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嫉妬

「宿に着いて身体を洗ったら、すぐに寝るんだぞ。そして明日はなるべくゆっくり起きろ。睡眠不足は美容の敵。美こそが力であるこの世界では、いくら神人であっても美しくなければ力を失うのだからな」


 静かにゆっくりと走る馬車のキャビンの中で、チナツが厳めしく腕を組んで言う。


 アキラはそれに相槌を打ちながらも、だが内心、それどころではなかった。


 クルミは、やはり具合がかなり悪そうだ。まるで赤ん坊のようにアキラの胸に顔を寄せて眠っているのだが、眠っているというよりは具合が悪くて朦朧としているというように見える。


「ところで……ここまでクルミを連れてきたのはチナツさんですか?」

「ああ、そうだ。クルミはおそらく君が乗った馬車を追っていたのだろう、西門のほうへ向かって街を彷徨っていたところを、偶然、私が拾った」

「そうですか……」


 アキラは、沼の泥水でまだ濡れているクルミの頭を撫で、その小さな肩を抱き寄せる。その肩はひんやりと冷たい。


 自分もアヤネと同じくらい『水氷宮(ウォータリィ・パレス)』を上手く使えれば、服を乾かしてやれるのに……。そう思っていると、チナツが優しい声で言う。


「……私はこれまで、これほどに他人を信じているクルミを見たことがなかった。やはり、私はクルミの保護者として適当ではなかったようだな」

「チナツさんは、キッコさんだけじゃなくてクルミの先生でもあったんですか?」

「いや、クルミが学校へ行く頃には、もうその務めは辞めていた。私は単に、クルミの親代わりのようなことをしていたのだ。まあ、クルミが結婚をしてしまった今となっては、その役目も終わったがな」

「親代わり……ということは、やっぱりクルミの両親は、もう……」


 クルミが物置同然の家で一人暮らしをしていたことから、それはもう察しがついていた。


 チナツもそのことについてはあまり触れたくないのだろう、何も言わず、窓外の闇へ目を逸らす。


 そのまま数秒、口を噤んでから、チナツは独り言のように言った。


「私がもっと上手くクルミの親になっていられれば……君にもこんな迷惑をかけずに済んだのかもしれないな。ある意味、キッコの言うことはもっともだ。私がもっと人から親しまれるような人格であれば……何かが違ったのかもしれない」


 言いながら、チナツは上着のポケットからタバコの箱を取り出す。が、クルミを見てそれをしまい直す。小さく嘆息を溢して、


「しかし、アイツは全く……役職者が無断で国外に出るなど、前代未聞だぞ」

「……チナツさんは、キッコさんが嫌いなんですか?」


キッコに対して何かを言う時、その言葉には必ず刺々しさがある。そう感じて尋ねると、チナツは一瞬、こちらを見て、


「嫌い……。いや、そんなものじゃない。私は――あれが憎い」

「憎い?」

「ああ。私は、元々はナイトの役職者に憧れていたんだ。だが生憎、私にはその才がなかった。そして私にはなかったそれを、よりにもよってあんな無責任な奴が腐るほどに持っている」

「チナツさん……」

「今日の件のせいで、私は余計にあれが憎くなった。プリンセスに頂いた役職を放棄しようとするなど……考えられない。どうしてあんな奴がナイトなんだ、そう思ってしまわずにはいられない。これがプリンセスの決められたことだと解っていても……」

「キッコさんは本当に無責任な人なんですか? 私は、そうは思えません」


 言わずにはいられなかった。


 チナツは驚いたようにこちらを見る。アキラはその目を見つめ返し、


「私は、あの人のことをまだよくは知りませんけど……でも、ナイトコーデのことは大好きだから知っています。ナイトコーデのテーマは――『華麗』。だから、それに選ばれたキッコさんは、きっと何をしても人に『羨ましい』、と思われる星の下に生まれているんじゃないでしょうか」

