて――ホッと安堵した。なぜなら、アキラは自分の身に何があったのかを、一カケラも忘れずに憶えていたからだ。


 監視カメラに、自分が向こうへ入って行く姿が映っていて、それについて訊かれるかと思ったが、それについても何も訊かれなかった。


 事情聴取なのかも解らない、警官のほうも何をどう訊けばいいのか解らないという雰囲気のまま、それは終わった。


 最後に他の少女たちの様子を訊くと、皆、すっかり元気に過ごしているということなので、それについても安心した。ゆき、けい、すず、ひなの四人も、ただ少し夢を見ていただけのように元気だった。


それから、あっという間に数ヶ月が経って――今日も道場には子供たちの元気な掛け声が響いている。


そして、その中には父の厳しい声も混じっていた。


「俺は間違っていた」


 あのできごとから三日ほど経った頃、父は言ったのだった。


「道場を閉めると俺は言ったが、あれは撤回する。この道場を閉めるなんて、俺はどうかしていた。アキラ、身勝手で申し訳ないが、これからも俺がこの家の当主として、この道場を続けていっても構わないだろうか」


 無論だ。自分はまだ当主などを名乗れる器ではない。そう返答したアキラに、父はどこか戸惑うような表情をして、こう言ったのだった。


「夢を……見た気がするのだ。どこか、童話の世界のような見たこともない国で……俺は一枚の羽根になって空中を漂っていた。そして漂いながら……アイツを見守っていた」


こんな年になって子供っぽい夢だが、と父は頭を搔く。


「アイツは、その名も知らぬ国で、俺たちのために――いや、その世界にいる全ての者のために戦っていた。皆に希望を取り戻してあげようと、必死に戦っていたのだ。どういうわけか、俺はあの夢を単なる夢とは思えない。アイツが俺に『諦めるな』と伝えようとしている……そんな夢のように思えて、しょうがないのだ」


そうですか、とアキラは頷いた。たぶんその夢に出てきた『アイツ』――つまりアキラの母は、実は俺だ、などということは、口が裂けても言えなかった。


「終わり! みんな、集合!」


 練習のラストメニューである乱取り――試合形式の実践練習を行っていた四人の門下生に、アキラは声をかける。


 少女たちは手を止め、駆け足でアキラの前に集まり、横一列に並ぶ。


アキラがその場に正座すると少女たちも同じようにし、面を取り外す。汗でびっしょりと濡れ、髪の毛が貼りついた四つの――ではなく、七つの幼い顔がこちらを見る。


 まだ肩で息をする少女たちに、アキラは今日のよかった点と悪かった点を丁寧に伝えていく。新たに道場に入ったばかりの双子のさき・あきと、唯一の中学生だが一番下の妹弟子であるゆいなには、褒めることを重視して指導をする。