「……そうかもしれないな。キッコは人に嫉妬を抱かせる天才だ。だから、やはり私でなければ奴の教師など務まらなかったのだろう。ルークの私でなければ……」

「それは……どういう意味ですか?」

「ポーン以外の役職者が使う女子力を、君はもう知っているな?」

「え? はあ……ええと、クイーンがたぶん火を操る力で、ビショップが水を操る力、ナイトが風で、ポーンは……」

「ポーンは植物を操る。それらは、互いが互いを牽制し合うような構図になっている。火は水が制し、水は木が制し、木は火が制す。しかし、風だけはそのどれにも囚われない。むしろ、それら全てを煽り立てる」

「なるほど。風を唯一、制することができるのが『壁』……ルークなんですね」

「ああ。だが、私は上手くあれを制御してやれなかった。教師としても、ルークとしても力不足。嫉妬に駆られるだけで、自らの役職も充分にこなせていない私に、キッコを責める資格などありはしないのだろう」

「いいえ、チナツさん、そんなことは言っちゃいけません」


 自嘲するチナツに、アキラは強く言う。


「そうやって言うことは、あなたを選んだプリンセスに対する侮辱だと私は思います」

「それは……」

「それに私個人としても、あなたは教師やルークに向いている人だと思います」

「私が……? なぜ?」

「だって、チナツさんは可愛いものが好きなんでしょう?」

「え?」

「クジラとかイルカとか、『向こう側』で見た可愛いぬいぐるみをアヤネさんに作らせて、それをいつも持ってるんですよね。今も、その腰の巾着の中には何かぬいぐるみが入ってるんじゃないんですか?」

「な……!?」


 図星だったのだろう、チナツは見るからに狼狽して巾着を手で隠す。


「チナツさんは、たぶん子供も好きなんですよね? 小さくて可愛いから、面倒を見たくて教師になったんじゃないんですか?」

「う……。い、いや、私は……」

「教師として心を鬼にしすぎたせいか問題はあったみたいですけど……でも、プリンセスはそんなチナツさんのことをよく見ていたんですよ。それで、あなたにルークを任せたんです」


 馬車が宿の近くに着いた。


 アキラが先にキャビンを降り、チナツが中からクルミを抱えてこちらへ渡してくれる。アキラが確かにクルミをその腕に受け止めると、チナツがアキラの肩をグッと掴む。


「おかしいか?」

「はい?」

「私が、その……普段は偉そうにしておきながら、実はそういうものが好きだと解って、おかしかったか?」


 チナツは目を泳がせながら、その赤い瞳でこちらを睨む。アキラは首を横に振る。


「いや、そんなことはありません、全然」

「嘘だ。本当は内心で私を嗤っているのだろう。キッコに教えて、一緒に笑い種にするつもりか」

「しませんよ、そんなこと。むしろこれは、いわゆる一つのギャップ萌えです」

「ギャップ萌え……?」

「意外な面が可愛いっていうことです」

「か、可愛い……?」


 唖然とするように呟いて、チナツはアキラの肩にググッと爪を食い込ませる。


「い、言っておくが、私を籠絡することはできないぞ。私だけは、君の正体を知っているのだからな」

「ろ、籠絡? そんなつもりはありませんよ。私はただ――」

「忘れるな。私はいつも君を見ているぞ。もし君が私の秘密をキッコにバラしたら、その時は……解っているな」


 赤い瞳を光らせて睨みつけ、別れの言葉もなしにキャビンの扉を閉める。


――怖い……。っていうか、冗談が通じてない……。


 確かに、チナツはあまりにもマジメすぎて、教師としては少し堅苦しいのかもしれない。


 アキラはそう思ってしまいつつ、朝の薄闇の中へと去っていく馬車を見送ってから宿の玄関へと向かった。


 全身泥だらけだから、このまま部屋には戻れない。まずはナオにクルミの身体を洗ってもらわなくては……。アキラはぐったりしながら、呟いた。


「疲れた……」

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