 そして、最後、ゆいなへの指導を終えると、


「ねえ、先生! もう終わり? 終わりだよねっ?」


 けいが、今にも駆け出すように膝立ちになりながら尋ねてくる。


 普段なら叱るところだが、今日は――


「ん? 今日って……何か特別なことあったっけ?」


 思い当たる節がない。アキラが問い返すと、けいはその円らな目をもっと円らにして、


「えっ? 先生、知らないの?」

「何を?」

「今日から、『プリキン』が新しくなるんだよ! 先生が好きだったプリンセスも、今日から使えるようになるんだよ!」

「な……!? そ、それって本当、ゆきちゃん!?」


 嘘などとは縁遠いゆきに目を向ける。ゆきはこくと頷いて、


「はい。わたしたちも、きょう学校で初めて聞いて……。でも、本当だと思います。ちゃんとホームページに書いてあったって、そう言ってた人もいたので……」


 ゆきが言うからには間違いない。そうとなれば急がねば。アキラはしっかりと、しかし手早く最後の礼を終えると、少女たちと共に道場を駆け出る。


 そして、みな着替えて玄関に集合すると、中学生のゆいなが先頭、アキラが最後尾を務めて、道路を行く少女たちの交通安全を徹底しながら近所のスーパーへ向かった。


 すると、そこに置かれている筐体――アキラが『プリンセス・キングダム』へと赴く入り口となった筐体の前には、既に数人の女児たちが並んでいた。


 女児たちの邪魔をしてはいけない。アキラは門下生たちを後ろから見守りながら、その筐体の画面を見てみた。すると、


「プリンセス……いや、あれは……?」

「なんだか、雰囲気が変わりましたね」


 一人、アキラの横に残っていたすずが、メガネをくいっと指で上げながら言った。


「すずちゃんはやらないの?」

「はい、私はもう卒業したので」

「ああ、そっか……」

「でも……新しいプリンセス、なんだかいいですね。前より少し黒っぽい銀の髪も格好いいですし、表情もキリッとしてて強そうっていうか……凛としています」

「……ああ、そうだね」

「先生?」


 すずが少し驚いたようにこちらを見上げる。アキラは素早く目元を抑えて、


「ああ、ちょっとトイレに行ってくるから。みんなのこと見ててもらっていいかな。ゆいなちゃんもいるから大丈夫だと思うけど」


 そう言い残して、トイレへと向かった。


無人の男子トイレ。その個室に入って、アキラは堪え切れずに呟く。


「クルミ……」


 間違いない。あれはクルミだ。


 こちらの世界では、単にデザインを変更して今の姿になっているという扱いなのだろうし、ゲームの制作者たちもそれ以上のことは考えていないだろう。


 だが、自分が間違えるはずがない。


 あれはまさしく生まれ変わったプリンセス――クルミだ。まだ子供だったクルミが立派なプリンセスとなって、皆のもとに帰ってくることができたのだ。大人たちの商業的戦略という名の偶然か、あるいは運命の導きによって……。


 ――クルミ……大きくなったんだな。しっかり、プリンセスとして頑張ってるんだな。 それを知ることができただけで、充分だ。


 自分は果たして本当に、『神人』としてあの世界の力になることができたのだろうか。ただそれだけが、ずっと気懸かりだった。だが、


「俺は、上手くやれていたんだな……」


 そう解って、ようやく肩が軽くなった気がした。


あの世界は無事に危機を乗り切って、クルミは立派なプリンセスとなった。もう、思い残すことは何もない――


 病院のベッドで子や孫に囲まれた老人が感じるのであろう、そんな心境になりながら、アキラはどうにか涙を抑え込み、心を落ち着けてからトイレを出る。


 少女たちは楽しげにゲームで遊んでいる。プレイをしている子以外は行儀よく並んで、お互いが持っているカードの見せ合いなどをしている。


 その中には、先程は『もう卒業した』と言っていたすずの姿もある。


「先生」


 と、駆け寄ってきたのはゆきだ。ゆきは、日光アレルギーのためにいつも被っているひまわり帽子の下からこちらを見上げて、


「わたし、プリンセスのカード、手に入れれたんですけど……先生、使いますか?」

「俺……? いや、今はやめておくよ。みんなの邪魔はしたくないから、今度、夜にでも来ようかな。大丈夫。俺はみんなを見てるだけで楽しいから」


 そうですか、とゆきは残念そうに言って、しかし笑顔で皆の輪の中へと戻っていく。


アキラは今、少しだけ嘘をついた。本当は、今すぐにゲームをプレイしたい。新たなプリンセスと――クルミと踊りたい。


だが、もし万が一、自分がプレイをすることで『あちら』に影響が出てしまったら――


そう思って、心優しいゆきの申し出を断ったのだった。


自分はクルミに迷惑をかけたくない。だから、見ているだけでいい。皆と楽しそうに踊っているクルミを見ているだけで、その傍にいるだけで充分だ。


画面の中で、クルミが言った。


『大丈夫! みんな、なんでもできるよ!』


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